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「なんだ、これ?」


 あれはリンクル殿下の授業を始めて数回目の時だっただろうか。


 金平糖を持っていくと、殿下が驚いた顔をしていた。


「えーっと、庶民の飴のようなものでしょうか?」


 砂糖は高価だ。ほぼ砂糖みたいな飴もかなりの値段がする。金平糖も同じように安いものではないのだけれど、飴玉1つの値段で、小さな金平糖なら5~10粒は買うことができるのだ。


「へぇ~、シャリナは何でもよく知ってるな!」


「いえ、あの……」


 うちは裕福じゃないから飴は贅沢品で、金平糖がおやつに出されていただけですとは言えず……。


「金平糖は、バーサイ国から伝わったものです。バーサイ国では金平糖のお祭りもあるんですよ」


「へー、そうなのか。じゃあ、バーサイ国からの要人を接待するときには金平糖を用意させた方がいいってことか?……いや、待てよ。金平糖を使った祭り?祭りに使えるだけのそんな金平糖があるってことか?ということはバーサイ国は砂糖が豊富にあるということなのか?我が国との取引は鉄が主なものだったはずだが……一度確認してみないと」


 リンクル殿下の言葉に「1を聞いて10を知る」というのはこの事なのかと思った。


 私が10歳の時にこんなことが考えられたのか……と。


 金平糖を見ても、綺麗、かわいい、飾っておきたい……と、飾った結果窓辺に置いた金平糖が溶けて固まってしまって悲しい思いをした思い出しかない。


「では、殿下、今日の授業です。バーサイ国の言葉を。ホワール」


 白い金平糖を指でつまむ。


「ホワールは白です」


 と、教えてから自分の口に入れた。


「ピルール」


 今度は桃色の金平糖を口に運ぶ。


「分かった、ホワールは白、ピルールは桃色だな!」




 「また……だ」


 自分でも不思議だと首をかしげる。


 なにかを見るたびに、リンクル殿下のことを思い出しているような気がする。


 王都に入ってからはなおさらだ。


 私、こんなにも殿下のことばかり考える生活をしていただろうか?


 ――いや、していたのだろう。


 明日の授業では何をしよう、この間の授業ではどうだったと、毎日殿下のことを考えて過ごしていた。


 記憶を失った私からすれば、その日々はつい数日前のことだから……。だから、何を見ても思い出すのだろう。


 ……記憶のない3年間はどうだったんだろう?


 どれくらい殿下のことを思い出し、殿下のことを考えて過ごしていたのか。


 ルゥイの世話に明け暮れて、思い出に浸る余裕などなかったかもしれない。


 もしかしたら、追手におびえてそれどころではなかったのかもしれないし……。


 金平糖を買って、店を出る。

 ふと、先ほど会ったマールを思い出す。


 白髪が増えて……3年の月日の流れを感じさせた。


 両親も、年を取っただろう。


 そして、殿下は……。思い出す姿は子供の頃が多い。


 でも、記憶の最後は17歳で。年下ではあっても子供と呼ぶほどには幼くないのだけれど。


 突然頭の中に、殿下の顔が思い浮かんだ。


 殿下の、見たことのない激しい情熱が浮かんだ顔。


 王太子殿下となるべく、顔に感情が出ないように訓練されている殿下の喜怒哀楽がすべて詰まったような胸に迫る激しい感情が爆発しそうな顔だ。


「う……」


 なんだろう、何かを思い出しかけたような。


 殿下のそんな顔を、私はいつ見たのだろう?どこで?


「す……き……」


 絞り出すような殿下の声。


 だめだ。


 思い出しては駄目。


 何故だめなの?


 見てはならないものを見てしまったから?


 ……私、もしかして、殿下が思い人にプロボーズをするところを見てしまった?そして、振られるところまで?


「……て……ごめん……」


 頭が割れそうに傷む。


 何故?忘れないといけない記憶を無理やり思い出そうとしているから?


 謝る殿下の顔。


 17歳なの?


 記憶にある成人した日の殿下よりも顔つきが大人びた殿下の顔。


 もう少し成長している?


 何を謝っているの?


 泣きながら、何を謝ってるの?


 大丈夫だよ。許すよ。何があったか分からないけれど、私は……リンクル殿下のすべてを許すから……。


 そんなに苦しそうな顔をしないで!


 どんと、肩に衝撃を受けてよろめく。


「あんた、大丈夫かい?顔色が悪いけれど!」


 中年の女性に体を支えられた。


「ありがとうございます。……あの、大丈夫ですから」


 はっと意識が現実に戻る。


 女性にお礼を言い顔を上げると、先ほど頭に浮かんだ大人びた殿下よりも、もっと大人になった殿下の顔が目に飛び込んできた。


 にこやかに微笑んでいる青年の顔にくぎ付けになる。


 動きを止めた私に、女性が話かけてきた。


「ああ、これかい?王太子殿下の最新の姿絵だよ。3周年記念で発売されたやつさ」


 今の……リンクル殿下の姿?


「すてきだろう?」


 記憶通りのリンクル殿下の優しい瞳。


「かっこいいよねぇ」


 記憶とは違うリンクル殿下の……男らしい顔。


「惚れちゃったかい?」


 呆けたように姿絵を見つめている私の横で女性がふっと笑った。


「ほ、惚れちゃうって、そんな……!」


 殿下はかわいい生徒で……。


 5歳も年下で……。


「あははー、女性なら誰でも惚れちゃうよ!」


 バンバンと大笑いして私の背中を女性が叩いた。


「あ、はは、そうですよね」


 誰でもか。


 そうだよね。どきりと心臓が跳ね上がるくらい普通だよね。


 殿下は誰が見てもかっこよく成長したんだよね。


 子供だと思っていたのに。


 記憶を失った3年間で思った以上に成長していて……。


 そして私は本当は25歳なのに、記憶が抜けてしまったために感覚としては精神年齢的には22歳だ。


 いきなりまるで私よりも年上になってしまったように見える姿絵に、頭が混乱してしまっている。


「欲しいなら、一本北の通りの店に売ってるからねー。いろいろ種類があって絵を眺めてる女性が集まってるからすぐにどの店か分かるよ」


 親切な女性が立ち去ってから、深呼吸をする。


 いつの間にか頭痛は収まっていた。


 やはり、何かを思い出しかけたから頭痛がしたのかな。


 伯爵家が無事なことは分かったし。早く戻ろう。


 貴族街に近い場所から立ち去ろうと足を早める。


 途中、たくさんの女性が店先に集まっている場所があった。


「あ、もしかしてあそこがさっきの人が言っていた……」


 女性たちの隙間から店をのぞく。


 いろいろなサイズの絵姿が並んでいる。


 陛下に王妃様に第一王女、第二王女、リンクル殿下に、第二王子に……。


 どきりと心臓が高鳴る。


 そこには、ルゥイの絵姿が。


「え……?これは……」


 気が付けば女性たちの間から手を伸ばしていた。


「ああ、これはリンクル殿下の幼少期の絵姿だよ」


 店の人が説明してくれた。その他に他の絵の説明もしてくれたけれど、話が頭に入ってこなかった。


 あまりにも似すぎている。


 バクバクと心臓が激しく打つ。


 ……王室の血が……ルゥイには流れている……。


 そうじゃないかと思ってはいたけれど。ここまで似ていたなんて……!


 第二王子が3歳のころに似てると思っていたけど、違う。全然違う。


 リンクル殿下の幼少期にルゥイはそっくりだ。

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