表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編版】推しの育て方を間違えたようです

 ミレイナには前世の記憶がある。


 そして、この世界が前世で読んでいた小説にそっくりであることも覚えていた。


 そのことに気づいたのは、ミレイナが十歳のときだ。今のミレイナに少しずつ前世の記憶が混ざっていくような感覚だった。


 ただ、残念なことに、ミレイナ・エモンスキーという令嬢は本編では名前すら登場しない脇役。いや、モブ。よく言えばエキストラだったことだ。幸か不幸かエモンスキー家は公爵家で、王家とは近しい距離だ。


 小説のヒーローであり第三王子でもあるセドリックとの年の差は五歳。


 前世のミレイナは、どうもそのセドリックが大好きだったようだ。ミレイナの中に「彼に会いたい」という恋とは違う感情が芽生えた。


 だから、ミレイナは前世の知識を総動員してセドリックに近づくことにしたのだ。


「先生?」

「はい。ミレイナ・エモンスキーと申します」

「僕には教師など必要ない」

「はい。もちろん存じております」


 セドリックの突き放すような言葉と態度に、ミレイナは満面の笑みで答えた。


「殿下が先月で王族に必要な学問をすべて修めた天才であることは、王国民なら誰もが知る事実ですから」


 セドリックは抜きん出た才能を持っている。歴代の王族の中でも十歳という最年少で王族に必要な学問を修めた。もう、学ぶことなど一つもない。


 彼は先月、全ての教師に暇を与えた。もちろん、原作にもそれは言及してあったことだ。そこから原作が始まるまでの八年間、彼がどんな生活をしていたかはあまり語られていない。


 さらに学問を追求しただとか、剣技に磨きをかけただとか、綺麗な言葉が並べられていただけだったのだ。つまり、この八年間で起こったことは些細な出来事にしかすぎないということ。


 つまりつまり、ミレイナと少し仲良くなったところで原作にはさほど影響がないということだ。


 ミレイナからしてみれば、その原作というものはどうでもいいことだったが、ミレイナの中にある前世の部分が「原作は大きく変えてはいけない」と強く思っているようなので、それに従うことにした。


「僕は学ぶ必要などない」

「そう言わないでください。わたくしが行ってすぐ帰ってきてしまいましたら、家族にがっかりされてしまいますから」

「学ぶ必要がないのに?」

「学びは学問だけではありません。わたくしが殿下に教えて差し上げられることはそうですね……。人とのかかわり方でしょうか」


 セドリックはピクリと眉を跳ねさせた。彼は十歳とは思えないほど大人びていたが、こういう風に感情を表に出すところはまだまだ子どもだ。


 ミレイナは苦笑する。


(セドリック殿下は偏屈なところがあるから、正攻法よりも同情を引いたほうがいいのかもしれないわね)


 ミレイナは顔を曇らせて言った。


「殿下は聡明な方ですから、本当のことを申し上げますね」

「……本当のこと?」

「はい。先生というのは単なる口実なのです。実はわたくし、ひどく人見知りをするものですから両親が心配して殿下の話し相手という役割を用意してくださったのです」


 全部嘘だけども。実際問題、公爵家ともなると家格の合う友達というのはあまりいない。ミレイナと仲良くなろうとしてくれている同年代の子はいたが、みんな親に言われてというのがほとんどだ。


 それを口実に友達がほしいとおねだりしたのは事実。ミレイナの兄が第一王子と仲がいいことを上げ連ね、ミレイナは第三王子であるセドリックとの縁をつないだ。


 幼いころセドリックに友達がいないことを王妃が嘆いていたというのは、原作にあった情報だ。頭がいいせいで同年代の子どもと話が合わないのだろう。


 セドリックに追い返されたと言っても、両親はおそらくそこまでがっかりはしない。けれど、ミレイナの中にある前世の部分が落胆することは間違いなかった。


 前世の部分が落胆するということは、ミレイナ自身が落ち込むことと同意だ。


 ミレイナはセドリックの手を握り締める。


「わたくしを助けると思って、一日一時間だけでもいいのです!」

「……なんで僕がそんな面倒なこと」

「お願いします。部屋の隅に置いておいてくれるだけでもかまいませんから」


 ミレイナは瞳を潤ませる。両親におねだりするときにつかう常套手段だ。


 セドリックは大きなため息を吐く。


 こうしてセドリックが折れる形でミレイナはセドリックの先生という名の友人の位置を手に入れたのだ。


 なぜ、セドリックに近づいたか? 理由は簡単だ。ミレイナの中にある前世の部分が、セドリックを近くで見たいと望んだから。


 もちろん、ヒロインにとって代わろうとか、そんな邪な考えがあってのことではない。前世のミレイナも「原作を大きく変えてはいけない」という想いが強いし、なにより五歳も年下の少年をたぶらかそうなど考えるわけがない。


