センタクル戦その1
適当に思いついた苦し紛れのハンバーガーだが、現代ではジャンクフードにしか見えないがこの世界の貴族にとっては目新しくもそれなりに高級感のある料理と評価を受けた。似たような料理が既にあったことが抵抗感を少なくした要因だろう。
とにかく、白パンで高級な香辛料で味付けした肉とチーズを挟むというのはこの世界では間違いなく贅沢な素材を使っているということで料理対決が行われた後には既に大きな話題となっていた。
王家より秘伝のレシピを公開し、作ることを許可したということになっている。王家の料理人しか知らないレシピというのは沢山存在しているが、限られた場所でしか口にすることが出来ず、厳しく情報も制限されているため今回は異例の事態のようだ。
戦争が起こっていることから目をそらしたい思惑と、王家として何かしらの国民へのアピールが必要なようで、このような対外的には大盤振る舞いに見えるアクションが必要だったようで、レシピの分の金は既に受け取っており、まあ悪くない結果となった。
そこで見つけた腕の良い料理人をヘッドハンティングして破格の条件で交渉して雇うことにした。破格の条件とは、こっちにとって破格なのではなく料理人にとってだ。
日本人としては食にこだわりたいし、元々特別な料理人もいないくらい細々と貴族をやっていた家では料理という作業が、現在では所帯もそれなりに大きくなり要求レベルも上がってきたためかなり従者たちの仕事を圧迫している感があった。
あらゆる調理器具に貴重な魔獣の素材、相場の倍以上の値段で特に優秀で目を引く料理人を確保した。
若く柔軟性があり成長の意欲を感じる男を見つけた。小さい料理屋を出したは良いが、コネがまだ弱く良い食材を調達したりあらゆる利権に邪魔をされて商売が上手くいっていなかったらしく、今回の料理人対決で腕だけを見てもらって起死回生出来ないかと思っていたようだ。
料理人対決といっても貴族の手がついた代理の戦いみたいな要素もあるため、ある種の出来レースなのだが、誰も注目しないなら今のうちにもらっておこうというものだ。良い投資が出来たと思っている。
そして会議の議題も順調に消化していき魔獣騒ぎから5日が経過した。
「ロウゼ様、オーガ様たちが到着した模様です」
ロランが通信の魔道具を持って現れた。
「直接オーガと話す代われ。私だ、そっちはどうなっている」
「無事到着しました。早速部隊を編成し敵の鎮圧を開始しました。各小隊の隊長にディパッシ族をつけて出来る限りの損害を少ないまま任務を遂行致します」
「被害状況はどうだ?」
「は、センタクルはかなり疲弊しており持って後1日というところでしたのでギリギリでしたね。おや、一部では既に制圧が終わったようです流石ディパッシ族ですねなんて優秀なんでしょう」
「良いだろう、敵の情報に関しても抜かりなく収集しておけ治療や食事に関しても事前の打ち合わせ通りに頼む。また何かあれば追って連絡をせよ」
「はい……ところで、一つお願いがあるのですが」
「なんだ、通信の魔道具か」
「そうです。此度の戦いの報酬ですが通常であれば領地や金品、魔石ですがそういったものは一切要らないので譲っては頂けないでしょうか?これは素晴らしい、いくら戦棋が強くとも私の考える瞬間に指示は出来ませんからね、その問題がこれがあれば解消出来ます」
戦棋とはこの世界のチェスや将棋みたいなものだ。そしてオーガはその実力は国内でもトップレベルという話は有名である。と言っても机上の話であり実戦では兵をタイムラグなしに制御することは不可能に近く、それを予期しての作戦であったが、戦場のあり方が大きく変わろうとしていると彼は熱を込めて話す。
「もう報酬の話か、まだ戦いは終わっていないだろう」
「確実に迅速に終わらせます。今までに類を見ないほどの戦果を挙げる自信が私にはありますので、先にお話しても問題ないでしょう」
