西原さんはお金がない
「はい、それでは今回はここまでにしたいと思います。次の授業までに宿題をやっておいてください、以上」
先生が教壇を降りて教室を出る。というかもう授業終わったのか…… 寝てたから全く気づかなかった。
「もう昼休みか。ぼっち飯決めて午後の授業でもう一眠りしよ」
机の横のフックにかけてあった弁当箱をとる。
フタを開けると弁当特有の匂いが周囲に広がり食欲をそそる。
これよこれ…… これを待ってたのよ。1日に3度しかない楽しみだ、たまらん。
「おーい、永田ー」
お、今日はからあげがいつもより一個多いぞ! 卵焼きも健在だ。ご飯のふりかけが変わってる、何の味だ?
「おーい」
じゃあいただくか!
「おーーい、永田くんーーー」
…………
「無視するなー。おーい、永田さーん」
「……なんの用だ、西原」
「なんだ、聞こえてるんじゃない。ならすぐに返事をしてよね、じゃないと拗ねるわよ」
隣を見ると、腕を組んで仁王立ちしている女が一人。
艶のある黒髪は少し首に届かないくらいの長さで、可愛らしいいちごのヘアピンとは裏腹に、何か企んでいるワルモノのような表情をした彼女がこちらをじっと見つめている。
「何が言いたいか、分かるわね?」
「いやだ! 事あるごとに俺の弁当狙ってきやがって、たまには自分で買え!」
「そんなこと言わないで! 私だってできるものならそうするわよ。でもね永田、よく聞いて。人間にはどうしようもなく追い詰められる時があるのよ。そう…… 今のように! 」
「お前、先週も同じこと言ってたよな…… なんだあれか? 毎週曜日ごとに定形文でも決めてんのか?
というか追い詰められるって言っとるが、それならなんで毎日俺に弁当たかってくるんだよ! 俺が追い詰められとるわ! お前に!」
「うぅ…… 頼む永田、私は腹が減って死にそうだ…… うぅ……」
腹を押さえうずくまりながら、あからさまな演技で俺の同情を引こうとしている。ここまで来るともうなんか色々と可哀想に思えてくるのだが……
「あぁもう分かったよ! 受けてやるよその勝負!」
「本当!? さっすが、それでこそ永田ね!」
俺の言葉に合わせてひょこっと立ち直り、さっきまでの演技が嘘だったかのように振る舞う。せめて演技するなら本気でやれ……!!
「それで、勝負って何するんだ。ジャンケンか? それとも昨日みたいにババ抜きでもするのか。」
「ふっふーん! 今日はね、いつもとは違ったことをするわ。
ずばり…… 好きなもの当てクイズよ!」
「いちご」
「え」
「よし図星だな。では俺の勝ちということで、いただきまーす」
「ちょっと待って!
お願いもう一回やりましょう!?
ねぇお願い!
私、今日まだ水しか口にしてないの!!」
こいつ…… ふざけてるのか本気なのかが全くわからん。
このままお遊びに付き合って昼休みが終わるのも勘弁だ。ここは穏便に済ませよう。
「分かったよ、なら半分やるよ。俺も腹が減ってるんだ、それでいいだろ?」
「……! うん、ありがとう!!」
結局いつもこうなるんだよな。
でも毎回折れてる俺も俺か。本当に手が焼けるやつだよ、まったく。
弁当箱のフタにおかずを半分分けて彼女の机に置くと、彼女は嬉しそうにそれを見つめていた。
どこに隠し持っていたのか、割り箸を持っておかずをつまみ、それを口へと運んでいる。
それにしても本当に美味しそうに食うなぁ。
「おいおい、あんまり一気に食べるとむせるぞ。」
「うん…… ん。 美味しい! これならいくらでも食べられるわ!」
「そうかそうか、なら良かった。」
弁当を平らげ、食欲を満たしひと満足する。なんだかご飯を食べるだけなのにひどく疲れた。
「ところで、西原はどうしてそんなに金欠なんだ? 別に答えたくないなら答えなくてもいいぞ。ただ、あんまり深刻そうなら先生に相談した方がいいんじゃないか」
「いや、そんな大したことじゃないわよ。この間商店街歩いてたら可愛いお洋服が売ってたからつい買っちゃったってだけ。あとは漫画とか、ゲームとか?」
「……おい」
「あ」
「西原ぁぁ!!」
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結局、昼休み中ずっと永田に説教されちゃった。まぁいつものことだけど。
「もうこれに懲りたら俺の弁当を脅かすのはやめろ。 次はないぞ」
「ごめんって、またなんか奢るからさー」
「聞こえない聞こえない。」
「……永田って、案外鈍感なんだね」
「……?
いまなんて言ったんだ?よく聞こえなかった」
「なんでもない。
さぁ急いで! 早くしないと次の授業始まっちゃうよ!」
さっきは嘘ついちゃってごめんね。
いつか絶対、この気持ちをあなたに伝えるから。
読んでくださってありがとうございます。
今回はほんわかするような、柔らかいラブコメをテーマに書いてみました。