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 目が覚めた。


 記憶がごちゃごちゃだ。


 私は裕福な国の貧乏な伯爵令嬢シャリナ。


 外交を担う父に連れられ隣国で幼きころから過ごしていたため4か国語が堪能。


 そのうえ、知識欲が豊富で読書好きで博識。各国の情勢にも詳しかったため、15歳にして第一王子の語学教師としてお仕えすることに。


 それから7年。10歳だった王子も17歳と成人を迎え、昨日晴れて立太子されたんだよね。


 昨日は、立太子の式典に私も出席して……。


 普段は着ないような黄色い素敵なドレスを着て、えーっと……それから……。


「うわー、22歳の行き遅れがあんな若い子が着るような色のドレスを着るなんて、みっともなぁい」


「くすくす。やだ、本当。恥ずかしい。王子の教育係だかなんだか知らないけど、貧乏伯爵令嬢ごときがこの場にいるのも生意気だというのに」


 なんて陰口を叩かれて。


 ……ですよねぇ。やっぱり22歳で黄色いふわふわドレスはないですよねー。でも、これ、そのリンクル王子からの贈り物なので、着ないわけにはいかなくてですね……。


 さらに、絶対に出席するようにと命じられてしまってですね……。


 と、心の中で陰口に反論している間に、リンクル殿下が登場した。


 金の髪がキラキラと光に輝き、青い澄んだ目。会場に集まっている女性たちのため息が漏れる。


 ああ、あの小さかったリンクル殿下が立派になって。


 保護者のような気持ちで涙が出そうになる。


 正装に身を包み、恭しく立太子の証となる勲章を授けられる姿。そして立太子としての決意を述べる姿。


 なんと、立派になられて。


 と、そこまでの記憶しかない。




 ベッドの上で上半身を起こして首をかしげる。


 昨日はあれからどうしたんだろう?


 リンクル殿下が成人したことで、私の教師としての役目も終わった。


 殿下にお祝いの挨拶とともにお別れを伝えて城を出て家に戻った……にしては。


「ここ、どこ?」


 確かに、私の家は伯爵家とはいえ貧しい。


 しかし貧しいと言っても伯爵家だ。


 贅沢はできないけれど、代々受け継がれたと言えば聞こえはいいけど新しいものを買うことができずに時代遅れではあるものの、立派な家具や調度品が部屋には置かれていた。


 ……今、私の目に映るのは、ベッドを2つ並べておけば歩く場所もないほど狭い部屋に、硬いベッド1つとガタガタ音を立てそうな椅子と机。それから飾り気のないクローゼットだけだ。


 使用人部屋よりも粗末じゃない?


 伯爵家の使用人部屋には身なりを整えるための鏡台はあったはずだし、布団ももう少し分厚かったはず。


「いったい、ここはどこなの?私はどうしちゃったの?」


 と思っていたら、ドアがギィギィと音をたてながら開いた。


「まぁ!目が覚めたのね!よかったわ!」


 と、部屋に入ってきたのは1歳半くらいの赤ちゃんを抱っこしたふくよかな中年女性だった。


 誰?


「マー」


 赤ちゃんが両手を私に伸ばす。


 ぷくぷくしてなんてかわいい赤ちゃんっ!


「うんうん、よかったわねぇ。ママが目を覚まして」


 はいぃ?


 女性が、赤ちゃんを私に差し出した。


「マー」


 はいぃ?


 22歳、行き遅れ令嬢の私が、ママ?


 「えーっと、私、どうしたんでしたっけ?」


 優しそうな女性に尋ねると、ベッドに椅子を引き寄せて女性が座る。


「覚えてないのかい?」


 はい。


「一昨日熱を出して倒れたんだよ。まぁ、この街も王太子殿下の立太子3周年のお祭りで忙しかったからねぇ」


 はい?


「立太子3周年のお祭り?」


 何を言っているんだろう。


「昨日、リンクル殿下が成人して立太子して……」


「そう。昨日だよ。立太子3周年の式典。楽しみにしてたのに残念だったね。熱で倒れて寝こんじゃうなんてさ」


 は?


「3周年?」


「そうだよ。どうしたんだい?まだ熱の影響かねぇ?今年は殿下も20歳になられるし、王都から離れた国境に接するこの街でも派手にお祝いしたんじゃないか。隣国からもたくさん祭りを楽しもうと観光客が訪れててんやわんやで、リナがいてくれて本当に助かったよ」


 待って、待って、待って。


 情報が多すぎる。


 でも情報が足りなくて全然分からない。


 まず、昨日だと思ってるのは、3年前の出来事ってこと?


 それって、つまり、私、3年間の記憶が抜けてるの?


 17歳だった殿下は20歳になっていて、それが本当なら、私は22歳から25歳になっているってこと?


 それから、ここは立太子の式典が行われた王城でもなければ王都にある伯爵家の屋敷でもなく……。王都ですらない、国境沿いの街?って、どこの街?


 それから、私はリナって呼ばれたよ、リナ……。シャリナじゃなくてリナ。


 これは愛称なの?それとも、私が偽名を使っているの?どっち?


 抜け落ちた3年の記憶が分からない限り、これはいらないことを言わない方がいいよね。


 正体を隠して偽名を使っているのだとしたら、正体がばれるようなことをしては駄目だ。


 ……それから、最大の疑問。


 このぷくぷくとかわいい赤ちゃんは、一体……?


