婚約破棄された鶏ガラ令嬢は、出涸らし王子に美味しく餌付けされました。
「ミラベル、今日を限りにお前との婚約を破棄させてもらう」
アプリゴ王国宮殿の大広間で行われた舞踏会。煌びやかなシャンデリアが織りなす光の下で、その光にも負けないほどきらめく金髪と美貌のアトキン第三王子が、自身の婚約者であるミラベル・ポンピーノ侯爵令嬢へ向かい言い放った。
王国一の美青年と謳われているアトキンとは対照的に、こけた頬、落ち窪んだ目が目立つミラベルの顔が真っ青に染まる。
ただでさえミラベルの体は痩せ細り、浮き出た鎖骨が痛々しくもみすぼらしく見える。そんな今にも倒れそうな体を、必死に足に力を込めて踏ん張った。
「……ア、アトキン殿下……なぜ、そのようなご冗談、を……」
筋張った両手の指で口元を覆いながら、ミラベルはなんとか声を絞り出す。
震えるその声はとてもか細く小さかったが、成り行きを見まもろうと静まりかえった大広間では、それでもじゅうぶん聞き取ることができた。
「冗談? はっ! 生憎とこれは冗談などではない」
「そ……それでは、いったいどうして……あの、わたくしが何か、粗相をいたしたのでしょうか……。いえ、そもそもそれだけで勝手に婚約破棄などとは……」
身に覚えはないが、とにかく彼がどうしてこんなことを言い出したのか、理由を聞かなければとミラベルは追いすがる。
第三王子と侯爵家の娘である自分の婚約は王家との契約でもあるのだ。このような一方的で勝手な婚約破棄はアトキンにもミラベルにとっても何一つ得になることはない。
とにかく父親である侯爵か、王家の誰かがアトキンを止めるなり諫めてくれることを期待して、彼が本気ではないと言い出すことを待った。しかし——。
「勝手ではない。俺はすでに父王からは新たな婚約を認めていただいている」
「……え?」
アトキンの言葉に一瞬ざわめく。ミラベルもそんなまさかと耳を疑った。婚約の破棄など寝耳に水だ。
そんな彼女をわざわざおとしめるようにアトキンは腕を伸ばしミラベルへと指をさした。
「そもそもお前のような〝鶏ガラ令嬢〟では誰もが美しいと褒めたえる俺の妻としては不釣り合いだということだ」
〝出涸らし〟のカリステ相手ならいざ知らずと、アトキンの心ない言葉に、それまで静かに成り行きを見守っていた人々からクスクスと忍び笑いが起こり、ミラベルを嘲笑う視線が彼女へと集まり始めた。
鶏ガラ令嬢——それはミラベルへと付けられた蔑称。
ガリガリに痩せ細った体は見るも無惨で骨に皮が申し訳なく付いた程度。触ればいとも簡単に折れてしまいそうな体躯。十六歳という花の盛りであるにもかかわらず、女性特有の艶やかな肌も、柔らかな腕も、温かみのある頬も何一つ持ち合わせていないミラベル。
彼女はいつしか社交界で骨と皮だけの〝鶏ガラ令嬢〟と揶揄されるようになったのだった。
けれどもミラベルも初めからこのような姿ではなかった。五年前、十五歳のアトキンと婚約を結んだばかりの十二歳の頃にはまだまだ子どもらしい体型だったが、婚約から一年も経つと徐々に体つきが女性らしく柔らかく丸みを帯びだす。
特に少しばかり胸が早く成長し始めたミラベルは、同世代の少女よりもむしろふくよかといえる見た目になっていた。
それが気に入らなかったのかアトキンは、ある日突然ミラベルに痩せるよう指示を出した。
『俺の隣に並ぶのがそんな太っちょの婚約者では恥ずかしい。痩せてからこい』
『はい、わかりました。アトキン殿下』
温順なミラベルはアトキンの我が儘を素直に受け取った。バランスの良い食事と適度な運動。周りの助言をよく聞き入れ、きちんとメニューをこなしたミラベルは三ヶ月もするとしっかりと成果が見た目に現れるようになる。
柔らかな女性らしさはそのままに、みずみずしくメリハリのある体つきは誰の目から見ても、蛹から蝶へと美しく生まれ変わったかのようだった。
同世代の貴族子息たちが、そのミラベルの女性らしく成長する姿に目を惹かれるようになるのも当然だろう。
『さすがは第三王子の婚約者だ。お似合いのお二人です』
そうもてはやされたアトキンは、やはり自分の言う通りにすれば間違いないと得意になる。
しかし痩せて綺麗になったミラベルに満足したのも束の間、そうなるとアトキンは今度は婚約者の顔が少し丸いのが気になりだした。
『デブだな。まだまだ肉が付きすぎだ。もっと痩せられるだろう』
痩せたとはいえまだ少女の殻を破ったばかりのミラベルに大人の女性のようなシャープさはない。それでも彼女はアトキンが望むままに痩せる努力をしたのだ。同じように食事制限と運動をしていてもそう簡単に落ちるほどの余計な肉などはなかった。
それでもアトキンと会うたびに『太い』と言われ続け、ミラベルはそのたびにどんどんと食事の量を減らしていった。
そんな生活を続けていればミラベルの体力も日に日に落ちていく。
しかし歩き疲れて立ちすくめば『デブだからもう動けないのだろう』と言われ、貧血で体がふらついても『太いから躓くんだ』と言われてしまえば、その通りかもしれないと思い込み、周りの言葉も耳に入れずさらに食を控えてしまう。
そうこうしているうちにミラベルは、〝食べる〟という行為に嫌悪感と罪悪感を抱くようになってしまった。
(食べてはいけない。これを食べてしまえば肉が付いて、アトキン殿下からまた太ったと言われてしまう……)
あまりにも痩せてしまったミラベルを心配した両親が、少しでもと出してくれた消化の良い食事を見ても、今までに言われ続けた誹謗の言葉が頭の中を駆け巡ってしまう。
体は冷え切っているのに汗が噴き出て、心拍数が上がるのがわかる。口にスプーンを運ぼうとすれば、(本当にいいの?)と絶えず脅迫されているような気持ちになる。
(食べてはダメ……。ダメ。嫌われたくないの。怖い。怖い。気持ち悪い……。怖い。いやあっ……!)