「ふん、そこまで言うなら良かろう。こちらの兵の損失が100人未満、敵を3日以内に殲滅出来ればお前の手持ちの軍がコントロール出来る量の魔道具をくれてやる」
「……ありがとうございます、では必ず」
そして通信は切れた。
「ロウゼ様何をお考えですか、そう簡単に約束するなど……」
「ロラン、落ち着け。当然こちらに害をなすようなことにならぬよう契約魔術で制限をかける。それに我が領はディパッシ族がいるとしても軍としてはあまりにお粗末なのは明らかだ。将となる存在が不在だった今、奴を将として重用し軍全体の強化を行う必要があるのも事実。通常の主従関係で契約魔術を使って縛るのは反感を買うかもしれんが特殊な魔道具を扱う場合ならやつも認めるだろう。どのみち計画していたところに良い口実が出来た。奴はまだ信用出来んからな、何か釣るエサが必要だ」
「ちゃんとお考えがあるなら良いのですが」
心配そうにロランは呟く。
「それに信用出来んと言ってもやつは政治よりも戦の方が好きなのは明らかだろう。政治も出来るが政治に必要な戦をするというよりは戦をする為に政治をするタイプ。場所を与えてやれば妙な行動もしないと踏んでいる」
「……だと良いのですが」
「以前言っていた通り、こちらに従うことに旨味を感じている限りは言うことを聞くはずだ。逆らったところで大した実益はないしな。私の知識や魔力ありきで運用しているテルノアールは乗っ取っても活用出来んよ。なら旨味を与えて存分に働かせればいい。もちろん警戒は怠るなよ。奴の行動は逐一報告せよ」
「かしこまりました」
「さて、打ち合わせの時間だ。行くぞ」
「かしこまりました」
サロンに関する打ち合わせをしなくてはいけない。こう言ったまどろっこしい政治的なやりとりは面倒なので、家にこもって他の石板のありそうな遺跡調査や便利な魔道具のアイデア出しなんかをやりたいのだがなかなか思う通りにいかない。
分身の石板とかあればめちゃくちゃ助かるんだがそういったものはカズキュールによるとないらしい。
多重影分身の術ってなんて便利なんだろう。経験が本体に還元されるなんて最高の術だ。複数の石板の式をアレンジして作れば可能かもしれないと言うのでますます調査に行きたいのだが。
一方、センタクルの戦場。
「だ、だめだ!戦線が崩壊する!」
「諦めるな!後衛の女子どもは虐殺されるのだぞ!」
正面の城門は既に突破され、ありったけの兵士が門のすくそばでギリギリの状態で戦線を維持しているが崩壊は時間の問題であった。
「押せ押せぇ!テュロルドの蛮族どもを蹂躙せよぉ!」
城内に侵入した千人もの兵を統率する将は弱っていくセンタクルの兵を一方的に攻撃することに興奮しているようだった。
「ぐああああ!」
複数の兵士の叫び声がした後、辺りは騒然としていたが、一瞬不自然な沈黙があった。
敵の兵が死んだくらいで沈黙が起きるのはおかしい。何事だとその将は声のした方を見る。
「ハッハァ!こんなもんかぁ?にしても……あ〜やっとやで、テルン」
「……ああ」
そこには城門を後ろから飛び越えて城内に入ってきたコンテヌとテルンがいた。
ディパッシ族はテルノアールと協力関係になってから、街の警備やダンジョンでの訓練などその圧倒的な武力をもってして、活躍していた。
しかしながらそれは彼らの本来の好きな戦いとはかけ離れたものであった。
それまでの戦いとは、部族同士の格付けとしての戦いや度々村の近くの商人や物資を略奪だった。
略奪に関してはディパッシ族は蔑まれ、疎まれた存在であり、そもそも街に入ったところで取引など相手にもしてもらえず、そうすることでしか必要なものを入手する手段がなかった故の蛮行だ。
