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っていうかさ……。この子、親の欲目とかでなく、天使過ぎるんだよね。
顔が綺麗すぎる。
高貴な血が絶対入ってるって顔してるんだよ。
「似てるよなぁ……どことなく……」
リンクル王子と初めて会った10歳のころを思い出す。第一王女が12歳で、第二王女が7歳。第二王子が3歳だった。
第二王子3歳に、似てるんだよね。
……あのときの第二王子に。
王家の血……が入って……。
ぶるると体が震える。
ちょっとまって、待ってよ。えーっと。
殿下がどこぞの女性に産ませた子供……とか、第一王女がひっそり産んだ子とか……。
私がその秘密を知ってしまい、秘密裏に赤ちゃん抱えて王都を逃げ出した可能性?
ゼロじゃない。
「この子を守って、お願い……」と息を引き取った実の母親。
リンクル王子……王太子殿下のお世話素していた侍女たちを思い出す。
その中で何人かは親しくしていた。その子たちの誰か?
いや、殿下が安易に女性に手を出すだろうか?
いや待てよ。
確か、成人の義として、王族男子って……。女性の扱い方を学ぶ特別授業なるものがあったよね?
……隣国の王女様と結婚していたすときにうまくできなきゃ困るわけで……。
あの式典の後に、女性の扱い方を学んだあと、理性が負けておいたをしちゃったとか?
かわいかった王子が……。女遊びを……。
複雑な気持ちになるなぁ。
そりゃ、いつまでも子供じゃないよ。初めて会った時が10歳でも、最後に会ったのは17歳。成人したんだから。……今は、もう20歳かぁ。どうしてるんだろうなぁ。
まぁ、とにかく、可能性はゼロじゃないよね。
王家の血を引く秘密の子供。
……まずいなぁ。記憶がないのってすごく危険だ。
誰がこの子のこと狙っているかも分からない。
何かあったらどこへ連絡して、誰に助けを求めればいいかも分からない。
うっかり敵に情報漏らしちゃうかもしれない。
「マンマ、マンマ」
ルゥイが考え込む私のほっぺたをぺちぺちと小さなお手々でたたいている。
「あ、ごめん。お腹空いたね。ご飯ね、ご飯」
職場である雑貨屋の営業は日が昇って1刻経ってから、日が落ちる1刻前まで。
今日は店を閉めてから部屋でルゥイを遊ばせながら帳簿の計算をしていた。
帳簿を店主……あの初日にルゥイを抱えて連れてきてくれた女性、マーサさんの元へと持っていく。
夕飯の準備をマーサさんとする。その間ルゥイはマーサさんの14歳になる息子が相手をしてくれている。
旦那さんは息子が小さいころに亡くなったらしい。それで同じような境遇にあった私に同情して助けてくれたみたい。たぶん。常連さんのおしゃべりなどから察するに。
もしかしたら、単にとある事情で逃亡中の私の協力者なのかもしれない。
王家の影と呼ばれる秘密組織の一員とか?実は護衛とか?
……小説の読みすぎかな。
でも、可能性ゼロってことはないんだよね……。
あー、もう、何が何だか!
それから1週間がたった。
もしかしたら、記憶喪失は一時的な物で、少しずつでも戻るかもしれないと思っていたけれどまったくその兆しはない。
さらに、日記や手紙など記録はないかと思ったら全くなかった。
そこがおかしいんだよね。
私くらい読み書き好きなら、忙しい生活でも日記をつけるくらいはしてそうなのに。庶民の生活をしていても、紙と筆記具くらいを買うくらいの余裕はある。いや、ルゥイを育てるのに必死で余裕がなかった?
目の前でほっぺたにパンくずつけてニコニコご飯を食べているルゥイを見てほっぺたが緩む。
あー!かわいい!うーん、天使!やっぱり、いくら忙しくたってルゥイの成長記録は残すと思うんだよ!
