VIP訪問 後編
食事前の雑談で思わぬ大きなビジネスがあるとは。まあ領地の経営はカツカツで色々投資してたから結構厳しかったというのあるし、会議で用意した商品以外にも売れるものがあって良かった。
「お待たせいたしました。テルノアールの屋敷で普段私が食べているものをいつもより豪華にさせて頂きました」
テーブルにどんどんと料理が運ばれていく。この世界でコースというのはあまり一般的でないのでデザートのアイスを除き全てをテーブルに並べた。
「見たことのない料理ばかりだ、何がなんだかまるで分からんな」
「うむ、料理はある程度見れば大体何の食材を使っているかは分かるがこれらは見当もつかんな」
「では一つ一つご説明させて頂きます。まず、こちらはコーンを使ったスープ。コーンポタージュと呼んでいるものです。温かいうちに召し上がり下さい」
「これがスープ?ドロドロとしていてスープのようには思えんが」
「この色はコーンであるというのは理解出来るが……」
たしかに一般的なスープは野菜が煮込まれた水って感じで、味も薄いし色がついているが透明だ。
見慣れないものを食べるのはそれなりに抵抗があるようで、二人とも恐々でスプーンですくってから口にゆっくりと運んでいく。
「こ、これは美味い……」
「濃厚な味だ!気に入った!」
一口飲んだ後は、次々に口に運びスープの味を楽しんでいた。気に入ってもらえたようで何よりだ。
「うちで作られたワインは如何ですか?お二人が普段飲んでいるものは上等なものでしょうし、お口に合えば良いのですが」
「テルノアールのワインか、飲んだことはないな」
「ワインの名産地という訳でもあるまいし、よっぽど酒好きでない限り普通はないであろうな」
「しかしテルノアールは痩せた土地だったと記憶している。ワインは痩せた土地の方が良いものが出来る」
酒は流石に大したことないだろうと思いつつも、今日一日の激務の後だ。飲まずにはいられないようだ。
「……なんだこのワインは」
「珍しい味わいだが……」
「すみません、うちで出せる最高級のものはこれが限界でして」
「いや何を言っておるテルノアール卿!」
「かなり質の高いものだ、一体これは何年ものなんだ?」
「えー、一年ですが」
「一年!?それは王暦の一年か?なるほど……良いワインだ」
「あ、いえ出来てから一年です」
「ゴホッ!」
「大丈夫ですかギーズ卿」
ギーズがむせて咳き込んだ。
「からかうなテルノアール卿、この味で一年はあり得んだろう」
「いえ、冗談ではなく本当に一年で……」
「まさか、この味だ。どれだけ良いワインを普段飲んでいると思っている?流石に嘘だということくらい分かる。のうギーズ卿」
「そうか……分かったぞ。どこかで飲んだことがあると思ったがあの味に似ているのだ、バルガーニュ地方のワインだ」
「あの土地は魔力が肥沃で特殊な味わいのあるワインが作られ、最高級の味わいだと言われるが、言われてみると確かに似ている。しかし違いもある、好みによってはこちらの方が良いと言うものもおるだろうな」
「我が領のワインに格別なお褒めの言葉ありがたく頂戴します……」
一応褒められてるみたいだし礼を言っておくか。
それにしても、なんかグルメ漫画ぽくなってきたな。味に驚く、そしてその解説を勝手にするやつ。美味しいと思ってくれるのは嬉しいし、その反応を見るのも悪くないが普通に面白いな。グルメは美味しいものを食べて驚くと大体こういう反応をするものなのだろうか?
てか、土地の魔力で味が変わるって結構重要な情報がポロっと出て来たな。それうちの土地が魔力流れてるって言ってるようなもんだしまずくないか?