ぐふっ!
口を付けたものを全て吐き出し、その場に倒れ込んでしまったミラベルは、その後ほとんどの食事を受け付けなくなってしまった。
——そして彼女は〝鶏ガラ令嬢〟と揶揄されるほど痩せ細ってしまったのだ。
ミラベルの拒食の原因を作っておきながら、素晴らしい自分に似合わないと切って捨てたアトキンの言葉に彼女は呆然と立ちすくむ。
その隣には、鮮やかなピンクブラウンの髪色の可憐な令嬢がアトキンの腕に細い指を絡ませ笑いながら立っていた。美貌のアトキンにお似合いの健康的な美しい令嬢を見て、ミラベルは自分のパサついた髪や張りのない腕など全てが恥ずかしく思えた。
(……ああ、そうなのね。もう、何をしてもダメなのね……)
気がついていた。ミラベルを『太い、太い』と笑いからかっている時から、アトキンは彼女の方をちゃんと向いてはいなかったのだ、と。
(少しでもアトキン殿下がわたくしの方を見てくださっていたならば、そしてわたくしがアトキン殿下を見ていれば、ここまでにはならなかったのかもしれません……)
アトキンは隣の令嬢の手を引きミラベルの横を颯爽とすり抜けると、大広間に響き渡るような声で宣言した。
「それでは俺の新しい婚約者を紹介しよう。モパッソ伯爵家のマリーノ令嬢だ」
おお! と一斉に声が上がる。その場の視線は国王にも認められた新しい婚約者へと注がれ、華々しいスポットライトが当てられたかのように彼らも笑顔で応えている。
もう誰も用なしになった〝鶏ガラ令嬢〟など見向きもしていない。
それまでなんとか持ちこたえていたミラベルのか弱い足が力なく崩れ落ちそうになった。筋肉が落ちきった彼女には、華やかなドレスでさえも小さな体を縛り付けるただの重りでしかない。
クラリ、と体が倒れそうになったその時、誰かの温かな手がミラベルの体全体を支えていた。
「大丈夫かい? 少し触れさせてもらうよ。ごめんね」
アトキンと同じくらいの背、よく似た声で心配する声がかかったのを耳にしたミラベルは、一瞬まさかと思いつつ動かない体を一生懸命に傾けた。
しかしそこでミラベルを支えていたのは彫刻のように整ったアトキンとは違う、どこか愛嬌のある顔に暗めの金髪の第四王子。
「……え、あ……、カ……カリステ殿下?」
「うん、そう。ミラベル嬢……大変だったね」
アトキン第三王子の双子の弟でもあるカリステ第四王子の優しげな声にホッと息を吐く。ただいつもよりも少しひび割れているようだとミラベルが感じていると、アトキンの意地悪い声が被せられた。
「はっ、〝出涸らし王子〟の登場だぞ。よかったな、ミラベル。役立たず同士、お似合いだ」
嫌らしくからかうアトキンを一瞥すると、カリステはフッと鼻で笑う。
「お似合いか……それは嬉しいね」
アトキンの嫌みを軽く流してカリステがミラベルへと向いた。腰を手で支えたままなのでダンスをするほどに密着した形になっているのに戸惑うミラベル。
「あの……カリステ殿下……?」
「おい、何をするつもりだ、カリステ⁉」
声を荒げるアトキンを無視して、カリステは胸のポケットに挿してある梔子の花を手に取り、ミラベルの目の前に差し出す。そしてほんのりと頬を赤らめながらはっきりと言った。
「このような場で申し訳ありませんが……ミラベル嬢、どうか私と結婚していただけませんか?」
カリステの求婚に、大広間に新たな衝撃が走る。
ドッと沸き起こる声がミラベル達へ降り注がれる。あまりの出来事が重なりミラベルは、いったい何が起こりどうかしたのだろうかと思うよりも早くその意識を手放してしまった。
***
ガタンゴトンと揺れる馬車の中で、ミラベルはこの慌ただしかった半年を振り返っていた。
あの舞踏会でのアトキンからの公開婚約破棄、そしてその双子の弟であるカリステからの突然の求婚。あまりにも節操がないと激怒したポンピーノ侯爵夫妻は、ミラベルへ駆け寄るや否や制止する国王を振り切り侯爵家へ速攻でミラベルを連れ帰った。
ミラベルの自室で彼女の髪を何度も撫でる侯爵夫人の手つきの優しさに(もっと早く辛いと相談すれば良かった……。そうすればこんな迷惑なんてかけずにすんだのに……)と、思わず涙が零れそうになる。
『今後のことを考え、ミラベルの病気療養という形で婚約を解消するのが良いだろうと陛下とも話がついていたのだ。それを、あの……糞ガキが』
『それを逆手に取り、まるで自分から婚約を解消したかのようにふるまうだなんて……本当に許せませんわ』
ポンピーノ侯爵家はアプリゴ王国建国よりの功臣であり、外交を担う重要な立場にある。
