センタクル戦その2
コンテヌがニールとその配下千人の兵士を相手していた一方、門の前に立ち塞がったテルン。
「ど、どこから湧いてきたのだこの女は!?」
小柄で非力のようにも見えるそのか細い線とは裏腹に、どこからやってきたのか周囲の人間が認識出来ぬ速度で移動して門を守るようにポツンと佇んでいる情景はあまりにも非現実的だった。
門に侵入していった先遣部隊をバックアップする形で、様子見していた彼らは起こっている事態を未だ理解出来ずにいる。
「中くらいに偉いやつが三人、一番偉いやつが一人か……」
隊列の先頭にいるものが辛うじて聞き取れるほどの小さく呟いた声は、狙われている本人には届いていない。
「この戦場に誰にも気付かれることなく湧いてきたこの女、只者ではないな」
見た目で言えば誰でも勝てそうではあるが、たった一人でこの状況に立ち向かっているということは紛うこと無き実力者であると、ある程度の経験があるものであれば察せられるのは容易なことだった。
特に、魔法という身体差に影響されにくい力のあるこの世界では見た目が、そのままの強さではないということを知っていなければ、痛い目に合うというのは常識だった。
「ここは慎重に行くか……貴様らは下がれ!私と三人の将で確実に叩く!」
こんな女相手に将軍自らが四人も出張るのかと兵たちはやや混乱した声を出したが命令は絶対であるので誰も逆らう者はいなかった。
「……その方がこっちも楽やし助かる」
テルンは下がっていく兵を追うこともなく出てくる四人の将が前に出揃うまで律儀に待った。
戦闘においても、遊ぶリュンヌやコンテヌ、攻撃されるのを待つマノツァたちとは違いテルンはとにかく手早く終わらせたがるタイプだ。
一瞬のうちに戦いを終わらせる。それが何より彼女が好むスタイルで、やがては常識では考えられない速度での攻撃を生み出していった。
徹底した効率重視の性格により、大勢の雑魚兵を倒すのが少々面倒で、どうやって片付けるかと考えているところにあちらからやって来てくれるのだからこれ以上のことはない。
「私はこの隊を率いるチェインだ!卑怯とは思うが尋常な相手でないことくらいは分かる、ここは勝たせてもらう!名乗られよ!」
「はあ……テルン」
「テルンよどこの所属だ、もうこの領地に腕の立つものはいないと思っていたが?その出で立ち、貴族とも思えぬが……」
基本的にベラベラと喋ることも面倒で口数は最小限だが、ここにくるまでに戦争においてのマナーやテルノアールの名を挙げることを教えられていたので対応せざるを得ないことに少し面倒さを感じていた。
しかしながら、ロウゼ・テルノアールとは協力関係にある為、様々な教育や待遇を受けてそれなりの感謝を覚えているテルンはやるべき事は最低限やるつもりではいる。
脳筋なディパッシ族にしては珍しい頭脳派の彼女は今では一番教養が身につき、読み書きや計算もそれなりに出来るようになり世界の広さや勉強の大事さというのを誰よりも理解していた。
商人と取引出来なかった過去から、今では給金が払われ、街では好きなものを買えるようになった。それはディパッシ族が提供する圧倒的な武力で領地や国を守るという約束のもと与えられた権利であり、ここでしっかりと戦うことは義務だと納得している。
そして、ここでセンタクルが侵略され国が傾けばそれなりに楽しくなってきた生活が破壊されることも想像がつくし、そういう状態だからこそ本来の戦うという行動に身を置けるという今が嬉しくて堪らないのであった。
「テルノアール領から応援にきたディパッシ族のテルン。四人でも構わへん。早く始めよう早く終わらせよう」
「ディパッシ族……噂には聞いていたが本当に国に助力するとは。そしてその異常なまでの闘気にも納得がいった」
チェインは少し驚きはしたものの、明らかに普通ではない姿。鎧もつけず民族衣装を着た貴族ではない女の説明には、これ以上のものはないと腑に落ちていた。
「お前たち、こいつはあのディパッシ族だ油断するなよ。合図で連携技を使う!」
「「「はっ!」」」
「……いまだ!」
四人はテルンを囲んだ後、全方向からの斬撃を同時に放った。どんな達人であっても四つの刃を同時に処理することは不可能であり必殺の攻撃。
「「「「ッ!?」」」」
だが、そんな必殺の不可避の斬撃はテルンには当たっていない。テルンを中心とする四方には八本の剣を握った腕が落ちている。
「当たる前に斬ればいいだけや……」
「馬鹿な!?同時に腕を全て切っただと!?」
高速の斬撃と移動を行うテルンはただ、単純に斬られる前に斬るということを四回繰り返したに過ぎなかった。テルンの速度の世界では通常の人間の感覚で例えるならば、0.1倍速程度のゆっくりした動きにしか見えず、その世界を一人だけ自由に等倍速で動けるに等しい環境にある。
「これで終わり」
そしてさっきと同じ動作を首を狙って行い、側から見れば全くの同時に四人の首が飛ばされていた。
「そ、そんな将軍たちが……」
「逃げろ!早く撤退だ!」
腰が抜ける者、失禁する者、声を出そうとしても出なく息の音だけが聞こえるもの、落涙する者、阿鼻叫喚となりながらも兵たちは将たちが倒された深刻過ぎる事態に怯え、一目散に逃げていった。
やることを果たし、少しばかり楽しむことが出来たテルンはわざわざ弱い者を殺す気もなくその逃げ惑う人間たちの姿をぼんやりと見ていた。
