4話 ゴーレム
俺は今、準備をしている。
もちろん、アリス・キテラを魔女と証明するための準備だ。
前回までは、やり方が悪かった。
審問においてもっとも大切なのは、物的証拠である。
魔女の審問であれば、その異常性を示す物品、もしくは外法を用いていたとされるような実験物品などが物品証拠となる。これらが、魔女の審問においてはポピュラーな証拠になる。
であるのに、俺はアリス・キテラが魔女であることを、現場を見せる、その状態を見せるということに固執していた。
それでは、アリス・キテラが魔女であることを隠そうと思えば隠せるし、なによりその状態を作り出すのが大変に難しいのだ。
つまり、俺はとんだ大バカ者だったということだ。
まったく、自分が不甲斐ない。
とにかく、以上の理由から俺は物的証拠を見つけることにした。
だがいかんせん、物的証拠を見つけるのも困難である。
隠されてしまったり壊されてしまったあとでは証拠として確保することができない。
だから、アリス・キテラを罠にかけることにした。
ここでようやく冒頭に戻る。
私は準備をしている。
アリス・キテラを魔女と証明するための準備だ。
具体的に言うと、砂場を作っている。これは第一行程目だ。
今回の作戦はこうだ。
砂場を作り、そこに水を流し込む。泥土状にして、そこにアリス・キテラをつれてくる。そして彼女にはそこでゴーレムを作ってもらう。
ゴーレム。
それは魔法で作られた動く守護像。材質は石から氷、そして土と多岐にわたる。
おもに財宝や隠れ家の守護に使われることが多い。
そしてこれは魔女にしか作ることができない。
今回はそのゴーレムを作ってもらう。
その現場をガノン老師に見せ、アリス・キテラが魔女であることを証明する。
なおかつ、物的証拠であるゴーレムも抑え、物的証拠と状況証拠の二段構えでアリス・キテラを審問する。
完璧だ。
これで老師もアリス・キテラが魔女であると認めるだろう。
おっと、いつのまにか、にやけて手を止めてしまっていたな。
さっさと準備を済ませてしまおう。
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俺は作った砂場から程近い木陰に、ガノン老師を連れてきた。
「言いたいことがあるってなんだい?まったく、仕事があるのにこんなとこに連れ出してきて…、ま、まさかと思うけど愛の告白とかじゃないよね?!」
「なんのことか分かりませんが、連れてきた理由はあれです」
「え?…砂、場?」
「ええ、今からあの砂場にアリス・キテラを連れてきます。そこで彼女にはゴーレムを作ってもらいます。そのゴーレムを物的証拠として回収するので、ガノン老師にはその一部始終を見てもらい、審問していただきたいのです。」
「まーたアリスちゃん絡み?朝からなにしてんのかなって思ったら、そんなくだらないことしてたの?」
「くだらないと罵っていただいても結構です。これは、完璧な作戦ですので」
「わしにはもう結末が見えてるんだが…」
「まあまあ、急いてはことを仕損じますよ。今アリス・キテラを連れてきますので、隠れていてください」
「はいはい」
ヒラヒラと手を振る老師を尻目に、俺は待たせておいたアリス・キテラを呼ぶ。
「わぁ!おすなばだぁ!」
「ではアリス・キテラよ。ここでゴーレムを作ってくれ。お兄さんどうしてもゴーレムと友達になりたいんだ」
「ごーれむ?」
「ああ、ゴーレムだ」
「……わかった!」
アリス・キテラは元気よく返事をすると、泥をこね始めた。
くっくっくっく。
自分が捕まる証拠を作っているというのに、なんて楽しそうなことだろう。
まあ、幼女にはそんな難しいことなど分からんか。
しばらくして、アリス・キテラがキラキラと眼を輝かせて俺の前にやってきた。
「できたよ!」
「よ、よし!見せてくれ!」
高鳴る胸をそのままに、俺はアリス・キテラに着いていく。
そこにあったのは…。
「これがパパのおにんぎょうさんで、こっちがママのおにんぎょうさん。まんなかにいるのはアリスなの!それでね、これがおにいちゃんのおにんぎょうさんだよ!」
並べられた四体の泥人形。
体と頭がそれぞれ大きさの違う泥団子でできていて、お世辞にも人間には見えない。どちらかというと冬によく見かけられる雪だるまの形に近い。
その『泥だるま』からは枝でできた手が生えていて、それぞれが明後日の方向に伸びていた。
「これおにいちゃんにあげるね!おともだちにしてあげてね!」
俺は四体の中でも中くらいのサイズの泥だるまを手渡された。
「こ、これはなんだ??」
「ごーれむ!」
「…ゴーレムだ、と?」
「うん!」
愕然とする俺。
こんなのがゴーレムだと?
こんなのはただの砂場遊びの延長じゃないか!
後ろから肩をポンっと叩かれる。
振り替えると、ガノン老師がそこにいた。
「フランク君…、そりゃあ幼女に砂場与えたらこうなるよね…」
…またしても、失敗だと?
「あ、おじちゃんこんにちは!」
「はい、こんにちは!アリスちゃんご挨拶できて偉いねぇ、なに作ってるの?」
「おにんぎょうさんつくってるの!おじちゃんもつくってあげるね」
「ハァァァ天使!!」
興奮するガノン老師は、アリス・キテラとともに砂場へと入っていった。
失敗…、失敗だと?
目の前で笑うアリス・キテラとガノン老師とは対照的に、俺の心は暗く沈んでいった。
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「じゃあこれ片付けといてね、フランク君。わしは仕事に戻るから」
「おにいちゃん、たのしかった!ありがとう!」
「あ、ああ」
ガノン老師は審問室へ、アリス・キテラは軽く小走りしながら帰っていった。
ちくしょう、ちくしょうめ!次こそは、次こそは必ず!
…ただ、とにかくいまは後片付けしなければ。
砂場を埋めようと、俺はスコップを手に持つ。
いくらか戻したところで思わず手を止める。
なにやってんだ、俺…。
何回失敗するんだろう。
ほんと、バカみたいだ。
ポンっと、軽く背中を叩かれた。
老師だろうか。手伝いに戻ってきてくれたのかな?
このタイミングで戻ってくるとは、本当に老師は優しい人だ。
俺が落ち込んでいるのを見越して来てくれたんだろう。
失敗したときと同じ登場の仕方とは、芸がないが、ガノン老師らしい。
しかし…。
振り返ると、そこにいたのは、アリス・キテラが作った泥だるまだった。
泥だるまは、元気だせよ、とでも言いたそうに俺の顔を見つめている。
「う、うわぁぁぁ!!」
動いただと??!!
も、もしかして、アリス・キテラは本当にゴーレムを作ったのか?
砂場遊びかと思っていたが、やはりあいつは幼くても魔女だ。
いいぞ!
これで証拠ができた!
よし、そうときまればこいつをガノン老師のもとに…。
ちょっと待て。
この状況で持っていって、ガノン老師は信じるか?
…仮に俺なら、アリス・キテラを疑うよりも、後から持ってきた俺を疑うな。
安直に持っていくのは愚策か。
うーん。
…こいつ、どうしよ。
じっと俺を見つめるゴーレム。
仕方がない。
俺はゴーレムの手を取ると、自宅に連れて帰ることにした。