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異世界メディア論〜外れ領地でも情強なら無双〜  作者: ⅶ
season1 小領地の領主
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リザードマンの村

 話がついた翌日、自分と監視役のディパッシ族と共に出発の準備を始めた。

 ディパッシ族に襲撃されたもののビジネスの契約と協力関係を結ぶことが出来たのは不幸中の幸いというか怪我の功名だった。

 一方で襲撃の際に犠牲になった兵士がいて、その兵士にも仲間や家族がいるということを考えれば簡単に喜べる結果ではない。ましてやしばらくはその兵士達と監視役であるディパッシ族の数人は共に仕事をする仲になるという点でも複雑だろう。

 領主としての判断。個人的な感情。どちらも大事な考え方だ。

 恨むものもいるかも知れないということを胸に留めておかなくてはならないだろうと思案する。


 人間による亜人差別、偏見が思っていたよりも根深く、簡単には解決出来ないことをディパッシ族との会話の中で実感した。しかし、彼らも周りの言ったことから形成されたイメージによる差別が根本にあるということから領主として、異なる倫理観を持つ異世界の人間として、直接会話する必要があるだろう。


 「ロラン、帰り道中で亜人の住む村は近くにあるか?」

 「リザードマンの住む村がありますが、まさか向かわれるのですか?」

 「ああ、この世界のことを何も知らない俺は色々見なくてはいけないとディパッシ族と話して思い知らされた。まず『知る』ということが何より大事だ」

 「かしこまりました。では、先ぶれに行かせる者と御者に伝えてまいります」


 「なんや、亜人の村行くんか」

 「ああ、本来の目的はディパッシ族との契約ではなく領地の視察だからな。ちょっと襲われたくらいでそう易々と中止出来るものではない」

 「亜人か〜実際話したことないけど、どんな奴なんやろ。っていうか言葉通じるんか?」


 言語か、確かに今使用している言語が人間の共通言語なのか、この国全体の種族を問わない共通言語なのかについては知識にない。というより転生前のロウゼは考えたこともなかったのだろう。


 「……分からん。コミュニケーションについては確かに今後の課題の一つではあるな」


 情報の伝達において言葉、そしてその言葉を記号化した文字がその情報のやりとりをする相手が共通の言語である場合は一番効率が良い。しかし、相手が異なる言語の場合全く意志が伝達出来ない。

 どんなに言葉や文化が違ったとしても絶対に通じるのが絵だ。

 絵の起源は古く、自分が生きていた時代よりも数万年前の人類が壁に牛や手形の絵を残した。

 注目したいのは恐らく言語がコミュニケーションの手段として確立していないであろう時期に描かれたものを数万年後に生きているものが見ても何が描いてあるのかを理解出来るという点だ。

 絵は一発でその情報を理解できるという普遍性、そして明解さがあるメディアだ。

 恐らく多くの平民が読み書きを出来ないこの世界において絵とそれを提示出来るメディアを確保することは民衆のコントロールという点で不可欠な要素になってくるだろう。

 そうなると……


 「絵描きが必要になってくるな……」

 「はあ?なんやあ、そのエカキって?」

 「絵は分かるか?」

 「絵ってこうやって地面とかに描くあれのことか」

 「そうだ。あれを描くことが得意でそれを仕事とする者が絵描きだ」

 「ほーん、そんなことして何になるんや?絵が描けたからって別に何の役にも立たんやろ?」


 こいつ、運動部や芸術に理解のない馬鹿な大人みたいなことを言うな。と、過去を思い出した。

 確かに狩猟と略奪によって生存と戦闘を繰り返す民族には全く想像出来ないことは仕方がないと思う。

 しかし文化的なコンテンツや絵やデザインによって生活が豊かになりその恩恵に与りながら生きている現代人がそれを言うのはあまりに無責任というか無自覚というか無知にも程がある。


 「確かに今すぐは役に立たんな。腹が膨れるわけでもないし、身体を温めることも出来ない。単純に生きるだけなら必要ないだろうが俺たちがこれから相手にするのは文明であり、社会だ。必ず役に立つ」

 「貴族みたいに頭良くないから難しいことはよお分からんけどお前が大事言うんならそうなんやろうな。知らんけど」


 「ロウゼ様、出発の準備が整いましたので馬車にお乗りください」

 「ご苦労、行くぞリュンヌ」

 「おう」


 馬車に乗り込み、リュンヌや他のディパッシは馬車に並走する形で騎乗した。

 馬車の中にはロウゼとロランの二人となった。


 「あの、ロウゼ様……リュンヌやディパッシ族にロウゼ様に向かって失礼な言葉遣いをすることを注意してください。他のものに示しがつきませんし身分を弁えさせなくては……」

 「確かに、これから屋敷のものと仕事をしたり平民の前に出る時にあの態度では問題があるな。しかしあいつらに身分と立場、丁寧な言葉遣いを教えるのは中々容易ではないだろうな。そもそもそういう概念がないだろうからな」

 「その教育も含めて今後の課題ということでしょうかね」

 「そうだな、その辺りは屋敷の者たちで協力して学ばせてくれ。俺も領主として威厳のある振る舞いを示していくことには気をつける」


 公私の切り分けは油断しているとすぐに前世のような距離感になってしまうことは課題だろう。貴族として上位の身分の人間として上司としての佇まいは意識を徐々に変えるしかない。

