逃亡する亜人たち
何故、自分の名前が教会関係で囁かれているのか。それを突き止めるのは比較的簡単な作業だった。センタクルの魔法を見て、魔力量イコール王の資質と考える派閥が担ぎ上げているだけのことだった。
しかしながら、詳しく調べるとそれを扇動しているのが自分の母親と分かると胃が痛くなった。子どもを取られて離宮に幽閉されていて、王を憎んでいるという事情からして理屈は分かるのだが、迷惑この上ないことは間違いないのだから。
これをなんとか辞めさせたいのだが、現実的に特に対処出来る方法が思いつかない。法的になんの問題もないし、国を武力で守る必要がある性質上魔力量と強大な魔法を使えることが王の必須条件というのは間違っているとは言い難い。
そして、教会、宗教はこの世界に強く根付いている。何気ない日常の行動も大元は宗教関係のものが多いし、困ったことがあれば神頼みが普通の世界だ。
故に、教会に干渉することが極めて難しい。貴族による権力の行使がほとんど通用しない唯一の独立した組織で、貴族自体も信者であるのだから扱いを間違えるとこちらの立場が危うくなってしまう。
各地の教会の動きを調査していると、ギーズの兵がテルノアールに向かっているという情報が入った。まだ手紙などは届いていないし、用件は分からないのだが、武装しているとのことなので何か退っ引きならない話なのは、まず確実だろう。
「情報を集めたところ、亜人が貴族絡みの罪を犯しテルノアールに逃げ込んでいるとのことで出兵しているようですが……」
ロランが情報を精査し考えられるシナリオを話し出した。
「テルノアールが亜人に友好的で彼らの辿り着く先になっている現状、そう疑うのは自然な流れだが……罪人かどうかのチェックは行なっているだろう?そういった情報はあるのか?」
「いえ、今のところはありません。エクスパータ様の鑑定の力で罪人が入れば感知されますし、報告にはありません」
「となると、こちらに来ていないのか、冤罪なのかと言ったところか」
「はい。事件の詳細についてはまだ情報が集まりきっていないのですが、かなり殺気だった追跡隊が組まれて、それを指揮するのがフラーム……リュンヌの父ガルグイユとのことです。近衛兵も一部いるらしく」
「王族絡みか……面倒なことになりそうだな」
「はい、荒事になる予感がします」
「仕方がない。あまり使いたい手ではないが念の為だ、ザンギを呼んでおけ」
「か、彼を呼ぶのですか」
「ガルグイユの実力はディパッシ族から聞いてるだろう。話が通じなかった場合の保険だ。リュンヌ一人では抑えられるか確証がないからな」
「では、直ちに使いの者を送ります」
「頼んだ」
ギーズ領にて貴族となっているフラームとして知られるガルグイユはディパッシ族の歴史の中でもトップレベルの実力者らしい。リュンヌはダンジョンでの修行によりレベルを上げているが、強くなればなるほどガルグイユの強さが分かるだけだと言う。
単純なレベルによる身体能力の高さだけでなく、戦闘に関するセンスがずば抜けており、技の質が違うとのことだ。
幼い頃に村を出て、王都で何回か顔を合わすだけだが、戦わずとも力の差くらいは分かるらしい。
そんなやつが実力行使に出た場合防ぐ手がない。唯一倒す手があるとすれば自分の致死性の高い魔法だが、魔法を使おうとした瞬間狙われるだろう。遠距離での不意打ちしか無理だが、そこまでの精度で魔法は使えない。
つまり、ザンギ、リュンヌにガードしてもらいつつ時間を稼ぐしか攻略法がない。
コンコン、とノックの音が聞こえて見上げるとリュンヌが部屋にいた。
「ジジイを呼ぶらしいな。何事や」
「まだ何とも言えない。王族に関わった平民、しかも、亜人の犯罪の容疑だ。あちらもピリピリしているはず……その為の保険だ。何事も無ければ良いのだがな」
「いや、たかだか亜人が犯罪したからってガルグイユが出張るのは異常やろ。それこそディパッシ族がなんかしたって話じゃないと過剰戦力や」
「確かに、ディパッシ族を捕まえるのにガルグイユが出てくるなら納得がいく。ディパッシ族にはディパッシ族最強の男で対抗するしかないからな……待てよ、ということはあっちはディパッシ族と戦うことを既に想定しているってことか」
「ふーん、なんか匂うなあ」
