54 まさかの!
馬車は貴族街の中でも一際広い区画の前に着くと、区画を警備している衛兵にフラーテル様の招待状と本人確認書類として冒険者証を提示し、チェックを受けてから入る。この区画は特に高位貴族や国の重要人物しか居住していないから、警備が厳重だ。
ようやく馬車が止まったと思ったら、再度招待状と冒険者証を提示してから馬車を降りる許可が出た。御者のエスコートで馬車を降りると、すぐに庭先にある小屋に入りボディチェックを受ける。貴族が来た場合は、ここまでしないらしいが、私達は平民だからね。クロは顔と魔力を隠して、毛皮のマフラーに擬態していた。
邸内に招き入れられ、玄関に近い客間でフラーテル様を待つことになった。紅茶とお菓子をメイドさんが用意してくれたが、正直緊張で食べる気がしない。でも、相手を警戒していませんという意味もあるから、少しでも口をつけないと。ふぅ~、あったかい紅茶でちょっとリラックスした。
「お待たせいたしました。フラーテル様がお越しになります」
執事の人が知らせてくれた・・・あれ?あの方見たことあるような気がする・・・が、今はカーテシーをして待たないといけない。モダーレスさんの授業では、貴族の間ではお辞儀の深さなど様々な不文律が存在するが、平民ならば無理のない範囲で深めに行えば問題ないらしい。リンさん、私、カッパーさんの順で浅くなっていく深さ・・・リンさんはバレリーナですか?位に深くお辞儀しているし、さては同調魔法を使っているな?筋力の違いがここで出た。
衣擦れの音と足音がして、ウッド系の香水の香りが鼻をかすめた。
カッパーさんがカーテシーを行いながら挨拶を行う。
「冒険者ギルドの副ギルド長を務めますカッパー、職員のリリー、S級冒険者のリンです。本日は、フラーテル様にお目通りが叶いまして、恐悦至極に存じます」
「ご苦労、楽にしてよい」
ようやく顔を上げる事ができる・・・
そこにある顔は、いつも見ているタイパンさん⁉
でも、服装は滅茶苦茶に豪華で、貴族らしい髪型で調えられているし、他人の空似⁉それともタイパンさんは王族のご落胤だけれど、知らずに平民として育てられていたとか⁉
カッパーさんもリンさんも固まっている・・・。クロは平常運転・・・当たり前か、魔物だし。
「ハハハ‼驚いたか?俺だ、タイパンだ。ギルド長をしている時はタイパンを名乗っているが、本当の名前は長ったらしいんだよ。そのうち臣籍降下する予定だし、偽名で冒険者登録して活動していたら、S級冒険者として認められたんだよ。そうしたら、親父からギルド長になれと命令されてなぁ、今に至るというわけだ」
ほ、本物?
『フェリス~、本当にタイパンさん?』
『メール送ってみるにゃ?』
『タイパンさんへ 今 どこにいますか?』 送信!
「ん?目の前にいるだろ?信じられないから、フェリス経由でメール送ってきたのか?」
「本当にタイパンさんなんですね‼あ、フラーテル様?」
「まぁ、俺たちだけの場合はタイパンで良いが、公の場で王弟の恰好をしている場合は『王弟殿下』とか『フラーテル殿下』と呼べよ。貴族が五月蠅いし、不敬罪とか言い出す輩もいないわけじゃないからな」
リンさん再起動!カッパーさん、ダウン‼
「おっと、カッパーさんには刺激が強かったかな?とりあえず、客間に寝かすか?」
「それやったら、カッパーさん再起不能になりかねませんよ。とりあえず、その3人掛けのソファに寝かせても良いですか?」
「もちろん、良いが。再起不能って、そんな訳ないだろ?」
そう思っているのは、タイパンさんだけだと思う・・・。
「後でタイパンさんが持っている特別な魔道具を持ってきたら、すぐ起きると思うよ‼」
リンさん、良いこと言う!王族が持っている魔道具なんて、絶対に平民は見られないもん。意地でも起き上がるよ、カッパーさん。
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