1話 魔女裁判と幼女
「アリス・キテラ」
異端審問長官のガノン老師が、椅子に腰かける少女の名を呼ぶ。
周囲の視線は一気にアリスへと集まる。
「はい!アリス・キテラ、6さいです!」
名前を呼ばれ、ピシッと片手を天井に向けてあげるその女性、いや少女、いや…幼女。
金髪を頭の横でそれぞれまとめられたツインテールが幼さを助長させる。
「…カール村のマルセルくん4歳より、君が魔女であるという密告があった。これは事実かね?」
「まじょってなーに?」
「そっかぁ、知らないよねぇ。…少し待っててくれるかな?」
「うん!」
ガノン老師はアリスへとにこやかに笑いかけ、俺に手招きをする。
なんだ?なにか問題か?
そして呼ばれるがまま部屋から出た瞬間に、ガノン老師は俺の肩を握りしめ、強めに揉みしだいた。
痛い。
「フランク君、…今日は魔女裁判なんだよね?」
「はい」
「…若すぎない?…若いっていうか、子どもじゃない?」
「はい」
「…魔女裁判?」
「はい」
「おお神よ、この若者に休みを与えたまえ」
「私は昨日と一昨日とお休みをいただいております。本日は休み明けです」
「ハッハッハ!…笑えないな」
なにが、気に入らないのだろう?
「なにか問題でもありましたか?」
「あのさフランク君。魔女とはなんだい?」
「魔女とは、悪魔と契約して他人を呪い殺し、キリストの教えに背く異端者で、箒にまたがり空を飛ぶ呪術士の総称をいいます」
「ああ、そうだ…、で、あの小さな女の子がその魔女なのか?」
「はい。密告がありましたので、検挙いたしました」
「…4歳からの密告?」
「ええ、マルセル君はとても丁寧な文字で私に手紙を…」
「分かった、もういい。…君にはゆとりがないというか、固すぎるよ。もう少し、肩の力を抜くんだ。そうすれば、あんな少女、いや幼女が魔女じゃないなんて、すぐに気がつけるよ」
「なっ、ガノン老師?!もしや審問を取り止めるおつもりですか!」
「いやだって幼女だし…、さすがにワシもそこまで鬼畜にはなれんよ」
そこまで言って、ガノン老師は少女の待つ部屋へと帰っていった。
俺からの話は終わっていないと言うのに…。
しばし一人で思考を廻らせる。
たしかに、これまでも俺は頭が固いだの、事務仕事すぎるだの、たくさんの文句を言われてきた。
今回ガノン老師から小言を言われたのも、俺のその固さが原因なのだろう。
頭を柔らかくして、軟らかく考えろ。
…幼女。
幼き女児。推定5~8歳の女児を指し、俗に最も庇護欲を掻き立てられる年齢帯である。
IQはまだ低く、未就学児であればなお知能指数は下がる。
魔女とは、かけ離れた存在。
…たしかに、あんな幼子を魔女裁判にかけるというのは、周りから見れば、そちらのほうが『異端』か。
うむ。
そう考えると、俺が事務的すぎたところがあるな。
今度から気をつけねばなるまい。
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「それでは、これにて審問を終了する。…アリスちゃん、たくさんお話聞かせてごめんね。でも、静かに待ててとっても偉かったよ~」
ガノン老師は明るく、少女に笑いかける。
「うん!もう6さいだから、しずかにできるよ!」
「くぅ~、尊い」
ガノン老師はなにやら目頭を抑えている。
「…よし、ではフランク君、アリスちゃんを送ってあげなさい。」
「えっ?なぜ私が…」
「こんなかわいい女の子を、一人で村まで歩いて帰らせるのかね?」
「しかし、それは俺の業務外ですが…」
「もとはと言えば!フランク君がろくに確認もせずに審問を開いたせいでここまでアリスちゃんに来てもらったんだろう!ちゃんと親御さんにも謝って、しっかり自分の間違いを悔いてきなさい!」
「…はっ、失礼いたしました」
「じゃあ、アリスちゃん。このお兄さんと一緒に帰ってね」
「うん!」
はあ、このあとの業務もあるというのに…。
俺が項垂れていると、アリス・キテラがいつまにか側まで来ていた。
「おにいちゃん、おててつないでもいい?」
「…ああ、いいぞ」
俺は仕方なく少女の手を引き、審問場を後にした。
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「ねえねえアリス、えらかった?」
「…ああ、偉かったぞ」
「えへへへ」
アリス・キテラは嬉しそうだ。
「あっ、お兄ちゃん、もう手はなして」
「ん?どうした?」
アリス・キテラは俺から手を離すと、パタパタと駆けていった。
そしてしばらくして、一本の小さな箒を手に俺の前に戻ってきた。
「もうかえるじかんなの。じゃあねおにいちゃん!」
「え…?」
周囲に風が巻き起こる。
アリス・キテラが箒に跨がると、その風はさらに勢いを増した。
ふわり。
箒に跨がったアリス・キテラの体を風が押し上げる。
「ばいばーい!」
笑顔で手を振るアリス・キテラは、そのまま上空へと箒とともに消えていった。
「魔女じゃねえかぁぁぁ!!!」
腹のそこから出た俺の叫びが、町中に響き渡った。
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