いや、作物の収穫とか土地の農作物見てたら一目瞭然だし、知ってるやつはとっくに知ってることか。
「いや、テルノアールの土地は最近豊作と言っていたはずだろう?会議の資料でも明らかに良い結果だった」
「ああそうだっか……何故なんだいテルノアール卿」
「何故……と言われても、天候が良く災害等の被害が少なかったから、でしょうか?」
「いや、それでは辻褄が合わない。それと土地に魔力が満たされるのはまるで関係がない。肥沃な土地だからと言って魔力が満たされている訳ではない。魔力が満たされていれば土地は肥えるが相互に作用する関係ではないのだ」
うーん、誤魔化されてくれないか。
「ワインについてはあまり詳しくないので教えて頂きたいのですが、ワインは痩せた土地の方が良いワインが出来る。魔力が満たされた土地は肥えた土地になる。これでは良いワインは生まれないのでは?」
「それは土の中にある栄養に作用するのではなく、魔力に影響を受けてブドウが育つからだ。魔力が関わると傾向が例外となるので、良いワインを作るのは中々難しいのだ」
「なるほど……そうだったのですか」
「それで何故土地に魔力が満たされているのだ?」
忘れてないか……。
「それが私にも分からないのです。特に害はない上に作物の育ちが良いので問題視していなかった為原因の解明はしておりません」
「ふむ……テルノアールの土地は今魔力が活性化している時期に入ってるのではなかろうか?」
「オルレアン卿、活性化する時期というのは?」
「人間と同じだ。体内の魔力が普段よりも多い時期、少ない時期があるだろう?それが大地を流れる魔力でも同じことが起こっている。魔力の基礎は波だ。魔力の波に大きく土地は影響される」
「故に、何年産でどこのワインかを聞けば、詳しいものならその年代の魔力の活性化した年を知っているので良いワインかすぐに分かるということだ」
オルレアンの説明に便乗してギーズもウンチクを語った。ワイン相当好きなんだろうな。
「では今たまたま調子が良かっただけなんですね、あまり浮かれてる訳にもいきませんね」
「テルノアールは作物以外でも収益となる産業があるから大丈夫だろう。その年の作物の調子だけに頼る領地は次の年不作になれば、昨年の収益が良かった分苦しむだろうがテルノアールなら心配あるまい」
ああ、年収高いと税率上がって次の年の調子悪いと困るってこの世界でもあるんだな。
「おっと……少し話が脱線してしまった食事を続けよう」
「あ、ああそうだっな」
つい盛り上がってしまったと笑いながらギーズは食事に戻った。
「こちらは唐揚げといって、鶏肉を油で調理したものです」
「これが鶏肉?随分外は硬そうだが……」
眉間に皺を寄せて難しい顔をしながら口に入れた。
「なんだこれは……鶏肉だと?外はカリッと心地よい音がするのに対して中は柔らかい……腐っているのではないのか?いや、しかしこの味は……腐ってはいないのか?なんなんだ一体……」
行儀良くナイフで切って断面を見て確認していた。
「私は気に入ったぞこの唐揚げとやら!肉は牛が一番美味いと思っていたが鶏肉も良いものだな格別の美味さだ」
「そもそも本当に鶏肉なのか?噂に聞くダンジョンで取れる珍しい魔獣の肉ではなく?」
「はい鶏肉です、王都で買ったものです」
「では下ごしらえと調理の問題なのか」
「そうですね」
「それにしてもテルノアール卿の料理人は相当の腕の良さだ。王の料理人ですらこんなものを作れるとは思えん。まるで違う、どこで引き抜いたのだ?テルノアールの名店か?私もこの料理人が欲しいのだが」
「ああ……えと、うちは料理人は元々いた従者が交代で作っているので料理を担当するものなら大体同じものが作れます」
そろそろ料理専門の料理人を雇おうかと考えていたくらいだ。餅は餅屋と言うくらいだし。
「何!?一体どのような教育がされているのだ誰がレシピを考案している?」
「うちで食べているものは大体私が考案したものです」
