4話 覚醒
「七帝、久しぶりだね」
かなり小柄な男が、某ビルの十三階へと入ってきた。
「左神…!」
「このビルに姿を見せるのは二週間ぶりくらいかな。色々と仕事が立て込んで、中々余裕がなくてね。」
「お前がいない間に、雨竜という少年を団体に加入させた。帰ってきたら挨拶でもしてやってくれ」
前よりも明るい表情で七帝がそう伝えた。
「そのことなら既に把握している。というより、むしろお前よりも詳しく知っていると言って良い。」
「どういうことだ?」
「雨竜、あいつは俺が救命した。」
「は。」
「もう一度言おう。あいつは俺が救命した。」
*
地下に潜ると中は王国の宮殿のようになっていて、異質な空気が漂っていた。しかし、不気味なほどに人の気配は無く、まるで滅びた文明の遺跡を訪れたようだ。
「雨竜くん、これどう思う。」
「…明らかに怪しいと思います」
「そうだな。ただ、地雷起爆前は一切物音を立てていないから、逃げられているとしてもまだ近くに居るだろう。」
夏音さんがじれったそうに言う。
「月さん、此処で固まっていても仕方ないよ、早く散って探した方が効率いいでしょ」
「いや…」
「ここに長く留まっていたら捕まえられるものも捕まえられないじゃん」
「待て夏音。僕にはこの静けさが、単独行動を取らせるための罠に見えて仕方がない。慎重に行くぞ」
俺と、不満げな顔をした夏音さんが月並さんに着いていく。しかし、依然として誰も現れないまま全ての道、扉を調べ終わってしまった。
「月さん、本当にこの場所で合ってるの?」
月並さんは暫く考えていたが、いきなり振り返って言った。
「分かった、さらに地下だ。座標は合っているのに何処にも見つからないのは、高度が正しくないからだ。チッ気づくのが遅れた…」
俺ははじめ月並さんが何を言っているのか分からなかったが、再び地中に地雷を埋め始めた月並さんを見て、標的がより下層にいることを理解した。
「凪ちゃんからもらっていた情報はあくまで平面上での話。高度の座標がズレているなら見つかる筈もない。」
「なるほど…」
「時間がないからこのまま起爆するぞ。一刻も早く進まなければ、爆音で気がついた標的に逃げられてしまう」
――爆破――
轟音。と共に人の動く物音がした。
黒っぽい地味な服を身に纏った男たちが、俺たちの存在に気づいたようだ。何やら話し始めた。
「侵入者…!?」
「総員、武器を持て。怯むな」
「四十番、あの後ろにいる女、見たことないか」
「ああ、いつかの襲撃でカイラ支部を壊滅寸前まで持って行った奴だ。まともに戦って勝てる相手ではない」
月並さんが、俺たちにだけ聞こえる小さな声でこう呟いた。
「雨竜くんは少し下がっていてくれ。夏音、お前が一番警戒されていると見た。僕が適当に蹴散らすから残党を頼んだ」
夏音さんが悪くないと言うふうに顔を動かす。
「ふーん、そういう作戦ね」
月並さんが暴力団員たちに話しかける。
「ここにいる全員、クリム暴力団のカマエル支部に所属している。間違いはないな?」
「……」
「無回答はYesを意味する。今から全員斬り殺す。殺されたくない奴から降参しろ。」
いつもと違う月並さんの語気に圧倒されているうちに、いつの間にか彼が剣を持っていた。背中に忍ばせていたのだろうか。
「白夜刀、今宵も暴れてもらうよ」
次の瞬間、月並さんが目で追えない速度で刀を横一文字に振り翳し、刃先から溢れた風圧で手前に立っていた敵が堪らず倒れ込んだ。
「ゲホッ……」
――斬空波――
畳み掛けるような連続攻撃、団員を直接斬っている訳ではないのに、彼らは手も足も出ない。
そんな状況を打破しようとしたのか、一人の団員が月並さんに向かってこう言った。
「お前…このクリム暴力団に勝てると思うなよ!!」
一人の団員が月並さんに襲いかかる。が、月並さんは一切動揺する様子をみせず、むしろやや微笑んだ。
「貴様から殺す」
団員の渾身の右手が月並さんの顔面めがけて飛ぶ。しかし、月並さんは軽々と身を躱して、白夜刀で彼の拳を腕ごと引き裂いた。真っ二つになった前腕からは止めどなく血が流れている。
「ゔゔうああああぁぁ!!」
痛みに悶えてのたうち回る彼を尻目に、月並さんはさぞ退屈そうにこう呟いた。
「うるさい。どうせお前はもう助からない。このまま死を待つのも退屈だろうし、とどめを刺すとしようか。」
話し終えるなり月並さんは倒れた男に近寄り、白夜刀の刃先を下向きに構えた。
「さよなら、来世はもっとマシな人生になるといいね」
刀が彼の喉元に突き刺され、喉骨の砕ける音が響き、鮮やかな血の臭いが部屋に充満する。俺はグロに対して耐性があると思い込んでいたが、本物の人の死を前に少し立ちくらんだ。
月並さんが鋭い目つきで言う。
「次、殺されたい奴から前に出ろ」
直前までは威勢の良かった団員たちも、仲間の死を目の前にして途端に勢いを失い、中には俺と同様に倒れそうになっている奴もいた。
「無回答。作戦を再開する」
――煙幕――
月並さんがビー玉大のボールを投げ込むと、辺り一面が白い煙に包まれ、視界が非常に悪くなった。先輩たちの姿が見えなくなり少し心細い。
下手に動くこともできずに立ちすくんでいると、聞き覚えのある声がした。
「雨竜君?」
「あ、良かった、夏音さん」
「せっかく同行してるんだから、君も少しは戦ってよ」
「え、いや、俺は先輩方のように強くないので…」
この言葉に夏音さんは少し呆れたような声になった。相変わらず狐の面を外さないため、表情は読めない。
「別に戦果を上げろとは言ってないよ。むしろ加入直後でそんなの無理だって分かってる。でも経験しないことには永遠に初心者のままだし、君はこっちの人生を選んだんでしょ?」
いや、俺は半ば強制的にMAILISに入っている。ましてや何の能力も武器も持っていない。そんな奴を戦地に連れて行っておきながら、いきなり戦闘の手助けをしろと言うのか?そんなのあまりに自分勝手じゃないか。なぜ俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか夏音さんはどこかへ消えており、団員の一人が目の前に立っていた。
「お前、さっきいた奴らの中で一番弱そうだった奴じゃないか。おい野郎ども、ココにカモがいるぞ」
カモだと?ふざけるな
「本当だ、ガキが一人紛れ込んでんじゃねーか」
五月蝿い。黙れ
「虫も殺せないような顔してさあ」
お前らだって月並さんを前に、なす術なく凍りついていたじゃないか。
「どうした?これだけの人数を前にしてビビっちゃったか?」
黙れ黙れ黙れ黙れ!