 ただ、誰よりも一番近くでこの物語の傍観者となることを選んだのだ。


 そう、これは崇高な趣味なのである。


 幸いなことに前世の趣味はよかったようだ。ミレイナ自身も幼いとはいえ、美しいセドリックの友人となることは嫌ではなかった。



 ◇◆◇



 それから八年。セドリックは小説のとおり美少年へと成長を遂げた。


 艶やかな黒の髪は、太陽の光を浴びると美しい紫色になる。外に出るのが嫌いなセドリックのせいであまり見られないのが残念だ。


 薄い紫色の瞳も神秘的で、ずっと見ていられる。なにより、成長して色気が増したように思う。スッと通った鼻筋。長い睫毛。こんなにも美しい少年をミレイナは見たことがなかった。


 ミレイナはクッキーを口に含むとにへらと笑った。


 この八年間で、ミレイナも少しずつ変わっていった。少女から大人の女性へ。そして、少しずつ前世の持っていた感情や価値観も混ざり合っていった。


 最初こそセドリックのことを「もう一人の自分が好きな男の子」だったのだが、今ではミレイナ自身も可愛い弟のような、そんな風に思っている。


 十歳から十八歳という一番変化する時間を共に過ごしたせいだろうか。


「そんなにそのクッキーがおいしい?」

「ん? ええ。王宮のパティシエは腕がいいわ」


 セドリックは「ふーん」と興味なさげに言うと、本に視線を戻す。


 八年間続いた二人の関係は友達と言っていいものかはわからない。いつも、ミレイナが遊びに来てぴったり一時間、セドリックとともに過ごす。


 たいていはセドリックの読書の横で用意されている菓子を楽しみながら、彼の顔を眺めて楽しむのだ。


 会話はどちらかというとミレイナからの一方通行であることが多い。それでも相槌を打ってくれるし、原作でもそこまでおしゃべりではなかったから、問題ない。


 セドリックの情報は他から手に入れればいいだけだ。


 ミレイナは二枚目のクッキーを手にしながら、「そうだ」と小さな声で言った。


「残念だけど、そろそろ頻繁にここにはこれなくなってしまうの」


 残念なのはミレイナだけで、セドリックは内心喜んでいるだろう。毎日のように押しかけ、隣で一方的に一時間しゃべっている女など邪魔でしかないだろうから。


 セドリックの眉がピクリと跳ねた。読んでいた本から顔を上げる。


「なぜ?」

「ほら、もうわたくしも二十三歳でしょう? そろそろ真剣に結婚相手を探さないといけないでしょう?」

「……結婚相手?」

「ええ。殿下はまだ先の話でしょうけど、わたくしはそろそろ『売れ残り』なんて言われてしまう時期が来てしまったのよ」


 ミレイナは小さくため息を吐いた。


 前世の記憶を辿ると、セドリックの青春はあと半年後くらいだろうか。ヒロインが子爵家の娘として引き取られて社交界に現れるのがそのくらいだ。


 恋愛とは無縁の彼にはまだわからない話だろう。


「結婚なんてまだ必要ないだろ」


 セドリックの呟きにミレイナは笑う。


「そう言えたらいいのだけれど……」


 できることならずっとセドリックの綺麗な顔を眺めて過ごしたい。けれど、物語が始まる半年後にはヒロインとの恋愛が始まり、彼に会いにくることも難しくなるだろうからちょうどいいともいえる。


 彼らの大切なイベントの場所や時期は記憶しているから、偶然を装い二人の恋愛を楽しむつもりではある。


(この八年で『あら、偶然ね』って話しかけられるくらいには仲良くなったはず)


 セドリックの幸せも大切だけど、そろそろ自分の幸せも考えないと。


 前世の記憶があるせいか、子どものころからずっと夢を見ているような気分だった。けれど、もう二十三歳。夢ならもう目が覚めてもおかしくない時間だ。


「ミレイナは社交が嫌いなのにどうやって結婚相手を探す気だ?」

「これからは頑張るつもりよ」


 今までの社交はセドリックもいないしつまらなかった。けれど、今年は彼の社交デビューとヒロインとの恋愛が始まるのだ。楽しみに決まっている。今のうちに社交界に溶け込んで、最高のエキストラにならなければ。