「料理の才能がある貴族など聞いたことがないぞ」
「あ、いえ、こういったものが食べたいと要望を出しているだけで実際に工夫しているのはうちの従者ですので私に料理の才能はありません」
「いや、その指示が出来ている時点で才能があるというのだ」
その後も全ての料理に似たような反応を繰り返ししていた。ここまで褒められると不気味だ。逆に不安になってくる。
「さて、少し落ち着いたところで本題の仕事の話をしよう」
「ああそうだったテルノアール卿に話したいことがあるのであった」
「私もいくつかご相談したい内容があるのでした」
「オルレアン卿からどうぞ、私はここまで随分と喋ってしまったので譲ろう」
「何を偉そうに言っておるか、其方も関係ある話なのだぞ?」
「……と言うと?」
「私の得た情報によるとオート卿がテルノアール卿に魔術大会で権威の失墜を狙っていると聞いた。まあ急激な成長による嫉妬からであろう。小物ほど下のものの活躍に怯えるものだ。して、派閥の頭であるギーズ卿は当然知っておるのだろう?」
「なんだその話か、勿論把握している。派閥は違えどオートのような小物とテルノアール卿、どちらと懇意にしておくべきかくらい理解している。要らぬ邪魔はさせる気はないが、テルノアール卿ならば私がわざわざ介入せずとも乗り切れるだろうし、特に心配はしていない。そもそも知っているのだろう?優秀な部下がいるようだからな」
ギーズは自分の顔を見て不敵に笑った。
この感じ、偵察部隊の存在に気付かれているということか?規模で言えばあちらの方が圧倒的に多いだろうし、気付かぬうちに接触してしまっているということもあり得るか……。
こちらが一方的に情報収集出来る程甘くはないか。どこの領地でもやってることだし、それを把握した上でどう使うかってところが腕の見せ所なんだろうな。
「お二人とも流石にお耳が早いですね、そのような画策がされているというのも知っていますし、対処も可能かと思いますが、その後の反応が面倒なことになりそうで困っているところでした」
「成功すればテルノアールの名を貶められて攻撃してくるであろうし、失敗しても逆上して更なる厄介ごとを招く……か。小物は面倒くさいな」
「まあオートは感情的な性格だ。どう転んでもテルノアール卿の心象が良くなることはないだろう」
「ですから、お二人のお知恵を拝借させて頂きたいのです」
「その手のことなら私の得意分野だ。今宵の食事の礼として手を回しておこう」
「何を言うかギーズ卿、自分の派閥の者を守るのは派閥の頭である私の役目だ余計なことはせんでよい。そうやって隙あらば他の派閥のものにまで恩を売ろうとしよって」
「何を言うか、オルレアン卿。派閥など関係なく個人的な助力だ」
「個人的な助力などそれで納得する貴族がいるわけなかろう、派閥の頭としての動きと見られるに決まっているだろう」
また始まった、この良く分からない喧嘩というか張り合いはなんなんだ?こいつら仲が良いのか悪いのかさっぱり分からん。
「よし、ではテルノアール卿を守るのはオルレアン卿が。オートのテルノアール卿に対する印象操作、機嫌取りは私がやろう。お互いその方が都合が良いだろう」
「むう……確かにそれならば良いか。オート卿の機嫌を取るのは私には不可能だからな」
やっと終わったか。自分の心配してくれてるのにこの態度は悪過ぎるが、長いんだよ。
「それで、テルノアール卿から話したいこととは?」
「新しい事業、というか店を出したいと思っているのですが自分の力量だけではどうにも実現出来なさそうなので助力頂きたいのです」
「ほお、テルノアール卿の考える事業か、面白そうだ」
「また一風変わったものであろう?テルノアール卿は変わり者であるからなハッハッハ」
うーん、なんかハードル上がってるな過大評価は、やりにくいから勘弁して欲しい。
「簡単に説明すると貴族が気軽に通える店で学術的な議論や芸術などを語り合える場を作りたいということなのですが……」
