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「俺は他にもたくさん学ぶことがあって忙しいんだ。通訳が居れば問題ないんだから語学を学ぶ時間があれば別のことに時間を使う。こういうのをどういうか知ってるか?」
殿下が自信満々に口を開く。
「合理的って言うんだ」
その様子が、学んだばかりの合理的という言葉を使ってみたくて仕方がない子供っぽさに思わずつぶやいてしまう。
「キュラルア……」
バーサイ国で「かわいい」という意味の言葉だ。
そして、慌てて口を塞ぐ。
「キュラ……なんだ?今何と言った?」
殿下に向かってかわいいなんて失礼だったかな?
「キュラルアですわ。殿下」
「慌てて口を押えたな。どこの言葉だ?どういう意味だ?」
あら?これはもしや……。
「不敬な言葉を口にしたのだろう?それで慌てているんだろ!」
「首にしてくださって結構ですわ。キュラルアと言われたからシャリナは首だと」
殿下はすぐに部屋を出て行ってしまった。
……。さて、これで本当に首になってしまったらどうしようか。処罰まではされないと思うけれど。
部屋から窓の外を見る。
王宮の中庭は、いつでも美しく整えられているけれど、今の時期は格別だ。これから満開になる花々が、みずみずしく葉やつぼみを伸ばし生命力にあふれていて本当に美しい。
ぼんやりと眺めていると、顔を真っ赤にした殿下が部屋に戻ってきた。
「シャリナっ!お前、よくも……!キュラルアってかわいいって意味だってな!かわいいと言われたから首にするって言ったら笑われたじゃないかっ!」
顔を真っ赤にしている殿下もまた格別にかわいらしいと思ったけれど、これ以上殿下のプライドを傷つけるわけにはいかない。
10歳。子供扱いされたくない年頃なのだろう。かわいいを卒業してかっこいいと言われたいという。
「だが、シャリナ、お前の言いたいことは分かった」
殿下は驚いたことに私に頭を下げた。
「すまなかった。どうか言葉を教えて欲しい。その国の言葉を知らなければ行き違いが生じることを教えようとしてくれたのだろう。敵の息のかかった通訳の言葉が真実かどうか見抜けなければ、最悪戦争に発展することもある」
「頭を上げてください殿下」
外国語を学ぶことの重要性を説明しようと思っていたのに……。あれだけのことですべてを理解するなんて。
殿下は聡明な人なんだろう。
語学学習をしたくないと言った「他に学ぶことがたくさんあるから合理的に不要だと思うものは排除する」というのも本心で、嫌いだからとかやりたくないからという我儘からではないんだ。
「アルビオーノン」
「は?どういう意味だ?」
ふふふと笑う。
立派ですという単語だ。
「アルビオーノンな殿下、ではさっそく授業をはじめましょうか。護衛の皆様には申し訳ありませんが、お付き合いください」
そうして、殿下とともに庭に出た。
「おい、勉強は?」
リンクル王子は戸惑いながらも庭に出る。
「ヴァヴィア ルールイ フォル」
「は?」
「フリージアが咲いています。ヴァヴィア ルールイ フォル。ガリウ ルールイ フォル、ネモフィラが咲いています」
リンクル王子が頷いた。
「ヴァヴィア、ガリウだな、じゃあチューリップは何という?」
「チュナップ」
「ふぅーん。じゃあ、チュナップ ルールイ フォル」
「チュナップ ルールイ フォル ビラル」
リンクル王子が私の顔を見た。
「ビラルは綺麗という意味です」
「ふーん。チューリップが綺麗に咲いている……チュナップ ルールイ フォル ビラル……」
そこまで口にしてから、リンクル殿下がにやりと笑って私を見た。
「シャリナ ビラル」
へ?
シャリナは綺麗って……。
カーっと顔が熱くなる。
綺麗なんてほめられたことがなくてびっくりした。
「あはは、さっき、俺のことかわいいなんて言ったお返しだ!」
「もうっ!大人をからかわないでくださいっ!」
「この国ではまだシェリルも子供だろ!俺と同じ子供だ!」
もうっ!
