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 昔のことを思い出しながら、手を首元へと伸ばす。


「あ……」


 手に触れると思っていた青い石の感触がない。


 どこへやったのだろう……。


 失う前の最後の記憶……。殿下の誕生日と立太子の式典にはつけて行っていた。


 大切にすると殿下と約束した。それを、この3年の間にどうしてしまったの?


 何故か貴族社会から出て庶民として生きている私。


 生活費の足しにともしかして売ってしまった?


 ……ううん。まさかそんな軽率なことを私がするわけがない。


 逃亡生活なら足がつくような真似するはずがないし、そでなくても殿下からの贈り物を売るなど、不敬と取られても仕方がないようなことするはずがない。


 じゃあ、どうしたんだろう。


 家を出るときに置いていった?伯爵家が何かやらかしてお家取り潰しになったのであれば没収か差し押さえか。


 持ち出していたとしたら……。


 売ってしまったはずはない。首につけていないのは庶民として不釣り合いな物で人目を引かないため。


 それから奪われないため……かな。私なら、隠し持つ。もしくは見つからない場所に隠す。


 隠しポケットを服につけるとか縫い付けておくとか……?


 あちこち服を確認してみたけれど、異物があるような感じはない。


 ……部屋、帰ったら探してみよう。私だったらあの、ベッドと机とクローゼットしかない部屋のどこに隠すだろうか?


 と、考え事をしていたら、私の前にしゃがんでいたルゥイがお尻をちょこっと上げた。


「あーー!すいません、馬車を、馬車をとめてくださいっ!」


 このポーズはウンチだっ!


 馬車から降りて、街道沿いの雑木林の中に駆け込む。


「はー、なんとか間に合った……」


 馬車に戻り、皆に頭を下げる。


「スイマセン、お時間を取らせてしまって」


「いいさいいさ。ちょうどそろそろ休憩が必要だったんだ」


「そうそう、少し早いけどここで馬を休ませるって」


「かわいいねぇ。お貴族様みたいに綺麗な顔してるじゃないか」


 ぎくり。


「こりゃ将来女泣かせになりそうだ!」


「女は泣かせてもかあちゃんは泣かせるなよ~坊主っ!」


 馬車に乗っていた他の乗客はみな良い人で誰も怒っていなくてホッとする。


「しかし、よく気が付いたなぁ。あのまま馬車でされたら大惨事だった」


「流石母親だねぇ」


 そう言われれば……。


 記憶がないのに、ルゥイがお尻を上げただけで、ウンチだって、よく気が付いたなぁ。


 私、母親なんだ。


 記憶が無くなっても、完全に忘れているわけじゃないんだ。


 ルゥイを見ると、愛しさで胸がいっぱいになるのも。


 ルゥイのちょっとした動きで何を考えているのか分かるのも。


 頭では忘れてしまっても、心は覚えてるのかな。


 血がつながってなかったとしても。


 私はルゥイのママなんだ。それだけは間違いない。

 


「ほーら、高い高いだぞぉ!」


 世界一かわいいルゥイは、その可愛さで周りの人たちもメロメロのようだ。


 乗合馬車の乗客の一人が遊んでくれている。


「きゃっー、きゃーっ」


 ルゥイが楽しすぎて、奇声を上げている。


 ……高い高いで、あんなに喜ぶなんて。


 父親が居たら、ああして高い高いをしてもらって、もっと幸せだったのかな……。


 ルゥイが私の本当の子で、愛する人の子で……愛する人と結婚できたら……。


 って、何を馬鹿なことを!


 それができていないから、今ここにいるんだよね。


 ……もしかして、私、庶民に恋をして家を出た?で、死んじゃった?家にも戻れなくてこの生活?


 うーん。


「では、そろそろ出発しまーす」


 御者の声に、馬車に乗客が乗り込む。


 ルゥイは高い高いをしてくれた男性に肩車されて馬車のところまできた。


 肩車からおろそうとすると、ルゥイが男性の頭にしがみついた。


「やー、やー!」


 おりたくないと駄々をこねている。


「す、すいませんっ!」


 慌てて男性からルゥイを引き離して抱きしめる。


「やー、もっと、ぎゃー」


 男性が笑ってルゥイの頭を撫でる。


「あはは、そうか、楽しかったか坊主!王都には父ちゃんに会いに行くんだろ?あったらいくらでもしてもらえばいいさ!」


 ずきりと心臓が痛む。


 高い高いも肩車も……。


 してくれる父親はいない。


 王都で警邏をしている旦那がいるというのはマーサさんに言われてついた嘘だ。


 未亡人だと知ると不埒なことを考える人間がいるからと。


 旦那さんが死んで一人で子供を育ててきたマーサさんからのアドバイスだ。旦那の職業は警邏など問題を起こすと後が怖いと思われる職業にするといいというのも。


「ほら、ルゥイ、馬車。お馬さんがまた走るよ。ガタゴトガタゴトだよ」


「あー、あ……ガタタタゴトトト」


「そう、ガタガタごとごとするよ」


「ガタタタ、ゴトトト!」


 ルゥイの気をそらすと、けろりと笑顔に戻った。


 周りの人たちは泣き散らしたルゥイをうるさいと言うこともなく、言い間違いをかわいいと笑っている。


 本当に、いい人達ばかりでよかった。


 と、ほっと胸をなでおろす。


 車輪が小さな石に乗り上げたのか、馬車が少しはねた。


 ルゥイはそれも楽しいようでけたけたと笑っている。


 いい子だ。


 どんな事情があるのか分からないけど、守らなくちゃ。絶対にルゥイを守らなくちゃ。


 いったい、何から?誰から?


 分からないのが不安だ。知らないまま敵にルゥイを渡してしまうようなことがあってはいけない。


「マーサさん……王都についたら」


「ああ、分かってるよ。ルゥイは見といてあげるから安心しな。王都の知り合いに会いに行くんだろう?」


 私の顔を知っている人がルゥイを狙っているならば、ルゥイと一緒に行動してはまずい。


 



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