5話 ツボ
「ふわぁーあ…、今日の審問はなんだい?」
ガノン老師はなんだか疲れた様子であくびをしながら俺に声をかける。
今日の審問というのは、つまりはアリス・キテラへの審問についてということだろう。
ここ連日、俺はもうアリス・キテラにしか審問を行っていない。
今日も今日とて審問を、と思っていたが…。
ガノン老師が疲れている様子なのは見過ごせないな。
彼はもう70代。若くはない。
そういえば、その連日の審問にガノン老師を付き合わせてしまっているのか…。
うーむ、毎日の審問自重すべきなのかもしれない…。
「お疲れなら、今日は審問の予定を取り止めても…」
「ええ?何言ってるの?この時間が癒しなんだからやるに決まってるじゃないか」
審問が、癒しだと?
…俺はどうやらガノン老師のことをいつのまにか普通の一般人、普通の老人のように考えてしまっていたようだ。
そうだった、彼は審問官。
審問をすることこそが、生き甲斐であり、使命。
ガノン老師クラスになると、もはや審問が生活の癒しにすらなるのか。
「どうしたの?」
「いえ、少し感動してしまって…」
「フランクくん、今日もなかなか何を言ってるか分からないね。…で、審問の内容は?」
「失礼しました。今日は、針山にでも立たせようかと考えています。あまりの痛みにアリス・キテラもさすがに…」
「なかなかどころか、全力で何を言ってるか分からないね!?そんなん認められるわけなくないか?!もう少し学習しようよ?!」
やはりか。
針山審問はメジャーな審問で、大抵の魔女審問で施行されているのだが…、却下されてしまった。
しかしだ。
俺は針山の代案をすでに見つけている。
「では、針山の代わりにこちらを使わせていただけませんか…?」
「…え?」
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「なにこれー」
「うわー、今回も大作だねフランクくん」
黒のマットに敷かれた大小様々なイボに興味を示すアリス・キテラ。
ガノン老師はどこか他人事のように驚く。
なんだかガノン老師のやる気が感じられないが、まあいい。
「これは、足つぼマットなるものだ。先日東国に出張されていた先輩からおみやげだともらったのだ。…これはな、恐ろしい拷問器具だ」
そう、この足つぼマットなるもの、色とりどりで鮮やかな見た目に反し、その実、拷問器具であるのだ。
これを踏んだものは足裏に走る絶望的な痛みに立つこともままならない。
今回、先輩からもらった足つぼマットを自分なりに改良し、部屋一面に敷き詰められるよう大きくした。
勉強机ほどしかない大きさの足つぼマットを、同じようなものをいくつも作成し、繋ぎ合わせたのだ。
五時間かかった。
しかし、五時間かけるだけの効果がこの足つぼマットにはたしかにあるのだ。
針山よりも、その効果は上である。
針山なぞ、刺さるだけで足にしか痛みは発生しない。刺さる痛みは確かにあるがそれだけだ。
しかし、この足つぼマットに関しては、体内まで貫くように、内蔵まで痛くなってくる。事実、俺は足つぼマットを試してから全身が痛かった。なんでも、体の悪いところに効くらしく、その部分に痛みがでることもあるのだそうだ。
信じがたいが、先輩は東洋にてそのように聞いてきたとのことだった。
このことから、足つぼマットの痛みは足だけにしか痛みを与えられない針山を超えると考えられる。
俺はそう確信している。
「さあ!アリス・キテラよ!ここに立つのだ!」
この審問は針山よりも残酷な審問となるだろう。
血を見るな、今回は…。
「えいー!」
ピョンッ、と俺が促すままにアリス・キテラが足つぼマットに飛び乗った。
ぐぅぅぅ!!
見ているだけで痛い!!
なんで飛び乗る?!
くそぉ、痛い、見てるだけで吐きそうだ!
ペタペタペタペタ。
ペタペタペタペタ。
…。
「ふみふみたのしい!」
反応がないだと?
アリス・キテラが痛がらない。
痛みを隠すというよりは、なにも感じていないに等しいといった様子だ。
なんだと?
…もしや魔女は、足つぼマットに耐性があるのか?
不覚!!
その可能性は考えていなかった!
「フランクくんがなに考えてるかだいたい分かるけど、たぶんアリスちゃんは健康でまだ痛くなるほど足を酷使してないからだと思うよ?」
ガノン老師がなにか言っているが、今はアリス・キテラのせいで気持ち悪くなって意味を考えることもできない。
ここまでとは…!
アリス・キテラ、やはりあなどれない!
足つぼマットを無効化するだけでなく、そこから俺の悪心をも引き起こすとは…。
「ねえ!おにいちゃんとおじいちゃんもこっちきて一緒にふみふみしよ!」
瞬間血の気が引く。
…今なんと?
この魔女…、もはや俺たちが用意した拷問まで使って我々を苦しめようとしているのか?
横を見ると、ガノン老師がなにやら震えている。
…まさか。
「まさか、やる、なんて言いませんよねガノン老師?」
「…フランクくん、わしももう歳だ。あれにのれば確実に痛い、それだけ不摂生を積んできた。あれは、積んできた分だけ痛くなるんだよね。…でもね、人間やらなきゃいけない時はある。そのタイミングを選ぶことはできないし、拒否することもできない。…わしは、アリスちゃんの誘いを断るなんてことはできないよ」
そういって、ガノン老師は一歩踏み出した。
耳をつんざく悲鳴。
ガノン老師の体が硬直する。
そして…。
ガノン老師は直立不動のまま、動かなくなった。
「おじいちゃんこっちこっち!」
「や、やめてやれアリス・キテラ!!い、今動かしたらガノン老師は、ガノン老師は!!」
「…いいんだよ、フランクくん。アリスちゃん、今行くよ」
ズシンッ。
一歩ごとに、ガノン老師の顔から生気が抜けていく。
額には脂汗。
顔面は蒼白。
しかし、ガノン老師は止まらなかった。
そして、ついに、アリス・キテラの元へと、ガノン老師はたどり着いた。
プルプルと震える足から、もう体力の限界であると考えられる。彼はもう、立っているだけでやっとだ。
「ふみふみしよ!」
「もうやめてやれ!アリス・キテラ、こっちにこい!」
「はーい!」
これ以上はもう耐えられない。
アリス・キテラを呼び寄せ、俺は別室へと連れ出した。
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去っていくアリス・キテラとフランクを眺め、ガノンはため息をつく。
まさか、ここまで体を張るとは思っていなかったからだ。
そしてふと足下を見てガノンは気がついた。
自分を取り囲むように広がる足つぼマット。
「あれ、これ、もしかして、来た分だけ、帰り道も足つぼ踏まなきゃダメじゃない…?」
ガノンはそこで、考えることを止めた。