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■視点戻ります
だめだ!
あんなにそっくりじゃ……!
姿絵を見た人が、ルゥイを見たら……。
気が付かれてしまうかもしれない。
王家と関係があるのかと疑われてしまうかもしれない。
少なくとも印象に残る。記憶に残る。そして、見つかってしまう。探している者がいたら。
王都を離れないと。
姿絵がこれほどあふれているのは王都くらいだ。地方では陛下の即位時の姿絵が公共の施設に飾られるくらいで……。幼少期の姿を知っている人はいないけど。
バクバクと心臓が激しく脈打つ。必死に走っているから息が苦しいのか、ルゥイが見つかって誰かにとりあげられてしまうかもしれない恐怖で息が苦しいのか。
もし命を狙う者がいたら、取り上げられるだけではなく……!
最悪のことを想像して目の前がちかちかする。
ああ、なぜ私は記憶を失ってしまったのか。
どうして王都に来ようと思ったのか。
ルゥイ、ルゥイ!
王都を離れないと。
多くの人でにぎわっている大通りから、人通りの少ないわき道に入る。
腰にぶら下げたアメリカンクラッカーが、走る私の振動でカツンカツンと音を立てる。その音が建物に挟まれた路地に大きく響き渡る。
カツンカツンという音が、誰かに追いかけられている音のようで、余計に気持ちが焦る。
逃げないと。
王都を一刻も早く離れないと。
「見つけたっ!」
後ろから伸びた手に羽交い絞めにされる。
捕まった!
「シャリナ、シャリナ……見つけた」
この声……。記憶の中よりも少し低くなったこの声は。
「で、殿下……」
声が震える。
見つけた?
殿下は私を探していたの?どうして?
私は、殿下から逃げてた?
殿下に頼まれて王家の血を引くであろうルゥイをかくまっていたわけではない?
「シャリナ……俺のこと分かるのか?顔も見てないのに……」
しまった!
思わず殿下と口にしてしまったけれど。
確かに私は今後ろから捕まえている殿下の顔を見てはいない。見てないのだから、普通なら……。
誰の手につかまったか分からず悲鳴を上げるなりするはずなのに。
これでは他人の空似ですとごまかすこともできない。
「殿下こそ、よく後姿だけで私だと分かりましたね?」
「そりゃ、シャリナは俺の……いや、その……そう、その赤い丸いおもちゃを持っていると聞いたから」
え?
腰にぶらさげた赤い玉に視線を落とす。
私がこれを持っていると聞いた?
知っているのは店の人とこれを買ってくれた准騎士……。
「青い石のついた指輪を探していたのは……殿下?」
パッと殿下の手からのがれて振り返る。
「あ、シャリナ……」
私の顔を見た殿下が泣きそうな顔になった。
3年たった殿下は、肖像画に描かれていた姿よりも少し幼く見える。
肖像画用に取り澄ました顔をしていたからだろうか。今の泣きそうな顔は……。
確かに私の最後の記憶にある殿下よりもずっと大人にはなっているけれど、こういう表情は昔のままだ。
「大丈夫、大丈夫ですよ殿下」
不安を取り除いてあげたくて、口を開く。
「え?シャリナ?」
「青い石のはまった指輪が見つからなくて困っているのでしょう?騎士が探しているのを見ました。……見つからないなら新しく作ったらいいんですよ、いくら気に入っていたとしても、新しいものもまた気に入るかもしれません」
記憶の抜け落ちたときに何があったかは分からない。
分からないのにあまりにも無責任な言葉ではあるとは分かっている。
だけれど、殿下はとても賢い。1つの言葉で10のことを理解できる。
私が殿下に伝えたいこと。
そんな困った顔をしないでということは分かってもらえる。私だけではなくて、他にたくさんの人が殿下のことを心配しているということにも気が付くだろう。
「いや、違う、俺は……シャリナに……ひどいことをした、許してくれなんて言葉さえ許されないほどのことを……」
え?
私、殿下に何をされたの?
例えば、青い石の指輪がなくなってしまって、プロポーズしようと思っていた人のために特別にデザインしていた大切なもので……。その犯人として私を疑ったとか?
私ではないと分かった後も、一度犯人扱いされた私は居づらくなって海外に逃げた?
いや、そんなことではないよね。
だって、じゃあ、ルゥイは?
もしかして、ルゥイを託されて身を隠す必要があった私がいなくなっても不自然ではない理由として誰かが青い指輪を使って仕組んだ嘘?
殿下は私を犯人だと一瞬でも信じてしまったことを悔いて、指輪を取り戻し真犯人を見つけ、私に誠心誠意謝罪したいと思っているとか?
……いや、それでは時期が合わない?
私は3年の記憶がない。
殿下がプロポーズを考えていたのは3年前。デザイン見本の指輪はすでに本物が作られていただろう。とすると、試しに作った指輪の方は、殿下なら「これは使用されなかったデザインだから」と、私が素敵だと言ったものに石をはめてプレゼントしてくれたかもしれない。
それを盗んだと罪を着せてルゥイとともにどこかへ身を隠させたのは、時期的に合わないよね。
ルゥイは2歳前後だろう。流石に、青い石の指輪を下賜されてから1年もたってから盗んだというのもおかしな話だ。
じゃあ、一体、ひどいことって何?
もしかして、ルゥイを私に託したこと?
身を隠す生活を強いていること?
でも……。
「殿下、私は今幸せですよ?」
伝えないと。
マーサさんたちいい人に囲まれている。
何よりルゥイはかわいくて、ぷすっていう寝ているときの鼻を鳴らす音すら愛おしくて。
記憶がなくて何が起こるか分からない不安はある。
でも、不幸だとか辛いとか悲しいという思いはない。
「シャリナ、それは、俺は……あのことは、許してくれると……思ってもいいのか?」
何のことか分からないけれど。
少し前に脳裏に浮かんだ、殿下の苦しそうな顔を思い出す。
私が幸せなように。
殿下も幸せでいて欲しい。




