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異世界メディア論〜外れ領地でも情強なら無双〜  作者: ⅶ
season2 ダンジョンマスター
85/101

センタクル戦その4

拷問にて傷に関する描写がありますので苦手な方はご注意ください

 センタクルへの侵攻に対し、テュロルド王国が援軍を送った日の夜、イェルマ王国本陣では衝撃が走った。


「む……!何者だ!?」


 突如、ガッサム将軍から本陣から消失し、司令部では思わぬ反撃と重なって混乱が起こっていた。そんなことから数時間後に、本陣近くのテントに怪しい人影を発見した兵士は敵の侵入かと内心怯えながらも槍を音のした方へ向けた。


 しかしながら反応はない。気のせいかとも思ったが一応敵がいてはいけない。最初に死ぬ可能性があるのは自分ということを認識しつつも職務を全うする為、勇気を振り絞って闇の中を慎重に進んだ。


「誰かいるのか……?ん?寝ている……いや、違う!」


 そこにはロープで手足を縛られ、口に猿轡をされた男がおり、正気を失った目で兵士を見つめていた。


「な、なんだ!?一体誰がこのようなことを?敵の捕虜か?」


 本陣近くでは死傷者及び捕虜はいないはずだった。であれば、この男はどこから逃げ出してきた敵兵だろうか。警戒しつつも槍をしっかりと握り少しずつ歩み寄る。

 そこであるものが目についた。イェルマ王国の紋章、そして数々の成果を称えられた勲章の数々がついた服。

 つまり、敵ではなくこちら側の人間。勲章や服装からしてそこらの一兵卒ではないのは確かだ。


 暫くの逡巡の後、兵士は、はたと思いつく。

 もしかしてこの男は今司令部で大騒ぎとなっている消えた将軍、ガッサム様ではないのかと。

 あの味方ですら見れば震え上がる勇猛果敢、百戦錬磨のガッサム様がこんなに衰弱しているとは到底考えられないが、そう考えないと辻褄が合わなかった。


「……あなたはガッサム将軍なのですか?」


 違うと言ってくれ、そうであってくれという願いを込めて質問したが、縛られた男は力なくただ静かに頷く。


「い、今すぐに拘束を解きますのでしばしお待ちを……!」


 そんな、まさかとは思いながらも彼の自由を奪っている猿轡を外す。顔をよく見ると落涙した形跡が見られる。そして手を縛っているロープをナイフで切ろうとした時に気が付いた。


「指が……」


 右手は指先が全て半分ほど無くなっており、左の爪は全て剥がされて血が滲んでいる。おぞましい光景を目撃してしまい手が思わず震えた。

 しかし兵士は恐怖よりも使命感が優った。今すぐに彼の手当てをして何が起こったのか、皆が知る必要があると。絶対に死なせてはいけないと。


 ぐったりとしたガッサムはとても大柄で一人では運ぶのは無理だと思い、すぐに司令部に走り報告と応援の要請をする。

 司令部はガッサムが発見されたことに一瞬喜んだが、兵士のただならぬ口ぶりと表情を察してすぐにガッサムの元へ行き、テントへ運び込んだ。

 大急ぎで両手の怪我を治療し、ガタガタと震え老人のように急激に老け込んだ表情のガッサムと彼をこれまでにした者への恐れを誰もが感じていた。


 少し時が経ち、ようやくガッサムは話せる程度の幾ばくかの落ち着きを見せたが、それでも皆の知っている彼の姿ではなかった。


「ガッサム様、一体何が……」

「……れた」

「え?」

「私は拷問されたのだ……」


 そこからガッサムはポツリポツリと語り出した。


「気がつくと手足を縛られ、小屋の中にいた。そこに二人の貴族のような格好をした人間、それに亜人が四人いた……その人間が拷問を始めた。当然抵抗はしたが動こうとする前に力でねじ伏せられどうにも出来なかった……この私を力でねじ伏せたのだ」

「そんな……そのようなこと信じられませぬ」


 悲痛な声で部下は言う。


「だが、事実私は何も出来なかった。痛みなどに屈して国に背くことはするつもりもなく、話すつもりも無かった……しかしそれは無意味だった……」

「無意味とは……?」

「彼らはよく分からぬが私の考えが読めるようで、一切の嘘が通じなかった。質問に答えても答えなくとも、爪を剥がされ、指の肉をハサミで少しずつ切られ、切られる度に焼きごてで止血され、それを何度も何度も繰り返し行った……」