王家としてはミラベルとの結婚を機に、見た目の良いアトキンにはその手腕を学ばせ外交の役に立たせる目論見だったのだが、ミラベルへのあまりにも酷い扱いに怒り心頭のポンピーノ侯爵からとうとう婚約解消が願い出されてしまった。
なんども請願されそこまで言うのならばと、ようやく重い腰を上げて婚約の解消を決定したところに、あのアトキンの公開婚約破棄という暴走が起こってしまったということだった。
侯爵の話が確かなら、アトキンの行動は大変な契約違反だ。
とはいえすでにああして貴族たちの目の前で一方的に婚約を破棄されたという既成事実を作られてしまえば、今さらミラベルに付いてしまった瑕疵はなかったことにはならない。
(カリステ殿下の突然の求婚も、アトキン殿下の仕打ちの後始末だったのかも……)
怒濤の出来事に身も心も疲れ果てたミラベルはその夜から十日間寝込んでしまった。
しかしその間もカリステは毎日通い続け、どう侯爵夫妻を懐柔したのかはわからないが、ミラベルに求婚する了承を得た。
『私はすでに爵位と領地をいただき、臣下に下ることとなっています。田舎ゆえ王都のような華やかさはありませんが、農業と畜産が盛んで自然のとても美しい領地ですよ。ぜひ、君にも見せてあげたい』
アトキンに付き従いぼろぼろになったミラベルの心に、カリステの言葉が染み渡る。どうせこの王都での社交界には辛い思い出しかない。
『そこでは君の好きなことをしてください。嫌なことをする必要はないし、させないと約束をします』
『でもカリステ殿下は本当にわたくしでよろしいのでしょうか? こんな〝鶏ガラ〟のようなわたくしでも……』
長袖のドレスを着ても隠しきれない痩せこけた手を隠すように組む。カリステはそのミラベルの手に自分の手のひらを重ねた。
『ミラベル嬢こそ〝出涸らし王子〟と呼ばれる私でよければ、ぜひ選んでいただきたいのです』
——アプリゴ王国には亡くなった前王妃から産まれた二人の王子と、現王妃から産まれた双子の王子がいた。
そのうち長男である王太子は頭脳明晰、強いカリスマ性と統治能力で、次期国王に相応しい人物だと名高く、続く第二王子は剣の才能に溢れいずれは軍を率いて国王を支えるとまで言われている。
そして第三王子であるアトキンは絶世の美女と名高い現王妃によく似た、輝かんばかりの美貌を持ち合わせていた。
しかしその双子の弟であるカリステは特に秀でるものもなく、良く言えば普通の、悪く言えば何もかもがパッとしない。三人の王子たちに比べ、突出したものが何一つとしてなかった。
ゆえに、貴族たちからは他の王子たちの〝出涸らし〟だと揶揄されてきたのだ。
しかし当の本人はそう言われていることに何の文句も苛立ちを出すこともなく、それどころか早々に臣下に下ることを明言していた。
そんな飄々としたカリステの妻となり田舎の領地で穏やかに過ごすのも悪くないと思うようになったミラベルは、柔らかな笑みに押されるようにして彼からの求婚に頷いた。
それから出発までの半年はあっという間だ。結婚の挨拶に準備。まるで婚約者をすげ替えたというような噂に心を痛める暇もないほど忙しく慌ただしい日々を送ったのだった。
「馬車に乗るのも飽きてしまったでしょう。日暮れ前には到着しますのでもう少しだけ我慢してください」
流れる窓の外の景色を見ていたミラベルは、カリステの彼女を気遣うような声に振り返った。ミラベルの体調に合わせゆっくりと時間を取り移動してきた二十日間の旅もようやく終わりが見えてきたようだ。
ここはアプリゴ王国の南西部、広がる穀倉地帯が伯爵位を叙爵されたカリステの領地。つい五年ほど前は荒れ地に近かった場所をカリステが引き継ぎ、年毎に収穫を着実に増やしていった土地だ。
「我慢だなんて……。とても楽しい時間でした」
「そう言ってもらえて良かったです」
「野の花の群生も川面に映る朝の日の光も、初めて見るものばかりで新鮮でした。それに、毎日の食事がとても美味しくて……」
ミラベルはそこまで口にしてしまい、あっ、と恥ずかしげに口を塞いだ。
それまではどうしてもと勧められても一口二口を口にするのがやっとだった食事も、直接食材に触れ、目の前でミラベルのためにカリステ自ら調理する姿を見て、食べ物に対しての嫌悪感が徐々に薄れていった。野外という開放感も合わせて、少しずつ口にする量も増えていく。
まだまだ体はガリガリといっていいほどだが、顔にはほんのりと赤みが差してきたように見える。
