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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

頼む、俺を捨ててくれ〜眠り姫のささやかな願い〜

作者: ベンジャミン

――なぁハル、


――大好きだよ。


―――だから早く、俺を捨ててくれ。




 side ミヤ



「今日は寒いな。今年はホワイトクリスマスになるかな」


『ハル寒いの嫌いな癖に毎年なぜか雪だけは楽しみにしてるよな』


 ハルは毎年同じことを言う。

 名前がハルチカなのにやたらと雪が好きな変なやつ。


「去年って暖冬だっけ?あれ、寒かったっけ?」


『どっちにしろ冬は寒いよな』


「はは。そういうのって過ぎちゃうとすぐ忘れるよなぁ。ま、去年も一緒にいたことだけは確かだな」


『そりゃ間違いないね』


 ハルはカラカラと笑う。

 去年だって今年だって別に俺は一緒にいたくているわけじゃねーからな。


「クリスマスなにが欲しい?」


『別になにも』


「ミヤはいっつもなんにも言わないよな」


『そういうハルはなにが欲しいわけ?』


「オレは、ミヤと一緒に過ごせたらそれでいいかな」


『恥ずかしいことサラッと言うんじゃねえ』


「はは。あれからもう二年か。早いなぁ」


 昔を思い出したらしくハルはちょっと眉を下げて申し訳なさそうに言った。


『まじでお前最低だったからな。あのクリスマスを俺は一生忘れない』


「ごめんね。あの時は凄く待ったよね」


『いや、謝ったって許さん。そもそも今も付き合ってると思ってんのお前だけだから!』


「ミヤ、ほんとに大好き」


『そんな言葉で騙されるか!さっさと他のやつと付き合えって言ってるだろ。お前になんてとっくの昔にこっちから捨ててやったんだよ』


「捨てないで」


 ハルはシュンとした顔で言う。こう言う顔はズルい。


『本当はお前女が好きだろ。それに俺らもう大学卒業だぞ』


「もうすぐだな、卒業式」


『そしたら社会人だぞ?もうそろそろこんな非生産的な付き合いやめようぜ』


「社会人かぁ…ちゃんとやってけるかな?」


『お前の対人スキルなら余裕だろ』


 ハルはすぐ話を逸らす。

 昔から都合が悪いとすぐこれだ。まったく。



 ☆



 ハルと俺は大学で出会った。

 俺が入ってたフットサルサークルに女子がハルを引っ張り込んだのが出会いだ。


 誰も本気でやってない、なんとなくサッカーして終わってからやる飲み会やるほうがメインなんじゃね?くらいのゆるいサークル。


 ハルは同じ学部の子に無理やり連れてこられたみたいだった。

 見た目はなんていうか…くそイケメン。

 性格は明るいけど別に良くもない。でもイケメンだからモテる。


 一方の俺はどちらかというと人見知り。心を開くまでは時間がちょっとかかる。

 見た目が派手そうに見えるらしく、勝手にギャップがあると言われる。


 そんな俺にハルはなぜか懐いてきた。

 大学でもやたらくっついてくるけど、害になるタイプでもないし、人前で無碍にすることもできなくて何だかんだ毎日一緒にいるようになった。


 俺はゲイだ。

 別に友達も多くないし誰に打ち明けるでもないけど。


 付き合いが長くなってくると、ハルのことがだいぶ分かってきた。

 めっちゃ女たらし。告られたらすぐ付き合うけど全然続かない。

