秋の大会・終了
日暮先輩。
なんでここに?
というより全然気配がなかった。
「あ、天邪鬼って、わ、私がですか!」
「ほかに誰がいるって言うのよ。けどそういうところ誰かさんとそっくりね。伝えることを遠回しにして、尚且つ自分に素直にならない所。……もしかして、誰かさんを真似しているのかしら?」
「え?琵心先輩を真似してる。……どう言う事だ。」
「憧れている先輩ならば誰だって真似をしたくなるものよね。」
「いやでも昔の琵心先輩は今みたい長崎じゃなかったんだが…」
「ふふ、それはあなたが昔の一部である琵心ちゃんを知らないからよ。」
ああ確かに…いなかった日の空白があったもんな。
その話に関しては確かに何も聞かされてはいなかったな。
「……確かにそう言われればそうかもしれない。」
「因みに琵心ちゃんを憧れてここまで来たのは…」
「待って待って!待ってください!それはさすがにアウトですよ!」
物凄い勢いで日暮先輩の言葉を遮るように大きな声をだす山崎。
どうやら何か言われてはほしくない事があったらしいみたいだ。
「ふふ、そうよね。さすがにそれは自分の口から言わなきゃ駄目よね。」
「いやそうじゃありません。人の恥ずかしい話を赤裸々に話すのがよくないって話ですよ。」
「そりゃあそうよね。」
「………」
「………」
え?日暮先輩何しにここにきたの?
え?京子先輩何かあるからコッチにきたんじゃないんですか?
「………」
何故無言。
何故黙っているのでしょうか。
「じゃあ私はこれで失礼するわね。」
「いやいや待ってください!何しにここへきたんですか。たんなる冷やかしできたわけじゃないんですよね?」
「まあ冷やかしってわけじゃないんだけど……ここで私が変に言ってしまったら美々ちゃんが困るでしょう?」
「別に困りはしませんが…まあ、あまりボロボロと言われるのもいい気持ではありませんね。」
「そういうことよ。だから私はただ勇気をわけに与えにきただけ。ちょっとリラックスできたでしょう?」
「いえ特には。」
「ええ!ひっどうい!……ふふじゃあしっかりと彼との縁を結び直すことね。でないと罰があたっても知らないんだから。」
そういって、その場から出ていく日暮先輩。
結局何がしたかったのかはよく知りはしないが何やら励ましにきたらしい。
……励ましにきたのだろうか本当に…
「なんだかミステリーな人だな。結局どういうひとなのかもさっぱりだしな。」
「京子先輩は神社の巫女さんですよ。だから縁とかなんとかそういった事を言っていたのですよ。」
「ええ!神社の巫女さんなのかあの人。見かけによらずとはこういうことを言うんだな。」
神社の巫女なのにあんだけの高飛車だと妙になれないというか…彼女の中にある不思議なスピリチュアルみたいなのを感じ取ってしまうな。
本当に京子先輩は余計なことばっかりして…しかしそのおかげで吹っ切れました。
もう四の五の言わず直球にいいますよ。
「神楽坂先輩。私に…私に蕾先輩に勝つ手段を教えてください。…いいえ。私に陸上としての勝利の女神としてみてください。」
「……長﨑を勝利の女神としてみてほしい……いやだから前にも言ったと思うが、別に二人は相争ってるわけじゃないだろう。同じ陸上競技チームなんだからお互い勝利に導く女神として出ればいいじゃないか。」
というよりもなんだその勝利の女神って…まるで自分が崇め奉るような感じの言い方は。
「いいえ。私はそもそも蕾先輩に勝つのが目的なんです。もちろん個人的な好きというのもありますが…それでもお互いライバルとしてみてこれまでやってきたんです。」
ライバルって…そもそも美森姉は長﨑のことそんな風に見ていないんじゃないのか。
「……」
「なんですかその目は…まるでお前だけが思ってる想像の話だとでもいいたげですね。」
「いやいいたげじゃなくて…多分そうだと思ってる。」
「知ってますよ!蕾先輩はお優しいかたなので特にそういったことは言わない方だというのは重々承知ですよ。敢えて、敢えての話をしているのです。」
「わかったわかった。わかったからそんなに顔を近づけないでくれるか。」
「なんですか!私の顔が面白いからとかそんなことをいいたいのですか!」
「勝手な比喩表現で俺を貶めてくるのはやめろ。マジで、俺がわるいかもしれないと思ってくるじゃないか。」
「だったらお詫びとして、蕾先輩の次の50メートル走競技。私のこと目一杯応援してください。」
「いやお前さっきからどうしたいいんだ。俺を貶すような発言をしたかと思えば、やっぱり応援してほしいって…さっきから支離滅裂じゃないか。」
[う、うう……ああ!もう!とりあえず私にだけ全力の応援をお願いします。蕾先輩よりも良い記録を出しますので、絶対に応援お願いしますよ。」
キィー!
バタン!
