壱
息を殺していた秋の虫たちが、遠慮がちに演奏を再開し始めた。
乱れた髪を撫でつけてやって、唇で瞼に触れる。と、長い睫毛がわずかに震え、濡れて煌めく瞳が覗く。
「陛下」
甘く蕩けるような囁き。
「うん?」
返された声音も同様に、砂糖漬けのような響きを纏っている。
「陛下のことですから、もうお耳にされているかもしれませんけれど」
「ん、何の話だろう」
「妃位におわす姫君のことですわ」
ふふ、と吐息のような笑い声。
「寝所で平然と別の女の話をするか。相変わらず、稀有な女だな」
「男の話のほうが良かったかしら」
「それはいかんな。嫉妬で暴れ出すかもしれん」
今度は鈴を転がしたような嬌笑。
「陛下が変なことをおっしゃるから、今日わたくしの女官が見たという面白いことを思い出してしまいましたわ」
「男の話なんだろう?」
「ええ。聞いてくださる?」
少し間が空いたのは、男が自分の胸の上に乗せるように、女を抱え上げたからだった。
「もちろん。君の話は全部聞くさ。まずはその面白い男の話――それから、妃位の姫君の話、だな。ううん、夜が足りるだろうか」
「あら、そんな長い話ではありませんわ」
「だってその後……もう一度、できる?」
「……少しだけ巻いて話しますわね」
困った甘えん坊さん、と女は笑う。
枕元の囁き声は、やがて虫たちの歌声を押しのけるようになって、朝まで愛を歌い続けた。