 そして別れたらすぐ俺と飲みに行く。

 でも愚痴るとかでもなくてサッパリ。本当に好きで付き合った人なんかいるのか謎だった。


 でも正直なことを言ってしまうと、俺は初めて見た時からハルが好きだ。

 悔しいけどハルの顔は好みのど真ん中。性格も好きだし一緒にいて楽。


 知れば知るほど絶対にハルとはありえないと思うのに、一緒にいるともっと好きになってしまう。

 本当にどうしようもない。

 だから俺は他に目を向けることにした。



 夏のある日俺に恋人ができた。

 バーで知り合った五つ上の会社員だ。

 忙しい人だったけど頑張って時間を合わせてくれる優しい人だった。

 でも学生の俺が時間を合わせることが多くて、サークルに行っても飲み会までいなかったり、ハルに誘われても断ることが増えていった。


 付き合って一ヶ月くらいたった頃、ハルが俺に「彼女でもできた?」と聞いた。悩んだけど「うん」とだけ答えた。


 どんな人だとか色々聞かれたけど適当に答えた。

 そもそも俺はハルがどんな女の子と付き合っていたなんて全然知らないし、ハルだって興味はなかったと思う。


 そんなある日ハルは俺が彼氏といるところを目撃してしまった。

 なぜかその時にハルは「なにやってんだ!」と彼氏に怒鳴って俺を自分の部屋まで連れて帰った。


 なにか誤解してそうなハルに俺は仕方なく事実を説明した。


 ハルは驚いた顔をした後にこう言った。


「あいつのこと好きなの?」

「え、そりゃ付き合ってるし」

「オレとどっちが好き?」

「はぁ?なんで友達と比べるんだよ」


 意味不明なハル質問に混乱した。

 するとハルはこう言った。


「オレたぶんミヤが好きなんだと思う」

「は?お前女が好きだろ」

「女の子は好きだけど、誰かを特別好きになったことないんだ」

「お前最低だな」

「でも最近ミヤ付き合い悪いから寂しいなって思ってたんだけど、さっき男といるの見てめちゃくちゃムカついたんだ」

「それは友達としての独占欲だろ?他のやつといたらムカつく時もあるだろ」


 物心ついた時からゲイの俺をなめんなよ?

 簡単に好きかも?なんて口にしてんじゃねぇ。


「でも好き以外に説明がつかないんだよ。最近ずーっとミヤのこと考えてるもん」

「可愛く言ってもダメだ。簡単にそんなこと言うな」

「簡単に言ってるわけじゃないって!」


 俺はため息をついてハルに言った。


「じゃあ仮にそれが恋の方の好きだとして、お前はどうしたいんだよ」

「付き合いたい」

「付き合ってそれで?」

「それでって?」

「お前付き合って、やることやって一ヶ月続いたことないだろ?俺らは別れてそれからどうすんの?」

「なんで別れる前提なんだよ」

「男同士で一生一緒にいるのか?結婚もできないし子供だってできないのに?」

「……なんでそういうこと言うわけ?」

「女でも続かないお前とどうしろってんだよ」

「ミヤとならやっていけると思う」

「馬鹿じゃねえの?」


 本心では今すぐ好きだと叫び出したいくらいだ。

 でもそんなのは絶対に後悔することになる。

 ずっと隣にいたいなら友達でいるべきだ。


 俺は自分の中の理性と戦った。


「ミヤはオレが嫌い?」

「はぁ?嫌いなわけないだろ友達なんだから」

「じゃあミヤがオレを好きになればいいんだろ?絶対落とすから待ってろ」


(はぁ、もうとっくに落ちてるわ)