「あ、あの……カリステ様は、とてもお料理が上手で……その、驚きました。料理はどちらで習われたのでしょうか?」
「いや、習ったというよりも必要に応じてできるようになったのでしょう」
「必要……だったのですか?」
第四王子という立場で料理が必要に迫られるという状況がわからず首をかしげると、カリステは苦笑いしながら、何もない領地でしたのでと断りを入れた。
「何度も行き来をして領地の作物やら家畜が軌道に乗るまでは、領民と共に何でも食べて乗り切りましたから。料理は必須です。それこそ木の根っこも掘って食べましたよ」
「えっ、木の根……ですか?」
一国の王子が木の根を食べたことに驚いたミラベルだが、カリステはむしろそれがどれほど美味しかったのかを楽しそうに説明する。
「そうそう。いやこれが意外と美味くて……そうだ、冷え性にいいようなので、今度君にスープを作って……と……と、申し訳ありません。今は食材もじゅうぶん揃っていますし、出荷量も増え財政も余裕がありますので! 木の根はないですよね……さすがに……」
勢いよく出た言葉はそれだけにカリステの飾らない気持ちが目に見えるようで、ミラベルは逆に嬉しく思う。
「カリステ様がそうおっしゃるのなら、きっと美味しいのでしょうね。いつかごちそうしていただけますか?」
ミラベルからの賞賛に、恥ずかしくも誇らしげに笑うカリステ。その笑顔を見てミラベルはほっこりと温かい気分になった。
カリステが小さな屋敷と呼んだ新伯爵邸に到着したミラベルは、その重厚感溢れるたたずまいに驚いた。王都の屋敷のように華美な繊細さはないものの、どっしりと地に根付いたような落ち着きのある風合いにとても感動した。
その気持ちを伝えたいと、横に立つカリステへと顔を向けると、彼はミラベルを優しく見つめながら微笑んでいた。
(ああ、わたくしはこれからこのお屋敷のようにこの地へ根付いていくのね。カリステ様と共に……。ずっと……)
ミラベルはカリステの肩にもたれ、夕焼けに染まる領地を眺めながら、そう強く感じていた。
***
農業と酪農を主産業にする領地はとにかく皆、一日中忙しく働いている。
それは領主であるカリステも例外ではない。領地の運営だけでなく、作物や家畜の肉のための商談、さらには新たな栽培方法や飼育方法のため、畑や飼育場にまで直接足を運び泥にまみれていた。
『君の好きなことをしてください』
どんなに忙しい中でもカリステは、求婚の際の言葉通り、ミラベルがしてみたいということ全てを聞き入れてくれた。領地の見廻りも家畜の世話も、ミラベルの体力に合わせて時間の余裕をとり、ゆっくりとわかりやすく説明してくれる。
しかしミラベルはといえば屋敷内をようやく息を切らさずに歩けるくらいには体力がついてはきたものの、まだまだカリステの手伝いをできるほど元気に動けるようになっているわけではない。
結婚はしたものの、もう少し体が良くなるまではと、寝室を別にしているのもそのような理由だった。
そのためか何かのきっかけで時折、夜中にうなされ胸が苦しくなり飛び起きることがあった。
『太っちょミラベル』『王子には相応しくないだろ』『役立たずの鶏ガラが——』
アトキンに罵られた様々な言葉がミラベルを悩ませる。
(……わたくし、このままではカリステ様に迷惑をかけるだけかもしれない)
一歩進んではまた後ずさる、そんな気持ちの日々が続いていた。
「ミラベル、今日は一緒に料理をしてみませんか?」
カリステが土まみれの袋を抱えながらミラベルへと話しかけてきた。
「いいのがね、手に入ったんです。柔らかくて、アクが少ないからミラベルにも食べやすいかなって」
そう言って目の前に出された食材は、茶色く泥にまみれた細長いもので、どう見てもミラベルの目には食べ物には見えない。何度かカリステが料理をするところを見たことがあるが、その食材は今まで一度も出たことがなかった。
「……あの、それは……」
「はい。以前約束した〝木の根っこ〟です」
美味しいですよ、とカリステは笑いながらミラベルの手を取った。
カリステの勢いに負け、あれよと思う間もなく用意されたエプロンを身に着けたミラベル。そうして調理場へと足を踏み入れると、シンプルなシャツとズボン姿のカリステが待っていた。
「外でざっと泥を流してきました。軽くこそげるように皮を落としましょう」
「え、あ……はい」
タワシを渡され戸惑うミラベルへと見本を見せるカリステ。その真似をするように、こわごわとタワシを動かしていく。
「あら、まあ。ぼろぼろと落ちていきますわ……」