 あまりに酷い拷問に数人が口元を思わず抑えた。


「拷問はとにかく死なない工夫がされていた……そして私は永遠にも思える苦痛を味わわされ、そして我慢すらも無意味と悟り、全てを正直に話してしまった。この苦しみから逃れられるなら何でもいいと思ったのだ……」

「国家の機密を漏洩させられたのですか……」

「ああ、そして本日の戦いの結果にも合点がいった。一瞬にして戦況をひっくり返された裏にいるディパッシ族、あれは最早人間ではない。そんな次元の話ではないのだ。それが何人もいるテュロルド、我が国の全精力を傾けても勝てるとは思えぬ。私は国に不利な情報を与えてしまった逆賊。既に将としての権利などないが、それでも尚、忠言する。……直ちに撤退するべきだ」

「撤退!?ここまで来て何をおっしゃるのですか!王へなんと報告するのですか!」

「私が全ての責任を負う。全てを話し、責任を持って死ぬ。戦って失うものの大きさに比べたら些末な問題だ。明日戦えば、我々は何も手にすることなく全員が死ぬ。そう確信がある、どうか私の話に耳を傾けてくれないか……」


 ガッサムは、やつれてはいるが誠意を込めてそう語り、最後には頭を下げた。

 部下が見ている中で、国の中でも高い地位を持つガッサムが皆に頭を下げたということの深刻さは言うまでもない。


 最後まで戦うべきという意見と素直にガッサムの言うことを聞くべきという意見に割れたがイェルマ王国の司令部では最終的には撤退という判断が下され、士官の全員が涙を流した。





「以上が現地の情報になります」

「……筆舌に尽くしがたいな」


 テルノアールの兵に関する動向の定時連絡があった。

 初戦で快勝し、殆どの損害を出さずに多大なる功績を挙げたという報告。

 領主としては喜ぶべきなのだろうが、実戦に投入するとこれほどまでに圧倒的な結果を残すディパッシ族が国を直接的に攻撃しなかった過去は奇跡だと思えた。

 そうなっていれば既に国は無くなっていただろう。


 そして、ロギーとズギーだ。とんでもないことをしてくれた。確かに、戦争が出来るだけ早く終わり、こちらの損害は少なく、それでいてイェルマに打撃を与えられる貢献をしてくれた。

 だが、やり過ぎだ。もう戦争ですらない。大量の軍を率いて戦うという国家同士のゲームバランスが崩壊している。

 イェルマが傾くであろう重要な情報。最高機密レベルの情報を引き出している。手に余るほどの重要な情報を定時連絡で送られてもどうすれば良いのか皆目見当がつかない。

 情報を武器にして戦うという考えのもと領地を改革してきたが、いざその大き過ぎる情報を手にした今、何をどうすればいいのか。どう扱えば国に、領地にとって最善の結果となるかの予想が全くつかない。


 ただ、正直に話すべきでないという一点については間違いないだろう。正直に話せば国内の全ての人間がディパッシ族を、テルノアールを危険視する。強大過ぎる力に見合う程の信頼を構築出来ていない。


「どうすれば良いと思う?」

「一度に報告するのは避け、小出し小出しに密偵からの情報として報告するのが無難かと」

「やはりそうなるか……」

「ご安心ください、そういった情報の取り扱いに関しましては私の得意とするところですので」


 ロランは恭しく手を胸に当てた。


「そうだな……ロランに一任しよう。他に考慮すべき事案が多過ぎて手が回らぬ」

「今後もこのようなことが増えるかと思いますので、そろそろ本格的に情報を取り扱い、まとめ精査する部署を設立するべきでしょう。医療部門の部署も設立するおつもりでしょうし、それに合わせて秘密裏に行います」

「うむ、そうだな。今後数年はそういった下地を固めることを主にやっていくべきか。余りに駆け足に色々と手を出してしまっているしな。後進の教育とそれぞれの役割分担を明確にした組織作りが課題だな。また忙しくなりそうだ」