 それからハルは馬鹿の一つ覚えのように俺にくっついては「付き合おう」と言った。


 結局あの日彼氏とは別れてしまった。

 好きな人に好きと言われてしまった俺に、彼氏と今までのように付き合いを続けていく事は無理だった。

 ハルのことだ。いずれ諦めるだろうと思ったけど、それ以上に諦めて欲しくないと思っていた。


 大学一年のクリスマス、諦めの悪いハルと素直じゃない俺は付き合うことになった。


 人生で最大級に幸せだった。


 もし別れたとしてもこの思い出を糧に一生生きていこう。

 もう後から傷つこうが自分で選んだ道だから諦めようと思った。

 俺の理性なんてそんなもんだ。



 付き合ってみるとハルは案外いい彼氏だった。

 優しくて、ノリが良くて、格好良くて。

 ハルは毎日好きだと言ってくれた。

 俺はたまに好きだと返した。



 付き合って一年。

 二回目のクリスマス、俺は家でハルの帰りを待っていた。

 プレゼントはお揃いのブレスレット。さすがに指輪はなぁと思って。


 クリスマスで記念日。

 俺はケーキを用意した。チキンはバイトの帰りにハルが買ってくると言っていた。


 ハルはバイトを早く上がらせてもらうと言ってたけど、予定より随分かかっていた。

 スマホを見ても連絡はなくて、クリスマスのカラオケBOXはやっぱり忙しいんだなと小さくため息をついた。


 窓の外を見たらチラチラと雪が舞ってきた。

 ハルが喜ぶなぁと思ったらワクワクしてきた。


 しばらくしてポケットのスマホがメッセージを知らせた。


【バイト長引いた!ほんとにごめん!今から帰る!!!!】


 焦ってるハルを想像したら笑えた。


【何時に駅つく?】

【十五分後。それから駅でチキン買う】

【了解。駅まで迎えに行くわ】

【まじで?じゃあ着いたら連絡するわ


 俺は少しでも早く会いたくてダウンジャケットを羽織った。

 ドアを開けたら風がめちゃくちゃ冷たくてネックウォーマーに鼻まで埋める。


 俺は愛車のカワサキバルカンに跨ってゆっくりと駅まで向かった。



 ☆


 やっぱり今日は寒いな。

 服をもう一枚着た方がいいか?


「ミヤがくれたブレスレットさ、毎日つけてるよ」


『はぁ。だからさ、いい加減諦めろって。そんなもんすっぱり捨ててしまえ』


「でもこれさぁ、正直俺よりミヤの方が似合ってるよね」


 俺の手首についてるお揃いのブレスレットを触ってくる。


『触んなって、そりゃ俺の趣味で選んでるんだから俺の方が似合うだろ』


「で、今年は何が欲しいんだよ」


『お前まじでしつこいな!何もいらないって言ってるだろ』


「言ってよ」


『俺の願いはお前が俺から離れることだ。いい加減俺から卒業してくれ頼むから』


「………」


『おい、なんか喋れよ。ったく泣くなって。お前のことを思って言ってるんだよ。もう俺のことは忘れなさい』


 静かに涙を流すハルを見ると何も言えない。

 これも俺なりの愛なんだぜ?

 まったくもう世話がやけるなぁ。


『あ、手がめっちゃ痒い。

 ハル、ブレス触ってないで早く掻いて。あ、そうそう、そこそこ。さすがハル』



 *****


 side ハル



 今日は寒い。

 つい数日前まで今年は暖かいと思ってだけど、冬は冬だった。

 ……当たり前か。


 ミヤが好きな歌手の新しいアルバムが発売されたから朝から買いに行った。

 不機嫌でもこれを渡せば一発でご機嫌になるからな。


 オレは昔からよく女の子に告白された。

 好みだったら一応付き合ってみるけど、なぜか続かない。

付き合ってしばらくすると、みんな「私のこと本当に好き?」とか「思ってたのと違う」とか言う。

 オレは一度も好きと言ったことないし。

 勝手に想像して勝手に幻滅されても困るってもんだ。


 大学に入っても相変わらずで、それなりに付き合っては別れてを繰り返していた。

 ある日同じ学部の女の子にサークルに誘われた。

 別にフットサルが好きでもなかったけど、サークルってのに少し興味があったから一度だけのつもりで顔を出した。


 そこでミヤに出会った。


 見た目はちょっとチャラそうなイケメン。でも中身は完全に人見知り。ギャップすげえな。

 オレが話しかけても固まったまま。「ああ」とか「うん」とかばっかりでまともに会話にならない。

 そのわりにサークルの一部の仲間とはわいわいやってる。

 こういう猫みたいなタイプって懐かせたくなる。


 それからしつこいくらいミヤにちょっかいをかけるようになった。

 初めは絶対迷惑って思ってそうだったけど、嫌と言えないタイプらしく一度もダメとは言われなかった。

 しばらくするとミヤはオレの存在に慣れたようだった。

 毎日ミヤの家に行ったり、ミヤがオレの家に来たり。

 大したことはしない。漫画を読んだり、ゲームをしたり、たまに課題をしたり試験勉強をしたり。


 オレはたまに彼女がいたけど、ミヤといる方が楽しくて学校の外では彼女に滅多に会わなかった。そしたら速攻で振られるようになった。

 まぁ別に好きなわけでもないからいいんだけど。


 でも夏休み明けからミヤが夜あまり会ってくれなくなった。周りはみんな彼女ができたんじゃないかって言ってたから、ミヤに聞いてみたら「うん」だって。



(オレは彼女よりミヤを優先するのに)

(ミヤはなんで彼女できたって直接言ってくれなかったの?なんかちょっとムカつく)


 そうは思っても別にミヤが悪いことをしてるわけでもないし、何も言えないんだけど。


 そう、いつもついて回ってるのはオレの方で、ミヤがそれを楽しいと思ってるのか、実は嫌なのかも知らない。


(あれ?オレって本当に友達??)