「木の根は皮近くに栄養があるので、軽くで大丈夫ですよ。あまり張り切ると、ほら。なくなってしまいます」
簡単に剥がれ落ちるのが楽しくなり、つい削りすぎてしまった。尖った棒のようになった木の根を見て、顔が赤くなる。
すみませんと謝ると、その姿が可愛いのでかまいませんと言われてしまい、さらに顔を赤らめる。
ささがきはカリステが担当し、ミラベルはそれを集めて水にさらした。アクを取るために水にさらすことも、あまりさらしすぎると栄養が逃げてしまうことも、ミラベルは生まれて初めて知った。
「お料理というものはとてもやるべきことが多いのですね」
すでに立っていることに疲れてしまったミラベルは用意された椅子に座り、カリステがアクを取りながら木の根を煮込む姿を見ている。
「ええ。そして、この料理はまだまだここからが本番です」
「……まだまだ」
どれだけ手間がかかるのだとミラベルが目を見張る。そんな仕草までもがカリステには可愛らしく映る。
用意されたすり鉢の中に柔らかく煮込んだ木の根を入れて、カリステはすりこぎで丁寧にすりおろしていく。棒のようだった木の根が、原型をとどめないほど柔らかく、形をなくしていくのを見ていると、ミラベルは不思議な気持ちになっていく。
固い、凝り固まったような思いが、カリステと一緒にいるだけで、とろとろと溶けていくようだ。
(ああ、わたくし、今、これをとても食べてみたいわ)
ガリガリに痩せて食べ物を受け付けなくなってから、食べ物を本当に欲したことがなかったミラベルが、ようやく自ら食べたいと思った。
最後にカリステがミルクを加え、塩とこしょうで軽く味付けをすると、小さなカップにスープを入れてミラベルへと差し出した。
「さあどうぞ。愛しい妻よ」
少し芝居がかった台詞に、にこりと笑顔を向けてカップを受け取った。一口飲むごとにじわりと胸が温かくなる。
「……美味しい。とても、美味しいわ」
「よかった……」
ミラベルがカップに入ったスープを全て飲みきったのを見て、カリステはほっとしたかと思うと、急にもじもじと体を揺らしだした。
「カリステ様、どうなさりました?」
「実は、その……スープの出汁に、鶏ガラの汁を入れたのです……」
「え?」
ミラベルは空になったカップの底を見て呆ける。
(これが、鶏ガラから作られたスープ……こんなに、美味しいものが?)
「クセのない鶏のスープの方が木の根の味を引き立たせられますし……いや、何よりミラベルにはもうあんな悪口にこだわってほしくなかった」
ミラベルの手を取り、じっと目を見つめるカリステ。いつも以上に熱っぽい瞳に目が離せなくなる。
「アトキンとの婚約が決まり初めて顔を合わせた場で、いつものようにあいつが私のことを〝出涸らし〟と揶揄った時、君は私に向かい『カリステ殿下の笑顔はとてもお優しくて素敵だと思います』と言ってくれた。いつ会っても変わらない態度で私を尊重してくれる君が、ずっとその時から好きだった……!」
「カリステ様……」
思いもかけなかった告白に驚く。
(だからあの日、わたくしへ求婚してくださったのね……)
同情ではなかったのだと思うだけで胸が高鳴る。
「……もうあんな酷い言葉を引きずらないでください。君は誰よりも素敵で美しい人です」
一生懸命に愛を伝えるカリステの瞳にミラベルの姿が映る。まだまだ痩せすぎの体は、お世辞にも美しいとは思えないけれど、カリステがそう思ってくれるのならばそれでいいと思った。
「……そう、ですね。鶏ガラだって、木の根だって、こんなに美味しいスープになるのですもの。役に立たないものだなんて人それぞれ。だって……」
ミラベルは精一杯の笑顔でカリステに思いを告げる。
「わたくしにはカリステ様が一番大事な人なんですもの」
「ああ、ミラベル……私にとっても君が最愛だ! どうか、これからもずっと私と一緒にいてください」
感極まって思い切りミラベルを抱きしめるカリステ。肉のない体には少し過ぎる痛みではあったけれども、それもまたミラベルにとっては幸せを感じさせる痛みだ。
「わたくし、カリステ様の世界で一番役に立つ〝鶏ガラ〟でいますわ」
ぼおっとした感情の赴くままミラベルが告げると、カリステも笑いながらそれに答える。
「〝出涸らし〟も掃除の時などは結構役に立ちますよ」
「まあ、それは初めて知りましたわ。今度教えていただけますか?」
「ええ、勿論。全ては君のために」
そうしてカリステはミラベルの唇へと誘われるように口づけをした。
***
それから十年が経ち、カリステの領地はさらに発展を続けている。
