イカリングはエンゲージリングとなり得るか?
僕の名前は剣先偉。
種族は人間、歳は二十七歳、職業はサラリーマン。
自分で言うのもどうかしていると思うが、顔がいい。昔からびっくりするほどモテた。中学生のころから山のようにバレンタインのチョコレートをもらった。最初は嬉しかった。けれど、この年になると虚しくなってくるのだ。
どの女も僕の顔だけを見ているだけだ。本当の僕なんて見ていない。
だから僕は一計を案じることにした。婚活だ。
今僕がいるのは婚活会場だけれど、これはいわゆる普通の婚活ではない。ここはモンスターの婚活会場、通常モ〇ハンクラブ。
さて、婚活を大きく左右する要素は何だろう。
それは、見た目・年齢・年収である。男女ともに変わらない。
ただ、女性の場合は見た目と年齢に大きくウエイトが置かれる。逆に男性の場合は、見た目と年収にウエイトが置かれる。それだけの話。
ここは日頃人間に擬態して暮らしているモンスターたちが、真の姿に戻り伴侶を探す愛の祭典。
逆に僕は今、巨大イカ――いわゆるクラーケンに化けてこの会場にいる。ねっとりとした体に、うねうねと動く十本の腕。深い意味はない。ただ狼男や吸血鬼ならかっこいいと思って近づいてくる女性がいたら困る。そう思ってやめた。
少なくともこの姿で僕のことを好きになる人間の女性はいないだろう。僕は食べる分にはイカは好きだけれども、なかなかどうして、気持ち悪い。
この婚活なら、僕も本当の愛を見つけられるかもしれない。そう思って、近くに寄ってきたモンスターににこやかに話しかけようとしたところで、「お客様」と鈴の鳴るような声がした。なんでもこの会場のサポートスタッフらしい。
「お飲み物はいかがされますか?」
イカが何を好むか分からないのできょとんとしていたら、”白ワイン~マリアナ海溝仕立て~”なるものを手渡された。なんだか微妙にしょっぱいような複雑な味だ。いつも安い発泡酒しか飲まないので新鮮である。
それから簡単に説明を受けた。
この黒色の名札は男性型の印らしい。
しかしながら、現在使っているイカ擬態の目には色の認識をする機能がない。これはゆゆしき事態だ。なおさっき僕が近づいていったのは男性型のモンスターだったようだ。あぶないあぶない、うっかり違う扉を開いてしまうところだった。
本物のイカはどうやって日頃過ごしているのだろうと思ったところで、僕はただの人間である。
「他にお困りのことはありますか?」
猫娘の彼女はにっこりと微笑んでそう言った。かわいい。名札によると名前は「ネイコ」。昔実家で飼っていたラグドールのミミちゃんに少し似ている。
「実は……」
うっかり彼女を触腕に乗せてしまったのは、飲みなれない謎の飲み物で珍しく酔いが回っていたからかもしれない。
* * *
気がついた時には、しこたま人間の女性への恨みつらみを話したあとだった。
日頃誰にも話せないことを、ネイコさんは優しく聞いてくれた。まさに僕の理想の女性だった。
「また、会いたいな。君といるのはとても心地いい」
柄にもなくそんなことを言ってしまった。この会場の誰よりも、彼女は魅力的に見える。ネイコさんは二回ほどやんわりと断ったあとで、こう言った。
「じゃあ、帰りに待ち合わせましょう」
会場の出口で、擬態のままのネイコさんと向かい合う。
イカ擬態は入口で解けて僕は人間の姿に戻ってしまうが、モンスター同士なら逆にそれこそが“擬態”に見えるだろう。
僕は受付のゲートを超えた先で彼女を待った。
「私、本当はね、」
猫のしなやかな後ろ足が、軽やかにゲートを飛び越える。
そこにいたのは、どことなく申し訳なさそうな顔をした、平凡な普通の人間の女性だった「人間なの」
「えっ」
確かに擬態は解けている。けれど、あまりにも地味だった。
「金芽寧子と言います」
寧子さんが気まずそうにうつむいて目をそらす。無理もない。僕があれだけ人間の女性の愚痴を話してしまったからだ。
「どうですか」
さて、ここからどうするべきだろう。
寧子さんはちらちらとこちらを見ている。若干顔が赤い。そうだった。この顔は人間相手には非常に有効だったと思い出す。
ミミちゃんに似た銀色の毛並みはないけれど、ちょっと釣り目のぱっちりした目は擬態の時と同じだ。
そうだ、あのイカ姿でも寧子さんは僕とまた会おうとしてくれたのだ。
なんてことはない。見た目に一番こだわっていたのはこの僕かもしれなかった。
「奇遇ですね、僕も人間なんです」
「う、うそ。その顔、擬態じゃないんですか?」
違うんですよね、これが。
一番よく見える角度で微笑みかけてみる。生まれて初めてこの顔に生まれてよかったと感謝した。
「どうです? このあとよければ食事でも」
ためらう寧子さんに、ダメ押しの一言を僕は放つ。
「イカはお好きですか?」
イカリングがおいしい居酒屋があると言うと、寧子さんは口元に手を当ててくすりと笑った。
「いいですね」
右手を差し出したら、肉球が消えた、それでも柔らかな手が僕の手を握り返す。
「私、イカ大好きなんです」