「ああ、ただの犯罪者を追うって話じゃなさそうだ。大体、亜人がわざわざ王族や貴族に何かするとは思えない。というか無理だろ。魔力を持った訓練した騎士に守られた王族を害するような力があるわけないし、得がないことは分かりきっている」
それから数日間、調査を進めると確かに遠方から逃れてくる亜人の一行がいることが分かった。事前に情報を共有していたことで、テルノアールへの関所で止められ街まで連行された後、尋問が行われた。尋問と言えど、ただの聞き取りであり、暴力的なものではない。
とは言え、事情が事情なので異例ではあるが領主である自分も身分は隠しその尋問に立ち会った。
手枷と足枷をはめられた亜人たちは取り調べ室で怯えて縮こまりこちらを警戒している。
ん……?妙だ、人種がバラバラだ。普通は種族ごとに生活しているものだ。違う種族で生活するというのはテルノアールくらいで、他領ではお互いを嫌いあっているはずだが。
そして一体どんなゴロツキなんだと思っていたら、集団の殆どは女子供で、男たちは疲れ切っていた。長い距離の逃亡生活だ。道中で盗賊や魔獣の出る危険なルートを通って人目につかないように移動してきたのだろう。その最中、戦闘も何回か会ったはずだ。その途中で何人も死んだのだろう。その旅がやっと終わり最後の希望だった亜人に友好的な貴族の領地テルノアールにて拘束されているのだ戦う元気などないのは明らかた。
「で、エクスパータの鑑定によると確かに罪人の状態になっているのだな?」
「ですね。しかし私の鑑定は公共の機関において罪人と判定されている場合にそう分かるだけのものですので仮に冤罪だとしても罪人にはなりますが」
「となると、やはり取り調べをして真偽を確かめる他ないか」
「真実を知りたいのであれば……」
「よし。ロギー、ズギーいつものを頼む」
「「かしこまりました」」
彼らが部下となって以来、その卓越した経験と知識によるノウハウを活かして尋問の方法をマニュアル化した。大した犯罪者や容疑者でなければ一般の兵士などに任せているが、領主が動いているとなる以上直々に動いてもらうことにした。現在は医療部門で研究、手術、治療、後進育成などハードワークをさせているが体力が並みの人間レベルではないので本人たちはそこまで大変だとは思っていないらしい。
「ではこれより尋問を始めます」
「俺たちは何もしてねえ!罰したいってんなら俺たち男だけで良い!女子供だけは見逃してやってくれ!」
犬人族の体中に傷跡がある男は叫んだ。
「ええ、ええ、罪人というのは大抵そう言うのですよ」
「ち、違う!本当に何もやっていない!」
「なら質問に答えてもらえば無実は証明出来るでしょう」
「もちろん、うちの領主様は亜人と言えど本当に犯罪者でないなら罰したりはしませんよ……ニョホホ!」
最初の反応は無実の訴えと女子供を見逃してくれという嘆願。まあ常套句と言えば常套句だが、一つ気になるのは自分は死んでも良いということだ。
普通なら命だけはって懇願するのがお決まりだが、死んでも良い。つまりそれを覚悟して女子供の助命を頼むというのは犯罪者っぽくない。大抵は自分勝手なクズばかりだ。
「ロギー、ズギーまずは何があったのか最初から話させろ」
「「はい」」
では、話せとズギーが命令する。
「俺たちは街はずれの森にある村で暮らしていた。最近教会が亜人を排斥する流れが強くって俺たちも危ないかも知れないってのが話題の中心だった」
男は滔々と語り出した。
「そこで、テルノアールって領地は亜人でも差別されない生活が出来るって噂を聞いて村ではテルノアールに向かうかどうかで揉めていた」
「ちょっと待ってください。その教会が亜人を排斥するという話、テルノアールの話は一体誰から聞いたのですか?」
「え?あ、ああ……教会のは行商人とか街の方でだ。テルノアールのは亜人の村同士で一応の関係というか情報網があってそれで聞いた」
「ふむ、つまり貴方たちは他の種族と繋がりがあったと」
「ああ、俺たちの村はデカイ森の中一つだ。いくつかの領地にまたがってるくらいデカイから、住む場所を追われた亜人それぞれ村を作ってひっそりと暮らしている」
「他の種族との仲は良いと……」
「いや、仲良くはねえよ。人間に嫌われてるもの同士露骨に敵対して殺し合うよりはマシってんで森の掟としてケンカはしないし、必要な物資や情報の交換をしてただけだ」