 綺麗な金髪に、青い瞳。


「マー、マー」


 ニコニコと笑って私にぎゅっとしがみついてくる、この、天使はいったい?


 ぎゅっとしてもいいかな?


 合法?


 ねぇ、合法赤ちゃん?


 ぎゅっとしてもいい赤ちゃん?


 いや、1歳半くらいだとすると赤ちゃんではなくて幼児って言った方がいいのかな?


 どっちでもいい!


 抱っこしていいなら抱っこしちゃうっ!


 むぎゅぎゅーっ!


「丸一日寝ていたんだ。お腹が空いているだろう。今何か持ってくるよ。それから、熱が下がったとはいえまだ休んでていいから。仕事のことは気にしなくていいよ。私たちだけでもなんとかなるから」


 仕事?


 えーっと、私、何の仕事してるんだろう?


 私たちだけでもってことは、この女性と一緒に働いているってことだよね?


 ああ、どうしよう。分からないことだらけだ。


 でも、何か事情があって偽名を使っているなら、いろいろ不用意に尋ねて疑問に思われるわけにもいかない?


 どうしよう!


 誰か、情報プリーズ!




  記憶喪失から2日目。


 この2日間、怪しまれない程度に頑張って熱のせいにしつつ収集した情報を整理する。


 ここは王都から東にある隣国バーサイとマルハイルと3国が国境を接する場所にある街。


 観光で隣国から訪れる人も多く、私はこの街の雑貨屋で住み込みで通訳兼経理兼店番の仕事をしている。


 1年前に赤ちゃん……ルゥイ君を抱えて働かせてほしいと来たらしい。


 で、名前はリナで、隣国バーサイで一旗揚げようと夫と移住したけれど夫が亡くなったため故郷に戻ってきた。頼るべき両親はいない……という設定らしい。


 いや、この話を聞いたときは、もしかしたら私はリナに転生してるんじゃないかと思って鏡を探して見たよ。


 でもどう見てもシャリナの顔。


 茶色の髪に茶色の瞳。少しそばかすが浮いた私の顔だった。


 ってことはよ、夫って何?って話よね。両親はいないって何だろうね?


 ルゥイ君は体は小さいけれど、しっかり歩くことができるから、1歳半よりは大きいのかなぁ。2歳とすると、妊娠期間10カ月としてさ、3年の記憶失ってるでしょ。


 正直、子育てした記憶がなくて赤ちゃん……幼児の成長の目安がよくわからないけど、言葉はまだ喃語からちょっと言葉になりかけた感じ。って、言葉も歩くのも子供によって差があるっていうし、分からない。


 とにかく、2歳だったとしたら妊娠したのは殿下の立太子の式典から半年もたたないうちにってことになるよね?


 婚約者も恋人もいない状態から、半年で妊娠?


 もし、政略結婚したとしても、婚約して式を挙げてと半年では無理だよね?


 ……私の性格からすると、その場の雰囲気で流されるままに結婚もせずに体を重ねるなんてありえないだろうし。


 そもそも、隣国で一旗揚げようというような夫とどこで知り合うっていうの?


 仕事で屋敷と城を馬車で往復。休みの日は図書館にこもって読書。


 時々舞踏会に出席することはあっても、壁の花。隣国で一旗揚げようなんて野望がある人から見れば「貧乏伯爵令嬢」に声をかけるメリットなんてないだろうし。


 うーん。


 もし、赤ちゃんが1歳ちょっとだったら、妊娠まで式典から1年くらい。


 その間に、家が没落して、庶民暮らしスタートしてそこで出会いがあって……?あるかな?


 でも、だとするとまだ産後1年ちょいってことだよね?


 出産すると胸が大きくなるとか、太って体重が戻らないとか、骨盤が広がって内臓が下がって胃がもたれるというけど……。体に変化ないよね?


 いや、庶民生活をしているせいか、手は荒れてザラザラしてるし、髪は手入れがしやすいように腰まであったのを肩までに切ってるし、まるっきり変化がないわけじゃない。けど、どうにも子供を産んだって感じじゃないというか。


 うん。きっと、ルゥイ君は私が産んだわけじゃない。でも、きっと、私の子供だ。


 なにか事情があって引き取ったんだろう。


 偽名を使って家を出て育てなければいけない事情の子を預かった。


 いや、もしかしたら、預かったことで家を出なければならなくなった?


 ……子供を引き取ることを反対された?


 庶民の血を伯爵家に持ち込むのがだめだった?


 そうだなぁ。流石に両親も反対して「どこか良い養子先を見つけてあげるから」と言いそうだ。私は情が湧いて「私が育てます!」とでも言ったのかなぁ?私とこの子を引き離すつもりなら家を出る!と自分で家を出た……。


 っていう可能性が高いか。


 それとも……。


 キラキラ金髪に真っ青な瞳の天使の顔を見る。


「くぅーっ!ルゥイ~!かわいい!かわいい!私の天使!」


 むぎゅぎゅっ。


 積み木代わりの木の切れはしを積み上げて遊んでいたルゥイを抱きしめたら、手で押し戻された。


「マー、ナイヨ」


 うっ。


 邪魔するなといいたいのだろうか……!


 くっ!

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