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「じゃ、俺が成人するまで結婚しないよな?俺は……俺は、成人したらすぐに結婚するからな」
「え?まさか、私に先を越されたくないってことですか?……先に成人したのは年齢的に仕方がないけれど、結婚は自分の方が先にするって言いたいんですか?」
負けず嫌いなのは知っていたけれど。
私が、私はもう子供じゃないなんて自慢気に言ったから気に障ったかな。
「そうじゃないっ、そうじゃなくて……」
殿下の瞳が言葉を探してさまよう。それから、ぎゅっと強く目をつむってからぱっと開いた。
何か言葉を飲み込んだような、決意したような様子だ。
「すぐに、シャリナよりも背が高くなるし、すぐにシャリナよりも力が強くなる。俺は……その……」
「……そうですね。殿下はどんどん背が高くなって。初めて会ったときは、こんなに小さかったのに。いつの間にか私と同じくらいになったのね」
こんなにと、胸元くらいに手を前に出すと、殿下がむくれた。
「そんなに小さくなかった。合ったときもこれくらいはあったからな!」
私の手を掴んで、肩の上に持ち上げる。
「そうでしたっけ?」
私の記憶の中ではとっても小さな子供にすり替わっちゃったのかな?
「俺は、そんなに子供じゃない。俺は……」
目の前にいる12歳の殿下。確かに身長は、もう私と同じくらいだし、声も低くなった。私の手を持ち上げている手もなんて、私よりも大きいくらいだ。
剣を握り続けて、硬くなった手の平。
「ガットー ラル ブルネラ~お誕生日おめでとう~」
リンクル殿下が、そのまま私の手を引き寄せて、甲に唇を落とす。
「ひえっ」
よほど親しい女性にしか手の甲にキスなんてしないのに。
「何、その声……。せっかく誕生日を祝ってあげてるのに」
「あ、ああ、そう、誕生日、特別な日だものね?」
びっくりした。すでにマナー教育でリンクル殿下だってだれかれ構わずしちゃだめって習ってるはずなのに……。婚約者や家族以外の女性には……何か特別な理由がない限りキスしない。よほど、女たらしでなければ。
特別な理由……。
例えば、キスをする文化の国との外交。
あ、そういえば、今学んでる言葉の文化は挨拶で頬にキスする文化圏だったっけ。
なるほど。誕生日の祝いに手の甲にキスするくらい普通なのかな。
「プレゼントもあるんだ。王子である俺からのプレゼントなんだから、分かるよな?」
「え?プレゼント?」
殿下が、ポケットからネックレスを取り出した。
金の鎖につながれた、青い宝石のついたネックレスだ。
宝石は親指の爪くらいもあり、とても高そう……。
「こんな高価なもの、貰えませんっ!」
差し出された手をそっと押し戻すと、殿下は私をにらんだ。
「一生に一度の成人を迎える誕生日を、俺には祝わせてもらえないのか?王子は世話になっている教師をないがしろにする愚か者だと思われてもいいというのか?」
う。確かに、王族は臣下に働きに応じて褒賞を出すことも大切な仕事のうちの一つだ。
働かせるだけ働かせて何も返さない王に、誰が忠誠を誓うだろう。
ちゃんと働いた分は報われるということを日々示していかなければならないのだ。
「……ありがとうございます。殿下」
手を出すと、殿下が私の手にネックレスを載せた。
「……綺麗な、青。空の色ね」
「はぁ?空はもっと薄い青だろ、この青色は、俺の目の色の方が近いだろ!」
リンクル殿下がグイっと顔を近づけ目を指さす。
「……そうね。この国の空はもっと薄く見えるわね。でも、殿下の目の色のように青く空が見える国もあるのよ。ああ、山に登っても空の色は違ってみるわ。吸い込まれそうなほど真っ青な空を見たときには美しさに息が止まったわ。……殿下の瞳も、その空のように美しい」
じーっと殿下の目を覗き込むと、殿下の顔が赤くなってぷいっとそっぽを向いてしまった。
美しいなんて言われて恥ずかしくなっちゃったかな?
そっぽを向いた殿下がまた私を見た。
手の平のネックレスを乱暴につかんで、私の後ろに向かう。
「つけてやるっ」
王子にネックレスをつけさせるなんてっ!断ろうと思ったけれど、プレゼントしたものを早く使ってほしい気持ちはよくわかる。
「お願いします」
ここは素直につけてもらうべきだろうと、髪をかき上げると、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
殿下、もしかして緊張してる?そりゃそうよね。ネックレスって小さくて留め金を留めるのには慣れが必要。きっと初めてのチャレンジなんじゃない?負けず嫌いだから失敗して恥をかきたくないって思ってるんじゃないかな?
なんて思っていたら、あっさりとつけ終わったようだ。
「うん、似合うな」
殿下はネックレスをつけた私を見て満足げに頷いた。
「大事にしろよ」
「もちろん。殿下にいただいたものを粗末に扱うことなどありえません。大切に保管――」
「しまい込むな!毎日つけてこい!じゃなきゃ意味がないだろ!」
意味?贈った意味がない?
……確かに、王子が臣下を大切にしているというアピールする意味合いもあって身に着ける物を下さったというのなら、周りの目に止まらなければ意味がないか。
「流石に毎日は……その……落としてしったり不安で……」
私が「殿下にいただいたの!」とあちこち自慢できるような社交上手な女性だったらよかったんだけど。
「なくしたらまた贈る。何度だって……だから、ちゃんとつけろ」
思わずくすりと笑いが漏れた。
「流石に、何度も無くすことはないですよ……分かりました。つけますね」
……あれから、王宮へ行くときは毎日つけていた。
殿下は、私の首元を見て、青い宝石のネックレスがあるのを確認すると嬉しそうに笑っていた。
そうだよね。
自分が贈ったものを大切に使ってくれているの見たら、嬉しいよね。
私も……。
殿下の誕生日に光にかざすと金色みたいな綺麗な黄色のガラスペンを贈った。
殿下が大切に使ってくれるのを見て、嬉しかった。
……まだ、殿下は使っているだろうか。