 しかしそれに飲まれてはこの世界の身分差という主流秩序に支配された前時代的な考え方から脱却した社会を作るこことは出来ないだろうから裁量が重要だ。


 疲労感と闘いながらガタガタと揺れまくる馬車に乗り、約三時間かけてリザードマンの村に到着した。

 この世界の移動は交通機関は道と言えるのか疑問すら浮かぶ荒れた地面を歩くか馬を使うかの二択で一つの目的地に向かうのにかかる時間のスケールが違いすぎる。

 日本のしかも都会に住んでいた自分の感覚では大抵の場所は長くても二時間前後くらいなもので、それ以上となると旅という気がする。

 恐らく田舎だと車を持つのが当たり前でもう少し抵抗感が無いのだろうが、いかんせん長く感じる。

 しかも距離自体は大したことがないのだから嫌になってくる。

 外出が嫌いになってしまいそうだ。


 先ぶれを出していたので貴族が来たからと言って大きな混乱はないと思っていたのだが馬車を降りて一息つくなりトラブルが発生した。


 「なっ……ディパッシ族!?何故野蛮人がこんなところに……」

 「ああ!?ケモノ風情が調子乗んなやコラ!殺すぞ」

 「うわ、トカゲが喋っとるやんけ気持ち悪う!」

 「やはり野蛮だ!食われてしまうぞ子供たちを隠せ!」


 などとリザードマンとディパッシ族の間で揉め出した。

 貴族よりもディパッシ族の方に混乱するのはある程度予想出来たが両者の差別意識が露骨に衝突し合い領主の自分が完全に無視というか放置されるとは思わなかった。

 騒ぎに気を取られてやや呆然としていた兵士が我に帰り慌てて声を上げる。


 「静まれ!領主であるロウゼ・テルノアール様の御前である!これ以上騒ぐものは切る!」


 と場を制してくれたおかげで静かになった。それでも小さな声で何故ディパッシと領主が……と隣のものと話し合う声は聞こえていた。


 「先代の領主が高みに上がられた。新たに領主となった、ロウゼ・テルノアールだ。本日は急な訪問に驚かせてしまい申し訳ない。挨拶と視察の為、この村を訪れたのだ、代表者と話がしたい。前へ出よ」

 「私でございます……」


 声がしわがれて空気がシューシューと漏れたような声で前に出たのは年寄りの女性のリザードマンだった。

 彼女の家へ招かれ村の様子を伺った。彼女の態度は非常に礼儀正しく、貴族である自分に対して恭順であった。

 自分の背筋も思わず伸びてしまうほどだ。


 「あの領主様……質問をしてもよろしいでしょうか?」

 「許す」

 「何故領主様ともあろうお方が野蛮なディパッシ族をお連れになっているのでしょうか」

 「友好的な関係を結ぶことが出来たのだ。彼らは私の護衛と領地の警護をしてもらう為連れてきた」

 「出過ぎた真似かとは思いますがあやつらは野蛮です、おやめになった方がよろしいのでは……領主様の名にも傷がつきましょうぞ」


 非常に礼儀正しく、至って冷静に彼女はそう助言する。部屋の中には護衛として連れてきたリュンヌもいるというのに堂々と侮辱的な発言をする肝の座りっぷりだ。

 リュンヌはと言うとキレるかと思ったが意外にも驚いたように目を丸くして彼女を見つめているだけだ。


 「忠告傷みいる。しかしこれは様々なことを考慮して判断した結果だ、評判という問題以上に重要なことがあるのだ」

 「……失礼致しました。どうかこの老骨の愚問をお許しください」

 「構わぬ。其方はディパッシ族と会ったことはあるのか?」

 「ええ、幼い頃に親を殺されましたもので忘れることなど出来ませぬ。この村はあちこちから家族を殺され人間に追いやられたものたちが寄り合って出来たのでございます。ですのでディパッシを直接見たことがあるものも多い」


 彼女は極めて笑顔であったがその目には怒りと恨みと侮蔑の念がはっきりと現れていた。


 「そうであったか、いや知らなかったとは言え配慮が足りなかったな」

 「いえいえ、領主様が我々に気を使う必要などございませぬ」


 話していてもケンカっ早いところがあるリュンヌがキレて暴れることなどなく無事に会合が終わった。

意外な反応だったので真意を尋ねてみることにした。


 「よくキレなかったな」

 「あ?ああ……怒りっちゅうか普通に面食らったわ。自分らが褒められる事してないのは分かってたけどあそこまで露骨に明らかに自分よりも強いであろう俺に堂々と敵意を剥き出しにするんは尋常なことやない。今までそんな目で見られたり扱われたことがなかったからびっくりが先に来て怒るって気持ちにはならんかった」

 「そうか……まあ、村で生きてきたならそうだろうな」


 初めて憎悪と差別を受けたことに対する感想は驚きか。しかし彼らはこれから街で働くことになったらもっと多くの差別を受けるだろう。彼らは差別に対峙した時一体どのような行動をするのだろうか。しっかり見守る必要があるだろう。


 ディパッシのもたらす武力、ジャンガ草などの利点は価値観の違いや身分の違い、周りの目など様々な問題がついてくる諸刃の剣だ。

 領主としてこの問題は解決が困難であるが極めて重要な案件だろう。

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