3話 廃墟の地下の帝国
昼下がりの光を浴びて、「ログナ駅」と書かれた看板が白く輝いている。少し早く到着し過ぎてしまった、と思いながら指定されていた待ち合わせ場所に目をやると、一般客に紛れ込んで月並さんが立っていた。
「やっ、雨竜くん。待ち合わせの時間より随分と早かったね」
「月並さんこそ、一体何をされてたんですか」
「俺は今回の作戦の責任者を任されているから、凪ちゃんと連絡をとっていたんだ。
凪ちゃんはメイリス本部十三階に駐在する連絡係で、GPS他の情報を元に司令を与えてくれる。一ミリのズレが命取りになる環境だから、こうして早くから念入りに準備しなくちゃいけない。」
「メイリスの他メンバーの方達はかなり変わった方が多い印象なんですけど、月並さんは真面目で常識的な方ですね。いや、他の方々を批判するつもりはないんですけど」
月並さんはちょっと驚いた顔をした後、ニコッと笑った。
「加入4日目にして、もうこの組織にマトモな奴が少ないことに気が付いたか。いいセンスしてるね」
「どういうことだよ月さん」
「夏音」
月並さんに小柄な少女が話しかけた。この人が一昨日聞いた夏音という人か。
「少なくとも私は他の奴らよりマトモでしょ。」
「どこがだよ」
確かにこの人は少し…いやかなり変わった風貌をしている。明らかにオーバーサイズのアウターとやたら短いミニスカを履いて、顔面に祭り屋台なんかで売っているような狐の面を被っていた。お陰で顔がわからない。
「あの、この前メイリスに加入しました、雨竜って言います。よろしくお願いします」
「雨竜か。話は聞いている。異常に耐久性の高い身体を持ち、七帝さんに保護されたとか。私も少し興味がある
私は夏音という。メイリス第三期メンバー。月さんだけじゃ不安だったからあんたが来てくれて嬉しいよ」
「こっちのセリフだ」
自己紹介で顔を見せてくれるのかと思いきや、狐の面は彼女の顔から離れないままだった。正直歓迎されるとは思っていなかったので嬉しい
「ところで夏音、奏さんから連絡もらっていたりしないか」
「火奏先輩?いや何も来てないですけど。まあ先輩遅刻常習犯なんで、しばらく待ってたら来るんじゃないすかー」
「あのバカ…」
火奏さんが一期、月並さんが二期、夏音さんが三期で俺が四期か。月並さんはこのバランスも考えて火奏さんと俺を誘ったのだろうか。
「時間だ。この列車を逃したら次は1時間待たなければならない。仕方ないから置いていくぞ」
「え、大丈夫なの?火奏さん無しで突撃するの、流石に不安なんだけど」
「まあ元々僕ら2人に任された仕事だ、大したことはないだろう。あ、雨竜くんコレを預かっていてくれ」
そう言って月並さんは俺にスマホサイズの小さな機械を手渡した。
「それがさっき言っていた、本部の夕凪との通信機器だ。本来は俺らが持っているべき物なんだが、コレがあると戦いにくい。雨竜くんもただ見ているだけではつまらないだろうし、夕凪から受け取った情報を伝える役を任せた」
「使い方は複雑じゃないから夕凪から聞くなりしてくれ。とりあえず僕らは列車に乗り込むぞ」
終点までの切符を渡され、俺らはソクラティアを縦断する鉄道、ストリヴ鉄道へと乗り込んだ。
*
鉄道の旅は全然快適でなかった。
内装はレトロな雰囲気でお洒落だったが、レールが古いのか金属の軋む音が常に鳴り響き、少しでもカーブに差し掛かるとまともに立っていられないほど揺れる。
「昼時なのになんでこんなに人が多いんですかね…」
「この国を自由に行き来するまともな交通手段が、この鉄道くらいしかないからな。通勤時間帯はもっと人が多いと聞くし、まだマシなほうなんじゃないか」
「月さーん、どうせ火奏先輩が遅れるなら、一つ先の電車に乗った方が良くないですか?このままだと着くだけで疲れ果てちゃいますよー」
