VIP訪問 前編
いよいよ時が来てしまった。ギーズ、オルレアン両領主がテルノアールの王都別荘に到着した。従者たちの顔を見ればどれほどの事態で、どれほどの大ごとなのかは分かる。
当然、自分も緊張はしている。全く知らない相手という訳ではないのだが、貴族としてのランクがまるで違う。チェーン店の雇われ店長と本社の役員くらい違う。まあ、役員二人に気に入られてて、CEOに注目されたと考えたら出世コースではありそうだけども、他のエリアの店長や、本部のそこそこ偉い人からしたらムカつくだろうし上手く立ち回れるかどうかというのがより重要となってくることは明らかだ。
馬鹿みたいに豪華で上等の馬車で乗り付けたものだから屋敷全員が固唾を飲んだ。馬車のドライブスルーにしてそのまま食事だけ持って帰ってくれないかな?
なんて事を考えているうちに二人とも馬車から降りて来た。従者は全員跪き、敬意を示す。自分は腰を低くして歓迎の挨拶をする。それなりに挨拶の内容考えたのに二人とも上の空で、「そんな畏まらなくても良い」なんて言われたので大声を出して暴れたくなった。ランクが同じだったらテメエらぶん殴ってるからな?と思ったがランクが同じならそんな挨拶する必要ないことに気付いた。
「なかなか良い屋敷ではないか」
とかギーズが言ってるけど嘘つくなよ嫌味だろお前。うちなんかそっちに比べたら物置か犬小屋レベルだろうに。
「ご冗談を、ギーズの屋敷に比べたら随分と手狭で申し訳ないですがご容赦ください」
「いや、領地の規模を考えると大きいくらいだ。これはおそらく王族にそれなりに期待されているということだろう。自信を持った方が良い」
「今の調子でテルノアールが発展すれば数年後にはもっと大きな屋敷が用意されるであろうな」
「そう……なのですか」
ギーズもオルレアンも王族がそこまでテルノアールに注目しているとはと少し驚いた様子で万年最下位だった領地とは思えないと感心の声を漏らしていた。
ちょっと卑屈になり過ぎてたかな。でも上位の貴族に褒められても一々真に受けてられないし、その言葉の裏の意味考える必要があるから大体嫌味だと反射的に思ってしまうんだよな。
二人とも腹が減ったので早く飯が食いたいと遠回しにアピールしてきて面倒だったので早々に食卓へ招いた。
フラームは居なかったが、エヴァンタイユが護衛として来ていたのでリュンヌと大声でワーワーと喧嘩しているのが背後から聞こえたが無視だ。ギーズも「親族同士は何かと揉めるもんだ」と笑いながら殆ど相手にしていない。フラームがどういう経緯でギーズの騎士として働き、ディパッシを裏切ったのかは分からないが、ギーズは割とその辺どうでも良いようで、よその家庭内のいざこざに首を突っ込む気はないらしい。
ただし、フラームがディパッシ族であるということを口外することに関しては釘を刺された。フラームがディパッシであることを認めたのではなく、単に事実であってもなくとも周囲の反応が面倒なので言うなと言われたのだ。この辺、認めてはいないが口外させないという布石は流石だ。
まあ、自分としてもあいつらの問題に首突っ込んでもロクなことにならなさそうなのは読めてるので当人同士で決着をつけて欲しい。
息子を捨てて家を出たダメ親父なんてどこにでもいるだろうし、そんなに珍しくもない。
「貴様、貴族の私に向かってなんだその態度は!」
「お前こそガルグイユの息子なら俺の義理の弟やねんから偉そうにすんな」
「だから私の父はフラームでガルグイユなど知らんとあれほど言ったであろう!」
「いや無理があるって!流石に自分の父親くらい分かるっつうの!それにお前俺にボコられたんやから従えやディパッシなら常識やろ」
「ディパッシ族の常識など知るか!」
「お前ディパッシ族やろうが!」
「違う!貴族だ!」
あーもう、このくだり武闘会で一回聞いてるって。もういいよ。
