Ⅴ
久々の訪れであったが、相手は慣れ親しんだ床と女である。肌はすぐに彼女らを思い出した。
「あんまり来てくださらないから、忘れられたかと思いましたわ」
「まさか」
男は軽く笑い、煙管を手にした。左手で燐寸を擦り、火を灯す。
紫煙がふわりふわりと室内を巡る。
「何かと忙しくてね」
「悪だくみに?」
「や、酷い言い方だ。これでも真面目にやってるんだよ。……まさかあんな風に収められてしまうとは思わなかったけれど」
「上手くいかなかったのですね」
「予想外だったんだ」
まさかあそこまで甘いとは、と男は紫煙に紛れ込ますように呟いた。
「後ろの崩れは全体に至ると思ったんだが……ま、それぐらい、分かっているよな」
すぅ、と女の細指が男の眉間に触れた。
「皺になってしまいますわ」
「なったらまずい?」
「有るより無いほうがかっこいいもの」
「そう。じゃ、皺が出来てしまう前に、早いとこ精神的苦痛の源を崩さないとね」
「急いではなりませんよ、陛下」
「うん。分かってる。ありがとう」
男は煙草の火を皿に落とした。
「次はいかがいたしますの?」
「うーん、そうだなぁ……そうだ」
片側の頬をつり上げて笑う。
「俺を“山査子の君”とか呼んでくれた馬鹿を、ひとつ嵌めてみるか」
「まぁ。赤土の大君を指して山査子とは。なんて不躾な」
「だろう? ……その辺り、やはりあの男は抜け目がなくて、恐ろしいんだけどね」
本当に油断ならない、と呟いた男の眉間に、しかし皺は刻まれていない。
剥き出しにされた犬歯は獰猛に、しかし今はまだ獲物を捕らえていないのだから、と、女の首筋を甘噛みする。
煙に溶かされたように、二人の輪郭が滲んで一つになってゆく。
おしまい