「いや、今調べたが次の電車はもっと古くてボロいらしい。奏さんドンマイって感じだ」
「はは、遅刻したバチ当たってやんのー」
メイリスに加入して数日が経ったが、この組織の上下関係はかなり緩い。第○期と名前はついているものの、メンバーの年齢も性別もバラバラで、七帝さん以外には皆敬称も付けたり付けなかったり。(なんなら縛は呼び捨てにしていた)
『月並、定時報告がまだなんだけど。』
「あ、説明してなかった。雨竜くん、その通信機の右側面にある赤いスイッチを押してくれ」
慌てて押すと、機械は音も立てず小さなトランシーバーのような形に変形した。
『何、今操作してるの月並じゃないの?』
「いや僕だ。列車の中だったため連絡が遅くなった。
隊員は火奏を除いて全員集合済み、火奏は遅刻して次の電車で到着する見込み。今ストリヴ鉄道内。あと3駅ほどでカマエル駅に着く。着いたら折り返す」
『了解、あんたが時間遅れるなんて珍しいね』
通信が切れ、機械がコンパクトにまとまった。
「使い方はざっとこんな感じだ。一時間に一度隊員の安否確認と戦況なんかを送る定時報告があるから、次からは雨竜くんがやってくれ」
「わかりました」
「使い方も教えずに持たせるだけ持たせてたの…?」
「今教えたから良いっしょー」
段々と列車の揺れで足に疲労が溜まってきたが、そんな事を言っている場合ではない。俺と2人の先輩は中身のない会話をしながら目的地まで向かった。
*
――終点カマエル、カマエル。お降りの際は足元にお気をつけ下さい。折り返しの電車は15:30発車予定です――
「んふー、やっと着いたね…」
「長かったな、予定より若干早く着いてるからそこら辺で少し休憩するか」
連れられるままに近くのベンチに座っていると、月並さんのスマホに火奏さんからの連絡があった。
「奏さん。その電車めちゃくちゃ揺れるでしょ。遅刻した罰だと思って受け入れてねー」
「え?全然揺れないけど。もしかして君たち普通電車でカマエルまで行ったの?」
「お前もしかして…」
「ストリヴ鉄道乗るのにVIPチケット買わないのは悪手でしょー。たった数百ピリカの追加金で乗れるのに」
「月さん…あんたケチりましたね」
「うるさい夏音、仕事で電車に乗るのにVIP席に座る奴があるか。あいつの方が図々しいだけだ」
「あー快適快適…」
月並さんが無表情で通話を切った。
「今日の作戦について共有する。今回殲滅するのはカマエル地方にある某暴力団の副基地だ。左神さんのハッキングで得た情報によると、駅から20分ほど歩いた山奥、人の住まなくなった廃墟の地下にあるらしい。」
「左神…?」
「メイリスの誇る天才ハッカーだ。まあそんなことは今どうでも良い。
地下には数十人…多ければ数百人もの団員が待ち構えているだろう。となると分散して行動するのは悪手。下手をすると全員捕えられて皆殺しにされる危険だってある」
夏音さんが小さく欠伸をした。
「一先ず三人で突撃して、残党は奏さんに処理してもらうとしよう。基本的に中にいるやつは殺して構わない。ただ…」
簡単に放たれた『殺す』というワードに、少し怖気付いたがすぐ決意を固くした。
「1週間ほど前、カマエル支部の警察がココに警察3名を送り込み、全員その後消息を絶っている。
考えうるのは地下で生け捕りにされて拷問にでもかけられているか、既に処刑済みか。殺されていた場合は仕方ないが、生きていた場合はそいつらの救助も行うことになる。臨機応変に対応してくれ。」
「すみません月並さん、この国の警察は形骸化していて、実際に任務にあたることはないと聞いていたんですが、何故警察が出動したのですか?」
「雨竜くんが言う通り、今の警察は蝋人形もいいところだ。しかし、大衆に対して仕事をしているというアピールをする必要はある。
