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「ありがとうございます」
お礼を言ってその場を立ち去る。
毎年パレードに参加していたとなると、ルゥイは第一王女様と第二王女様がひそかに産んだ子という説は消えた。
陛下の子なら隠す必要もないだろうから……。
リンクル殿下の……!
心臓がドクンと跳ねる。
初めて会ったのはリンクル殿下が10歳の時。
子供だと思っていたけれど……。
私の記憶の最後にあるのは17歳……。
成人している。
今は、20歳のはずだ。
成人するのを待ち、すぐに結婚する貴族も多い。20歳で子供がいるのは普通の話なのだ……けれど。
「ねぇシャリナ。僕もうすぐ17歳、大人になるって知ってる?」
あれはリンクル殿下の誕生日の3か月ほど前だっただろうか。
「もちろん、知っていますよ。殿下は立太子もなさいますので準備に忙しいでしょう」
「僕は、成人したらすぐに結婚するつもりなんだ」
突然の殿下の言葉にびっくりする。
確か、私が成人したときに、殿下がそんなことを言っていた気がする。
私と張り合って、結婚は自分の方が先にすると言っていたような……。
「ですが、お相手は?殿下はまだ婚約もしていらっしゃいませんよね?」
「相手は……」
リンクル殿下が私の顔をまっすぐに見た。
とっくの昔に身長は追い越され、今では殿下の方が頭1つ分は大きい。
私が見上げる形で殿下の顔を見る。
一歩距離を詰めた殿下が私の手を取った。
手も、私の手よりずっと大きくて。そして、たくさんの努力が現れた手をしている。
剣の練習を繰り返し何度も豆をつぶして分厚くなった手の平。
女性をエスコートする時の練習をして、私の手を取ることもあった。分厚い皮をしているのに動きはとてもやさしい手。
「立太子したらプロポーズするんだ……」
「は……い?そんな相手が……?というか、えっと……」
王太子殿下が自らプロポーズ?
「それは、陛下はご存じなのですか?その、真実の愛を貫くという、物語のようなあれなのですか?」
そんな小説をいくつか読んだことを思い出し、殿下に尋ねる。
リンクル殿下が、ふっと目を細めた。
「いくつかの問題はすでにクリナしている……」
「問題のある方?」
「いいや、まったく問題のない素敵な女性だよ」
いつの間にそんな女性がいたのだろう。生徒と先生として7年近く一緒にいたのに、まったく気が付かなかった。
気が付かなかったのは自分が愚かなのだけれど。
……少しは教えてくれてもよかったのにと。
私は所詮殿下にとって秘密を共有できるような……信用のおける人にはなれなかったのだと思うと、寂しさとか悲しみとか……複雑な気持ちが胸にあふれてきた。
「問題というのは?」
リンクル王子が私の顔から視線を逸らしてうつむいた。
そして、私の右手を、なぜか両手でもみもみとし始める。
何、これ?
「プロポーズを……受け入れてくれるか……が問題……」
「リンクル殿下のプロポーズを……断るなんて……!」
ちょっとむっとしてしまった。
私の自慢の教え子であり、かわいい弟のような存在。
優秀で頑張り屋で優しい。その上、王家に現れる青く美しい瞳に輝く金の髪と、王妃様譲りの整った顔立ち。
「リンクル殿下、自信を持てばいいわ。あなたは素晴らしい王子よ。きっとプロポーズを受け入れてくれるはずよ」
殿下は下を向いたまま私の手をもんでいる。
これは、自信がなくてもじもじしている感じなのだろうか?
「……でも、私なんかと言って……断られる気がするんだ」
殿下の手をぎゅっと握り締める。
「殿下が素敵な人だと思っているんでしょう?だったら言ってやればいいんです。僕が素敵だというその言葉を否定するつもりなのかと。僕が素敵だと思うのだから、私なんかなんて言わないでほしいって」
殿下が私の手をぎゅっと握り返してくる。
「分かった。でも……僕のこと好きじゃないかも……そういう対象として見てくれてないかも……」
は?
相思相愛の子がいて、プロポーズするわけじゃなくて、まさかの片思い?
「殿下、その方とは仲が良いのですか?」
「……うん。悪くはないと思う。」
「その方に、他に思い人が?」
「……いない、はず」
「では、問題ないのでは?」
「え?」
殿下がパッと顔を上げた。
「貴族……特に上位貴族や王族の方は、政略結婚が当たり前でしょう?残念ながら嫌いな人と結婚することもあるでしょう。仲の良い相手であるのは幸福なのではないですか?……一緒に過ごすうちに恋愛に代わるかもしれませんし……」
殿下が真剣な表情を見せ、それから小さな声でつぶやいた。
「シャリナは?」
「え?」
「あ、そ、その、もしだよ、シャリナなら、僕と結婚してくれる?僕がプロポーズしたら、シャリナならどうする?」
本心で言えば、断るだろう。5つも年上の王太子妃など陛下も世間も認めるわけがないだろうし。
それに、弟みたいに思っているし、何より王妃教育も必要だろう。それに……と、次々と断る理由が頭に浮かぶ。
それでも……。
「その……恋愛対象として殿下を見たことはありませんが……。国を支えるパートナー、家族として必要とされるのであれば、お受けするでしょう」
殿下が自信が持てるようにと、言葉を探す。
「ほ、本当?本当に僕と結婚してくれる?」
「殿下の選んだ素敵な方も、きっと同じように答えてくださいますよ。殿下がお選びになったのでしたら、自分の利益ではなく国のことを考え行動してくださる方でしょう?」
殿下が大きく頷いた。
「もちろん。きっと外交では手腕を発揮してくれるし、僕が間違った考えを持てば諫めてくれる。それに、きっと、生まれてくる子供もかわいがってくれるだろうし、それから、えっと、何より、僕は一緒にいると幸せな気持ちになれるんだ」
リンクル殿下の幸せそうな顔を見る。
……これは、もう、その女性に絶対うんと言ってほしい。
もし、いろいろな事情で「私なんか」だとか「自信がない」だとか「無理です」だとか「他にいい人が」だとかグダグダ言うようならば、尻を蹴っ飛ばして「私の大切なリンクル殿下を幸せにしてやって!」と言ってやりたいかも。
私は見てきた。