 その日オレはあり得ないくらい落ち込んだ。

 なんでか自分でもわからないけど、とにかく落ち込んだ。


 たぶんオレはいつも、求められたことに対して自分が答えを選ぶ側だった。

 こんなに誰かに選んで欲しいと思ったことはなかったんだと思う。


 暗い気持ちでトボトボと駅近の飲み屋街を歩いていたら、ミヤを見つけた。

 なぜかスーツを着たサラリーマンと一緒だ。

 しかもやたらと距離が近い。


 少し距離を詰めると、サラリーマンが「みやこ」と呼んでいた。ミヤは名前が女の子みたいだからそう呼ばれるのを嫌がるのになんで?


(誰だ?ミヤを我が物顔で連れ回しやがって)

(……オレの物でもないけど)


 男がミヤの肩に手を置いたから思わずその手を掴んでしまった。


「なにやってんだ!」


 二人は驚いて同時に俺を見た。

 そりゃそうだ。

 腕を掴んでる俺だって驚いてるんだから。


(なにやってんだオレ!)


「え、ハル?」

「帰るぞ」

「えぇ?」


 ミヤの手を取ってそのまま自分の家まで引っ張って行った。


 詳しく話を聞くとミヤは実は男が好きらしい。

 そしてあの男は彼氏だと言う。


(そんなの聞いてない)

(男がいいならさっきのやつよりオレの方が良くない?)


「あいつのこと好きなの?」

「え、そりゃ付き合ってるし」

「俺とどっちが好き?」

「はぁ?なんで友達と比べるんだよ」


 そりゃそうだ。

 でもたぶんオレお前が好きなんだ。

 今さら気づいた。我ながらバカだなぁ。


「オレたぶんミヤが好きなんだと思う」

「は?お前女が好きじゃん」

「女の子は好きだけど、誰かを特別好きになったことないんだ」

「お前最低だな」


 言い返せないのが辛い。


「でも最近ミヤ付き合い悪いから寂しいなって思ってたんだけど、さっき男といるの見てめちゃくちゃムカついたんだ」

「それは友達としての独占欲だろ?他のやつといたらムカつく時もあるだろ」

「でも好き以外に説明がつかないんだよ。最近ずーっとミヤのこと考えてるもん」

「可愛く言ってもダメだ。簡単にそんなこと言うな」

「簡単に言ってるわけじゃないって!」

「じゃあ仮にそれが恋の方の好きだとして、お前はどうしたいんだよ」

「付き合いたい」

「付き合ってそれで?」


(他になんかある?)


「それでって?」

「お前付き合って、やることやって一ヶ月続いたことないだろ?俺らは別れてそれからどうすんの?」

「なんで別れる前提なんだよ」

「男同士で一生一緒にいるのか?結婚もできないし子供だってできないのに?」

「……なんでそういうこと言うわけ?」

「女でも続かないお前とどうしろってんだよ」

「ミヤとならやっていけると思う」

「馬鹿じゃねえの?」


 だってこんなに一緒にいたいのミヤだけなんだから仕方ないだろ。


「ミヤはオレが嫌い?」

「はぁ?嫌いなわけないだろ友達なんだから」

「じゃあミヤがオレを好きになればいいんだろ?絶対落とすから待ってろ」


 そう言ってからというもの、オレは毎日毎日ミヤに好きと言った。

 言葉にしてしまえばしっくりきた。

 そう、今思えばたぶん初めから好きだったんだと思う。


 毎日好きだと言ってるとミヤもなんだかんだオレのことを嫌いじゃないことは分かってきた。

 こんなに必死に告白したのは生まれて初めてだったし、今後も絶対ないと思う。


 クリスマスにプレゼントはいらないから付き合ってくれと言ったら、ミヤは観念したように「わかった」と言った。


 付き合い始めると、ミヤはたぶんオレのことが前から好きだったんじゃないかな?と思った。

 付き合った途端のデレが過ぎる。


 これ以上の好きはないと思っていたのに、もっと好きになった。

 こういうのって上限とかないのかな?