構想しているサロンについての説明をした。本日二回目のプレゼンだ。一体どれだけプレゼンしたら良いんだ?脳が焼き切れそうだ。
「なるほど、女性のお茶会のようなものか。男は狩猟や訓練、このような食事会でしか雑談をする機会もなかろうし、興味があるものもいるのではないか?」
身体を動かしている方が好きな私には向いてなさそうだがとオルレアンは付け加えた。
「私は興味がある。男の貴族は武力の誇示や自慢が多いので文化的な議論が出来る場が出来れば嬉しい。新しい社交の形となるだろう。しかし、テルノアール卿の場合、今日食べたような料理を提供する店の方が良いのではないか?」
「私の考案した料理の店、ですか?」
「貴族は舌が肥えてるものが多い。故に新しい料理には敏感だ。料理人は主人の無茶振りに日々頭を抱えているし、需要は間違いなくある」
「おお!それは良いな、我々が王宮でも食べたことのない味と宣伝すれば人気も出るだろう」
「それでは王の料理人に顰蹙を買うのでは?」
「いや、それはないだろう」
安心しろ、とギーズは手を少し前に出し鼻で笑った。
「むしろ噂を聞きつけた王族がレシピを教えて欲しいと言うに決まっている。料理人も日々新しい料理を考えるのに精一杯だろう。王族が満足する料理を提供してくれるならば有難いはず」
「そして、レシピを教える代わりに王族に恩を売れるという訳だなギーズ卿」
「その通りだオルレアン卿。しかし、テルノアール卿の現在の力ではレシピを教えろと命令されるだけで、無理やりにでも教えざるを得ないだろう……そこで提案だが、我々にも一枚噛ませてくれないか?共同事業……いや、我々は出資者ということで利益の一部をもらえればそれで良い。序列一位と二位が関わっていれば無理を通すのは流石に出来ない」
「あの、それでお二人に何か利があるのですか?領地の収益などを考えれば店の利益の一部など、そこまで旨味があるとは思えないのですが」
「当然だ。サロンも含めてだが、店を管理する立場にあれば相当に有益な情報を入手出来る場が生まれる。テルノアール卿はそれが狙いであろう?情報交換もやりやすいし文化的な発展もあるだろう。そして料理を出す店だが、我々が出資者であればこの料理を優先的に食べられるではないか」
やっぱり情報を入手するのが目的ってことも気付いているのか。まあ、どういう場なのか説明してたら分かるか。流石ギーズ、と言いたいところだが料理を優先的に食べられるではないかと言った時の顔はやや馬鹿っぽいな。
「乗った!レシピを買い取るよりもそちらの方が良いだろう。どうせ次から次へと奇妙な料理を生み出すのだろう?その度に買っていてはキリがない。ならば出資者として利を得ながら食事出来る方が良いではないか、やるなギーズ卿!」
いや二人とも飢え過ぎてないか?普段どんな料理を食べてるんだ?これほどの大貴族ならさぞ良い食事をしてそうだが……。材料の質と量が多いだけで調理方法はどこも大して変わらないのだろうか。
「そうですか……お二人が後ろ盾となって頂けるのであれば心強いですね。店の方針や細かい部分は追々決めていきましょう」
「ああ、それはテルノアール卿の屋敷ですることにしよう。料理の店なのだから出資する我々が料理に詳しくないのでは笑えないからな」
「うむ」
うむ、じゃねえよ!また来るつもりかこいつら。従者たちも「ああ、終わった」みたいな絶望的な顔してるし。こっちにとっては大ごとなんだが。
その後、デザートのアイスを出すとオルレアンがあり得ないほどの輸送費をかけて領地まで取り寄せていたので食べたことがあると言い出して驚愕したり、ギーズのグルメ漫画的茶番劇が再び上演したりで全く落ち着けなかった。
何とか用事も全て終えて、やっと帰ってくれると思ったら「何故黒い服を着てるのか?」と結構今更な質問されて答えたら二人に大笑いされるなどして服屋も出すか、なんて笑えない冗談を言われてフリーズしたりするなどした。
夜は疲労で爆睡したのは言うまでもない。