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「はい、もちろん分かっております。残念ながら私が担当する地域の本日の露店出店者に指輪を知っている者はおりませんでした」
副隊長は疑いの目を向けたまま言葉を続ける。
「ちゃんと聞いたのか?それにしては早すぎないか?言葉がろくに通じない隣国の者への聞き取りは時間がかかるはずだろう?」
准騎士は、ああと手を打つ。
「それでしたら、これを使いましたので、早く済みました」
ポケットに折りたたんでしまっていた紙を取り出し副隊長に見せた。
「ん?なるほど、3か国の言葉で書いてあるな。これがあれば確かに早く終わるか」
「はい。首を横に振るものばかリでしたので、知っていた者はいないかと」
副隊長はなるほどと頷く。
「これはいいな。他の者にも持たせるか。お前のアイデアか?」
准騎士が首を横に振った。
「いえ、これは、私が困っているのを見かねて通訳してくれた女性が書いてくれました」
「ほう……どこの家の者だ?お忍びで街に出ていたのか?」
当然貴族の家の者だろうとの副隊長の質問に准騎士は首を横に振った。
「いえ、町娘でしたよ。お供も連れてませんでしたし」
副隊長が再び疑いの目を准騎士に向ける。
「町娘がどうして通訳ができるんだ?」
「なんでも、国境沿いの街に住んでいるとかで」
副隊長がこめかみを抑えた。
「……まぁ、人の行き来があり商売でもしていれば自然と隣国の言葉も”話せるように”なるだろう」
副隊長の言葉に、准騎士がハッと息をのむ。
紙に書かれた3つの外国語。
そこには、この国の言葉での読み方をふり仮名として書き込んである。
ふり仮名がうってあるのは、この紙を見せても露天商の者が”文字を読むことができない”可能性があるからだ。
この国に限らず、どの国も、識字率はそう高くはない。
貴族や貴族に使える上位使用人。それから騎士に官吏。
庶民が全く読み書きができないかと言えば、そんなことは無い。貴族と取引のある商人も文字の読み書きはできる。しかし、商売に必要な読み書きがせいぜいだ。
外国語まで読み書きができる者……それも何か国語もの言葉を読み書きできる庶民など、果たしているだろうか?
国境沿いの街に住む町娘が、3か国語をすらすらと紙に書くことができるだろうか?
副隊長が改めて質問する。
「女性といったな?どんな女性だ?髪の色は?目の色は?身長は?年齢は?一人だったのか?誰かと一緒じゃなかったか?服装は?」
次々とされる質問に、准騎士は驚いてしどろもどろになる。
「か、髪はべっ甲色……だったと、なぁ?」
准騎士が一緒に回っていた男に声をかけた。
「はい、確かに。金髪と茶色の髪の間といった色でした。長さはこれくらいで……目の色は分かりません」
「服装は……その、どこにでもいるような特徴のない町娘のような……」
「年齢は20代だと……」
2人が一緒になって記憶をすり合わせながら説明していく。
「20代でべっ甲色の髪に少なくとも3か国語の読み書きができる……」
副隊長が繰り返した。
隊長副隊長クラスにだけ伝えられている「青い指輪」の話を副隊長は思い出していた。
「もしかしたら……」
副隊長は准騎士に尋ねた。
「他に特徴はなかったか?」
2人が顔を見合わせる。
「結構かわいかったな」
「かわいかった」
副隊長が少しあきれて息を吐いた。
准騎士の二人はびくりと肩を震わせ、何か他に特徴はなかったかと必死に思い出そうとして、ふと手に持っている赤い玉のついた玩具がが目に入った。
「これと同じものを持っています!」
副隊長がすぐに言葉を発した。
「これとこれを借りるぞ」
准騎士から、外国語を書いた紙と玩具を受け取ると、副隊長は隊長に報告するべく、足を速めた。
報告を受けた第三騎士団隊長は、副隊長を連れて殿下への面会を求めた。
捜索を請け負った第三騎士団の隊長と副隊長は「探しているもの」が「青い石のついた指輪」ではなく「青い石のついた指輪を持つ人物」だというのを知っている。
ただ、指輪をはめているのか、手放しているのかも分からないと言う。
ほんの小さな手掛かりでもいいから欲しいと必死なのだ。
どうしても見つけたい人物。
殿下がどうしても会いたい人物……。
殿下に外国語を教えていた教師……伯爵令嬢シャリナ様だ。
殿下の教師の任が解かれた後、見識を広めるために各国を旅すると家を出たそうだ。
伯爵も突然娘が旅に出てしまい、どこへ向かっているのか分からないと言う。
隊長は、殿下に伯爵令嬢に会ってどうしたいのか尋ねたことがある。
一言、小さな声で「謝りたい」と殿下はおっしゃった。
何を?ととても尋ねられる雰囲気ではなかった。
必死に探してまで、一体何を謝りたいのか……。
殿下の立場であれば、伯爵令嬢に対して何かをしたとしても許しを請う必要もないというのに。
副隊長の報告。
探している伯爵令嬢と同じ髪色に、同じくらいの年齢。
そして何より……複数の言語に堪能だと言う話。
殿下への面会が許可され、殿下の執務室のドアをノックし部屋に入る。
部屋の中は、外の光が十分に入っているため明るいはずなのに、どうにも暗い雰囲気が漂っている。
立太子してからずっとだ。
真面目に仕事に打ち込む姿に、初めは「王太子になったプレッシャーがあり暗いのだろう」と思っていた。
だが、1か月たち、半年たち、1年……そして3年たっても殿下は影を落としたまま。
仕事でいくつも成果をあげ、優秀だと評されるようになってもなお、その影はなくならずにいた。
この報告で殿下はまたがっかりなさるかもしれない。けれど、一筋の光となるといいと願いを込めながら体長は殿下に報告を始めた。




