15
「な、なんだよ、シャリナが教えてくれたんだろ、西の国の男はまず女性を褒めるのが挨拶代わりだって……」
シャリナがさらに嬉しそうな顔をする。
「褒められてそんなに嬉しいのかよっ!」
シャリナが首を横に振った。
「褒められればうれしいですが、挨拶だって分かってるので、ぬか喜びはしませんよ。それよりも、殿下がちゃんと私が教えたことを覚えていてくれるのがうれしいのです」
『*!`#$&TY"#POBB#$#+P#』
『$~%$=YHY+FOTH=”=!+』
『?*U’P)M<D+V>NRY=&)$%』
『*#‘”OGOTI”PGO』
サフィア―ルとかいう名前の男がシャリナと西の国の言葉で会話をする。
時々、覚えた単語が聞こえるものの、全体として何の会話をしているのかがまるきり分からない。
悔しい。分からないのが、悔しい。
ぐっと奥歯をかみしめる。
シャリナの言葉が分からないのが……。
「殿下、彼がしかめっ面をしていたのは奥歯が痛かったからなんだそうですよ」
シャリナが俺に話かけた。
「奥歯が痛いときにはユキノシタの生葉で塩をくるんで噛むといいと教えたら、ユキノシタとは何かと……西の国にはない植物のようなのです。興味があるというのですが、食料以外の植物に関しても話合われれば何か新しい発見があるかもしれませんね」
シャリナの言葉にハッとする。
国と国とのつながりを深めるためにやってきた使節団。
何気ない会話から、国の友好を深める手立てになるのではと気が付くシャリナ。
それに比べて俺ときたら……。
「じゃあ、ちょっとユキノシタの葉が手に入らないか聞いてきますね」
シャリナがそう断って立ち去った。
「安心してください殿下。彼女を口説いたりしませんよ」
サフィアールが突然口を開いた。
「こ、言葉!しゃべれないんじゃなかったのか!」
こちらの言葉で流ちょうに話す。
「騙すつもりはなかったのですが、彼女が私の国の言葉で話かけてくれたもので……」
確かにシャリナから話かけたんだ。
「殿下は、我が国の男が女性を挨拶のように褒めるという風習があるのをご存じなんですね。では、番のこともご存じですか?私には番がいますので、誰かを口説くことはありませんよ」
しかめっつらだったのがうそのように、人の好さそうな顔を見せるサフィアール。
大人の男だ。柔らかく微笑むと、先ほどまでの怒ったような表情をしていたときとはまるで印象が違う。優しく女性にもてそうな顔になった。
「番って、運命の女性のことだな。サフィアールは思い人がいるということか?それとも既婚者ってことか?」
サフィアールが首を横に振った。
「この国には番の概念がないんでしたね。運命の相手とは少し違うんですよ。何と言いますか……一目ぼれした女性に運命を感じたなどとこちらの国では使うでしょう?」
「ああ、まぁそうだな。しょっちゅう運命の相手と出会う恋多き者もいるな……」
それで大変なことを起こす好色な貴族も過去にいたと学んだな。運命の女性と出会ったから婚約破棄をする者とか。そういうこともあり、我が国では婚約は15歳からという決まりがある。……とはいえ、内々で家同士で話はまとめられていることがほとんどらしいが……。
「番というのは、それとは少し違うんですよ」
「どう違うんだ?」
「見た目も性格も立場も性別までも関係なく、魂が結びついた相手……。出会えば何をどうしてもその相手しか心にいなくなる。どんなに周りが止めようと止まらない。身分も年齢も関係ない、子供がすでにいようと何であろうと……惹かれずにはいられないんです」
運命の相手……は少なくとも見た目や心に惹かれる。好みの女性の最上級だろうか。
番とは見た目も性格も関係なく惹かれる?
……昆虫がフェロモンに集まるみたいなそういうのに近いのか?
「番が居れば、たとえ結ばれなくとも心が安らぎます」
サフィアールが舞踏会の会場の奥へと視線を向けた。
番がそこにいるのだろうか?
目を向けたが、西の使節団の何人かの姿は見えるけれどサフィアールと年齢が釣り合う女性の姿は見つけられなかった。
番は……年齢も性別も身分も関係ない……結ばれなくとも……。
ごくりと喉の奥を鳴らす。
サフィアールの番というのは……。
「結ばれなくても、いいのか?」
「そばに居られるだけでも運がいいと思っていますよ。いいえ、番と出会えた、それが何よりも運がいいんです。何万人に1人しか出会えないと言われていますから」
サフィアールの表情は幸せそうでもあり、苦しそうでもあるように見えた。
「出会わなかった方が楽だと、そう思うことはないのか?……その、結ばれないならば……」
サフィアールが少し考えてから、首を傾げた。
「さぁ、どうでしょう。出会ってしまったので……。出会わなかったらどうだったかと考えたこともないですね」
なるほど。
「あら?ずいぶん親しくお話を……あ、サフィアール様、こちらの言葉が話せたのですねっ!」
シャリナが戻ってきて驚いているた。恥ずかしそうな表情を見せるシャリアを見ながら、サフィアールが言っていた「番」のこと思い出していた。
青い石の指輪をはめた女性が何人見つかり、何人違う人物だったことか。
異国の言葉を話す女性が何人ただの隣国から移住した者だったか。
茶色の髪で茶色の瞳の別人に幾度となく違うとがっかりさせられた。
「そう、それで……身元は確認したのか?」
騎士団長が首を横に振った。
「申し訳ありません。部下は、指輪を探すことにばかりに意識が言っていたようで。そもそもなぜ青い石のついた指輪を探しているのかということをすっかり忘れてしまっていたみたいです」
そうか。
それは仕方がない。一体何のために誰を探しているのかということは一部の者しか知らない。
それ以外の者は、容姿と特徴のいくつかを教えてあるのみだ。
「そう……か……」
奇跡など起きるはずもない。
これで最後だ。
もう、探すのは諦め、国のために……婚約者を探そう。
小さくないため息を心の中で一つつく。
「その女性が、これを書いてくれたようなのですが」
騎士団長が四つ折りにした紙を開いた。
その瞬間、文字が光って飛び出し、周りを蝶のように飛ぶような幻を見た。
「シャリナの文字だ……!」
間違いない。シャリナの書いた文字。
何度も俺の目の前で異国の言葉のつづりを書いてくれた。
ペンだこのできた白くて細い指が動いて、紡がれる文字はどんな言葉でも甘美だった。
他の人が書く文字と一体何が違うのかと見比べたこともあった。
もっと、美しい文字をで書かれた文章を読んでも特に感じることがなかった。
「で、殿下っ!お待ちくださいっ!」
すぐに部屋を飛び出せば、騎士団長があわてて後ろを追いかける。
「奇跡だ、奇跡なんだっ!」
シャリナの書いた紙を折り畳み手に握る。
これが最後だ、もうあきらめようと思っていたこのタイミングでシャリナが見つかるなんて!