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「は?」
准騎士は驚きつつも、紙に書いた読み方を声に出して読んだ。
「アシャーム リョル……」
それを聞いた露天主がほっとした表情を浮かべ、首を横に振った。それから、手の指を撫でるようにして指輪と身振りをし、首をもう一度横に振る。
よかった。通じるみたいだ。
「ああ、ありがとう!助かったよ!これはもらっても?」
准騎士が私にお礼を言う。
「あ、あの、この紙……彼から借りて……」
私の横に立っていた准騎士に筆記具を返す。紙は使ってしまったので返しようがないんだけれど。買って返せばいいかなと思案を巡らせていると准騎士が新しい紙を差し出す。
「お礼はするので、僕にも書いてもらえないだろうか?」
「もちろんいいですよ?」
ついでに、他の国の言葉も書いておく。
「なんで、こんなに外国語を知っているんだ?」
紙を渡すと准騎士が首を傾げた。
しまった!
識字率すら低い庶民が、外国語まで書けるなんて確かに怪しさしかない。
「えっと……国境沿いの村で店の手伝いをしていて……その」
「ああ、あそこは3国が接していて人の行き来も多いからな」
言い訳を探しながらしどろもどろ話をすると准騎士がぽんっと手を打って納得してくれた。
「お礼に、何か買うよ。好きなもの選んで」
と、露天に並んでいる物を指さす。
「え?お礼なんて……」
「いや、遠慮は無用だ。本当に助かったからね」
大した事してないけどとは思ったけれど、国に所属する准騎士が庶民にタダ働きさせたという噂でも立てば困るのは国……。殿下たち王族や貴族だ。
「では、これを」
ふと目についたものを手に取る。
「何これ?これでいいの?これは何?」
准騎士が店の人にお金を支払いながら尋ねた。
「子供のおもちゃですよ。こうやって使うんだよ?」
お店の人が、私が買ってもらったのと同じサクランボみたいな形をしたおもちゃを手に取る。
丸い球が二つ、紐で結ばれている。紐の中央に結び目があり、結び目で球を下にぶら下げるようにして持つ。
そして、紐を上下に動かす。
すると、球は揺れひろがり、閉じ、かちんと音をならしてまた広がった。
かちんかちんかちんと規則正しく音がなる。
「おや、そうやって使う物だったんですねぇ」
と准騎士人が関心する。
かちんかちんと音を立て続ける中、できるかな?と、えいっと思いっきり紐を引っ張る。
かちんかちんと、ブランコのように揺れては価値合わさっていた玉が、ぐるんと半円を描くようにうごいて、うえでかちんしたでかちんと当たった。
「やった、成功!」
できた!と思ったら、3回で失敗。やっぱり難しい。
准騎士の一人が、露天に並んでいる同じおもちゃを手に取って、私の真似をしてカチカチと鳴らす。
「これは単純だが、面白いな……くそ、難しい」
上と下とで鳴らす技には失敗したようだ。
「もう一度!って、すまん、店主、二つもらうよ。いくらだ?」
准騎士さんがおもちゃのお金を支払い、一つは私に。もう一つは自分のベルトにぶら下げた。
「ありがとうございます」
「いや。こちらこそ助かるよ。言葉が通じずに、指輪の捜索の仕事は時間がかかって大変だったんだ。これで仕事がはかどるよ」
准騎士さんが他の店の店主に声をかけに行くのを見送って、赤い丸い木の球が付いたおもちゃを持ち上げて見る。
「ルゥイ、喜んでくれるかな……。まだ難しいかなぁ?」
カチコチの音を聞くだけでも楽しいよね、きっと。
再びお祭りのような街の中を歩く。
どうやって情報を集めたらいいのだろうか。
伯爵家がどうなったか。
そう、それからもし、ルゥイが王族の血を引いているのだとすると……。
この3年の間に子を設けることができる可能性は、3年前に17歳になったリンクル殿下。その姉の第一王女19歳。第二王女は14歳……可能性はゼロではない……?第二王子の可能性はないよね。……他には。
ああ、陛下がいる。でも、陛下は子供の存在を隠す必要があるだろうか?側室を持つことも可能だし、リンクル王子が立太子した後だから後継者問題で揉めることもないはずだけれど。
……ってことは、やっぱりもし王家の血を引いているのだとしたら、第一王女、リンクル殿下、第二王女の三人。
一番隠さなければならないのは、結婚を控えていた第一王女。
貴族女性は成人後すぐに結婚する人も多いが、国を挙げてのリンクル殿下の立太子の式典の準備が優先されたため、第一王女の結婚式は立体式の翌年……王女が20歳になってからと少し遅めに予定されていた。
まぁ、20歳でも遅いというわけではないけれど。
私は22歳で行き遅れって揶揄されて。
……あ、そうか。私25歳なのかぁ……。と改めて思う。
感覚としては、3年間の記憶がないから、22歳の感じがする。
……3歳若返ったみたいな気持ちだ。精神的にだけだけども。
「なんだい、祭りは終わっちまったのかよー!せっかく来たのによ」
「あはは、まぁ、王太子の誕生祭は終わっちまったが、まだ今月いっぱいは祭りみたいなもんさ。パレードは見られないだけでよ」
ふと聞こえてきた話に耳を傾ける。
「パレードが見たかったんだよ。そうでもなきゃ陛下の姿を目にする機会なんて庶民にゃねぇだろ?村に帰ったら自慢するつもりだったのによ」
はぁぁとため息をついて、旅装束の若者が肩を落とす。
「そりゃ残念だったなぁ、絵姿でも買って帰ったらどうだ?」
「絵姿かぁ……」
「あの店の絵姿が一番似てるぞ」
「似てるとか分かるのか?」
「そりゃ、毎年パレードを見てるからなぁ。……しかし、王女様方のお姿を拝見するのも今年が最後とは悲しいものだ」
え?
「あの、毎年王女様は参加されていたのですか?それなのにどうして今年で最後なんですか?」
思わず会話に入り込んでしまった。
「ん、第一王女様はご結婚した後もパレードには欠かさず参加していたけれど、ご懐妊されたそうで来年からの参加は見送るって聞いたし、第二王女様は今年成人だろ?隣国にお輿入れするって話だからな」
そうなんだ。
……そうか。第二王女様ももう17歳なのか……。3年前の記憶で止まっているから不思議な感じだ。