「なあ、弱虫。何か言い返せるか?」
口から言葉がこぼれ出る。
「黙れカスが」
バシュッ
鈍い音を立てて、俺は人生で初めて人を殴った。
「自分より強い相手には戦いを挑まず、自分より弱いと思われる相手には煽り散らかす。塵だな、お前らは。人間の塵だ。」
心の底に封じ込めていた言葉が溢れ出てしまった。集まった奴らにタコ殴りにされるかと警戒したが、周りはやけに静まり返っている。
「どうしたんだよ。お前らが散々戦いがっていた弱い相手だぜ。ほら好きなだけかかってこいよ。」
これだけ煽っても、殴られた奴はおろか周りの無傷の奴らも誰一人として動こうとしない。
進展のないまま時間だけが過ぎ、煙幕が薄まる頃に月並さんがこちらに合流した。
「おーい雨竜くん、ついエンジンかかっちゃって放ったらかしにしてたよ、大丈夫かい」
とりあえず現状だけでも伝えるか。
「月並さん、今囲まれちゃってまして…」
月並さんは俺の声を聞き入れず、おれがさっき殴り飛ばした団員を見て信じられない一言を放った。
「……死んでる。」
「え…?」
*
「左神、お前が雨竜を助け出したっていうのはどういうことだ。」
コーヒーを片手に七帝が左神にこう尋ねた。
左神が答える。
「あれは約一週間ほど前の話だ。……
俺は大学の研究室で、密かに人造人間について研究を進めていた。
近年、臓器や血液が人工精製できるようになったのはお前も知っているだろう?それらを組み合わせて人工的に人体を作り、そこに人工の脳を埋め込むことで人類の夢、人造人間が創れる。
ただ人間は命を創るということに対して厳しく、倫理を口実にクローン、人造人間の創造を禁止している。
俺はずっとその規制が気に入らなかった。人類の発展を大きく妨げる世紀の悪法じゃないか。
さらに言うと、人造人間の生成には一つだけピースが足りなかった。言わなくても分かるかもしれないが、足りなかったのは人工の脳。
知っての通り、脳についてはまだまだ構造が完全に解明されておらず、人工的に作り出すまで至っていない。
そんな時、都合よく現れたのが…」
七帝が目を丸くして聞いている。
「雨竜…ということか?」
「その通りだ」
七帝が考え込むような動作を見せた。左神が続ける。
「彼は唯一息があったから大学病院に運ばれる予定だったんだが、搬送途中で心肺停止状態になり、復活は絶望的だった。ゆえに死亡扱いとなって、俺の研究室に死体のサンプルとして運ばれてきた。
ただあの時、彼の脳はまだ動いていたんだ。ほとんどの臓器は機能を停止していたし、身体も火をまともに喰らっていて治療の施しようのない状況ではあったがね。
どうせこのまま放っておけばじきに死ぬんだから、最後に大実験をしようと思って手術室を借りて極秘の手術を行った。
手術は成功したよ。」
七帝が無表情のまま呟く。
「信じられないな…」
「夢のような話だろう。だが実際に彼は今生きている。」
「彼の身体は完全に、生身の人間と同じつくりをしているのか?」
七帝の言葉に左神が吹き出すように笑った。
「ハハハハ、俺がそんなつまらないことをすると本気で思っているのか?」
「いや全く…」
「手始めに、筋肉の密度を常人の5倍にしてみた。上手く当てて首の骨でも折れば、一撃で普通の人間を殺せるんじゃないかな。さらに、本人が望めば、いくらでもオプションは付けられる。ただ…」
「ただ?」
七帝が真面目な顔で聞いている。
「人間に本来想定されていない動きをするから、脳が壊れないという保証はできない。
さっきも言ったが、脳の人工精製は未だ不可能。壊れたら最後、元に戻すことはできない。」