「ロウゼ様のご負担を軽減するための組織なのですが……」

「自分の負担を軽減するために忙しくなるとは皮肉なものだ」

「そろそろ周りに仕事を任せるということも覚えてください。……仕事を任せると言えばご結婚に関してはどうするおつもりで?」

「ダァーーー!せっかく忘れてたのに!」


 頭を抱えてロウゼは唸る。別に好きな人はいないし、好きでもない相手と家同士の打算的な利害関係による政略結婚など気まずいったらない。

 絶対に気を使うし、立場上子孫を残す義務もある。そして現在の領地の立場的に言えば、テルノアールより格上の領主の家系の娘だろう。

 彼女たちからしたら自分の領地より下のランクの領主夫人など願い下げなはずだ。


 なぜわざわざ家のランクを下げないといけないのか。しかも領主夫人になれば領地の代表として女性たちのコミュニティで矢面に立たないといけないし相当根性が座ってる人間じゃないと無理だ。

 正直、自分ですらキツイ。上手くやっていける自信がない。


「私としてはこちらか、こちらか、こちらの方がよろしいかと思いますが……」


 ロランはスッと婚約の打診が来ている女性たちの情報をまとめ上げた羊皮紙の書類を机に出す。


「おい……それを常に持ち歩くのはやめろ」

「最優先事項ですので」

「全く……分かった。性格の相性重視で相手側にこちらに関心があるものならば会ってみることとする……」

「かしこまりました」


 ロランは満足そうに頷いた。


「私に両親がいればもう少し楽だったんだろうがな……」

「アッシュ様も誇りに思っているでしょう」

「だと良いが。母は……母上に何の挨拶もなくて良いのか?結婚する時くらい会った方が……存命なのであろう?」

「それは……」

「この際だ、私は母上についてよく知らん。周りが言いたがらないのも知っているし、敢えて聞かなかったがそろそろ知るべきだろう」

「そうですね」


 ロランはこの時が来てしまったかと目を閉じた。慎重に言葉を選んでいる様子が伺える。


「ロウゼ様の母君となるのはレティシアという名の女性です。そして王族。現国王の娘です」

「なら私は王族の血を一応は引いているのか」

「はい。ですので、下級の貴族にしては魔力量が高いとは思いませんでしたか?」

「いや正直、他人と比べる機会が少なかったのでどの程度の魔力量が相場というのは分からんのだ」


 体内にある魔力は古代魔法の維持に使うくらいで、後は外から持ってきた魔力を使用しているので、純粋な魔力勝負をしたことがないので分かっていなかったが、これでもかなり魔力量は多い方らしい。


「で、それは誰もが知っているのか?」

「いえ、恐らくロウゼ様と同世代の方は知らないでしょうがアッシュ様の世代ならば誰もが知っていると思います。誰も表立って口にはしないでしょうから」

「まあ小さな領地の跡取りが王族の血を引いているなど誰の得にもならん話だからな」

「はい。まず王に何かしらの圧力をかけられるでしょうしそんなことは誰もしないでしょう」


 その後、両親の馴れ初めや政治的な立場を色々と聞いた。半分とは言え、王族の血が入っており急成長を見せる領地を運営する手腕などから、先見の明のある家ならばむしろ進んで婚姻の打診をしてきているとの裏事情を知った。

 血筋の話は少し気が重いが、婚姻に関する負担は減ったような気がして楽になった。


 心も体も軽くなり、いつもよりもぐっすりと眠りにつけた。



「起きてくださいロウゼ様」

「ん……もう朝か」

「大変なことになりました」

「もう結婚が決まったのか?」

「違います、早く目を覚ましてください」

「ど、どうしたと言うのだ」

「イェルマ王国の軍が夜明けから撤退を開始しました」

「おお、もう撤退か良いことじゃないか。無駄に戦う必要もなくなったわけだ」

「しかし、このまま撤退するのは納得出来なかったのでしょう。城より少し離れた森に火をつけられ現在も燃え広がっています」

「何!?」


 少し寝ぼけて目が半分閉じていたが、布団から跳ね起きた。


「火事だと?」

「はい」

「消火は可能なのか?」

「いえ……広範囲に同時に着火されたようで城に向かって徐々に進んでいます。風向きなども考えますと早くとも四日後にはセンタクルは火の海となり森は枯れ果て、煙で大勢が死ぬでしょう。いくらディパッシ族と言えど空気がなくては気絶するのは確認が取れていますし大変危険な状態かと……」

