ダンジョン公開に向けて
ダンジョンを一般向けに公開するという方向で話が進み、現在その詳細をエッセン、トゥルーネと詰めているところだ。
「魔石や魔獣を売るルートの確保と商談はほぼ完了していますので後は現物を相手側に引き渡すだけとなりました」
「よし、では前から言っていた新しいギルドだがロウゼ商会が主導となるのでエッセンが担当せよ。仕事は好きに割り振っても良いが領主が抱える商人が一番上の地位で領主の仕事だと印象づけよ」
テルノアールという土地の、領主の名を上げるにはこういった小細工も不可欠だ。他領への影響力が上がれば貴族としての地位も上がっていき様々な交渉で有利になる。
「はい。それは良いのですが腕に覚えのあるものが稼ぎに来るとなると荒事が必ず起こるはずです、用心棒をつけて頂きたいのですが……」
「それはディパッシ族が適任だろうな。初心者向けにダンジョン内を有料で案内、護衛する職を与える予定なので数人は常駐させるつもりだ。エッセンの護衛と治安維持は兵士と連携して彼らに任せる」
「それは需要がありそうですね、何せ初めての魔獣なら危険も多いし、多少金を払ってでも後々の利益を考えると十分回収出来ると考えるものも多いでしょう」
「あと、それは希望者の人数が増えるに合わせて金額は釣り上げていけ」
「それはもちろんです、人気が上がれば金額も上がる商売の鉄則ですよ」
「後はダンジョンの地図と魔獣の倒し方を記した書物も売りたいと思っているが……」
「流石ロウゼ様ですねよくそんなにポンポンと思いつくものです、商人をやった方が良いんじゃないですか?」
「まあ、領主も土地と人が売り物の商売のようなものだからな。それで、思いつくことは出来るのだがこれは少し問題があるのだ」
「と言いますと?」
「地図は描くことが出来るが魔獣の絵は描けない。私は絵が得意ではないのでな。かと言ってソレイユ様にお願いする訳にもいかんだろう」
「ロウゼ様、普通王女を使うという発想はしませんわ」
トゥルーネが恐ろしいことを言うなと言うように制する。
「だから困っているのだ有能な絵師がいれば取り立てたいと思っているが……」
「あの、私も一応絵は描けますよ。嗜む程度ですけれど」
「トゥルーネ、君は絵が描けるのか?」
「まあ、失礼な。そんなに疑わなくても良いじゃないですか」
「ああ、そうだな取り敢えずこれにエッセンの顔でも描いてみてくれ」
「私が得意なのは風景画ですので人間はあまり得意とは言えませんが、やってみます」
トゥルーネに出来立ての木で作った紙を手渡しスケッチさせてみる。滑らかな手つきであたりを取ったと思ったらサラサラと描き込んでいき次第にエッセンの顔が出来上がっていく。
「おお、上手いじゃないか全然嗜みよりも素晴らしい」
「これくらいは普通です」
「魔獣の倒し方と魔獣の姿を描いておけば紙の宣伝にもなるし安全性も上がるし売れるだろう」
「あの、平民に本が買えるとは思えないのですが。それに字も読めませんよね?」
エッセンは心配そうに質問した。確かに紙は高いし商人の家出身でもない限り平民は文字が読めないだろう。
「新しい紙は羊皮紙のように高価ではないしこれまでのように写本する必要もなく量産が可能だ。量産出来るとどうなる?エッセン」
「は、はい、量産が出来ると一つあたりの値段は下がります」
「そうだ、つまり新しい紙は安い。平民の平均的な所得感覚からは少し高いくらいに設定しておく。安全の為なら出そうかと思える程度の値段だ」
「でも読めないと思いますがそれはどうするんです?」
「読めるように勉強すれば良いだけだ。ダンジョン街では文字と計算を教える学校を開く。当然有料だがな」
「なるほどそこでも金を取るんですね!」
「しかし、それだけではない。これはこちらにも利益がある。なんだと思う?」
「え……何でしょう?」
