22 最終話
「そばにいるのですら嫌だというなら……」
そんなことない。
王都を離れる時、殿下とはもう二度と会えないのかと思った時、心が引き裂かれるような気持ちになった。
寂しくて悲しくて。
一緒にいたくないなんてそんなことないけど。けど……。
離れる理由が分からない。もしかして、ルゥイは別の人の子?偶然リンクル王子に似ているだけ?私には恋人ができて、ルゥイを身ごもった。殿下からプロポーズされて逃げるようにして王都を去った?
分からない。
殿下が差し出した青い宝石の指輪は、フリージアがデザインされている。
そう、私が10個の指輪のデザインから選んだものだ。
立太子の3か月前。あの時、プロポーズすると言っていた相手は私だったんだ……。
あの時の私は……。
いろいろ言い訳して逃げ出すようならお尻を叩いてやるって。殿下を幸せにしてほしいって思った。
思っていたのに……。
「マーッ!」
ルゥイが店から出てきてこちらに向かって掛けてきた。
ステンと転んだ。
「ルゥイ!」
声を上げると、殿下が振り返り、ルゥイを見た。それから私を振り返る。
「シャリナの子?結婚……していたのか?」
ショックを受けた表情を見せたが、倒れたまま起き上がらないでいるルゥイの元まで近寄ると、優しく声をかけながら、ルゥイを助け起こしてくれた。
ルゥイの顔をみた殿下が動きを止めた。
ルゥイも殿下の顔を見て首を傾げた。
殿下が、立っている護衛に尋ねた。
「誰かに似ていると思わないか?」
「はい。殿下にそっくりでございます」
その言葉に、殿下がルゥイを抱き上げる。
「そうだよな……?俺の子だよな?」
殿下が私を見た。
ルゥイと殿下の顔が並ぶと、どう見ても親子にしか見えない。
「シャリナ、あの時の……この子は俺の子だろう?」
あの時って何だろう。
「ご、ごめんなさい……分からないんです」
「分からない?こんなにそっくりなんだ、俺の子だよな?例え他の男と関係があったとしても、この子は俺の子だ」
「他の男と関係って……そんなことは……あったかもわからないですけど」
「シャリナが、俺以外に好きな人がいたって構わないんだ……番とはそういうものだと教えてもらった……」
「違います、殿下以外に好きな人なんていません」
「え?」
「あ、違います、えっと、私、好きな人はいません、あ、いえ、いるかもしれないんですけど、たぶんいません……」
殿下がルゥイを愛おしそうに眺めている。
きっと、大丈夫なんだろう。もしルゥイが殿下の子じゃなくても守ってくれる。殿下の子であればなおさら……。
私は、3年間の記憶がないことを打ち明けた。ちょうど見つけた日記に記憶のヒントがないかと読もうとしていたところだと。
「一緒に見てもいいか?」
少し考えてからうんと頷く。
マーサさんの店の2階。狭い部屋のベッドに二人で並んで腰かける。殿下の膝の上にはルゥイがちょこんと乗っていた。
日記帳を開いて二人で見た。
私は始終真っ赤になる羽目になった。
殿下の成人の義……女性との交わり方を覚えるための義の日。日が落ちてから行われると思い込んでいた私は、すでに義が始まろうとしていた殿下の部屋にノコノコと現れたのだ。教師を辞する最後の挨拶をしようと。
部屋の前で小さなグラスを渡されて飲むと、途端に声が出なくなった。それは義に使われる薬だと気が付いたのは薄手の黒い布をかぶされ部屋に通された時だ。
初めての女性に未練を持たないように、義の相手となる女性は一時的に声が出なくなる薬を飲まされ、顔を隠す習わしがある。避妊薬を飲んだ、まだ客を取ったことがない娼館の女性が選ばれるのだが、どうやら私はその女性に間違えられてしまったらしい。
部屋にはすでに興奮を促す薬が炊かれていた。侍女たちに夜着に着替えさせられ、寝室へと通されると殿下がもうろうとした様子でベッドの上にいた。
媚薬も飲まされると聞いている。
どうしよう、人違いですと声を出したくても出すことができないまま、ここまで来てしまった。
大切な殿下の成人の義をめちゃめちゃにしてしまっていいの?
