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10歳で外国語など必要ない、無駄な時間を別の勉強に当てた方が合理的だと言った殿下。
教え始めてすぐに気が付いた。本当に忙しいスケジュールなのだ。14歳までに、普通の貴族の子が17歳までに学ぶ内容をすべて終える。それにプラスして帝王学に、隣国のことも学ぶ。さらには社交もおろそかにできないためこなし……15歳になってからは仕事もこなすようになった。
それからは、私が過ごした隣国のことを聞かれることも増えた。言葉だけじゃなく隣国のことをもっと深く知ろうとする姿勢が見られるようになったのだ。
より良い関係を構築するにはと、考えてもいたと思う。
立派な王になるんだろうと安心する反面、無理しすぎてしまわないか心配だった。
だから、私の授業では語学の勉強の時間ではあるけれども、お茶を飲み庭を散歩し、時にはソファに深く腰掛け、シチュエーションごとの言葉の練習をして、少しでも休んでもらえればと工夫した。
「シャリナ、ベッドの中での会話は教えてくれないの?」
と、時々からかわれもしたな。
「それは、直接お相手の方から教えてもらってください」
っていうか、ベッドの中での会話なんて、経験ないから教えようがないんだけど。
とにかく……。
そんな風に無理しすぎてしまうんじゃないかと心配な殿下に、一緒にいるだけで幸せに感じるような相手がいることがどれほど救いになるのか。
嫌いだとか負担が大きすぎるとか、女性が病んでしまうほどであれば無理強いはだめだけれど。
そうじゃないなら……ぜひ女性には首を縦に振ってほしい。
「じゃあさ、シャリナ……これ、どう思う?」
殿下が、小さな箱を取り出した。
箱のふたを殿下が開くと、中には深紅のベルベットの生地の上に、10ほどの銀の指輪が並んでいた。
「これは、デザイン見本なんだ。この中から選んだ物を金で作り、宝石をはめる」
なるほど。すでに作られている指輪から選ぶなんてことはしないんだ。
デザイン画から選ぶこともなく、こうして実際に指輪の形になった見本から選ぶのか。
流石王室。
「この細いリングが絡み合うようなデザインは、西方で人気のものですね。こちらの花びらのは……薔薇のものは……」
指輪のデザインにも国によっては人気の傾向が違うし、特別な意味があることもある。それを教えるにはちょうど良いと一つずつ説明する。
リンクル王子はきき終えてから私の顔を見た。
「僕の聞き方が悪かったのかな……。シャリナはどれが好き?」
「私、ですか?そうですね……」
自分のために指輪を選んだことがなかったから全然分からない。
「えーっと、これ、でしょうか?」
10個の中で一番シンプルな形のものを指さす。
「あー、やっぱり、シャリナはそうだよね。ちょっとはめてみてよ」
言われるままに、指輪を右手の薬指にはめる。指にはめたイメージが見たいのかな?となんの疑問も持たずに。
「で、ここに宝石が載る」
殿下がポケットから青く染めた石を取り出して、宝石がはまる場所にのせた。
「本物を使うわけにはいかないけど、イメージは伝わると思う」
青い石が載ったシンプルな銀色の指輪。
「あら?シンプルすぎて、指輪と言うよりも……武器みたいに見える……?」
「武器って。あはは。まぁ、でもシャリナ、他のも試してみてよ」
言われるままに石を付け替え他の指輪を試す。
青い石は思ったよりも目立つため、少し大げさかなと思ってしまう土台のほうが似合う。薔薇があしらわれている物は華やかだ。他の宝石を周りに配置したものは豪華すぎる。
と、結局全部の指輪を試した。
リンクル王子が嬉々として私の指に指輪をはめたり外したりしている。
……プロポーズする女性にあげる指輪のデザインを決めるのがそんなに楽しいのかな。
でも、他の女性の指にはめた指輪をもらってうれしいかな?
いやこれはあくまでも指にはめた感じを確認するためだし、そもそも本物ではなくデザイン見本だから大丈夫なのかな?
「うん、これか、これか、これ……かな?」
殿下が10のうち3つを選んだ。
確かに、殿下が選んだものはどれも華美過ぎず、宝石とリングとのバランスもとれていて素敵なものだった。
「なぁ、シャリナはどれが好きだ?」
「そうですねぇ……。殿下の思い人が華やかな方でいたら、こちらも似合うと思います。控えめな方ならこちらでしょうか?……私が個人的に好きなのはちなみに、これです」
殿下が選んだ3つの家の一つを指さす。
薔薇ほどの主張はない、かわいらしい花……フリージアがあしらわれた指輪だ。
「ヴァヴィア」
殿下が隣国の言葉を発する。
「一番初めにシャリナに教えてもらった花の名前だ……」
首をかしげる。
「そうだったかしら?よく覚えているわね?」
殿下が、フリージアの花があしらわれた指輪を再び私の指に通し、石を載せた。
「ヴァヴィア ルールイ フォル フリージアが咲いています……ビラル……」
「そうね……ビラル~綺麗~だわ」
殿下が私の指にはめた指輪に、唇を落とした。
「ちょ、殿下っ!」
指輪がとても気に入ったのか、それとも、殿下が思い人を思い出したのか分からないけれど。
「ビラル……シャリナ」
あ。
思い出した。
「あの時も、確かそう言って私をからかったわよね!」
私が殿下のことをかわいいと言った腹いせにからかわれたんだわ!
7年もたつと言うのに、覚えていて、またからかうなんて!