20
私が、大切なネックレスを売るわけはない……盗まれたり無くしたりするようなへまもしない。
クローゼットの床板の下に、きんちゃく袋に入れた青い宝石のついたネックレスが出てきた。
ネックレスを取り出しても巾着のふくらみがまだ残っている。
手を入れて取り出すと、青く染めた石のついた指輪が出てきた。
「これって……!騎士が探していた指輪……!なぜ私が持っているの?」
どうしたらいいのだろうと思ったけれど、それよりも気になるものがもう一つ。
「そうだよね。私……」
分厚い本を1冊取り出す。
本ではない。日記帳だろう。
だって、私が書かないわけがない。
ぺらりとめくると、やはり見慣れた私の字で文章が書かれている。
それも、何か国もの単語をごっちゃ混ぜにして書いてある。
「人に見られたら困る内容であることは明らか……だよね」
それでも書かずにはいられなかったのか。そして、厳重に隠しもっていた。
きっと、取り出したりしまったりしているのをルゥイは見ていたのだろう。それを覚えていて、教えてくれたのだ。
読むのが怖い。
失った3年間の間に何があったのか、知りたいけれど、知るのが怖い。
震える指で、文字をなぞる。
「マー、マ」
ルゥイが私の膝の上に載って、本を覗き込んだ。
これは絵本じゃないのよ?と頭を撫でて、日記に視線を戻す。
1ページ目、2ページ目は、その日何を食べたとか、何が美味しかったとか、たわいもないことが書いてある。
「私のことだ、これは何でもないことが書き綴られた日記だと思わせるためのダミーよね……」
私なら、ダミーを10ページは続ける。読んだ人が飽きるような内容に……。
ペラペラと内容も確認せずに10ページほどめくる。
あ……。
そこにも初めの3行ほどは天気や食べたものについて書いてあった。けれど……。その先からは「本当の日記」になっていた。
いえ、これは本当の日記なのだろうか?
創作……?
プルプルと小さく体が震える。
『一人で産んで育てる決心をしたけれど、本当に私にできるだろうか。不安だ』
日記にはそう書いてある。
一人で、産む?
「マー?」
膝の上のルゥイが私の動揺を感じ取ったのかこてんと首を後ろに倒して私の顔を見た。
「ああ、ルゥイ……ルゥイ……あなたは私の子……本当に、私が産んだ、私の……子なのね?」
この無限にこみあげてくる愛しさ。
「ルゥイ……」
ぎゅっと抱きしめると、ルゥイが身をよじる。
「たいのっ!」
「あ、ごめん、痛かった?ごめんね?」
「ちあうの、たいの、たいの!」
ん?ルゥイが日記帳をポンポンと叩く。
「もっと読みたいの?」
まだ2歳になるかならないかのルゥイが文字を読めるわけはない。
でも、日記帳のページをめくれと要求する。
何だろう?
読み進めるのを中断してパラパラと先のページをめくる。
「あ……」
へたくそな絵が描かれている。
ふっと笑ってしまう。
リンクル殿下が12歳のころだったろうか。弟の第二王子の誕生日が1か月後に迫ったある日のことだ。
「いいことを考えた!誕生日に絵本を送ろうと思うんだ!シャリナ手伝ってくれ!」
「え?絵本をですか?誕生日が来ると5歳でしたよね……私が手伝うよりも、殿下が選んで差し上げた方が喜ぶのではないですか?」
殿下が首を横に振った。
「選ぶんじゃない、作るんだ。せっかく外国語を習っているんだ。我が国の絵本を外国語に直した絵本を作って贈ろうと思う。そうすれば絵本も楽しめるし、外国語の勉強にもなるだろう?」
「まぁ!なんて素敵な贈り物でしょう!私は何を手伝えばいいかしら?訳せばいい?」
「それは、俺がやる。シャリナには絵を描いてほしい」
そりゃそうか。外国語の勉強のためには殿下が訳した方がいい。
それにしても、私が絵を?
私は、殿下が訳した言葉のチェックを手伝うとかではなく、絵を描くの?
殿下が選んだ絵本は、王子が世界を亡ぼすドラゴンをやっつけるストーリーのものだった。
殿下が翻訳を頑張っている間、私は我が国の絵本の挿絵を見本に、四苦八苦しながらドラゴンの絵を描き上げた。
「なんだこれ?牛は出てこないぞ?」
「牛ではなく、ドラゴンです」
う、牛……!せめてトカゲと言われるならまだしも……!1時間かけて描いたドラゴンの絵が牛……!
「はぁ?これのどこが……あ、ドラゴンの角のつもりか?牛の角じゃなくて?え?この背中の模様みたいなのが、羽?」
殿下が眉に皺を寄せる。
そんなにひどいかな?
「ぷはははっ」
「わ、笑うなんてひどくないですか?一生懸命描いたのにっ!」
「いや、違う、そうじゃない。シャリナにも苦手なものがあったんだなと思ったら……賢くてなんでも知ってて……なんでもできると思ってたのに……!」
思わず頬を膨らませて抗議する。
「できない事はたくさんありますよ。乗馬はできても御者はできないし……殿下のように剣を振ることもできませんよ」
殿下は私の顔を見て笑うのをやめた。
「ほっぺた膨らんでるぞ?」
殿下が私の頬を両手で挟んだ。
「ちょ、殿下っ」
「子供みたいだな」
「どうせ、子供みたいな絵しか描けませんよ」
「すね方が子供みたいだ」
嬉しそうに殿下が笑った。
くっ。誕生日が来て私が成人したことが気に入らないのかな?子供みたいな姿を見て楽しいのかな?
「殿下の方こそ、レディに向かってこのような態度は子供みたいですよ?」
私の頬を挟んでいる殿下の手を取って引っぺがす。
「こ、子供じゃなくたって、するだろ?ほ、ほら、なんか、そういうの劇で見たぞ」
劇?
何度か見た劇で、大人がほっぺを手で挟むシーンなんてあったかな?
「あっ!」
恋人同士がキスをするシーンとか……。確か、そんなのあったかも……!
真っ赤になって早口で殿下にまくし立てる。
「殿下っ、子供だから許されますけど、もう二度と、レディにしてはダメですよ、これは、その、こ、恋人同士とか特別な間柄の大人がするだけで、普通は大人に対してする行為じゃないですからっ」
と言ったら、殿下が一度離した手を、再び私のほっぺに当てて、両手で挟んだ。
「殿下っ!」
「ま、俺は子供だから、成人してないしな。構わないだろ?」
「殿下っ!」
「子供っぽいもなにも、俺は子供だからな!まだ、あと5年は子供だ!シャリナが膨れるたびにこうしてやるっ!」
その時は、いつも皇太子として早く大人になろうとしている殿下が、子供でいるということが嬉しかった。他の子供のように、笑えるならば……と。
それからもへたくそな絵を何度か殿下に見せたっけ。
「今度こそちゃんとドラゴンに見えるでしょ?」と。