「すまないねテルノアール卿」
「いやこちらこそ、うちの馬鹿が申し訳ありません客人というのに」
その後、互いの従者に主人を困らせるなど騎士として失格だと二人とも怒られていた。プライドは高いので失格という言葉が効いたみたいでその後は大人しくなった。
「ははは、二人とも護衛の活きが良いのう」
オルレアンはあごひげをさすって笑いながらそのやりとりを見ていた。彼の護衛騎士は少し驚いたが女性騎士だった。ポニーテールにされたアッシュ系のパープルの髪、薄い青の瞳、スッと通った鼻筋、背も高くミステリアスで美しくも達人であることの分かるオーラ。寡黙で職業意識が高そうだ。騎士というより出来る美人秘書って感じだ。
良いなあ、自分もあんな人が護衛だったらもう少し楽しいかも。クソでか脳筋戦闘狂は強いは強いんだけどそれ以外が残念過ぎるからな……。
「ところで、テルノアール卿聞きたいことがあるのだが」
「なんでしょうか?」
「この屋敷は不自然なほど匂いがしないのは何故だ。汗の香りも、香水の香りも、汚物の香りもしない。わずかに食事の準備をしているのであろう食欲をそそる香りだけだ」
「何故って……掃除をちゃんとしているからではないでしょうか?」
「いや、そんな次元の話ではない!」
うわなんだよ急にデカイトーンで喋って、ビックリするだろ。
「これはおかしい!」
「そ、そうですかね……そんなにですか?」
「確かにギーズ卿の言う通りだ。入った時に何か違和感を覚えたのだが理由は分からんかったがこれか」
「我が屋敷でも掃除は徹底してさせている。僅かな汚れなど私は許さんくらいだ。しかし、見た目は綺麗であっても匂いは消せないものだ。良い香りがするというのはまだ分かる。香水の匂いは強いからな。しかしここはそういう強い匂いで他の匂いを消している訳ではない、これは一体どういうことなのだ」
「あー、えー、なんでしょう従者も皆毎日風呂に入っているからでしょうか……?」
「はは……何を馬鹿な……え、それ本当なのか?」
笑っていたギーズの目が急に座って怖かった。そんなヤバイことか?
「はい、うちでは普通です」
「あり得ん……」
「……いやしかしテルノアール卿、風呂というのは貴族の贅沢なものだ、上級の貴族ですら毎日は流石に入らんだろう」
オルレアンも驚きを隠せないようで理解出来んという顔をしていた。
「大体、それほどの水はどこから用意する?川や井戸からの水では濁っていて余計に汚れるであろう。水は貴重、水を湯にする薪も当然貴重。テルノアールでは水が豊かという話は聞かないが?幾ら金があったとしてもそこまではやらんだろう」
ギーズが納得いかないというように食ってかかる。
「うちは木が多いので薪はまあ結構取れます。水は浄化する魔道具を使ってるのでテルノアールの街ならどこでも飲めるほど綺麗ですよ」
「どこでも……?例えば平民の使う井戸であってもか?」
「はは、まさか、オルレアン卿……そうなのかテルノアール卿?」
流石に言い過ぎたでしょ?笑 って思いつつもマジならヤバイぞと真顔で聞いてくる。
「はい、その通りです。飲み水と汚物を処理する水道も分けているので、飲み水用であれば街のどこでも飲めます。うちは水は無料ですね」
「…………」
「ギーズ卿?」
ダメだこいつ、早くなんとかしないとって言いたげな顔でフリーズしてしまった。
「……ハッ!?すまない、あまりにも想定外の話だった為一瞬思考が停止してしまった」
「してテルノアール卿、まだ分からんことがワシにもある。毎日風呂に入れるというのは分かった。しかしながら毎日風呂に入れば流石に髪が痛むであろう。それがあるから経済的には問題なくとも皆毎日は入らんのだ。ところがどうだ、毎日入っているというどの従者を見ても髪の状態は良い。いや美しいと言って良いくらい痛んでいない。これは何故か?」