「ディパッシ族以外では一番速かったけど……もっと速いやつと戦いたかったな……」
楽しみにしていた反面、思っていたほどの手ごたえはなくややガッカリしていると知れば、敵兵たちは恐ろしさのあまり死んでしまうかも知れないが、それは誰にも聞こえていない独り言だった。
「流石、思っていたより簡単に終わったな。皆今日はご苦労であった!」
初日の成果は上々。城内に侵入し、取り囲んでいた敵を全て追い払い、開戦前の位置まで後退させることに成功したオーガは労いの言葉をかけた。
助けられた兵たちは後一歩のところで死ぬというところでの応援と圧倒的な力での勝利に酔いしれてお祭り騒ぎになっている。
特にテルンとコンテヌの働きぶりは文句のつけようがなく、全くの損害を出さずに一つの門を守ることが出来た。国内で西に位置するセンタクルの北、南、西門は敵に囲まれ、東側から駆けつけたテルノアールの応援軍は西門を早々に取り返し、南門、北門を担当していたオルレアン軍に後から合流し戦果を挙げた。
とは言え、敵は完全に撤退した訳ではなく、体制を立て直す為に下がっただけでまだ終戦はしていない。
既に相当数の犠牲がセンタクルからは出ており、怪我人の救護や死体の処理、平民たちの炊き出しなど後方支援も大忙しである。
「へっ、テルンは四人だけか?手抜きすぎちゃう?俺なんか、えーと、何人やっけひゃくにんやったかな」
「……アホか私は指揮してる偉いやつを四人や。それにお前が倒したのは千人やけど、それよりも価値高い四人やわ」
「ん?千人ってどんだけや?百がえー……十の十個やから……」
「十の十個がさらに十個や」
「んん!?あかん、分からんようになってきた」
「はあ……」
「いやでも千人倒すのは俺の方が速く終わるしな!お前じゃ疲れて時間かかるわ」
「それなら四人殺すのは私の方が速い」
コンテヌとテルンの成果の張り合いを少し離れた距離から見ているセンタクルの兵たちは常識破りな戦いを目撃している為、これがあの戦いをした者たちとはなかなか信じられず不思議な顔をしている。
「どうですか?痛みはマシになりましたか?」
「ああ……助かった」
ゲオルグの治療とジュアンドルによる鎮静、鎮痛作用により傷ついた兵たちは少しばかりの安らぎを感じていた。
「いえ、こちらも実験のデータが取れるのでお互い様です」
などとちょっと怖い本音をポロっとこぼしてはいるが怪我をし、疲れ切った彼らの耳には届いていないので問題は無かった。
怪我人のリストを作成し、症状の深刻さをレベルで色のついた紐を結び管理する画期的な方法を実践しているのだが、その有用性に気付き驚くほどの余裕と知識は誰も持っておらず、注目されていないことはやや不服ぎみなゲオルグであったが、薬の効き具合を確認するには絶好の機会であり大量のデータも取れるということで、この場には相応しくないホクホク顔で作業を続けていた。
重度の怪我人にジュアンドルがどの程度効くかというデータはなかなか取れませんでしたから幸運でしたね、ついてきて正解でしたと不謹慎なことを呟きながら野戦病院をかけずるゲオルグは後から英雄のような扱いを受けるのだが、本人はただのマッドサイエンティストだと言うことは誰も知らず、知らない方が良い事実だろう。
「は、はい!並んで並んで!焦らずゆっくり進んでください!食料は十分あります!」
兵糧が尽きかけたセンタクルでは多くの者が飢えており、王都から届く物資に群がり軽くパニックとなりかけているのをエッセンが取り仕切っている。
接客で多くの客を並ばせ、秩序を保つのは彼でないと上手く回らないだろう。
列ではちょっとした小競り合いも勃発するがディパッシ族がいる前で暴れても無意味でありすぐに鎮火させられる。
食事の用意も工程ごとに分担する、テルノアールでは当たり前となりつつある、フォードの分業化をモデルとした効率的な作業でテキパキと進められている。
そして料理も味に異様にうるさく探究心の高いロウゼによって考案されたクオリティの高いものを提供している。
人間の活力はやはり食が大きく影響しているということを、早期に理解し領地内で大きく改善させたことにより、テルノアールが活発となってきている様子を目の当たりにしているエッセンは自分の担当するこの仕事の重要性は広く周知させていた。
飢えがあれば人間の心は荒む。逆に腹が満たされれば余裕と活力が生まれる。戦場において食事とは非常に重要であり、生命線と言っても過言ではない。
食事が行き渡る頃には、先程まで喧嘩していたもの、暗い顔をしていたものにも笑顔が溢れるようになってきた。
そして少しばかり余裕の生まれたセンタクルの人間に対し、それとなくテルノアール、ロウゼがいたからここまでの事が出来たと宣伝していき領地の潜在顧客を生む種まきをしっかりと行っていた。
へへ、ロウゼ様こりゃまたしばらくしたら結構儲かりそうですよ。テルノアールに流れていく人もいるだろうし労働力は不足気味ですからね、ガンガン宣伝しときます!
と脳内で勘定して目が金貨になってしまっている悪い顔をしたエッセンもまた多くの支持を受けていた。
ロウゼの優秀な配下たちが民の前に立ち、様々な功績を挙げていきどんどんと信用を集め、注目を浴びている一方で、城の少し離れたところにある小さな小屋では……。
「……ッ!?んんっ!?」
一人の男が机の上で両手足を紐でくくりつけられていることに気付いた。