それがないのが不自然。
それから、手紙もない。この3年の間に伯爵家がどうなったのか分からないけれど……。生きているなら庶民に落ちても手紙のやり取りくらいはするだろう。薄情な家族ではなかった。
どちらもないということは、理由があるはずだ。
手紙は、私の所在がばれるといけない事情があった。
日記は誰かに見られると困ることをうっかり書かないようにつけなかった。
このまま3年間の状況が分からないまま生きていくのは危険な気がする。
ルゥイの頭を撫でる。
かわいい、かわいい、私の息子。
伯爵令嬢だった私が、その生活を捨てて庶民として生きている事情があるとしたら……。その事情はルゥイのためなんだろう。
ルゥイのためならなんだってできる。
ルゥイと過ごした日々の記憶も失ってしまったけど、あふれ出る愛情が確かに私の子だと思わせる。
血がつながりなんて関係ない。私の子だ。
絶対に守らなくちゃ。
……問題は、何から守ればいいのかが分からないこと。
食事が終われば店番だ。ルゥイは店の奥の部屋にいる。ドアを開けばすぐに様子が見られるし声も届く。そして、マーサさんも様子を見てくれる。
「さて、祭り目当ての観光客の数も落ち着いてきたから、そろそろ王都に仕入れに向かうとするかね」
マーサさんが朝食の片づけをしながら声を上げ、私を見た。
「リナはどうする?去年はルゥイが小さかったから王都まで往復するのは難しいからと行かなかったけれど、今年はどうする?」
「え?……王都に?仕入れ?」
「覚えてないかい?まぁ、それどころじゃなかったか。人が動くということは物も動くからねぇ。今王都にはたくさんの品が集まっている。仕入れにもってこいの時期なんだよ。10日店は休んで仕入れに行くのさ」
「王都に仕入れに?」
「ははは、とはいえ半分観光だよ。うちは荷馬車も持ってないからね。乗合馬車を使って王都へ行くから仕入れと言っても鞄一つ二つで持ち帰れる分しか運べないからね」
王都から逃げてきたのだとすると、近づくのは危険だ。
でも、何もかも分からないままでいるのも危ない。せめて、両親がどうしているのか。没落してしまったのか。
少しはヒントが欲しい。
「オマ、オマ」
ルゥイが馬車を引く馬を見て大興奮だ。
「だめよ、近づいちゃ危ないからね?」
慌ててルゥイを抱き上げる。
ルゥイには髪を隠せるフード付きの服を用意して、坊主頭にした。
髪の手入れができない庶民ではよくある髪型だ。天使みたいなかわいい顔立ちは隠せないけれど、これで目立つ金髪は隠せる。
いざ、王都に出発。
乗合馬車に3日半乗れば王都。王都に滞在するのは3日。その間に見つからないように情報を集める。
あれは……15歳。
初めてリンクル王子とお会いした時の記憶だ。
「はじめまして殿下。今日から語学を教えることになりましたヘンゼール伯爵家のシャリナと申します」
金髪に青い目をした美少年が私を横目でちらりとみてからツンと顔を逸らした。
そして、案内役の者が部屋から去ったとたんに私をにらみつけた。
「子供じゃないか!どんなに教師を変えても無駄だぞ。俺は勉強しない!外国語なんて勉強したって無駄だ!」
子供……。確かに成人が17歳のこの国では15歳の私は子供だ。
「殿下、私は生まれたときはバーサイ国にいました。あちらでは13歳が成人ですし、殿下と同じ10歳のころはマルハイル国にいました。そこでは15歳が成人です。どちらの国にいても立派な子供の年齢である殿下とはちがい、私は国が違えば立派に成人です」
詭弁だなと思いつつもまくし立てると殿下がむっとする。
「はっ!だからどうだって言うんだ。成人してるとかしてないとかどうでもいい!」
「そうですか。どうでもいいということは、私の年齢が外国語の教師として不適当だと思われているわけではなくてホッといたしました。では授業をはじめましょうか」
殿下が私の顔を見た。
「仕事がしたいなら、俺の専属通訳にしてやってもいい、だが勉強はしない」
「は?まさか、語学の勉強は通訳がいれば大丈夫だと思って勉強しないのですか?」
驚いて息をのむ。