 付き合って一年、クリスマスがやってきた。


 どうしてもバイトが断れなくて、早く帰らせてもらう約束で出勤した。

 しかしクリスマスのカラオケBOXは忙しかった。


(まじでみんな家で祝ってくれよ)


 予定の二時間遅れでなんとか上がれた。

 急いで着替えて外に出ると雪が舞ってきた。


(うおおぉぉぉぉ!ホワイトクリスマス!!)


 オレは寒いのは嫌いだが、雪は好きだ。

 なんかわくわくする。

 駅にダッシュしながらミヤにメッセージを送る。


【バイト長引いた!ほんとにごめん!今から帰る!!!!】


 ミヤはずっと待っていたんだろう、すぐに返信が来た。


【何時に駅つく?】

【十五分後。それから駅でチキン買う】

【了解。駅まで迎えに行くわ】

【まじで?じゃあ着いたら連絡するわ】


 ☆


「ミヤ〜来たぞ」


 さっき買ったCDを持って部屋に入ると室内は少しひんやりしている。

 ジャケットを脱いで勝手にハンガーに掛けると、ミヤの横の定位置に座る。



「今日は寒いな。今年はホワイトクリスマスになるかな」


「去年って暖冬だっけ?あれ、寒かったっけ?」


「はは。そういうのって過ぎちゃうとすぐ忘れるよなぁ。ま、去年も一緒にいたことだけは確かだな」


(去年はコンビニのケーキだったから、今年はちょっといいの買おうかな?)


「クリスマスなにが欲しい?」


「ミヤはいっつもなんにも言わないよな」


「オレは、ミヤと一緒に過ごせたらそれでいいかな」


「はは。あれからもう二年か。早いなぁ」


 付き合って一年の記念日を思い出す。

 あの日は雪が降ってたな。


「ごめんね。あの時は凄く待ったよね」


「ミヤ、ほんとに大好き」


「捨てないで」


 ミヤの手をそっと握ると握り返してはくれない。

 仕方ないから親指でミヤの長い指をさする。



「もうすぐだな、卒業式」


「社会人かぁ…ちゃんとやってけるかな?」


(就職は決まったけど、離れちゃうかもなんだよなぁ)


 ミヤの手を触っていると、オレの指が手首につけられているお揃いのブレスレットに当たった。

 一昨年のクリスマスにミヤがプレゼントしてくれたものだ。


「ミヤがくれたブレスレットさ、毎日つけてるよ」


 袖をまくってブレスレットをミヤに見せる。


「でもこれさぁ、正直俺よりミヤの方が似合ってるよね」


「で、今年は何が欲しいんだよ」


「言ってよ」


「………」


 ミヤの手首のブレスレットに触れながら、シルバーが冷たくないことに安心する。


 シンと静まり返った空間は息が詰まる。

 何か話さないと…


 そう思うのに、


 出たのは言葉じゃなくて涙だった。


(駄目だ。一回こうなると止まらなくなってしまう)


 ――この部屋はミヤの匂いがする。

 ――ここにいると落ち着く。

 ――でもここに来ると、辛い。


 涙が頬を伝ってミヤの手の甲に落ちた。

 それを拭おうとしたけど、次々と落ちるもんだから自分の服の袖でゴシゴシと拭いた。


 もうすぐ付き合って四回目のクリスマスが来る。


 ――でも俺はもう二年、ミヤの声を聞いていない。



 ☆


 メッセージで送ったとおり電車は十五分後に駅に着いた。


 駅のロータリーにはミヤの姿はなくて、先にチキンを買うことにした。


 チキンのいい匂いに空腹を刺激されながら、もう一度ロータリーに出たけどミヤはまだ来ていなかった。


 メッセージもなくてさすがに変だなと思った。

 ミヤの家から駅までは歩いても十分。愛車のアメリカンバイクに乗れば五分も掛からない。


(チキン冷めちゃうな)


 どうせ家までは大した距離じゃないから、歩いていればどこかで会うだろうと思って家に向かった。


 合鍵で家に入ると、部屋は暖房でポカポカしていた。コタツの上にはちょっとした料理とプレゼントの箱が用意されていて、肝心のミヤだけがいなかった。


 電話を掛けてみるけど留守電に繋がってしまう。

 仕方ないのでミヤからの電話を待った。


 いつになっても電話が来ない。

 眠い目を擦りながら何度もスマホを確認するけど、来るのは友達からのメリークリスマスばかり。


(さすがにこれはおかしい)


