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朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
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【第1章】1話「椿」


「師匠!こっち終わりました!」

 

 倒れた巨大な怪異の上でそう叫ぶのは黒セーラーに身を包み、高く結い上げられた黒髪、強い意志の宿る目を持つ1人の少女ーー榊原 椿(さかきばら つばき)

 

「了解。弱いとはいえ、未だ残党が残っている。気を抜くなよ!」

 

 刀の血を拭きながら応えるのは太平洋戦争の頃と変わらぬカーキの軍服に軍帽には五芒星を囲む桜葉。高身長の男ーー菊池 孝太郎(きくち こうたろう)大尉である。

 

「…にしても…師匠から借りてるこの刀。アタシみたいな妖力ナシでも使えるんすね…便利だ…」

「そりゃあ…あの英霊神謹製だからな、刀自体が妖力を纏っているという代物…そんなものをパッと作ってしまうというのだから、本当に恐ろしい奴だ」

 

 そう言いながら菊池は目を細めた。椿はもう一度自分に与えられた刀をまじまじと見つめた。何度もこの刀で戦ってきたというのに、刃毀れ一つせず見つめる椿の顔を映すほど輝いている。まさしく、神の作った刀。

 

「にしても、椿。前回より動きがだいぶ機敏になったというか、立ち回りが良くなったな。柏木との模擬戦効果か?」

「はい!柏木少尉との模擬戦はとても実になるので!」

「そうか。成長真っ只中なのだな。なら私ともいつかやるか?」

「いやあ…師匠強すぎんだもん…まだ勝てる気しませんよ」

 

 椿のその言葉を聞いて菊池は朗らかに笑った。

 

「ハハハ。いつかそちらから挑んでくる日を待つとしよう。…椿、今日はもう上がっていいぞ。残党も殆どおらんようだからな、そろそろ回収班が来るはずだ」

「はい!んじゃお先に!失礼します!」





 ーー人々を襲う怪異に妖力を使い立ち向かう者達、呪い師(まじないし)。呪い師は軍人に多く、呪い師候補である椿を鍛えているのも軍である。妖力は誰もが持っているわけではない。妖力を持つ人間は磨けばその力で魑魅魍魎、時には荒ぶる神とさえ対等に渡り合うことができる。しかし、椿は“妖力ナシ”であった。椿の双子の姉は界隈では知らぬものは居ないほどの妖力使いであるにも関わらず、である。が、代わりに呪具を使い常人離れした身体能力(フィジカル)を使いこなし、妖力ナシという穴を埋めていた。それでも椿は姉のことを憎んだことはなかった。しかし羨むことは大いにあった。

 

「ハア〜ア、どうにかしてアタシも妖力持ちになれないかな…」

 そうぼやきながら送迎位置に向かって歩いていると何やら近くから音がした。

 

 (この妙な気配…人でも動物でもない…怪異か…?)

 

 椿は恐る恐る音のした椿の木に近寄る。そしてそこにいたのはーー

 

「ーー猫…?」

「なーんだ猫ちゃんか…可愛い〜、いや、この猫は…」

 

 無防備に触れようとして、妙な気配のことを思い出した瞬間!

 

「キシャアッ!」

 

 その猫は椿の喉元目掛けて襲い掛かってきた。が、椿は華麗に躱し反射的に手刀で地面に叩きつけた。

 

 (やばっ…ちょっとやりすぎたかも…)

 

 椿がそう思ったとき、叩きつけられた猫が苦痛に悶えながら何やら話し始めた。

 

「ヒイイ…申し訳ありませぬ、申し訳ありませぬ…もう何も致しませぬので、どうか、どうかお見逃しを……」

「猫が喋った…ってかごめん、アタシもやりすぎたね、ごめんね…もう何もしないよ…でも何でアタシを襲おうとしたの?」

 

 椿が聞くと猫は少し黙った後話しだした。

 

「わたくしめは此方の椿の木、その精にてございます…貴方様を襲ったのは…その…わたくしの妖力が枯渇寸前でございまして…貴方様の方から…何やら強い妖力を感じたものでして…」

「ああ〜!この刀に反応したのか。悪いけどアタシは妖力ナシだよ」

 

 そう言うと猫はあからさまにガッカリした様子を見せた。

 

「そう…でございましたか…では、わたくしは、もう…」

 

猫はがっくりと項垂れた。その時、椿は古木に何か白いものが刺さっているのを見つけた。

 

「ね、ちょっと木触るよ」

 

 椿はそのまま白い何かを掴み、思い切り引っこ抜いた。

 

「ヒャアン!」

 

 猫の姿をした椿の精が声を上げてビクンッと跳ね上がったかと思うや否や、毛並みに艶がみるみる戻り、やがて人の形をとり始めた。そして猫からそこに現れたのは立派な着物を着た女性ーー力を取り戻したと思われる椿の精。

 

「嗚呼…力が戻ってきます…一度は襲おうとしたというのに…通りすがりのお嬢さま、心の底から感謝を…」

「いいよ、それくらい。この釘が悪さしてたんだね。あとアタシは椿っていう名前だから椿って呼んでよ!お揃いだな!」

 