どうしたらいいのか分からないまま、差し出された手に手を載せてしまった。甘ったるいお香の匂いに私の頭もぼーっとし始めていた。それから後のことは、よく覚えていない。殿下が私の右手を撫でたときに、驚いたように声を上げ、私の名を呼んだ気がした。
ごめん、でも止められない……無理……薬にあらがえない……。
苦しそうにつぶやく殿下を安心させたくて、私はすべてを受け入れた……ような気がする。
後悔はこれぽっちもなかったけれど、合わせる顔があるわけもなく。逃げ出した。
殿下は私だとは知らないだろうけど、私の方はそうはいかない。気恥ずかしさでどんな顔をしていいのか分からず、逃げ出した。
しばらく隣国を旅していたら、妊娠が分かった。なんてことをしてしまったのかと。
あの時人違いだと言わなかったことを激しく後悔した。
殿下は好きな人がいてプロポーズすると言っていたのだ。それなのに、通過儀礼で子供ができたなんて分かれば、殿下は好きな人と結ばれないかもしれない。大切な殿下の幸せを私が邪魔するなんてできない。
生まれてきたルゥイはとてもかわいくて、ルゥイに殿下の面影を見るたびに、胸がずきりと痛む。
殿下に父親にルゥイを会わせてあげたい。。
いいえ、会ってはだめ。
ルゥイのことが知られれば、社交界では5歳も年上の行き遅れの年増が殿下を陥れたと噂するだろう。
それは両親を傷つけるし、生まれてきたルゥイも色々言われてしまう。それに何より……殿下の心を傷つけてしまう。
ずっと信じてくれていた私に騙されたと……そう思えば傷つくだろう。
と思っているのに。
会いたい。
私、もしかして、殿下のことを好きになってしまったのかもしれない……。
と、恥ずかしい気持ちが日記にはいろいろと書かれていた。
う、うわぁ!なんで殿下と一緒に読むことを許可しちゃったんだろう……!
後悔している私の右手を、殿下がそっと握った。
「すぐに気が付いたんだ……。シャリアだって。この手のペンだこと火傷のあと……」
え?嘘?
あんなに意識がもうろうとしていたのに?
「ちょっと様子が変だったから何か手違いがあったんだとも思ったんだけど……」
1を聞いて10を知る殿下だ。そりゃそうか。
「シャリアが目の前にいて、逃げずに俺の手を取ってくれて……それで嬉しくて……。媚薬で体は押さえられなくなっていて、だめだと分かっていたけど、止めることができなかった……手違いで来たシャリアに手を出してはダメだと……分かっていても……途中からはもう、何がなんだか分からなくて」
「たいの、たいの!」
ルゥイが日記帳をぺちぺちと叩く。
「ああ、次をめくるんだな?」
殿下が日記帳をめくると、下手くそな絵。
「ドアゴンよ」
ルゥイが殿下に教えてあげると言わんばかりにドラゴンと言っている。
「ルゥイ、これは牛の絵だよ、今度ドラゴンの絵を見せてやるからな」
殿下の言葉にむっとして膨れる。
「殿下っ!ルゥイに変なこと教えないでください。これはドラゴンの絵なんです、牛じゃな……」
膨らんだ私の頬を、殿下が両手で挟んだ。
「もう、子供じゃないからな……」
そして、殿下が優しく私の唇に、触れた。
最後までご覧いただきありがとうございましたぁぁぁ!!!
↓下にある★評価していただけると嬉しいです!
その後とかもしかしたら書くかもしれないのでブクマして待っていてくださるとうれしいです。
感想や♥や文章レビューお待ちしております!