「そんなにすぐ結婚したいのか?」

「うーん。そうね。早めのほうがいいのではないかしら?」


 この世界は前世とは違う。前世のように自由な時代であれば、独身を貫く道も考えた。この世界では独身は肩身が狭い。結婚こそが女の幸せであり、結婚してこそ男は一人前だと考えられている。


 たとえ、公爵家の令嬢だったとしても同じだろう。いや、公爵家の令嬢だからこそ、家のための結婚を重要視される。


 両親はミレイナに甘い。両親が痺れを切らして相手を連れてくるよりも前に自分で決めたほうが、ある程度自由に決められるはず。だから、自分の身の丈に合う相手を探すつもりだ。


「なら僕と結婚すればいい」

「あら、売れ残りになりそうなわたくしに気を使ってくださるの?」


 ミレイナはカラカラと笑った。


 推しとの結婚は憧れだけど、半年後にヒロインに奪われるとわかっていて手を取るわけがない。ヒーローとヒロインは運命の赤い糸で結ばれている。そのあいだに割って入るなど言語道断だ。


 セドリックがミレイナの手を取った。持っていたクッキーがテーブルに転がる。


「僕は本気だ」

「だめよ。殿下とわたくしとでは釣り合わないわ」

「第三王子と公爵令嬢。十分釣り合いが取れているだろ」

「つり合いって身分だけじゃないもの」


 身分、年齢、他にも色々ある。ミレイナのように社交界でもあまり目立たない地味な女性が第三王子の相手になるのは、気が引けるというものだ。


 見目麗しいセドリックとは対照的に、ミレイナには華やかな金色の髪以外にこれといって特徴がない。少し下がり気味の目尻は気に食わないし、それに嵌められた瞳の色も青というよくある色だった。


 目を引くような美人ではないのだ。


「わたくしは殿下のお友達になれただけで十分幸せですから。わたくしに気をつかわなくてよろしいのですよ」


 もてない女を哀れんだのだろう。恋を知らないセドリックは結婚を軽く考えているのだ。きっと『まあ、好きな奴もいないし、かわいそうだから結婚してやるか』とでも思っているのだろう。


 残念ながらセドリックには友達がいない。ミレイナ以外との交流はほとんどないといっても過言ではなかった。


 ほんの少しでも、哀れんでくれたのであればこの八年間は悪いものではなかったと思えるだろう。



 ◇◆◇



 従弟のエスコートで夜会に行ったのはそれから数日後のこと。


「ミレイナ姉様が結婚相手を探しているなんて知らなかったよ」


 従弟は笑いながら言った。彼はミレイナよりも二歳年下の二十一歳。彼には婚約者がいる。田舎に住んでいるため、基本的には王都の社交場には出てこなかった。


 だから、従弟は婚活のためとエスコートをお願いしたら、あっさりと承諾してくれたのだ。


「わたくしだってもう二十三だもの、結婚相手くらいは探すわ?」

「いや、だってさ。セドリック殿下がいるだろ?」

「なぜわたくしの結婚に殿下が関わってくるの? 殿下はこれから素敵な女性と出会うのよ」


 みんなはまだ知らない。あと半年もすれば愛らしい少女との恋がはじまるのだ。人嫌いの彼がヒロインに心を溶かされ、恋を知っていく。


(楽しみだわ)