 馬鹿なオレにでもこの状況がおかしいことくらいは分かる。

 でも電話をいくらかけても出ないから、こっちからはどうしようもない。


 朝日が腹立たしいくらい眩しくて、換気のために窓を開けたところでコール音が鳴った。



「ミヤ!?」

「……あなたハルくん?」

「え、あ、そうですけど」

「ミヤコの手術が今終わったの」


(は?)


 電話の相手はミヤのお母さんだった。

 ミヤは俺を迎えに行く途中、飛び出してきた子供を避けようとして転倒したらしい。

 路面が凍ってて結構派手に転けて車体の下敷きになったらしい。


 オレはとにかく言われた病院に急いだ。


 たぶん、目覚めた第一声は「ごめん事故った!」とか「チキンは!?」とかそんなんだろう。


 そうであって欲しいという願望を抱きながら病院に行くと、ミヤのお父さんとお母さんがいた。


 ミヤの手術は無事終わったらしかった。

 その日からしばらくICUに入ることになったらしく、オレは顔を見ることすら叶わなかった。


 数日後、一般病棟に移ったからと連絡をもらって再び病院に行ったら、顔がとんでもなく腫れ上がったミヤがいた。


「痛そう」

「ほんとにね。時間が経つにつれて腫れてくるのね」


 ミヤのお母さんとミヤの今の状態の話をした。

 ミヤはずっと寝てて喋らないから、オレはお母さんと喋るしかなかった。


「いつ起きるんですか?」

「……分からないの」

「頭打ったから?」

「そうみたい。体よりそっちが問題らしいの」


 オレはテレビで政治家がわけのわからない法案のことを話してる時みたいに、説明されていることに理解が追いつかなかった。


 いや、本当は分かってるのにオレの脳みそが理解することを拒否した。



 ミヤがいつ目覚めてもいいように、空いた時間は全て病室で過ごすことにした。

 たまに瞼とか少しだけ薬指が動いた気がして、もしかしたら起きるのではと期待して毎日話しかけた。


 しばらくすると怪我はすっかり良くなったのに、なぜか起きてくれない。


 クリスマスがずいぶん過ぎてから、ミヤと一緒にプレゼントを開けることにした。

 ミヤからのプレゼントはお揃いのブレスレットだった。オレは嬉しくてすぐに自分とミヤの手首につけた。


 オレからはバイクのグローブ。いつもオレを乗せてくれるからちょっといいやつを。


「ミヤ、春になったらどっか連れてってくれるって言ってただろ?いい加減起きろよ」


 グローブを手に握らせてみると、やっぱりちょっと薬指が動いた気がした。


(絶対聞こえてると思うんだよな)