病害虫に強く多収穫の新たな品種の増産、高品質で高価格帯の高級肉の販路を広げ、さらにはそれら特産物を使用したレシピ本販売の成功で、湯水のように入ってくる金貨を惜しみなく領地の運営に回し、アプリゴ王国一と謳われるほど豊かな領地となった。
領地へ来たばかりは心配されたミラベルの痩せ細った体も徐々にふっくらとした女性らしさが現れ、本来の美しい姿を取り戻した。
カリステとミラベルの伯爵夫妻は領地内どこへ行くにも二人連れ立って歩き、領民たちに仲の良い姿を見せて回った。
そのうち連れ立つ姿が三人に、そして四人となり、幸せに満ちあふれた結婚生活を送っている。
宮殿の大広間、ミラベルは十年ぶりの舞踏会に参加していた。
今までは夫婦二人、領地が遠いことを理由に参加を断っていたのだけれど、今回はカリステの一番上の兄が国王に即位した宴ということで、お祝いを伝えるためにやってきたのだ。
「ミラベル、子どもたちは二人とも元気かしら? もう随分と大きくなったでしょうね。早く会いに行きたいわ」
「ええ、お母様。本当に騒がしいほど元気よ。あの子たちもおじいちゃまとおばあちゃまに会いたいと言っていたから、早く領地へいらしてちょうだいね」
近々長男に家督を譲る予定のミラベルの両親、ポンピーノ侯爵夫妻は隠居と同時にカリステたちの領地へと移ることになっている。大好きな両親と近くで暮らせることになり、ミラベルはいつになく浮かれている。
「前回いらした時よりもさらに素晴らしい街になっているから驚かないでね」
「それは楽しみだ」
フフッ。と微笑んでいるとミラベルは、国王となった長兄と騎士団長である次兄の二人と一緒に大広間へ入ってきた自分の夫、カリステを見つけた。
今年三十となった彼は、肉体労働も厭わず領民と一丸となり働いていたおかげでとても引き締まった体つきとなった。柔らかな笑顔は変わらないものの、年齢を重ねた分大人の色気すら感じさせる。
ああして才能ある兄弟たちと並んでいるのを見ても、全く見劣りすることはない。
「色々と言われている時期があったけれども、カリステ様は〝出涸らし〟なんかではなかったわ。それどころか素晴らしい商才の持ち主だったのだもの……!」
新しいものを見つける目も、育てる手も、それを一番高く売りつける腕も、全てカリステに与えられた才能だ。
「……え、ええ。そうね」
「……お前の言うとおりだ……うん」
妙に歯切れの悪いポンピーノ侯爵夫妻だが、うっとりとしながらカリステに見蕩れているミラベルは気がつかない。そこへ突然、ひび割れたような声が割って入ってきた。
「なんだなんだ、見たことがあるような女性がいると思ったら、ミラベルじゃないか!」
「え?」
「人妻になって、少しは見られるようになったな」
伯爵位とはいえカリステは新国王の弟であり、直に侯爵へと陞爵が決定している。その夫人であるミラベルに対し、誰であれこのような横暴な態度で接してくることは普通ならありえない。
この男はいったい? と、ミラベルは首をかしげながら観察してみた。
金髪は美しいのだけれども、生え際がかなり食い込み大きく広がった額は、パンパンにむくんだ顔をよりいっそう大きく見せている。
そのうえたるんだ肌は荒れてボコボコとしているのにもかかわらず、妙に脂ぎっていた。
何よりでっぷりとした腹が無理やり締めつけたベルトの上にどっしりと乗り、男が息を吐くごとにぽよよんと跳ねるように動く姿が、息子が持っている豚の玩具のように見えて仕方がない。
「ええと……申し訳ございません。どちらさまでしょうか?」
わたくし十年ぶりの王都ゆえ、と失礼を承知で尋ねると、その脂ぎった顔が歪んだ。さらに脂を搾り出しそうなほど顔を赤くしながらミラベルへと迫る。
「俺が、わからないだとっ⁉ お、お、お前、誰にものを言っているんだ!」
脂とともに唾まで飛び散ってきそうな勢いで近寄る男が気持ち悪く、ミラベルはドレスの裾を上品に摘まみサッと避けた。
二児の母ともなると泥だらけになりながら飛びかかる息子達からも身を守らなければならないので、こんなことは朝飯前だ。
まさか避けられると思ってもいなかったその男は、自分自身の勢いに負けて足を絡ませ腹から床に転げ落ちた。
「あらまあ大変」
男の無様な姿とミラベルのあっさりとした台詞に笑いが起こる。
「殿下、お手をどうぞ」
ポンピーノ侯爵が口元をひくつかせながら男に手を差し出すと、ブルブルと震えながら男がその手を借りて立ち上がった。
(……殿下? あら、殿下といえば、もしかして……え?)