「ああ……そうか、分かったぞテルノアール卿!そこで使われているのがシャンプーとやらだろう!?」
ギーズお前もう殆どキャラ崩壊してんぞ。姿勢も前のめりだし目がイっちゃってるよ。
「そうです、髪の汚れを落とし、髪が痛むのを防ぐ効果のあるものを使用しています。毎日風呂に入っていれば体臭や汗の匂いなども気にならないのでうちでは香水を使うものもほぼおりませんし、それで匂いがしないと感じたのでは?」
「ほう……そういうことであったか……」
「まだだ!オルレアン卿!我々はまだ聞かなくてはならないことがある!」
「というと?」
「平民ですら無料で飲み水が飲める環境にある。ということは考えられないことではあるが平民も清潔なのでは?ということだ」
「言われてみれば……気軽に水浴びが出来る。しかし平民は忙しく身だしなみなど気にせんであろう」
「どうなのだテルノアール卿」
これ真実を伝えて良いのかな?今までのリアクション見てる感じだと衝撃で死なないかな?取り敢えず試してみるか。
「平民は公衆浴場という誰でも入れる大きな風呂でほぼ毎日入ってますね。安い価格なので誰でも入れますし、元奴隷だった者たちに働かせて入浴料が賃金として出され、彼らの雇用としても機能しています。ああ、最近ではどこからか聞きつけてきた他領の商人なんかも観光ついでに利用してるみたいですね」
「…………」
「ははは…………」
二人とも顔がギャグ漫画みたいになってるんだが大丈夫か?ギーズに関してはもう顎外れてるだろ。
「いや、訳が分からない。風呂に毎日誰でも入れるという環境があることは分かった。しかし何故そこまでして入るのだ?一体何の意味がある?」
「そ、そうだなワシにも意味が分からん」
「……知りたいですか?」
「もちろんだ」
「勿体ぶるではない」
「そうですね……これは領地の運営に大きく関わることなので簡単に言うのは憚られますが……」
「おいおい、我々に恩を売っておくのは悪い話じゃあないだろう?我々の知的好奇心を満たすだけで君は今後何かしら融通を利かせてもらえるなら言っておいた方が良いんじゃあないか?」
「本当ですか?」
「約束は守る。オルレアン卿もそうだろう?」
「ああ、ここまで聞いたら最後まで聞かせてもらおうではないか。便宜を図ってやることも約束しよう」
やったラッキーだな。別にこの情報はうちの利益が失われるような事じゃないからこんなことで恩を売れて今後何かしらお願い聞いてもらえるなら話しておくか。
「分かりました。では簡潔に言いますが……死ぬ人間の数が減ります」
「と言うと?」
「汚れを落とし、綺麗な水が常に飲めるということはそれだけで疫病の発生の可能性が下がり、病にかかるものが減るので死ぬ人数は減ります。平民は我々貴族と違って貧しいですから高価な薬や十分な食糧もないので簡単に死にます。しかし平民は領地の大事な労働力。疫病が発生すれば税収も人口も減ってしまう。これは貴族からすれば大きな損失。それが未然に防げます」
「テルノアールが急激に発展したのはこれのせいか」
「民が死ぬ人数が減るなどそれはもう効果が高い薬が開発されたのと同じようなことではないか」
「オルレアン卿」
「うむ」
二人は顔を見合わせて何か決心したようにアイコンタクトを取って頷いた。
「我々に水を浄化する魔道具、水道なるものの知識、公衆浴場について教えて頂きたい。それ相応の対価を払うつもりだ」
毎度ありがとうございます!この二人の食いつき方をみれば領主にとってどれだけ価値のある情報かということは分かる。多分ヤバイくらいの金出してでも欲しいんだろう。貰えるだけ貰っておこう。
やっぱり情報強者はめちゃくちゃ有利だな。
先行投資とは思っていたがこんなに早く回収出来るとは。
「食事の用意が出来たようです、条件に関しては食べながら決めましょう」
「あ、ああ食事のことなどすっかり忘れていた」
「ワシもだ急に腹が減ってきたぞ」