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窮鼠、竜を斬る  作者: 温水 波戸
第一章『双蒼激突』編
2/2

第一話 全ては大爆発から

 


 ――――パチリと俺は目を覚ます。


 

 起きた後の気分としては『遠足の前って何故か早起きできるよね症候群』のそれだ。ちなみにそういった症候群はございません。

 だが今日の時間割りは『数学と英語の野菜炒め~季節の古典を添えて~』だったはすだ。なんとなくおフランス風。


 とりあえず横になっているベッドから身を起こすと、いつもは身に纏っているかベッドの隅にあるはずの毛布が見当たらない。毛布なしでは厳しいと言える肌寒さだ。


 ベッドの横だろうかと身を乗り出そうとした時、ふと違和感に気付く。辺りを胡乱げに見渡してみるが何せ起きた直後で頭が完全に働いていない。


「…………う」


 一気に視覚情報を脳ミソに入れ過ぎたのか頭痛が襲ってきて(うめ)く。 

 頭痛とかひさしぶりだな。痛みが続く側頭部をなんとなく手で押さえようと動かした直後、左腕の中でベニヤ板が割れたような音が聞こえた気がした。


「い、いだっ!? いだだだだだだだっ!!」


 頭痛と比べものにならない激痛が左腕に走り、瞼が限界まで開く。すぐに首を回して宙に固定したままの左腕を見るも、何か異常があるわけでもない。


 なんでこんなに腕が痛むんだ? なんか超痛いんだけど。

 

 考えてみても心当たりはない、もしくは忘れているかだが左腕をできるだけ動かさずじっとしておく。今は痛みが過ぎ去るのを待つしかない。  


 ゴロンとできるだけ楽にな体勢になるよう上半身を動かさずベッドに横に倒れる。

 すると今まで左腕だけだった痛みが全身へと伝播するように痛みだした。しかも左腕と同じような痛みで足やら首筋やら右腕に広がってしまい、タイムリープができるなら五秒前の自分に電子レンジでも落としてしまいたい。

 

 や、ヤバい。明日はぜったい整体行こう。


「し、しぬ…………」


 電流を流されたカエルのように動けない俺はもう考えることもせず、痛みが引くことを待った。

 

 五分くらい経っただろうか。よろよろとベッドから抜け出し、床に降り立つ。

 痛みが完全に引いたわけではなく、もう少しベッドで寝ていてもよかった。しかし、醒めてしまった脳ミソで改めて辺りを確認してみたり記憶を思い出したりすると、呑気に寝ている場合ではなさそうだった。

 そして、その予感は当たっていたというか、


「…………なんだこれ」


 俺は今まで自分の部屋のベッドで寝起きしたのだと思っていたが、違うらしい。


 本棚やテレビ、勉強机やゴミ箱まで、俺の部屋にあったはずのものが全て消えている。

 …………いや、物がなくなっだけじゃないな。壁を見ると隙間で向こうが見えるくらい乱雑に木材を打ち付けただけの手抜きがこの部屋の壁だった。

 

 勿論、俺の部屋はこんな秘密基地みたいなものではない。俺の部屋の物品をもっていったのでなく、俺自体をこの部屋につれてきたのか。

 だが何のために?  

 誘拐、テレビのドッキリ、ただの明晰夢などといった単語らが俺の頭の中で手を繋ぎ輪を作っている。だが、どうにもしっくりこない。先に挙げた三つの選択肢ならまずこんな状況にはなりにくいだろう。


 周りをよく見渡してみると少ないながらもベッド以外にも存在しているものがある。

 まず鏡があった。ベッドの横に装飾のない普通の鏡が立て掛けられている。

 そして机。部屋の中央にある椅子のない四足の机で机上には手紙に見えなくもない紙切れが一通だけある。  

 

 俺は机に近づき紙を見るとやはり文字が書いてある。手紙を恐る恐る手に取り、内容を読み始める。 

 

 


『                              

 

 こんにちは、地球人。

 突然のことで混乱しているだろう。私が君をこの異世界に招いた張本人だ。私は君らの世界での定義に沿うならば〝神〟という名称が近い。

 君の寿命設計に大きな誤りがあった。私も手を尽くしたが遅かった。君は設計よりも早い段階で死に、輪廻から外れてしまった。誠に申し訳ない。

 お詫びとしてだが、私が管理する世界の内ひとつに君を招待させることにした。君も大いに気に入ってくれるだろう。私もいくつか援助がある。』




 手紙を素早く裏返し、続きを遮った。


「…………」


 俺といえば冗談のような衝撃に文字通り言葉を失っていた。

 まだ手紙の序盤しか読んでないというのに読み終える頃には手汗が止まらず口内は砂漠化が進行し顔は消失マジックを見せたオランウータンのような硬直した理解できないって表情をしている。