赤くなったほほを抑える。
言葉の練習なんだから、人をからかえるくらい上達するならよしとしなくちゃ。
「殿下、綺麗……ビラルは美しい物に対する綺麗で問題ありません。我が国では他に綺麗を意味するものは掃除などで汚れがなくなった状態や、剣を磨いて傷のない状態も綺麗と言いますが、そちらの単語はアレッシュです。綺麗な剣はアレッシュ。では傷一つない綺麗な肌はどう表現すればいいですか?ちなみに、否定する場合はノントをつけます」
殿下の手を見る。
「ノント アレッシュ……だよな」
剣の練習を熱心にしているであろう手は豆ができて綺麗ではない。
「こっちはアレッシュだ」
手のひらを反すと白く美しい手の甲が見える。
「ビラル……殿下の肌は美しいですよ」
「な、な、なんだよっ!貴族なんて水仕事してるわけじゃないから、みんな綺麗な手してるだろっ!シャリナだって」
殿下が私の右手を取った。
「あっ」
殿下が驚いた声を上げる。
「す、すまん……」
慌てて殿下が私の手を離した。
「大丈夫ですよ。中指の先はペンだこができてるし、この小指の付け根のやけどの跡は、読書に夢中になりすぎて蝋燭の火に触れてしまったときのものです。気にしてないのでそんな顔しないでください。殿下は……シュッタですね」
「シュッタ?」
優しい。
殿下は今どうしてるのかな。
「聞いたか?リンクル殿下の話」
「どの話だ?この間の20歳のお祝いの話か?」
びくりと肩が揺れる。
殿下の噂話に思わず耳を傾ける。
「なんでも婚約者探しを本格的に始めるって話だ」
「それか。成人してから3年。遅いくらいだろう?こう結婚して子供の2,3人いてもいいくらいだろう」
……いやぁ、それはないんじゃないかな。
成人してすぐに結婚している人がいたとしても、二十歳で子供2,3人って……。
「あはは、流石にそれは大げさだろう。好色王と呼ばれた8代前ならそれもあるだろうけど」
そうか。別に一人の女性とは限らないんだ。
王太子だもんね。正妃が王位継承権1位となる男児を産みさえすれば、側室を持つことができるんだもの。
正妃が男児を産む前に生まれた子は、火種にしかならな……。
ルゥイに視線を落とす。
まさか……ね?
もし、そんな子が生まれれば……。
別の人の子としてひっそり育てさせるならいい。
幽閉……下手したら、処分。
ぞくりと背中に冷たいものが流れる。リンクル殿下がそんなことするわけがない。優しいあの子が。
「で、婚約者探しって、候補もいないっていうのか?だいたい上の方の貴族んとこの娘と結婚するんじゃないのか?」
「あとは隣国の姫とかだろうなぁ。なんでも殿下は流ちょうに3か国語を話すっていうだろ?」
うんうん。7年間、週に4日の授業をかかさず行ったおかげで、リンクル殿下はみるみる言葉は上達していった。
あれは……何歳の時だったかな。……そうだ。私が17歳の誕生日。
「王子、これで私は晴れて、大人となりました!もう、子供ではありません」
いつものように、学習室に足を踏み入れると殿下は不貞腐れたように顔をそむけた。
「殿下、おめでとうという言葉をもう忘れましたか?」
「結婚は?」
「え?結婚は、ファールメリですよ。おめでとうがガットー。結婚おめでとうはガットー ラル ファールメリです。って、私は結婚するわけじゃないので、誕生日、ブルネラを使ってください」
「結婚しないのか?」
殿下の言葉に首をかしげる。
「婚約者もいませんし、結婚の予定はありませんけど?」
「本当か?伯爵令嬢なら、成人を迎えたらさっさと結婚するもんじゃないのか?遅くても、20歳までには結婚しちゃうんじゃないのか?」
首を横に振る。
「えーっと、他の令嬢はどうか分かりませんが……私はこうして仕事をしておりますから、結婚せずに仕事を続けて生きていくかもしれません……20歳を過ぎても……このままである可能性も」
モテた記憶もないし。スタイルが取り立てていいわけでも、飛び切りの美人というわけでもない。
そのうえ、女性らしくない会話を好むとなれば、男性から嫌煙されがちで……。
取り立てて旨味がある伯爵家でもないので政略結婚申し込まれる可能性も低く……。
「ずいぶん年の離れた人とか後妻とか悪い噂のある人とかになるくらいなら、むしろ結婚しなくてもいいかな?」
リンクル殿下が逸らしていた顔を私に向けた。
それから、立ち上がると私の前に立つ。
ところで、別作品で、文の間が詰まっていて読みにくいというご意見をいただいたため、この作品は間をあけて更新しておりますが……どうでしょうか?
慣れません。見慣れません。
スマホとかだとスクロール多くなってめんどくさくないですか?
どちらが好きですか?
pc環境とスマホ環境では違うかと思うので一概にどちらがと言うわけにもいかないのでしょうが……。難しい問題です。
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