つまるところ、野蛮なイメージのディパッシ族は全てが彼らのせいであるという訳ではなかった。彼らがそうせざるを得ないようにしている社会のシステム自体に問題があった。
自分たちよりも下の存在を作り平民にも自尊心を持たせる意味として機能していた面もあり、今さら仲良くやろうということが難しい為惰性でその状態が続く悪しき歴史が続いていたのである。
一部の快楽的な殺人行為を好んでいるディパッシ族がいたのは事実であるが、基本的にはより強いものと戦いたいうというのがディパッシ族の全体的な思想であり、その現状を良く思っていないものも多かった。
リュンヌを始めとするテルノアールで直接的に村から出向いて協力関係になったディパッシ族はその傾向が強かったため、比較的上手くいっているのだ。
この場にいるコンテヌ、テルンもまた、ちゃんとした理由で戦える場所を求めており一年以上の時を経てようやく戦地に到着し、遺憾無くその実力を発揮出来る場にいることの喜びを噛み締めていた。
「じゃあ俺が門の中、テルンが門の外の近くにいるやつってことで良いよな?」
「了解……」
テルンは軽く頷いた後に門を飛び越えていった。
「何者だ!?」
その隊を率いていた将は見かけない格好をしたコンテヌに向かって誰何する。
「ははっ、ちょっと強そうなやつ見っけ!でも俺は好きなもんは後に残しとくタイプやから」
「何者だと聞いている!私はイェルマ王国ガッサム将軍の配下にしてこの部隊を率いる将、ニールである!」
「元気いいなあおっさん。俺はディパッシ族のコンテヌ。ロウゼ・テルノアールと仲良くさせてもらってるもんや。俺らの国と戦おってやつがいるって聞いて飛んできたわ」
「ディパッシ族!?あのディパッシ族のものがテュロルド王国と共に戦うというのか!」
「さあ?難しいことは俺は知らんけどロウゼがやっと戦ってこいって言ってくれたんやから何でもいいんや。戦う気ないやつ殺すのはあんまり好かんけどお前らは戦う気あるんやろ?」
コンテヌは気の抜けたような喋り方をして常に笑っているような顔つきをしているが、話した後の目には殺気が宿り血走っていた。
その落差のある表情に近くにいた兵士は直感的に危険を感じ武器を構え直した。
「……こ、こいつは危険だ!優先して殺せぇ!」
その中でも一番強いニールは理解した。他の兵士は実力が違い過ぎることからその危険度合いを測れずにいたが、下手をすればやられると瞬時に判断し、少し気圧されながらも指示を出した。
「お喋りも飽きたしやっと戦えるな、ほな行くで?」
カーブした独特の武器を構えたコンテヌは高速で回転した。そして彼を囲んでいた周囲の兵士は首から血を吹き出し倒れた。
「な、なんだ!?」
倒れた兵士の後ろにいた者たちは状況が理解出来ず混乱している。
「慌てるな!奴はたった一人だ!この人数で押し切ればいくら強くとも疲れがくる!」
「行けえ!!!」
兵士たちはなだれ込むようにコンテヌに向かっていった。
「疲れが来る?ハッハァ!それはちょっと違うな。俺はコンテヌ、部族の中では一番体力があるんや、狩りでもどこまでも獲物追いかけ続けられるんやで?」
次々と襲いかかる攻撃をするりとかわしながら確実に首を刈っていくコンテヌ。既に百人近くが彼の近くでは倒れている。
「槍だ!槍兵は囲んで一斉にやつを刺せ!」
「おらあああ!」
「死ね!バケモノめ!」
コンテヌの剣が届かぬ距離から一斉に槍が突き出された。
「あいたたぁっ!……なんてな」
しかしながら槍は一切貫通せず、コンテヌはビクともしていない。
「な!?槍が通らんだと!?」
「と、言っても俺は防御はあんまり強い方じゃなくてなリュンヌとかマノツァみたいに筋肉使って折るみたいなことは出来ひんのやけど、皮膚が切れるまではいかんわな」
ディパッシ族が強いといってもそれぞれ強さの方向が違っている。次の頭領リュンヌ、現在のザンギは全てにおいて完璧であり頭一つ抜けた実力者であり歯が立たない。