 

 普通こんな手紙を見た人は頭上にハテナマークが表示されるだけなんだろうが、俺はある程度理解できるからこの反応になる。


 これは、あれだ、漫画やラノベでよく見た展開だ。ただし、ああいった物は所詮フィクションが為せる技で、実際にある訳がない。実際にあったらおかしいのだ。


 きっとドッキリ。それか悪趣味な何かの企画だろう。 


 そうは思いながらも震える指で手紙を掴み取ろうとした時、視界に青いものが映った。

 

 この部屋には木材の茶色が大部分を占めている。何か見落としていたのか。気になり青いものを視線でたどるとベッドの横に置かれている鏡があった。

 その鏡に映っているものを見て、俺は今度こそ完璧に愕然とし思考が停止する。


「…………マジか」


 後で分かることだが手紙の続きにはこう記述されていたのだ。




『君ももう気付いているかもしれないが、君のその肉体は異世用に私が用意したものだ。最初は体中が激しい痛みがあるが一時的なものなので、すまないが耐えてほしい。』




 鏡に映っていたのは、


 青髪青眼。

 見知らぬ顔立ち。


 をした俺の体であった。

 ペタペタと自分の頬を触る。すると至極当然のように鏡の中の見知らぬ人間も俺と同じように頬を触っている。

 その間の抜けた驚愕の表情を見ながら俺はようやく自分を客観視できたのだ。

 これはもう認めるしかないだろう。



「異世界転生ということらしい」



 カビ臭さが鼻腔を突く中で、俺はようやくその単語を発することができたのだった。



 

△▽△▽




 異世界転生というのは――

 

 社会やら学校やらに不満をもつ少年少女が、不幸にも死んでしまうが、何らかの事情で異世界に輪廻転生し、ハーレムだのチートだの俺tueeeeだのやたらと長音を使いたがるジャンルのひとつだ。

 

 かくいう俺も異世界転生とかそういった現象に憧れていたし、願っていた。

 だが、どういっても異世界転生というのは小説や漫画の中であるだけの『設定』だ。どこかの作者が決めたフィクションの話で当然、科学的には何の実在の証拠もない。

 

 あるはずもなく、ないに決まっている。怪しげな雑誌や学者はそういったことを呟くのだろうが、何か利益追求の裏が見透かせそうで途端に嘘臭くなる。

 この世に異世界転生などないのだ――――と10分前ほど前にはそう思っていました。



「まさか本当にあるなんてなぁ…………異世界転生が」



 じぃんとその言葉が胸に響く。

 出てきた涙を二の腕で拭く。あいにく寝起きのあくびで出てきた涙なんだが。


「とにかく夢にまで見た異世界転生………主人公っぽく冷静沈着にいかねぇとな」


 まずは手紙の続きといこう。

 


『君ももう気付いているかもしれないが、君のその肉体は異世用に私が用意したものだ。最初は体中に激しい痛みがあるが、一時的なものなので済まないが耐えてほしい。』



「この体は異世界用で、痛みはそのうち消えるって訳か」


 痛みが消えるようで安心だ。この痛みが続くんだったら何度整体の世話になるか分からないしな。

 俺は側にある鏡を見る。大きめの鏡は俺の全身を余さず映してくれた。

 

 日本人とは思えないが、外国人とも言いずらい顔立ち。だがかなり若いことは分かる。

 その顔に乗った少し黒が入った青色のボサボサの髪。ハゲてないようでそこは安心だ。

 体つきは…………ちょっと細いか? 腹回りが薄い気がする。ここらへんは元の体との差異で割と詳細に分かるな。

 

 総評して文学青年。もしくは清潔なオタクという前世の俺とそう変わらないような雰囲気を纏う今の俺の体だが、その認識を根底から覆す部分ならぬ部位があった。

 

 眼も髪と同じ青色。だが同じ青色といっても髪とは雲泥の差で、とてつもなく美しい色合いをしていた。オーロラか深海の一部を切り取ったような、と表現に自然を持ち出さないといけないほどだ。自分の体なのに。