 美男美女の恋愛を想像して、ミレイナはうっとりと頬を緩めた。


「ミレイナ姉様が本気を出したら一分で相手が決まるよ。どんな人と結婚したいのさ?」

「そうねぇ。誠実で優しい人がいいわ」


 大恋愛には興味がない。


「他には? 顔の好みとかさ」

「顔にこだわりはないわ。わたくしみたいに普通の女でも尊重してくれる人がいいわね」

「ミレイナ姉様が普通って、それは謙遜がすぎるよ」

「はいはい。わかっているわ。ありがとう」


 ミレイナは従弟の優しい言葉に笑みを浮かべた。しかし、事実だ。ミレイナは物語にピックアップもされないようなエキストラ。普通でなければなんだというのだろうか。


 みんながミレイナを褒めるのは、ミレイナの容姿が本当に優れているからではない。家族や親戚はひいき目で見るし、他の貴族たちはミレイナが公爵家の令嬢だから褒める。


 つまり、すべてはお世辞というわけだ。ミレイナはお世辞を真に受けてしまうほどの子どもではなかった。


「ミレイナ姉様が結婚相手探しに本気なら、紹介したい奴が何人かいるんだ」

「それは助かるわ。知り合いもあまりいないし、どうしようか悩んでいたの」

「みんな今日参加してるから、一人ずつ紹介するよ」


 ミレイナとは違い、従弟は昔から社交的だった。


「何人もいるの?」


 ミレイナと年齢が合うとなると二十代の男性だ。二十代にもなると、結婚していなくても婚約者ができていてもおかしくはない。


 それなのに、婚約者も決まっていない男性が何人もいるのだろうか。


 従弟はミレイナの言いたいことがわかったのか、にんまり笑った。


「ほら、まだ二人の王子が婚約もしてないだろ? だから、みんな様子をうかがっているらしい」

「そうなの?」

「だからなのか、恋愛結婚が多いみたいだよ」


 第三王子のセドリックは半年後には大恋愛をする。第二王子はたしか、ミレイナより一つ上だったか。原作ではセドリックの恋人となるヒロインに横恋慕する役だ。


(なら、慌てなくてもよさそうね)


 原作に深くかかわらなさそうな相手を探すだけ。


 ミレイナはあたりを見回した。


「今日はいつもよりも人が多い気がするわ」


 いつもよりなんて言ったけれど、ミレイナが夜会に参加するのは一年に数回だ。


 もしかしたら、その日が特に人が少なかっただけかもしれない。


 しかも、たくさん視線を感じる。


(もしかして、ドレスが流行に合っていないから笑われているのかしら?)


 ドレスなんて身体に合っていて、汚れていなければどれも一緒だと適当に選んで着ている。流行を調べて追いかけるのは大変なのだ。


 こんなに目立つのであれば、少しくらい流行を調べるべきだっただろうか。


「あ、いたいた。ミレイナ姉様、紹介するよ。こちらはアンドリュー・フレソンさん」

「ミレイナ嬢、ごきげんよう」


 アンドリューはミレイナの指先に唇を落とした。


 従弟はミレイナの耳元で、「フレソン侯爵家の若様で二十八歳」と告げた。ミレイナの五歳年上で侯爵家。つり合いが取れていると言いたいのだろう。


「それじゃあ、俺は他のところに挨拶でも行ってくるから、アンドリューさん、少しのあいだミレイナ姉様をお願いします」


 従弟はそれだけ言うと、ミレイナの返答も聞かずに行ってしまった。


「せっかくですから、ダンスでもいかがですか?」

「あまり得意ではないので、足を踏んでしまうかもしれません」

「かまいませんよ」


 アンドリューに差し出された手を取る。


 会話の内容も思いつかないので、ダンスをしていたほうがいくらかましだろうと思ったのだ。


 アンドリューは金髪の美丈夫だった。ダンスをしているあいだ、前世の記憶を辿ったが、アンドリューという名前の男の登場はなかった。


「まさか、ミレイナ嬢とダンスをご一緒できる日がこようとは思いませんでした。遠くから見てもお美しいと思っていましたが、近くで見ると更にお美しいですね」

「まあ。お世辞がお上手ですのね」


 お世辞は慣れている。


(美しいっていうのはセドリックのような人のことをいうのよ)


 彼以上に美しい人のことをミレイナは知らない。そして、セドリックと比べたらミレイナなど足元にも及ばないことはよく理解しているのだ。


「ミレイナ嬢はセドリック殿下と親しいと聞きましたが。長く教師をされていたとか」

「ええ。教師と言っても、殿下は才能のある方ですからただのお話相手ですわね」

「殿下は気難しい方ですから、ただの話し相手も難しいかと。何人もの人が彼と関わりを持とうとして失敗してきました」

「彼は少し人見知りなところがありますから」


 ミレイナは曖昧に笑った。


 ミレイナが毎日セドリックに会いに行くようになって、他にも同じことをして彼と仲を深めようとした貴族がいたと聞く。彼らは全員、セドリックに追い払われたと聞く。


(この人は殿下と繋がりがほしいのね)


 セドリックは第三王子ではあるが、王族には変わりない。将来国王にならなくとも、王族として国政にかかわっていくことになる。特に彼は生まれたときから様々な才能を発揮しているから、期待値も高いのだ。