「ミ、ミラベル、お前、この俺に……第三王子にむかって、不敬だぞ!」
(……アトキン殿下ですのっ⁉)
婚約者だった頃の美貌など見る影もなくなったアトキンが、ブヒブヒとわめき立てる。
そのたびにたわわな腹が揺れ、どうしてもミラベルには豚の玩具にしか見えなかった。
「お父様、これは何かの間違いですわ……」
「は? あ、いや……ミラベル。その……確かにその方は、アトキン殿下でいらっしゃるのだぞ。コホン、お前は知らなかっただろうが……」
なにげにアトキンに触れた方の手袋を脱いで、給仕に片付けるように渡していたポンピーノ侯爵が、咳払いをしながらミラベルへと教える。
するとミラベルは大きく首を振ると、はっきりとした口調で反論した。
「アトキン殿下はご自分のお顔が王国で一番美しいと自慢しておりました。わたくしと二人でいるときは常に顔の前に鏡を持たせ、ご自分のお顔を映しては『お前の顔を見るよりも自分の顔を見ている方がいい』とまでおっしゃるほどでしたもの。その殿下がたかが十年で、このように変わり果てた姿になどなるはずがございません」
「……ほう。それは、初耳だな」
「スタイルにも気をつけておいででした。ご自分が食べたいものはテーブルの上いっぱいに並べても、お好きなお肉とケーキを食べきると、急にスタイルを気になさり手つかずのまま捨ててしまうことが多かったと思います。それが、あれでは領地の家畜よりもたわわなお腹周りではございませんか。普通ではございませんよ、病気かもしれません」
「……ぐっ。うん……それほどなあ」
「髪は……個人差もございますので一概には申せませんが、夫のカリステ様が何もしなくても艶のあるふさふさとした髪を保っていることからも、双子の兄弟であるアトキン殿下の前髪があれほど後退することなど信じられませんわ。卵に蜂蜜、髪に良いと聞けばバナナやアボカドでもこんもりと盛って塗り込んでいらっしゃったのよ。それなのに頭頂部までほら、あんなに地肌があらわになるなんてこと……あるのかしら?」
「ぶっ、ぐふっ!」
ミラベルによって今まで知られることがなかったアトキンのナルシストっぷりを大暴露されてしまうと、大広間は爆笑に包まれた。
目の前でそれを聞かされた本人は赤っ恥どころではない。しかも、だからこそアトキンではないとまで言われているのだ。
二重の意味で恥をかいたアトキンは頭に血がのぼり、顔が真っ赤に染まったかと思うとプツンと何かが切れたかのようにその場にひっくり返ってしまった。
***
ミラベルがアトキンと再会する一時間ほど前、カリステは宮殿のとある一室で新国王となった長兄と騎士団長である次兄とで三人だけの密談をおこなっていた。
「……これであらかた片付いたか? 父上と義母上は病気療養と言う名の幽閉、時をみて服毒予定っと。義母上の家門は外患誘致の罪で取り潰しと死刑。ああ、そういえばアトキンの婚約者とかいう令嬢はどうした? あのピンク色」
「家門はスパイ容疑で取り潰しました。令嬢は北方の部族へ友好の花嫁として送りましたが、貴族令嬢には辛い地域です。生きていけるかは自分次第でしょうね」
ひい、ふう、みいと指を数える次兄の質問に、長兄が真面目な声で答えた。
「まあ、あれだな。いくら魔が差したとはいえ、あの顔だけの能なしアトキンを国王にしようだなんてバカな真似を考えたんだから仕方がねえな」
「そうですね。それも全ては我らが弟、カリステのおかげでもあります。君のおかげで大変スムーズに進みました。ありがとう」
カリステに向かい、長兄が会釈をし、次兄はワインのグラスを軽く上げた。
王国一番の穀倉と食肉の出荷を誇るようになったカリステのおかげで、軍は兵糧の備蓄が確保できた。
さらにカリステが相手をする輸出国との交渉でカードを多く手にした新国王サイドは、王妃達の情報を裏側から容易に知ることができた。これら全てがカリステの交渉術のおかげだった。
これらは新体制でもここにいる二人をのぞけば、外交を担っていたポンピーノ侯爵のようにごく一部の者にしか知られていない。
「でも本当に良かったのかい? 彼らは君と血のつながった身内だろう?」
いくら子どもの頃に差別されていたとはいえ、カリステにとっては直接血のつながった身内だ。葛藤はなかったのかと尋ねられ、カリステは鼻で笑う。
出会ったその日に失恋が決定した。
双子の兄の婚約者への慕情を隠しきるためにも、遠い領地をもらうことにして王都の情報が入ってこないようにその発展だけに力を尽くしていた。だから、ミラベルがあれほどガリガリに痩せ細ってしまうまでその現状を知らなかったのだ。