そういって控室の部屋を思いっきり飛び出していって力強く扉を閉める山﨑。
俺には全くあいつの意図が読めず…なんて声をかけたらいいのかもわからずその場でただただ立ち竦む他なかった。
………
「あら一星。もう美々ちゃんとの話は終わったのかしら。……ってなんて顔をしているのよ。なにかトラブルでも起こったわけ?」
「いやて起こったと言えばそうなんだろうけど…なんとも如何ともしがたいというか。」
「はい?どっちなわけなのよ。」
「悪い上手い事言えないな。」
「まあ何かあったまでは聞かないでおくことにするわ。……それよりも私の足見て欲しいんだけど。」
美森姉は先程俺が打った血清材の注射を打った足を軽々と振り上げる様にして前後に足を動かす。
「……痛くはないんだな?」
「ええ。むしろ前よりも気分がいいわ。もしかして、私とあなたの混ざった血はかなり相性がいいのかもしれないわね。」
いいやそれは多分勘違いだ。
あくまでも応急処置であるものにそんな効果はない。
体が主に足が悲鳴を上げているのは間違いないだろう。
美森姉がやせ我慢しているとは思えない。
本人がベストコンディションというならそれはそれで本当のことなんだろう。
でも…
「美森姉。今高揚しているのはわかる。おそらく体に薬が溶け込んでいるからだとは思うが…あくまでもこれはドーピングとかじゃない。点滴に似たようなものだ。そのことだけは忘れないでほしい。」
「わかってるわよ。これは私と一星の愛の証だものね。大切にしなきゃいけないわよね。」
「そういうことでもないんだがな。まあ自分で納得してくれるならそれでいいが…」
「……ねえさっき美々ちゃんといったい何を話していたの?」
「え?どうしたんだ急に…というよりさっきは別に追及はしないって…」
「う〜ん。ちょっと気が変わったかな。女の勘が物凄ーく感じるのよ。コレは乙女の戦いがあるなって…」
女というのはよく分からないな。
そんな何か分からないので感じとれるって…最早能力と言っても過言じゃないな。
「………」
「何?もしかして、本当に秘密の話だったりするわけ?」
「いや特にそういったわけじゃない。でも美森姉からしたらコレをどう捉えるかと思ってな。」
「聞かせてもらえる?」
俺は美森姉に先ほど山崎と話した事の顛末を言った。
「ふーん。成る程。ライバルか……ふふ、成る程。そうかそうか…」
何故か嬉しそうにしながらニヤける美森姉。
本人的には嬉しい話しだったのだろうか…相当ツボったらしい。
「そんなニヤけて、どうしたんだ?まさか勝負したいとか言い出さないよな?」
「そのまさかだったらどうする?」
「!?正気かよ。確かに実力からしたら美森姉が上なのは間違いはないだろうけど…自己ベスト記録を超えるような全力疾走は無理だぞ。」
「でも陸上部として…いえ部長としてそれを聞いたら尚更やる気が出てくると言うものよ。」
「……血が騒ぐというのか。でもそれはただの…」
「エゴイズムだとでもいいたいのかしら?…それでも構わない。私は私としてのベストを尽くすだけ。後はどのような結果になるかを見てもらったらそれでいいわ。」
「……言っておくが俺はどちらにも加担するとかそう言った事はしない。それだけはちゃんと理解してほしい。」
「今更何を言ってるのよ。あなたに何かお願いしてほしいほど私達陸上部は落ちぶれちゃいないわよ。」
「だな。今の俺が悪かった。すまん。」
美森は自分の足の調子を軽く小走りしながら確認する。
「うん。好調好調。じゃあ行ってくるわね。」
「おう頑張れよ。」
まぁコレぐらいの応援ならいいだろう。
ちょっとした幼馴染としての情だって思ってくれたらいいよな。
「あ、そうそう忘れてた。走る前にあなたにやっておかないといけなかったのよね。」
そう言って待合室の扉を開けようとしていた美森は開けるのを止め後を振り返り一星の元へと近寄る。
ギューー!
「………お、おい。」
「えへへ、コレから頑張る為の気力をあなたから吸収。コレぐらいいいわよね?」
「いいか悪いかと言えば……まぁコレぐらいならいいと思う。……美森姉がそれでちゃんと元気になって戻ってくれるならば。」
「………うん。ちゃんと戻ってくる。だから見ててね。」
そう言って俺の胸にうずくまりながら頭を顔を左右に動かして気持ちを高める。
「……ぷは!さてと…気力も十分!じゃあちゃんと見ててね!」
「いいか!絶対に無理はするなよ!約束だからな。」
「……うん。」
そう返事して美森姉へ試合へと赴き自分の競技へと出場する。
しかし俺の忠告等一切聞かずに自分のベスト記録を超えた美森姉はなんとも鮮やかに目的を果たし山崎に勝利する事ができた。
正直複雑な気持ちではあるが…山崎には山崎になりに頑張っていたと俺の中では過大評価だった。
そして、無事に終えた秋の大会での陸上。
そこから数日たったある日俺はあの施設での病院から呼び出しを食らうことになる。