 彼と繋がりを欲する人は山ほどいた。そして、そんな彼との繋がりを持っているのは今のところミレイナだけなのだ。


(わたくしの結婚に殿下の名前を利用するのはだめね。もっと身分が低い人のほうがいいのかも)


 王族との関わりが低い人。打算的でない人のほうが望ましい。


 前世の記憶があるからか、質素な生活にも慣れている。二十三年間で与えられたミレイナの予算のほとんどは残っていた。それがあれば、質素にであれば暮らせるだろう。


(でも、原作が終わるまでの期間は社交界にも顔を出したいのよね)


 できれば一番近くで物語を鑑賞したいのだ。そのあとは時折顔を見られれば安泰だろう。


(そうなると、王都で働く役人とか騎士もいいかしら)


 ミレイナはアンドリューに笑顔を返しながらも、頭の中は結婚の計画でいっぱいだった。気づけば、いつの間にか一曲踊り終えていたのだ。


「ミレイナ嬢はダンスもお上手なのですね」

「いえ、アンドリュー様のエスコートがお上手だったのでしょう」


 素直に言えば、ほとんど記憶にない。一度や二度、足を踏んでいるかもしれない。


 ミレイナは他の令嬢に比べて、ダンスの経験が少なかった。元々夜会にも年に数回しか参加しないうえ、最近では練習もおろそかにしている。


 たくさん踏んでいれば、次に誘われることもないだろうから大丈夫だろう。


「せっかくですから、向こうでゆっくりお話ししませんか?」

「でも、そろそろ従弟が迎えに……」

「まだ彼は話に夢中みたいですよ?」


 確かに従弟はアンドリューの言うとおり楽しそうにおしゃべり中だった。


 このまま誘いを無下に断っても、あまりいいことはないかもしれない。ミレイナは「では、少しだけ」とアンドリューの手を取ったのだ。


 しかし、一歩を踏み出す前に後ろから腰を抱かれ、思いっきり後ろへと重心を崩した。


「きゃっ!?」


 驚いて振り返ると、見知った顔があった。――セドリックだ。


「殿下っ!? なぜここに? ちょっと……!」


 セドリックはミレイナを抱き上げると、会場を出る。ざわめきを背に、無力なミレイナは何もできなかった。


 彼はミレイナを抱き上げたままずんずんと進んでいく。庭園のガゼボまで連れていかれた。暗がりの中、他に人はいない。


「殿下、どうしたの?」


 彼はまだ社交界にデビューしていない。来るはずのない彼が現れて、みんな驚いたことだろう。ミレイナだって突然のことに驚いている。


「あれが結婚相手?」

「あ、れ……?」


 ミレイナは首を傾げた。「あれ」と言われてもどれかわからない。


「金色の奴」

「金……? フレソンさん? ただダンスを一曲ご一緒しただけよ?」

「楽しそうにしていた。ああ言うのが好きなのか?」

「普通、仏頂面でダンスなんてしないわ」


 仏頂面でダンスが許されるのはセドリックくらいなのではないだろうか。


「あんな男は君にふさわしくない。アンドリュー・フレソン、二十八歳。フレソン侯爵家の長男。独身だが外に女が三人、婚外子は二人」

「まあ! 詳しいのね」

「それくらいの情報は勝手に入ってくる」


 ずっと部屋にいるのに?


 ミレイナは再び首を傾げた。セドリックは人と会うことを嫌い、人の訪問を拒んでいる。


 セドリックが誰とも会わないせいで、ミレイナに繋ぎを求めてくる人が後を絶たないのだ。


 そんな彼がアンドリューの情報を知っているとは思わなかった。しかも、かなりプライベートなことまで。


「安心して。フレソンさんとは本当に一曲ご一緒しただけよ」

「君は騙されやすいから、こんなところで結婚相手を探すのはやめたほうがいい」

「過保護なんだから。これではどちらが年上かわからないわ」


 ミレイナはカラカラと笑った。


 まさか、まだ五歳も年下の子に心配されるとは思っていなかったのだ。


(人の心配ができるくらいには大人になったのね)


 他人のことになんか興味もなかった少年が、ミレイナの心配をしている。


 感慨深い。


 いつもミレイナの話を「へえ」と「そう」で返し、興味なさそうにしていたというのに。


 ミレイナは末っ子だから、兄弟の成長を感じることは今までになかった。転生前は一人っ子だったから余計だ。


「君の従弟が紹介する男は全部やめといたほうがいい」

「あらあら。そうなると、一生結婚できないわ」

「だから、僕のところにくればいい」

「それはだめよ」


 セドリックとヒロインの恋愛を間近で見ることを楽しみに生きてきたのだ。それだけは譲れない。


 彼の好意に甘えたら、今後現れたヒロインが苦労するのは目に見えている。


(婚約者のいる王子との恋愛なんて、少しジャンルが変わってしまうものね)