カリステはミラベルをあんな酷い目にあわせた母や兄、そして見ぬ振りをしていた者たち、何より自分を許せなかった。
「自分の息子が外交担当程度になるのが嫌でその婚約者を虐げるように煽る親も、それに乗せられる兄も、私の人生には不必要な存在です。ゴミならばいつまでも出しっぱなしにしてはいられないでしょう?」
これは彼らへの復讐でもあり自分への戒めでもある。
自分の手をどれだけ汚そうともミラベルが何も知らないうちに、全てを片付ける。
「怖えー弟だな」
肩を竦める次兄に向かい、カリステは忠告も忘れない。
「ならば私たちへのちょっかいはやめてくださいね。王位などは欲しいとも思いませんが、軍の兵糧を握っているのは私だということをお忘れなく」
指を一本口元に持っていく姿に、はいはい、わかっているよと次兄が手を振る。
「そういえば、アトキンはどうしますか? 君の願い通り、今日の宴までは拘束せずに好きなようにさせていますが」
「あいつ太ったよなあ。見た目だけが取り柄だったのに、今じゃどっからどう見ても汚えおっさんじゃねえか」
その次兄の言葉に、初めてこの場で歯を見せたカリステ。
「苦労したんですよ、高脂肪、高カロリーの食材と特製レシピ本を贈り続け、料理長を買収してクセになり食べずにはいられない食事を摂らせるように勧めるのは。でもまあ最後に一度、皆の前で赤っ恥をかかせてから処分しようかと」
——私は、ゴミ掃除は結構得意なんです。
その台詞に、次兄は「やっぱ怖え」と呟き、長兄は頷いた。
「それでは、そろそろ宴に参ろうか。アトキンが余計な真似をする前にカリステの願いを叶えさせてあげないとね」
そうして密談の扉は固く閉ざされた。
***
「どうしましょう」
「なに? ミラベル」
「わたくし、あのお方がアトキン殿下だなんて本当にわからなくて失礼な真似をしてしまいました」
「あー……それは仕方がないんじゃないかな。あそこまで様変わりしていたら、双子の私ですら気がつかないよ、多分ね」
ひっくり返ってしまったアトキンが自力で動けないとわかるやいなや、騎士団の指揮の下、会場に控えていた護衛達によって運ばれていった。
それと同時にやって来たカリステに向かい、ミラベルは本当に申し訳なさそうな声を出した。一部始終を見ていたカリステは笑いをこらえるのに必死だったのにもかかわらず。
カリステの愛してやまないミラベルを踏みつけ笑いものにしたアトキンのことは、自らの手で彼の愛すべき美貌をゴミくずに変えて笑い返してやろうとずっと心に決めていた。
しかしカリステが手を下さずとも、全てを失ったアトキンは自分が手放したミラベルによって無慈悲にもそのプライドを木っ端みじんに踏み潰されたのだ。これが笑わなくてなんなのか。
カリステが手を下すよりもよほど屈辱を味わわせられたことに満足する。
「私から見舞いの品を贈っておくから心配はしないようにね」
あの様子では脳の血管が切れたに違いない。だとしたら思うように動けず、太ったみっともない姿をどこでも見られずにはいられないように、大きな鏡をたくさん贈ってあげようと、カリステは考えている。
フッと自然に笑う声が漏れていた。なんでしょう? と、首をかしげながらミラベルがカリステを見つめる。
「ああ、ミラベル。そろそろ領地が恋しくなったよ。ここはあまり楽しいところではないしね」
カリステの言葉に、何かを感じとったミラベルは、彼の手をぎゅっと握る。
「わたくしもよ、カリステ様。早く家に帰って、子どもたちと一緒に食事をしたいわ」
にっこりと笑い合う二人は、鶏ガラと出涸らしと呼ばれていた頃とはすっかりと様変わりした。それでも互いに思い労る姿は変わらない。
「では、明日にでも出発しようか。そして家へ着いたら君の好きな木の根のスープを作ろう」
「嬉しいわ。二人で作るのでしょう?」
「そうだよ。君が木の根を炒めて煮込んだら私がこすんだ。そしてみんなで一緒に美味しく食べよう」
「素敵ね」
ふふ。と笑うミラベルが可愛くて、カリステは彼女の頬に軽くくちづける。
「——ただし片付けは任せて。これからもずっと、君の片付けは私の仕事だからね」
そう言って、いつものように優しい笑顔を向けた。
おかわり続編をUPしました。
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