そして、警察に入ってくる新人の中には、心の底から正義の心に満ち溢れているやつもいる。そういう奴らが警察の宣伝の為に危険な場所に送り込まれるんだよね」
「酷い…」
「そういうものだよ、大人の世界って。真面目な奴、正直な奴はお偉方の都合の良いように動かされてしまう。もちろん納得いかないけどね。
少し話題が逸れてしまった、作戦の話に戻ろうか
相手の暴力団の主力級と思われる奴を殲滅したらキリの良いところで引き上げよう。舵取りを潰せば船は進まなくなる。下っ端だけが残された組織はいずれ瓦解するから心配いらない。
まとめると、目標は人質三人の解放と向こうの頭の撃破。地下の構造はまだ不明だから、詳しいことはまた中に入ってから話そう。」
「おーらい、月さん今日はいつにも増して饒舌だね」
「後輩の前だからな、格好つけてる」
「だっさww」
「時間だ、行くぞ」
*
二人に付いていくと、長く歩かない内に辺りが鬱蒼とし始め、大きな崖の前で行き止まった。
「雨竜くん、夕凪と連絡を取ってくれないか」
「わかりました」
列車の中でやったように機械を起動すると、待ちかねていたように夕凪さんが喋り出した。
『あ、ちょうど良かった。今君らが居る地点のGPSを検証してみた結果、左神さんが入手した暴力団のアジトの位置と完全一致したの。引き続き捜査を続けて。』
「了解です」
「此処で間違いはないようだな。ただ…」
月並さんが軽く足元を蹴った。
「何らかのシステムで入口が封鎖されている。ここまでは想定内だ。今からここで地雷を起爆させる」
「地雷…ですか。音に反応して出てきたところを頼りに中に入る感じですかね?」
「そんな生優しい罠に引っかかるほど相手も馬鹿じゃないさ。この地雷でやるのは入口の爆破と挑発」
慣れた手つきで足元に地雷が設置され、月並さんの指示によって俺と先輩は地雷の射程範囲である半径3メートル以内から遠かった。
「周囲に一般人の姿はないか。全員射程距離より離れたか。では起爆する」
――00038、爆破型地雷起動――
腹に響く極低音と共に、地雷は周囲の生物や植物を根こそぎ焼滅させ、宙に大量の土と岩石が舞った。
「雨竜くんもう少し下がれ。この地雷の威力だと、破片が頭部に当たった時致命傷になりかねない」
慌てて下がったが、まもなく地響きは止み、地雷によって身包みを剥がされた地下世界が露わになった。
「お前ら準備は良いか。混乱の収まらぬ内に短期決戦としよう」
「はい!」
「はいよー」
*
暗闇。
「八咫烏、今の、分かる?」
「知らない。気になるなら牌でも飛ばしたら。」
「十四、二一、最上階の爆音の原因を探れ。」
華奢な男がマイクに向かってそう呟くと、地味な服装をした二人が近くの階段を登って行った。
「警察かな?」
「どうでもいい。興味がない」
会話はそれで終わり、その後は静寂が残った。八咫烏と呼ばれた男は煙草をふかし、もう一人の男はスクリーンに映し出された映像を凝視している。
その瞬間、ただごとではない勢いで部下と思われる男が部屋に飛び入ってきた。
「玖様、八咫烏様、侵入者はMAILISの三人だそうです。万が一の場合に備え、脱出のご準備を…」
「三十二、逆鉈と数人の牌だけ置いて一旦避難する。」
「玖、逆鉈を囮にするつもりか」
玖、と呼ばれた男はにっこりと笑って言った。
「うん。彼を殺せば俺たちは全員逃げ切れるだろうから。最期くらいしっかり活躍してほしいね」
「相変わらず…人の心を持たない奴だ」
「どうでも良いだろ、自分以外が死のうが死ぬまいが。直接俺に益を与える人間が死ぬのは困るけどね。俺に関係ない奴がいくら嬲り殺されようが、何とも。」
「そうか。」
二人と他大勢の部下たちが動き出した。