 最後はヒロインの元に行くのはわかっているのだ。


 平凡な人生を送るためにも、名前に傷はつけたくない。


「なぜ? 年齢以外はつり合いが取れているのに?」

「殿下はこれから社交界にデビューして、いろんな出会いがあるわ。今はわたくししか周りにいないから、妥協しようと思えるのよ」


 前世の記憶がただしければ、セドリックの前に現れるヒロインはとても可愛らしく、心優しいいい子だ。


 セドリックを本当に幸せにできるのは彼女しかいないだろう。ミレイナが割り込んでいいわけがない。


「わたくしで妥協したら、一年後には後悔することになるわ」

「そんなことは絶対にない」

「蓋を開けてみないとわからないでしょう?」

「なら、賭けよう。一年後も僕の気持ちが変わらなければ、結婚して」


 セドリックはミレイナの髪をひと房つかむと、唇を落とした。どこでそんな仕草を覚えるのだろうか。さすがは物語のヒーローというべきか。


 ミレイナは目を瞬かせる。


 一年後も僕の気持ちが変わらなければ。つまり、一年後もミレイナで妥協しようという考えにならなければという意味だろう。


 半年後にはヒロインが現れる。一年も経たずにミレイナとセドリックの賭けの決着はつくだろう。


「いいわよ。なら、わたくしが賭けに勝ったら何をもらおうかしら?」

「屋敷でも領地でもなんでも。まあ、屋敷も領地も僕と結婚したら君の物だけど」


 半年後に運命の出会いがあることを彼はまだ知らない。


(二人の愛の巣は奪わないであげる)


 ハッピーエンドを迎えたあとに二人は幸せに暮らす。セドリック所有の離宮は緑豊かで一年中花が咲いているのだとか。


 一度見てみたいけれど、そこに押しかけるつもりはない。そんなところまでお邪魔したら馬に蹴られて死んでしまうだろうから。


 ヒロインとのめくるめくひとときを想像して、ミレイナは頬を緩ませた。


 緩んだ頬をセドリックがつまむ。


「いひゃいわ」

「全然意味がわかってないみたいだから」


 セドリックは不機嫌そうに眉を寄せた。いつも興味なさそうに澄ました顔をしているのに、怒るなんて珍しい。


 つい、そんな表情をじっくりと見てみたくなって顔を覗き込んだ。


 眉間の皺がますます深くなる。


「ちゃんとわかっているわ」

「ふーん。じゃあ、今日から本気出すから覚悟して」


 セドリックはそれだけ言うと、ミレイナの頬に口づける。頬といってもほとんど唇の端のような場所だ。


 ミレイナは慌てて頬を押さえた。


「で、殿下っ!? どうして!?」

「一年間、君を口説かないとは言ってない」

「……意味がわからないわ」

「ほら、やっぱりわかっていない」


 彼はこれ見よがしにはあ、と大きなため息を吐き出した。


「もうこれ以上我慢しないし、もう『弟』だなんて言わせない」


 彼の瞳に映るミレイナの頬は林檎のように真っ赤だった。


FIN

最後まで読んで頂きありがとうございました!

書いていて楽しかったので、そのうちセドリック視点など書きたいです。


最後に★で応援していただけましたら、作者の心の栄養になります。

忙しくて感想のお返事がほとんど書けていない状態ですが、感想大歓迎です。

すべて読ませていただいてます。


【追記】

誤字報告ありがとうございます。

とても助かっております(ㅅ´˘`)

【追記2】

総合日間1位ありがとうございます( ˊᵕˋ*)

ヒロインが出てからの話が読みたいという声もあるので、連載版を書くか考え中です。

連載する場合はこのあとがきか、割烹にてご報告させていただきます( ˊᵕˋ*)

【追記3】

4/23より連載版の投稿始めました!

よかったら読みに来てください( ˊᵕˋ*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 押しの強い王子様ですね でもヤンデレにならなくて良かった
[一言] 面白かったです! 王子視点と続き(できれば長編で!)が読みたいです。
[一言] 続きが読みたいです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