二人の想い
ーー終わりだな。
何もかも諦め、私は柔らかに瞼を下した。
迫り来る死の直前になって、ようやく恐れからくる震えと涙が止まってくれた。
遅すぎる冷静さをやっとのことで取り戻すことができたのだ。
ここにきてようやく、三大公爵家であるルーデル家令嬢らしい振舞いができたことになけなしの自尊心が芽生え始めた。
ーーもっとも、全ては完全に、完璧に後の祭りなのだが。
最期の華、という言葉に私は強く憧れていた。
耳に聴こえは良く、私自身も最期はそうありたいと年の割にはマセた考えを持っていた。
誇り高き三大公爵家の一つ、ルーデル公爵家という魔術剣士の大家で生を受けた私だ。
死すならば大切な国を守るため、ひいては大切な人達を守るため、最期の最期まで自身に残っている力という力を振り絞って戦い抜き、文字通り戦場に舞い散る花のように果てたいと常日頃から願っていた。
--だが。
私はそこまで自分を振り返ると、自嘲気味にふと笑ってしまった。
一体何を恰好つけているというのだ、キリカ=シュナイツァード=ルーデル。
まだ年端も行かぬ取るに足らない小娘の癖に。
先程まで尻尾を巻いて逃げていれば良かったと情けなく後悔していた軟弱者の癖に。
本当はいまだーー、死への恐怖を払拭できていない半端者の癖に。
まるで歴戦のーー、一人前の剣士の如く振舞うとは何事なのだ。
笑止千万極まれりとはまさにこのことではないか。
敵を知り、己との実力差も十二分に知っていた。
だというのに、無謀にも強大な敵へ、碌な勝算すらなく安い意地を張って挑んだ。
そんなあまりにも軽率な行動の挙げ句の果てが"これ"ではないか。
眼を開けてちらりと視線をエミリアに向けると、恐怖のためか大粒の涙を流し続けるのを確認してしまい、思わず胸がずきりと痛んだ。
ーーすまない、エミリア。
私がほんの少しでも、ほんの僅かでも思慮深ければーー、情けない見栄を張らず引き返せていたというのにな。
本当に申し訳ございません、お父様。
愚鈍極まりないキリカは、一足先に天国のお母様の下へと参らせていただきます。
お父様と、そして誇り高きルーデル公爵家の名を汚してしまったこと。
男手一つで大切に育ててくださったにも関わらず、先立ってしまうあまりの不孝をーー
どうか、どうかお許しくださいーー
そうして私は再度祈る様に瞼を下し、最期を静かに迎えようとした。
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ーー完全にやっちまったな。
隣のキリカに対して、申し訳なさ一杯でおずおずと視線を送る。
先程までは自分と同じように怯えていたはずなのにーー
一転して静かに目を閉じ、迫り来る死をひたすらに待つその姿を見たアタシは、こんな時であるのにも関わらずに思わず感心してしまう。
ごめんな、キリカ。
馬鹿なアタシが、あんな誘いをしなければーー
悔しさ、悲しさ、自身のあまりの不甲斐なさーー、そして何より自責の念で胸が一杯だった。
先程とは全く違った感情からの大粒の涙が、頬を何粒も何粒も伝ってゆくのを感じた。
馬鹿だよな、ホントにさ。
あんなにも、あんなにも実力差を感じさせられたじゃないか。
何を言われようがすぐに引き返そうと、即座に提案すればよかったじゃないか。
大切な友達を守るためどうしてもーー、どうしても必要なことだったじゃないかッ!
こんな簡単なことがどうしてわからなかったんだ、エミリア=ジーゲンルーベック=カッセルフェルトッ!!
ーーいや、違う。アタシはわかっていた……ッ!
わかっていたハズ……わかっていたハズなのに……ッ!
なのにッ、なのにどうして……ッ! どうしてアタシはいつでもこうなんだ……ッ!
死にたくない……ッ、まだ死にたくないよ父さん、母さん……ッ!
キリカも絶対に……絶対に死なせたくない……ッ!!
父さんですら、帝都指定危険区域の魔物の相手は一人では務まらないって、完全武装の三大公爵家当主が揃って、ようやく命の危険に晒されながらも討伐できるかどうかって聴いて、ちょっとした出来心のつもりだったなんて聴いたら、二人とも卒倒するんだろうな。
ホントに……どの口がこんな風に懇願するんだかって感じだよな。
もっとも、だからこそ、ここからアタシ達が助かる可能性なんて塵程も存在しないんだ。
仮にだ。
こんな状況から、もしもアタシ達が助かってしまうとしたら、そりゃもういまだお目にかかった事のないカミサマの所業、いわゆる"奇跡"ってやつだ。
そう、例えばあらゆる神々の頂点に君臨する、アタシが最も尊敬する雷魔術を極めた最強の絶対神ゼウスがだ。
たまたま天界から地上に舞い降りて、たまたまラドルフシュテット帝国に居合わせて、たまたま暗晦の森で魔物討伐でもしている最中だったとして、たまたま雷霆ケラウノスと共に目の前の魔物を完膚無きにまで成敗してくれるとかな。
そんな劇的な救出劇なんてされた日には、その場でアタシの全てを捧げきってしまう自信がある。
ーーそこまで妄想を膨らませて、アタシは自嘲気味に笑ってしまった。
こんな状況にも関わらず、ありもしない、ありうるはずのない突飛な乙女趣味に現を抜かすなんてな。
そうして自分に呆れ果てながらも、アタシはいい加減に覚悟を決めてゆっくりと目を瞑った。
--だが。
ありもしないことが起こってしまうから"奇跡"と呼ばれることを、彼女達はまだ知らなかったのだ。
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