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「忘れました」


「え?」


「私が忘れたことを、殿下が気に病む必要はないんです」


 殿下が驚いた顔をしている。


「それって……許してくれると……あれは、確かに不可抗力だったのも確かだったが、それでも俺はシャリナにしてはならないことを……」


 だから、それが何なのか本当に分からない。


 下手に何も言えない。


 藪蛇になるといけないから。


 本当に、何があったのか。


 3年の間に……。


 ルゥイが関係していることは間違いないとは思うんだけど……。


 女遊びを始めた殿下を私が諫めた?諫めた私に罰を下した?でもその結果ルゥイができて相続問題とか起きそうになって結局私を頼ることになった?


 この線かな?ありそうだ。


 ルゥイが居てよかったって思うから。むしろ私の幸せはルゥイあってのことだ。今幸せだ。


 例え貴族としての生活がもうできなくなったとしても。


 貧乏伯爵家育ちだし。海外での生活は今よりももっと過酷なところもあったし。


 殿下は何より、苦しんでいるし。


「私は、忘れました」


 もう一度、先ほどよりはゆっくりと言葉を口にする。


 実は本当に忘れているのだけど……。


「シャリナ……あの日のことは、許してくれるのか?」


 もういいですよ。


「手を……手を取ってもいいか?」


 手を?


 ああ、私はもう貴族として生活をしていない。ガサガサでみっともない手をしている。


 見られるのが嫌かもしれないと気を使ってくれたのかな?


 私は、この手を恥ずかしいとは思っていない。


 ルゥイの頭を撫でる。ほっぺたのパンかすをつまむ。ルゥイを抱っこする。


 そして、ルゥイと手をつなぐ。全部この手でしているのだから。


 手を前に差し出すと、リンクル殿下が小刻みに震える手を伸ばしてきた。


 本当に許されたのか不安で緊張しているのか。


 そこまで、心の重荷になっていたの?


 殿下の手が私の手に触れた。そのとたんに、殿下の手の震えは止まった。


 そっといつくしむように私の手を優しく握りしめる。それから、もう片方の手で、私の手のペンだこに触れた。


「シャリナの手……だ。間違えるはずがない……」


「ふ、ふふ。くすぐったいわ、殿下」


 あまりにもそっと撫でるものだから、くすぐったくなって笑いがもれた。


「シャリナ、笑ってくれるのか……俺に……」


 え?


 驚いて顔を上げる。


 この3年で背も伸びて、こんな風に見上げないと顔も見られないんだなぁ。


 リンクル殿下なのに、まるで別の男の人みたいだ。


 自然と出た言葉にびっくりする。


 男の人……。


 そうだ。


 殿下は成人したのだ。もう、男の子じゃない。


 男の人なんだ。


 子供じゃない……。


 思い出の中の殿下は成人前で……。


 身長が伸びても、声変わりしても、でもそれは子供の変化でしかなくて。


 今の殿下は、大人なんだ。


 成人の義も終えた……。


 王族の成人の義の一つに、女性の扱いを学ぶためのものがあるのだから……。


 きっと私よりももう大人だ……。


 3年の記憶は失っているけど、私は独身だ。結婚もしていないのに男性と関係を持つことなどないだろうし……。


 ルゥイを育てるのに必死で恋愛どころではなかっただろうし。


 ルゥイの顔が浮んだ途端に、違和感を感じる。

「シャリナ……許してくれるのなら、その……話したいことがたくさんあるんだ」


「こ、ここではできない話ですか?」


 違和感の正体。


 ルゥイのことを全く尋ねないこと。


 ……殿下の子じゃないの?


 ただ似てるだけ?


「えっと、あの……こ、ここでするような話じゃないというか、もう少し時間をかけて、えっと……聞いてほしいというか、その……」


 もし、ルゥイのことを公にするつもりがないのならば、隠さないといけないのならこのような場所でできる話ではない。


 けど……。ルゥイのことを本当に隠す気があるのなら、私に接触するのはおかしな話だ。


 バレてしまう可能性が高くのなるのだから。


 一体どういうことなのだろう?


 殿下はルゥイのことを知らないと考えた方がいいのか、それともルゥイを取り巻く環境が変わったため、迎え入れる準備でもしている……というようなことを話したいのだろうか?


 ごくりと唾をのみこむ。


 ルゥイを王族として迎え入れるのなら……。離されてしまう。


 いいえ。もし、ルゥイを王族として迎え入れるのなら、語学教師としてそばに居させてもらおう。


 リンクル王子に言葉を教えたように……母親代わりの役目が終わったら、ルゥイの語学教師としてそばに……。


 そう言えば。


「殿下は、結婚をお考えだとか」


 婚約する相手にすべてを話て、ルゥイを迎えいれることになったのだろうか?


「あ、えっと、シャリナ、すぐにでも結婚したい。シャリナさえ頷いてくれるのなら、俺は、シャリナ」


 私がルゥイを渡すことに頷いたら、すぐにその相手と結婚するってこと?


「少し……時間を……」


 やだ。


 やだ。


 何、何これ。


 私の大切なルゥイと引き離されちゃうなんて嫌だ。


 その気持ちが一番大きいけれど、嫌だと思う理由がもう一つ心にあふれてきた。


 私のかわいかった生徒が、いつの間にか大人になって知らない間に恋をして誰かと結婚する。


 そのことにもショックを受けているなんて……。


 何、これ……。


 ああ、そう、大好きな兄やかわいい弟が結婚するのが寂しいって思うって話をしている子たちがいたなぁ。


 リンクル殿下も……そう言えば……。




「シャリナ、さっきの男なんだよ!誰だよ!まさか婚約するとか言わないよな?」


 あれは、私が17歳の時だっただろうか。


 隣国で隣の家に住んでいた知り合いが親善大使の一行の一人としてこの国に来たことがあった。


 通訳として舞踏会に出席していた私は、通訳の仕事中だというのに、彼とずいぶん話し込んでしまった。


「だめだからな、シャリナ!俺は許さないぞ!」


 なんてことも言っていた。


 あれは、今思えば、姉を取られる弟みたいな感情を持ってくれたのかな?


 その時の私は、隣国に嫁いでいくと殿下の家庭教師を辞めてしまうと思ってだめだと言っているのだと思っていたけれど、姉を取られるような気持ちだったのかもしれない。


 ……殿下が結婚するのは、寂しい。


 ルゥイが、私の手から離れていくのは身を裂かれるように悲しい。


 でも、きっとルゥイにとれば本当の父親と一緒の方が幸せだ。


 ルゥイにとっては隠れてびくびく暮らすよりは、王宮で暮らす方が幸せだ。


「一つだけ……教えてください」


 リンクル殿下が何?と前のめりに聞いてくる。


「私を、殿下のお子さんの家庭教師として雇ってくれますか?」


 ルゥイのそばに居させてくれる?


「え?何の話?」


「なんの話って……?だから、殿下が結婚したらル……」


 ルゥイのことを知らない?


 ハッとして口を押える。


「俺が、誰と結婚すると思ってるんだ?」


 誰だか知らない。


 子供が嫌いな人なの?


 それとも私のことを嫌っている人?

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