 それだけじゃなかった。その美しい青の眼を五芒星に輝く線が区切っていた。五芒星、つまり星。

 まとめると俺の眼は美しい青色に星形が刻まれているというものだ。


「いっそ清々しいくらい中二病みたいだな、俺の眼…………」


 なんで神様は俺の眼をこんなにしたんだろうか。こんな鏡を見てるだけなのに無駄にまぶしい自分の眼を。

 まぁ、いいか。驚いたが、もしかしたら異世界ではみんなこんな眼なのかもしれない。みんな中二病みたいな姿なら俺も恥ずかしくはない。

 

 俺は取り敢えず問題を無視し、手紙の先を見ることにした。 



『次に言語だがこの世界で最も使用する人間の多い言語であるレヴァーニア語をその肉体は習得している。君は難なくその言語を話すことが出来るだろう。』

 


「おっとぉ、いつの間にかバイリンガルゥ…………」


 自分が知らないはずの知識をいつの間にか覚えているというのは不気味だ。胸を鳥の羽でくすぐられているような不安感が沸き上がる。

 いや、ありがたいんだけどね。



『次に身分だ。直近の国、レヴァーニア王国の簡易身分証を用意している。これを門番に提示すれば入国が可能となる。最後に金銭だ。金貨一枚と銀貨五枚、銅貨二十枚の用意がある。平凡な宿屋なら一月は宿泊できるだろう。それらを入れた小袋を机の裏に貼り付けている。ここまでがわたしが君に贈るものだ。』 

 

 

「…………お、あったあった」


 机の裏に茶色の袋が釘か何かでぶら下げられていたので、取る。けっこうな重さがあるが、これはお金の重さか。

 袋の口を開け、中を覗いてみると金銀銅のおめでたい色をした硬貨の中に鉄板のようなものが入っている。


 たぶん、これが身分証だろう。鉄製とは思わなかったが、異世界だしそんなものかもしれない。



『これで私の援助は以上だ。君にはこの程度の援助は少なく感じられるかもしれないが、これが世界の管理者としての限界なのだ。分かってほしいとはいわないがね。

 一つ、助言をするなら、剣客という職業を推奨する。君もきっと気に入るだろう。

 それではイノアくん、厳しい日々になるかもしれないが、どうか頑張ってほしい。

                    

                    』



 そこまでの手紙の文面を見て、俺は気になる箇所があった。

 聞き慣れない剣客というのも勿論気にはなるが、もっと素朴で当たり前の要素が絡む疑問だ。

 思わず声に出す。


「イノアね」

 

 この神様は誰に向けて言ったものだろうか。イノアという、おそらくは人名は。

 そういったカテゴリの疑問。俺は先ほどの事を思い出し、懐に入れてあった小袋から、手のひらに乗るくらいの小さな鉄板を取り出した。身分証だ。

 そういえば身分証と確認なんてしていなかった、なんて思いながら身分証の鉄板に掘られた文字を読む。


『簡易身分証明書

 氏名:イノア・ルクセント。

 種族:人間。性別:男性。

 発行日:1452年4月1日。』


「やっぱ、そういうことだよな…………」


 俺の名前だよな、イノアというのは。

 本来の名前を隠し、違う名前を名乗ることはあまりないだろう、ハリウッドのスパイ映画じゃあるまいし。

 違和感はある。だが、こうして身分証にはイノアという名前が掘られてあるし、元の名前を名乗るのは不自然だ。それに異世界なら異世界っぽい名前を名乗るべきだろう。うむ、そう考えるとなかなか悪くないのか。


 ふんふんと、俺の鼻は半ば自動的に鼻歌を歌っている。天井の隙間から漏れる光に身分証を照らす。逆光でも俺の名前はフルネームまでよく見えた。



「イノア・ルクセント、か。呼ばれてすぐに反応できるよう慣れないとだな!」



 こうして俺は新しい名、新しい姿と共に初見の大地へと降り立つ。そしておそらくはこの時に再確認したのだ。異世界転生したということを――。

 

   


   






「…………ん?」


 よく見ると手紙の下の方になんか書いてあった。

 

【追伸 証拠隠滅のため、この手紙は開いた十五分後に爆発する。早々に逃避すること。】 


 ………………俺は手紙を放り捨て、小袋の中身を最終確認。その後、超速で小屋から出た。

  

 数分後、背後から爆発音が聞こえた。あぶなっ!


ここまで読んでくださり狂喜乱舞でございます。


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