王都召喚 中編
王のいる場は城の上階でその中でも奥だった。部屋への扉は細やかな細工がされた木で出来ており長い歴史を感じさせる黒い色をしている。
案内役がロウゼ・テルノアールが到着した旨を伝えると扉が開けられ中へと入った。部屋の中は縦に長くその一番奥には一目で王と分かる人物が座り、強そうな大柄の騎士が両隣を固めている。そしてその奥には召使いが10人ほど控えている。そして奥から扉に向かって中央の道から 左右に分かれて貴族がズラリと並んでいる。
空気はピリッと張り詰めており全員が自分を値踏みするように見つめる視線と場の雰囲気に頭がグラっとする。
「お付きの方はこちらへ」
ロランとリュンヌ、他の従者も扉近くで待つように指示された。
ロウゼはそのまま真っ直ぐ王の前まで歩いていかなくてはならない。
ここで自信の無さそうな表情を見せたり粗相をすれば大変なことは分かっているのでどうしても余計に緊張してしまう。
早歩きにならないよう細心の注意を払い感情を顔に出さず出来るだけ堂々と歩き刺さる視線に耐え跪く。
「本日はお招き頂き誠にありがとうございます。お初にお目にかかります、この度新たに領主になりましたロウゼ・テルノアールでございます」
「うむ、大儀である。まずは先代テルノアール卿にお悔やみ申し上げる。そして新たなテルノアール卿よ、其方は引き続きテルノアールの領主として、テュロルド王国に、王の我に忠誠を誓うのであれば宣誓せよ」
「先代の弔辞誠に感謝致します……私ロウゼ・テルノアールは王に忠誠をここに誓います」
今さっきこの国の名前を知ったばかりで誓いますというほどおかしな話はないが誓いませんとは言えないのである。
王の承認を受けると 叙任式は終了となりこの後夕方から宴が催されることを伝えられた。
「宴かっ!飯いっぱい食うてええんか!」
「いや、宴でお前は食べることは出来ない」
「なんでや!ケチするんか!」
ケチって……子供かよ。
「いやケチとかではなく平民が貴族と同じ宴の場で食事出来る訳ないだろう。それに護衛役のお前が私を差し置いて食事などするな。私を守ることを最優先にしろ」
「従者は交代で食事をすることになっていますので……それよりロウゼ様に向かって無礼な口を聞くのはやめなさいと何度も……」
「飯はいつ食えるんや!」
「まず宴の前に従者の半分が、もう半分は宴の途中で交代となります」
「先や!俺は先の方でええやろ!」
「はあ……良いから行ってこい」
「よっしゃ!ほな飯食って来るわ」
他の従者を連れて颯爽とリュンヌは食事に行ってしまった。上下関係を教えるのは不可能じゃないかとすら思えて来る。ディパッシの上下関係のシステムは基本的に強いやつに従うというルールらしいが明確な身分の差というものがなく上の者を立てるとか敬うという概念が存在していないらしい。
リュンヌよりもその態度でロランが目を三角にしてリュンヌを睨んでいることの方が怖い。いつか絶対にブチ切れると思う。
ディパッシよりも表情に迫力のあるロランマジで何者なんだ。
しばらくすると満足そうな顔をしたリュンヌとどっぷり疲れた顔をした従者が帰ってきた。
まあ、何があったのかは想像に難くない。リュンヌの貴族の従者らしからぬ行動と彼がディパッシと気付かれないように注意していたら疲れるのも当たり前だ。
従者の食事と交代引き継ぎを済ませて宴に向かう。場所は縦に長い叙任式の部屋ではなく大広間で円形の空間だった。式とは打って変わって緊張感は無く多くの人が序列など関係なく自由に立食で歓談している。
これまで他の貴族と接したことのないロウゼとしてはこの場で顔を繋ぎ交友を築く必要がある。父と仲の良かった貴族がいるかどうかは分からないが出来るだけ多くの人と仲良くする必要があるだろう。仲良くすれば様々な事で便宜を図ってもらえるだろうし情報も入手しやすいはずだ。
この親睦会を兼ねた宴こそが貴族の戦場だろう。
と言っても誰一人も顔と名前の分からない状態で挨拶するのは中々難しい。
しかも挨拶するとなれば位の高い貴族からしないと失礼になるだろう。
「ロウゼ様、あそこにいらっしゃる方が王に次いで権力のあるオルレアン卿です」
ロランが教えてくれた人物は多くの貴族に囲まれて話をしている。恐らく権力のあるものに取り入り気に入ってもらう事で得られるものが目的だろう。あのような社交は自分には難しいと思ってしまう。
取り敢えず一番偉い人物から挨拶するのが筋なので囲まれた人の輪に入り並んで挨拶の順を待つ。
待っている間にも貴族同士の会話を聞きながら勉強させてもらいオルレアン卿がどのような人物かを挨拶する前に何となく知ることが出来たのは幸いだった。
やっと順番が回ってきて挨拶が出来た。
「初めましてロウゼ・テルノアールと申します以後お見知り置きを」
「これはこれは新しいテルノアール卿、よろしく」
余裕のある笑顔で歓迎してくれたその顔には年季の入ったシワが刻み込まれており大柄な体格で熟年の貫禄があった。