「つまり打算的な関係であったと」
「打算……ってのは何かよく分からねえが、まあ意味があっての関係だ」
男は頭をボリボリとかいて答える。
「続きを」
「……で、なんだったか。ああ、そうだ、森全体でこのまま森で生きててもいつかは危険だろうしテルノアールに一か八かで行ってみるってやつと森で暮らすってやつで意見が割れてな。半分くらいは旅の支度を始めてたんだ。他の種族のやつらも同じような感じだ。まあ仲が良くないとは言え、旅は危険なもんだからってんで長老同士の話し合いで異種族同士で一応の結束はすることになった」
「なるほど、この種族のばらつきはそういうことですか」
「ああ……結局、最初の状態から半分以下になっちまったがな」
「それで、いざ出発する三日前だったか、それくらいに蜥蜴人族の村が焼き払われて多くの村人が殺されたったって話があってな。助かったやつが命からがら村に来た」
「何故焼き払われたのですか?」
「それが良く分からんのだ。助かったやつが言うには、貴族を殺した蜥蜴人族を探して村まで騎士団が来たらしい。だが、普通に考えてそんなことするやついるはずもない。自分たちの立場が悪くなるだけだ。大体皆森から出ないし、そんなことが出来るやつが貴族を殺して戻ってきたら思い当たるやつは出てくるだろう」
「その貴族というのは一体誰ですか」
「さあ、貴族街で殺されてるのを教会の人間が発見して近くに蜥蜴人族がいたって話らしいが」
「そうですか……一旦失礼します」
ロギーとズギーはメモを取りながら取り調べ室から出た。
「どう思いますかロウゼ様」
「不自然だな。何もかも」
「やはりそう思われますか」
「嘘をついているような素振りは?」
「いえ、ありません。我々を騙すほどの知性があるとも思えませんし、素直ですね。どちらかと言うと諦めのようなものを感じます」
「ただ本当のことを言いたいから言ってるだけという感じか」
「そうですね、これで信じてもらえないのならどうしようもないと思っているのでしょう」
「となると、やはり亜人たちは、はめられたか。それも教会による何かしらの思惑があるのだろう」
「そもそも、亜人が貴族街にいるというのが既におかしな話。それを教会の人間がたまたま目撃していたというのは妙な話ですねぇ……ニヒヒ!」
「都合が良い話です……ニョホホ!これでは教会が何かしらの理由で亜人を人間の敵にしたい思惑があると言ってるようなものではないですか」
まるで茶番だと言いたげにロギーとズギーは笑う。
「そうなのだろうな。だが、教会の人間や貴族が殺されたとなったら亜人の話を誰も信じないだろうし、そもそも冤罪であれ見下しているのだから殺してしまえと思っているものも多いだろう」
「で、どうしますか?ギーズ領の騎士団に引き渡しますか?」
「いや疑わしきは罰せずだ。他領でどんな罪だろうと領地に入った瞬間彼らをどうするかはこちらに決定権がある。この領地のことはこの領地の法で決める。それにこのまま教会側の何かしらの思惑に乗るのも危険な気がする。うちは亜人も多い領地だ。今では貴重な人材だし、彼らの地位が下がるようなことになると後々都合が悪い。とにかく詳しく調査しろ。一人一人に聞いて話を裏付けを取っておけ。後は任せた」
「おや、もう良いのですか?」
「ああ、罪人じゃないのはお前たちも分かってるんだろう?食事と飲み物を与え、怪我人には治療もしてやれ。親切にすればあちらも心を開いて色々と話してくれるかも知れない。私はこれから恐らく圧力がかかるだろうからそれの対抗策を準備せねばならん」
「そうですか……」
「任せた」
教会、母上、貴族、ギーズ、一体何を考えているのだろう。何かしらで自分が関係しているような気はする。母上が暗躍して教会の発言権を強めようとしているのか。亜人を排斥することが実績になると思っているのか。いずれにせよ良くないことが起こり始めている。かなり強引な手段で来ている……いや、貴族ってのは平民に対してはこんなものか。貴族同士となると面倒な搦手を使ってくるが、平民なら貴族の権利を振り翳して多少強引でも罰したり容疑をかけたり出来る。
その先に何があるのか、そこを見極めねばならないな。