「雨でも降ってくれたら良いのだが」

「季節的には可能性は低いです。非常に乾燥した土地なので木も燃えやすいはずです」

「あっちには魔術が使えるものがいるだろう、水を出して消せないのか?こういう時の為の貴族、魔術だろう」

「そんな無茶な。災害を数人でなんとかするというのは不可能です。大体火事の森の中に入り水を出すのですか?危険過ぎます」

「それもそうか……しかしこのままではセンタクルの者だけでなくテルノアールの兵までも危険ではないか」

「ですので、大変なことになりましたと言ったのです」

「それにしては落ち着いているではないか」

「私はロウゼ様の筆頭執事ですよ。いつどんな時でも冷静さが求められます」


 そうか。とロランから目を離して思案する。ディパッシ族でなんとか出来ないだろうか?例えば燃える前の木を全て切っておき、止まるようにするとか。

 いや、リスクが高過ぎる。肺が焼けるし一酸化炭素中毒になる可能性もある。ディパッシ族と言えど無理だ。


 行くしかないのか。大雨を降らせて力技で解決するしか思いつかない。空気を奪って火を消す方法も考えたがあれは繊細過ぎて広範囲は難しい。魔法は原則として範囲や威力を上げるほど繊細なコントロールが求められる。森一つをカバーするほどの空気操作は無理だ。

 雨は簡単だ。水を出せるだけ出して火事の熱を利用して水を蒸発させ雲を作ればいい。そこにある程度の温度操作を加えたら勝手に降ってくれるので常に意識する必要もない。


「出掛ける準備を。リュンヌとホウキだ」

「では、センタクルへ?」

「ああ、速攻で片付けてくる」

「流石ロウゼ様です。各所への連絡は既に準備しております」

「行くと分かっていたのか」

「筆頭執事ですよ?」

「これは参ったな」


 すぐに着替えて食事をし、全ての予定をキャンセルした詫びの書状に一筆入れて、地図と数日分の食料を用意させた。


「なんか大変なことになっとるらしいな。俺らも火には弱いから特に注意してるんや」


 リュンヌはずっと護衛で自分の側にいたので退屈していたのだろう、外出出来ることに喜んでいる様子だ。


「遊んでる時間はないぞ。最短の距離で向かう」

「それは良いけど疲れて途中で俺を落とすなよ」

「それくらいでは死なんだろう」

「いやそうやけど、海の上とかなら流石に困るわ」

「地図を見ろ、行く道に海はないだろう」

「いや地図とか読み方知らんし」

「……お前はこの一年一体何をしていたのだ!」


 リュンヌは気まずそうに口笛を吹いてそっぽを向いた。まるで成績表を見た親に怒られた子供だ。


「センタクルはここか……この位置なら確か石板がある」


 カズキュールは地図を指差して言う。


「ならダンジョンもあるのか?」

「いや、全ての遺跡に石板がある訳ではないしダンジョンがある訳ではない。ただ、私は自分の担当している場所と他の石板に関することを少し知識を与えられているに過ぎない」

「用事を終わらせたらついでに石板の回収もするか」

「いや、君のように既に誰かが持っている可能性もあるので、確実にあるとは言えない。場所としてはそこに置いてある可能性が高いというだけだ」

「因みに何の石板だ?」

「鑑定の石板だ。まあ私ほど有用なものでもあるまい」

「いやめちゃくちゃ便利だろう多分だが」

「石板の化身にものを見せてそれが何か分かるだけだぞ?ああ、あと生き物なら君の言う『レベル』も分かるか」

「……欲しい、絶対に欲しいぞそれ」


 カズキュールはそれまでに使われていた方法しか知らないし、応用するという考え方を持っていないので石板の能力全体を過小評価しているが、要は組み合わせと工夫だ。あらゆる演算処理をさせているのだから自分だけ量子コンピュータを持ってるくらい反則しているのだが、あまり凄さを理解していないっぽい。

 鑑定の石板があれば、相手の力量や見たこともないものが分かるようになる。そういう魔道具も作れる。どう考えてもロマン溢れる石板だ。

 他の領地にも石板があるのは分かっていたが、そこに行くというのが何より難しい。だが、この混乱に乗じて遺跡に向かうのは容易だろう。


「こうしてはいられないさっさと行くぞ!」

「火事を止める為に行くんちゃうんかよ」

「……火事を止めに行くぞ!」

「はあ……」


 今度はリュンヌとカズキュールに呆れられた顔をされてしまった。

 屋敷の庭からホウキに乗り込み、高速で急浮上する。目撃者を増やしたくないので出来るだけ早く、誰にも気付かれない速度で上空に達した。

 なかなかのGがかかって辛かったが、そうも言ってられない。そしてセンタクルの方へと一直線に飛んで行った。

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