 夏が来た頃、ミヤは家に帰ることになった。

 それからは少し遠くなってしまったから、一週間に一度週末に会いに行くことにした。


 ミヤの部屋はミヤの匂いがする。

 病院よりずっといい。

 相変わらず寝てるけど、家に帰ってちょっと嬉しそうに見える。


「やっぱり病院より家がいいよな」


「ミヤはサッカー好きだったよな。一応サークルにも入ってたし」


 部屋に置いてあったサッカーボールを手に取ると、ミヤの手のひらを当てた。


「ミヤがいないサークルなんてつまんなくて辞めちゃった」


「ねぇ、もうすぐ秋なんだけど紅葉見に行くって約束覚えてる?」


 二人の時間は出来るだけ喋りかけ続けることにした。

 たぶんミヤは頭の中で返事をしてるはずだから。



 ☆


「ハルくんお茶どうぞ」

「ありがとうございます」


 ミヤの部屋にお母さんがお茶を持ってきてくれた。

 いつも勝手に来ているのに、こうやって毎回お茶を出してもらって申し訳ない気持ちになる。


「就職決まったんでしょう?」

「はい」

「場所は?」

「まだ配属が決まってないんですけど、地方にも支社があるんで、もしかしたら遠いかもしれないです」

「そうなのね。うん、そっかぁ」


 ミヤのお母さんは少し間を置いてゆっくり話し出した。


「ハルくんこの二年、大切な時間をずっとミヤコに使ってくれてるじゃない?」

「オレがそうしたいだけですけど」

「これから社会人になるし、そろそろ自分に時間を使ってもらいたいの」

「……忙しくなると思いますけど、できるだけ来たいです」

「ミヤコもね、きっとハルくんの時間を自分が使ってしまってるのを申し訳なく思ってると思うの」

「……オレ、やっぱ迷惑でしたか?」

「そんなわけないじゃない!私たちはあなたに感謝しかないわ」

「じゃあ、」

「でもね…どこかで区切りが必要だから。あなたは家族ではないわ。これは家族が背負うべき問題だから、あなたは少し肩の荷を下ろすべきよ」


 帰り道、トボトボと駅まで向かった。

 こんな風に空っぽな気持ちで歩いたのは久しぶりだ。


 ――家族じゃない

 ――背負うべきじゃない


 分かってる。

 ミヤのお母さんの優しさだって。

 でもオレからミヤを取らないで欲しい。

 ミヤの存在がギリギリオレを保たせてる。



 毎日好きだと言っても足りないのに。

 まだ好きの上限が見えてないのに。

 そこにミヤはいるのに。



 *****


 side ミヤ



 部屋の温度はいつも一定で、今が春なのか夏なのかも良く分からない。


 せめて目が開いたらもうちょっと快適なのにな。


 かあちゃんがハルを説得してくれてからたぶんもうすぐ一年。

 ほんとかあちゃんいい仕事した。


 ああでも言わないとハルは案外真っ直ぐだから、いつまでたってもオレから卒業できないからな。


 はーすっきり。

 これで俺もいつ死んだって別に構わない。

 大好きだった人が、これから幸せになれるはずなんだから。


 好きな人の幸せって、俺の幸せだろ?


 きっとハルはちゃんと恋愛して、たぶん結婚して、そんでもって子供なんかも作っちゃって…


 きっと一般的に幸せな男になるはずだ。

 きっと。


 でもそれって俺が元気だったら逆に叶わないよな。

 絶対離さないもん。


 あんな馬鹿で真っ直ぐで、優しくて、カッコいい男を離すわけない。


 あーくそ、めっちゃ好きだわ。

 未だに未練タラタラだわ。

 なんで俺、喋れないくせに頭だけしっかりしてんだちくしょう。


 めちゃくちゃ気合入れて、一点集中で頑張ると薬指だけちょっとぴくって動くんだよね。へへ。



 今年のクリスマスは雪降るかなぁ。

 ホワイトクリスマスならハルは喜ぶだろうな。


 想像しただけでワクワクしてくる。


(サンタさん、今年のプレゼントは雪でお願いします)



 俺は指にひんやりとした感覚を覚えた。


(あれ?サンタさんまじで雪降らせてくれた?)

(めっちゃ触りたい!雪を触らせて!)



「ミヤ。メリークリスマス。付き合って五回目のクリスマスだよ」


『?????』


「職場がまさかの九州になっちゃってさぁ。なかなか来れなくてごめんな」


『はあああぁぁぁぁぁ!?』


「今年は初のボーナスをプレゼントに使っちゃった」


『お前ほんと諦め悪いな!ここまで馬鹿だと呆れるわ』


「サイズ丁度だな。オレって天才なのかな?」


『馬鹿に決まってるだろうが』


「へへ。お揃いなんだこれ。せっかくだから薬指にしとくわ」


『あーあ。これで本当に彼女できないからな。俺は知らないぞ』


「ミヤ早く起きて見てみろよ。オレが奮発して買ったこのすんごいステキな指輪を」


『くそー!見たい!見たいぞ!!!』


「ちなみにクリスマスは明日なんだけどさ、天気予報では雪なんだって」


『まじで?サンタさんっているのかもしれないな』


「オレ年末年始休みだから、一緒にここで雪見ような」


『…仕方ねぇなあ。ホワイトクリスマスって特別だからなぁ』


「うー!ワクワクしてきた!!」


『俺もしてきた!!』


「ミヤ、好きだよ」


『俺も大好きだ』



 (メリークリスマス、そして付き合って四年おめでとう俺たち)


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