五十代くらいかと思うが歳を感じさせない筋肉で他の貴族と比べても目立っていた。
「なにぶん領主として日が浅いため右も左も分からない有様です。若輩者ですが何卒よろしくお願い致します」
「うむ、何かあれば相談に来ると良い。テルノアール領はこれからどうするのだね?」
「まだ就任してから日が浅いので本格的には決まってないのですが新たな領地の特産となるものを売ろうと思っております」
「はて……テルノアールに特産品、何かあったかねあそこは土壌が痩せてて遺跡くらいしかないだろう?」
「資源というよりは加工品という感じですかねまだ事業立ち上げたばかりなのでハッキリとした事は言えませんが……」
「そうかそうか、先代とは仲が良かったのだテルノアールの今後に期待するよ」
「ありがとうございます、精進致します」
「では私はこれで」
「本日はお話出来て良かったです」
「あのおっさん、そこそこ強いやろうな」
「そんなことが分かるのか?まあ、体格は良かったが」
会話の間側で珍しくジッと大人しくしていたかと思うとオルレアン卿の戦闘力を測っていたようだった。
「体格もそうやが雰囲気って言うか気配やな。直感で相手が強いかどうか分からんやつは戦士としては失格や。強さ以上に相手の力量が見極められんやつは死ぬ」
「なるほど、肝に銘じておこう。と言っても強さとかあんまり分からんが」
「テルノアール卿」
声をかけて振り向くとそこには金髪の美しい顔をした男がいた。
「あ、えーとあなたは……」
「おっとこれは失礼、私はアベル・ド・ギーズ。ギーズ領の領主だ」
「初めましてロウゼ・テルノアールです。よろしくお願いします」
「若い領主は少ないから若いもの同士仲良くしたいと思ってねよろしく頼むよ」
「こちらこそ歳の近い方がいて心強いですぜひよろしくお願いします」
「私は国外との貿易と歴史の研究に力を入れているんだ。そうだ、もし機会があれば君の領地の遺跡も調査させてくれないか」
「そうですね、領地の調査となると安全や機密の問題で難しいかも知れませんが機会があれば是非。昔の知識や歴史を研究して情報を共有するということの重要性には大いに共感します。その代わりと言っては何ですが……私は商売の経験がないのでそのツテがないのですが商品を卸してくれる信頼出来る商人を紹介しては頂けませんか?」
「おっと早速商売の交渉とは若いとは言え侮れませんねテルノアール卿も。紹介程度ならいくらでも構いませんよ。では馴染みの商人に話を通しておきますので」
「いえそんな……ありがとうございます」
「テルノアール卿とは気が合いそうだ。またお話しましょう。それではまた」
ギーズ卿にも遺跡の話をされた。恐らくテルノアール領には遺跡くらいしか話題がない地味な領地で気を利かせて話を振ってくれたのだなと貴族の社交力というか社交性には頭が上がらなかった。とは思うのだがあの貼り付けたような笑顔がどうにも信用出来ない。如何にも貴族という感じで会話ではそれなりに楽しくやっているつもりでも気がついたら裏では大変なことになっていた。なんてことになりかねないだろう。
よく考えたら初めて会った人間に何の得になるのか分からない商人の紹介をするというのは少々不気味だ。ギーズ卿……要注意人物。
その後も最早遺跡弄りなのか?と思うくらい多くの貴族に遺跡の話題を出されてその都度同じような返答を愛想良く返すことを繰り返した。
「はあ……疲れた」
慣れない挨拶回りと気遣いとよそ行きの表情を作ることに疲れて広間から近くの庭園でリュンヌと二人でジャンガ草をふかしていた。
「それにしても貴族ってのも大変やな笑顔で殺気を放ち腹の中を探りあうとはな」
「ふう〜まあ、遠回しな表現や貴族独特の表現が多くて迂闊な発言から弱みを握られることもあるだろうからな俺も油断出来ん。お前が他の貴族に喧嘩売ったりしなくてホッとしたよ」
「アホか!誰かれ構わず喧嘩売るわけないやろ疲れるわそんなん。それよりも他の護衛同士で殺気だっててそれに警戒するのでそんな暇ないわ」
「護衛の騎士にも見えない戦いがあったのか」
「まあそうやな。俺が変な動きしたらお前相手の騎士に斬りかかられてるかも知れんで」
「頼むから変な真似するなよ。頼むから」
「分かってるわ。でもな、お前に妙な真似するやつがいたら俺は躊躇なく一瞬で殺す。それは止められへんで。お前を守るのが俺の仕事やからな」
「無力化するくらいで抑えておいてくれ余計危険が増えそうだ」
「本気でお前を殺しに来るやつがいたら加減なんか出来ひんわ。その甘さが命取りになるで」
「それはそうか。なら、殺しに来る前に察知して事前に防いでくれ。それくらいはお前なら容易だろ?」
「まあ相手が小物ならそれくらいは出来るわ」
「よろしく頼む……んっ!?えっ、これは……?」
目に入ったのは庭園で栽培されたある花だった。元の世界で見たことのある花だ。
「珍しい花でしょう?」
「あなたは……?」