 古椿の精はお揃いという言葉に嬉しそうに口角を上げた。

 

「椿、様…わたくしは古椿の精でして名前は持たぬのですが、周りの者からは椿姫と呼ばれておりました。…あの、もしよろしければ貴方様と契約がしたいのです」

「椿姫、いい名前じゃん。…って契約?」

「はい、今思い返せば妖力持ちになりたいと仰っておられました。あの時は必死過ぎて聞き逃してしまっていましたが…わたくし、妖力量には自信がございます。わたくしは人の子のことが大好きなのです。椿様も、人の子を守る命を背負っているのでしょう?貴方様の身体能力、そしてわたくしの妖力…これらを合わせればきっと大きな力になるかと!」

 

 目元は包帯で隠れているというのにキラキラした目を幻視しそうな勢いである。椿姫に害意はない。むしろ、椿の為になりたいという気持ちが溢れ出てしまっている。妖力を持たずとも、他人の妖力や機微を感じ取る訓練は受けている。

 

「貴方様に命を救って頂いたのです。どうかこの恩、返させて下さいな…!」

 

 椿は決心した。

 

「分かった。でも主従関係って何だかややこしいから、友達というか…バディって感じで接するけど、いい?」

「ともだち…なんて素敵な響きでしょう!椿様!これからどうぞよろしくお願い致します!」

 (様は要らないけど…きっとこの普段からこの話し方なんだろうし…いいか…)

 

 椿は、遥かに自分より大きくなった椿姫に抱きしめられながらそう思った。

 

「それよりさ、その姿でついてこられるのは、ちょっと…」

「…?何故でございましょう」

「いや、あんたデカいじゃん。目立つというか…」

 

 椿姫は納得したように頷いた。

 

「分かりましたわ。では…」

 

 そう言うと椿姫は身を翻し、先ほどの猫の姿になった。

 

「いいじゃんそれ!可愛いし。あとさ、椿姫って呼ぶの何だか呼びにくいし…被るし…アタシがもう一個名前つけてもいいか?ハチってのはどうだろう」

「は、ハチ…」

「猫の姿のとき白黒のハチワレ猫じゃん。ハチワレだからハチ。どう?あっ、嫌だったら嫌って言っていいから」

「ハチ…なんと素敵な響きでしょう…ではわたくしは今日からハチと名乗らせて頂きます…!名をも与えて頂けるとは、ハチは幸せです!この命ある限り貴方様に尽くすと誓いましょう…」

 (やっぱ重いけど…まあいっか…)

 

 椿はそう思いつつ、椿姫改めハチと歩き出した。




 

「ここがアタシらが住んでる寮。その前に、申請行かないと」

「しん…せい…?」

「ん。悪魔や妖怪やら何やらと契約する時はお上様の許可が必要なんだよ。…師匠もう戻ってきてるかな…あっ!」

 

 椿の視線の先には談笑している軍服の男性とスーツの男性の二人。

 

「師匠〜〜〜!」

「おお、椿か。もう寮に戻っているかと思ったが………その鞄の中に何を入れている?何やら妖力を感じるが」

「その話をしに来…って、え?」

 

 ハチを紹介しようと鞄を見ると、中ではハチが怯えきった表情でガタガタと震えていた。

 

「ヒ…祟り神に…大悪魔…お、恐ろしや…」

 

 椿が困惑していると男性2人が鞄を覗き込んだ。

 

「ハチ、紹介するね。こっちの軍服が菊池大尉。アタシの師匠ね。んで、こっちのスーツは内海。アタシの育ての親。だからそんなに怖がんなくていいよ」

「ほう、古椿の精ですか。椿さんは…こちらの方と契約なさったのですね。相性は良さそうですね」

 

 内海と呼ばれた端正な顔立ちをした男が微笑んだ。

 

「だろ?だから契約許可をもらいに来たんだけど…」

「でしたら、私たちの方で受理しておきますよ。必要書類だけ書いてもらって」

「ハイ!さっすが内海、しごでき〜」

 

 内海と椿が笑い合っていると、ハチをじっと見ていた菊池が口を開いた。

 

「にしても何で古木の精…椿姫と契約できたんだ?木の精はなかなか高位の妖怪のはずだが」

「変な釘が刺さってて力を失いかけてたんだ。釘引っこ抜いたらもとに戻ったみたいだけど」

「釘…今ここに現物あるか?」

 

 椿は半ば困惑しながら白い釘を菊池に渡す。途端、菊池と内海2人の目の色が変わった。

 

「白い、釘…」

「まさか…また白の教団か……?」

 

 しばし2人は何やらぶつぶつ話し込んでいたが、蚊帳の外状態になった椿とハチに気づいた菊池が

 

「すまない、こちらの話でね…詳しくはまた話す。申請受理しておくから、君らは寮に戻っていてくれ、悪いな」

「はい。失礼します」




 


「椿様。あの者達が話していた白の教団、とは何です?」

「それがアタシも知らないんだ。まあ…近い内に説明してもらえるかもな」

 

 そんなことを話しながら家路につく2人。その白の教団が、いずれ幾度にもわたって彼女たちの前に立ち塞がってくることを、2人はまだ知らない。



 

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