しかしながら一点に特化しているディパッシ族の一部のものはその特化した部分はかなりリュンヌ、ザンギに近いレベルまで至っており、コンテヌに関しては圧倒的な持久力がそれだった。
その為、遠くの獲物を狩ることが得意で狩りを担当する仕事のリーダーでもある。
テルンは短距離型で特に素早く、コンテヌは彼女には及ばないが中長距離に関しては強い。
迅速な解決を求められる今回の戦いに抜擢されたのはそういった理由がある。
「ま、ほんまは息がゼェゼェ上がるまで待って遊ぶのが好きなんやけどちょっと急がなあかんみたいやしお遊びはここまでやな」
同程度の実力の相手ならば得意な持久戦で戦い、体力が削られているところを攻めるという基本スタイルのコンテヌだったが、あまりにも格下ではただの時間の無駄になる。最初から最後まで有利なのだから。
その後はお遊びもなく一般の兵士の全速力も速く移動しながら近くの敵を順に屠っていき、三十分もしたところで敵兵は全て倒れ、残すところはニールのみであった。
新たに門へなだれ込む兵がいないことからテルンが門に近づけていないのだろうと予測がついた。
「さあて、やるか」
「し、信じられん……この隊をたった一人で殲滅だと?」
ニールは圧倒的な実力差を前にして膝をついてしまった。もう胆力も尽きている。
「おいおい、何座ってんねん?自分らが攻めてきてんねんから最後まで戦えや?」
「息も上がっていないのか……」
「こんくらいの戦いなら後三日は続けられるわ。ちょっと腹が減るのが嫌やけどな」
「な!?馬鹿げている!」
「ええから、早よ抜けや。こいつらお前を守る為に戦ったんやろ?上のお前が戦わんのは許さんで、ああ?」
「くっ……やるしかないのか」
ニールは最後の力を振り絞り立ち上がった。勝つことが絶望的であることは承知しているが、コンテヌの言う通り、自分の為に戦った兵士たちの死体を前に命乞いなど将として出来る訳がない。
「うおおお!!」
ダッシュしてコンテヌに斬りかかる。しかし簡単にその斬撃をひらりとコンテヌはかわす。
「お、やっぱり他のやつよりは強いか」
余裕ぶった彼の声も聞こえず全力で集中しているニールは再び攻撃を繰り出す。
「ふんふん、なるほどな」
その太刀筋を見てコンテヌは何やら確認をしている。
「やっぱその剣に魔法かけたりするやつ使うんやな。ま、ディパッシの八歳くらいのやつらと同じくらいかな。結構強いわ」
剣に魔法をこめて威力を上げるのは貴族の武人であれば基本的なテクニックではあるが、それでもトップレベルの優秀な剣士でなければ使用出来ない。
光属性の効果を付与すると頭身が光り少し間合いが伸びる。魔力の塊の為、重さがない分有利になる。そして光ることで目くらましと太刀筋を読みにくくする技術が使われる。また切れ味も増す。
火属性も同様で、広範囲攻撃と火傷を負わせジワジワと削っていく機能があり、剣士はおおよそこの二つの属性を付与して戦うのがセオリーだ。
水、土は剣の耐久度を上げるが戦闘に有利になるほどの効果は弱く、風も剣のスピードを上げてくれるがその分軽い攻撃となってしまう為鍔迫り合いの状況は不利になる為殆ど使われない。
ニールは平行して光と火属性の付与を同時に行える優秀な武人であったが、コンテヌに攻撃を当てることが出来ない以上無意味なものだった。
「クソがああああ!」
子供と同程度と判断され怒りが爆発したニールは闘志を振り絞った最後の渾身の一太刀を放った。
「その戦いぶり、気に入った!」
その声が聞こえるとニールは宙を舞っている感覚を覚えた。なんのことはない、一瞬にして首をはねられたと理解した時には意識は遠くへと消えていった。
将を倒した城内は大きな歓声が沸き起こって先ほどまてギリギリまで耐えて諦めかけていた兵士は拳を天に突き上げた。