弐
とっくに燃え尽きた香の甘ったるい匂いと、汗のにおいが混ざっている。
「陛下」
女の声は気だるさを押しのけるような涼しげな響きを持っている。
「んー? どうした、翠妃」
「もうお聞きになって? 泉妃の悪行」
「悪行? 初耳だな」
「あら、そうでしたの? まったく、あの女狐、陛下の前ではいい子の振りしてるのね」
「こらこら、悪口はよくないぜ。それに、翠妃、いい子の振りは君だってそうだろ?」
「やだ、そんなことありませんわ」
「それで、泉妃が何をしたって?」
「女官に命じて、宝物庫から翡翠の髪飾りを盗ませたんですって」
「へぇ、そいつは豪胆な」
「もう、呑気になさってる場合じゃありませんわ」
わざとらしくむくれてみせた女の頬を、男は両手でそっと包み込み、唇を合わせる。
魂を交換するように絡み合った舌が、やがてゆったりとほどける。
「しかし、困ったな……」
男はふいに眉尻を下げた。
「あの翡翠の髪飾りは、いずれ、翠妃、君への贈り物にするつもりだったのに」
「っ、そんな!」
「一生懸命探してみよう。見つかればいいんだが」
「泉妃のところにありますわ。絶対に、そうに決まってます」
「売ってしまったりしてないかな」
「してません」
「断言か。女の勘、ってやつ?」
「ええ、陛下。女が金を求めたならば、真っ直ぐに金を盗みますもの」
「なるほど、一理ある」
「絶対取り返してくださいましね、陛下。それに厳正な処罰を」
「ああ、当然だよ。任せてくれ」
男は軽々に頷いて、再び唇を、今度は胸元に寄せた。
香は薄れ、汗のにおいが濃くなってゆく。