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「マー、たいの、たいの!」


「ああ、ルゥイごめんね。次のページが見たいのね?」


 ページをめくると、へたくそなドラゴンの絵。


 でも、もう牛には見えないわよね?殿下はこの絵を見たらどう言うかしら?


 へたくそだと言って笑って……それから、私が頬を膨らませると、両手で挟んで……。


 王都で会った、20歳になった殿下の顔を思い出す。


 あれは、子供だから許されることで……。


 今の殿下は成人したし、すっかり大人になったんだもの。


 もう、女性に対してそんなことをしてはいけないというのは分かっているはずだ。


 そう、殿下が触れる相手は……結婚する女性だろう。


「マー、たいのっ!」


 またもルゥイにせかされた。


「えーっと、王子がドラゴンに会ったところからね、これは……」


 有名な物語だ。ルゥイに読み聞かせながら、心の中には疑問符で満ちていた。


 ルゥイが私の産んだ子であれば……、父親は誰?


 どういう経緯で、私はルゥイを身ごもったの?


 何故一人で産もうと思ったの?


 ……どうして、ルゥイは殿下にそっくりなの?


 窓から、騒ぎが聞こえてきた。


 慌てて窓から見下ろすと、騎士たちの姿が見える。


 どうして、王都の騎士がいるの?


 制服が違う。この領にいる騎士じゃない。王家直属の騎士の制服だ……。


 まさか、ルゥイを探しに?


「ルゥイ、続きは後で読んであげるから、ちょっとここで待っててくれる?」


 クローゼットにルゥイを入れてドアを閉める。


「くらーい、きゃはは」


 ルゥイが暗いのが平気でよかった。楽しそうだ。


「しぃーよ、ルゥイ。かくれんぼ。見つからないようにね」


 と言っても分からないだろう。クローゼットの扉を開いて、王都で買った金平糖の瓶を手渡す。


「これ、食べて待っていて」


 口に金平糖を入れてしまえばルゥイは静かになる。金平糖は小さいから喉に詰まらせることはないし、たまにしか食べられないと分かっているから大事に口の中で味わってくれる。


 すぐに荷物を抱えて部屋を飛び出す。


 きっと、探しているのは私だろう。


 なら、私の姿を見れば追いかけてくるはず。


 店を出て、騎士たちが街の人と話をしているすきに走り出す。


「あ、待て、いや、お待ちくださいっ!」


 振り返ると焦った顔の騎士がこちらに駆け寄ろうとしている。


 逃げないと。捕まるにしても、できるだけ店から遠くで……。ルゥイだけはルゥイだけは……。


 そう思っていたのに、わずか4軒先の店さきで捕まってしまった。


「シャリア……どうして……」


 私の前に殿下が立ふさがった。


「え?殿下……どうして……」


 手には私が宿に残した手紙があった。


「そんなに、俺に会いたくなかったのか?俺は……シャリアに会いたくて、1週間後と言われたけれど、我慢できなくて……」


 我慢できないという言葉に、頭が痛くなる。


 これは、記憶を揺さぶられるから?


「そうしたら、伯爵はシャリアは帰ってないというから……あの後何かあったんじゃないかと心配で」


 しまった。


 まさか殿下がそんなに私と会うのを楽しみにしていたなんて思いもよらなかった。


 ……両親にも手紙を出しておくべきだった。……失敗ばかりだ。


 それにしても……。


「だけど、どうしてここに?」


 私は別の国に行くと手紙には書いたはずだ。


「シャリアが俺に探されたくないと思っているなら……行き先を書くはずがないのにわざわざ書いてあったから……」


 ああ、だから逆方向だと当たりをつけたってことか。


 そうだ。殿下は1を聞いて10を知るんだもの。私の浅知恵なんてお見通しだよね。


「でも、だからって、公務は?」


 馬車で3日かかる道のりだ。馬を飛ばしても往復で3日はかかるはずで……。


「皆に迷惑が掛かるのに……」


 無責任にすべてを放り出してきたというのだろうか?


 どうして、そこまでして私を追ってきたの?


「そうだ。この3年間、皆には迷惑をかけ続けた」


 え?


 それは立太子をしてからずっと迷惑をかけてきたっていうことで。


「大丈夫ですよ、殿下は自分が思うよりもちゃんとしてきているはずです。迷惑だなんて誰も思ってなくて、きっと……その……」


 記憶がないだけでなく、王都からも離れていた私が殿下の何を知っているのかと言われればその通りなんだけど。


「婚約者を決めなければならないというのに、好きな人がいるからと拒み続けた」


「殿下……?立太子の後にプロポーズすると言ってましたけど、断られたのですか?それとも……まだプロポーズしていないんですか?」


 殿下が首を横に振ってから、片膝をついた。


 驚く私の前で、殿下はポケットから取り出した指輪を私に差し出すと、まっすぐと私の顔を見る。


「シャリナ……結婚して欲しい」


 は?


 殿下の手には、青い空のような美しい宝石のついた指輪がある。


 殿下の瞳の色をした宝石。


 そして、そのデザインはきんちゃく袋に入っていた青い石の指輪と同じだ。


「な、何を言って……」


 この3年間のことがまるっきり分からない。


 なんで、殿下が、私に?


「迷惑なら断ってくれても構わない……ただ、もうどこかへ行かないでほしい。傍にいてくれればそれでいいんだ」


 混乱する私の顔を見て殿下が言葉を続ける。


「もし、結婚が無理なら、俺は王太子を降りるよ。弟に譲る……。語学力を生かして外交官にでもなって、隣国との関係強化のために働こうと思うんだ。俺の隣にシャリナにはいてほしい」


「ま、待ってください、どうして、どうして……王太子を降りるなんて、意味が分からないです、それに、なんで私?」


 記憶を失った3年間で本当に何があったのか。恋人同士だった?


 いや、そんな馬鹿な。


 もしルゥイが殿下の子で、結婚まで考えているのなら、一人で産んで育てるなんて考えるわけがない。


「シャリナは、俺の番なんだと思う……。シャリナじゃないとダメなんだ。シャリナがいないと……俺の心は何かが欠けたままで……」


 番というのは別の国では有名な話だ。運命の人は恋愛対象となるだけなのに、番というのは恋愛対象とならなくても言葉を交わすだけで幸福感に満たされ心が満ち足りるのだとか。


 わけが分からない。


 ルゥイが殿下と私の子ならば、プロポーズを断る理由が分からない。逃げ隠れる意味も分からない。

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