「ああ、そういうことですのね」
トゥルーネはなるほどというようにポンと手を叩いた。
「テルノアールではこれから情報を売るとロウゼ様はおっしゃってました。情報を紙に記して売ると。つまり文字が読めることが必要。文字を読める人間が増えれば情報を売る客もそれだけ増えるということですね」
「その通りだ。しかもこちらは授業料として金をもらう。そして文字が読めるようになったものは本を買う。こちらに金が入ってくるという訳だ」
「恐ろしい、ロウゼ様が商売敵だった時のことを考えると恐ろしい!」
「私を悪者のように言うなエッセン。需要に対してこちらが対価を得て供給しているに過ぎない」
「あの、先ほどの話に戻りますが写本せずに量産というのは……?」
「ああ、まずはこれらを見てくれ」
机の上に置いてある紙の束を差し出す。
2人はパラパラとめくりながら中身を確認する。
「あれ? 全部同じ内容じゃないですか?」
「何を言っているの!? 全部同じなのよ!? この意味が分からないの!」
「それが印刷という技術だ写本師は必要ない。同じ内容を複製することが出来る」
「なるほど写本師を雇うよりもよっぽど一枚辺りのコストは抑えられるしこれなら……」
「こんなの……歴史が……」
2人はそれぞれ違う方向で驚いているようだ。
「まあ、これを売ろうという訳だ。印刷という技術の性質上このような描き方の絵は印刷出来ない。もっと単純化して線で仕上げてくれ」
「素描の線を簡素化したものということですね」
「そうだ、それと1人では限界が早いうちにくるので後進を育てたい身分は問わない。職人からでも元奴隷の者でも亜人でも構わん」
「分かりました、流石に私1人では難しいので旧フィッツの貴族にも声をかけた方が良さそうですね」
「ああ、それでも別に良い。すぐに使える者と教えることが出来るもの、それらの起用は任せる」
「はあ、また忙しくなりそうですね」
「領地を大きくする千載一遇の機会だ、頼まれてくれるか」
「もちろん協力しますけど報酬はその分上乗せでお願いしますよ?」
「ああもちろんだ」
「それで、仮の公開はどうしますか?」
「そうだな、こちらが対処出来る範囲で最初は様子見がしたいし、100人程度で十分だろう」
「そうですね、宿泊所や食事処の準備状況から言ってもその程度が丁度いいと思います」
「ではテルノアールとフィッツの平民に向けて宣伝を開始してよろしいのですね?」
「ああ、頼む。手続き等はこちらで調整はしておくので始めてくれ」
プレオープンまで期間が僅かしかないので準備もバタバタとしている。街の整備もまだ完全には終わっていない。領主主導のビジネスが失敗したら内外からの信頼も失墜するし、迂闊なことは出来ない。問題があればすぐに改善出来るように調整という建前で対策を練らなくてはならない。
「ダンジョン街にて出店する店舗のリストですがどこも領地主導ということもあり多くの申請が来ていますが予定していた量よりも多くその選別をロウゼ様にしていただきたいのですが」
「ああ、このリストか」
店舗名と扱っているもの、代表者が書かれたリストを見る。ズラリと名前が並び何がなんだか分からないほどだ。
「ふむ、飲食店と宿屋が多いな」
「そうですね、やはり出稼ぎの街となるとそういうものが多くなります」
「ロウゼ商会と関係の良い店は優先して入れていけ。こちらにつくと旨味があるということを知らしめる為にも必要だろう」
「となると、ここと、ここ、あ、こちらもそうですね」
エッセンは指差ししながら確認してペンで店舗を丸で囲んでいく。
「出来れば扱っているものが異なる店を取り入れ多様性を持たせたいのだが」
「それは分かるのですが、扱っているものがその店にしかないとその店で独占状態になり無茶な相場になる危険性もあります」
「それもそうだな……類似店は3店舗までにしてくれ」
「それだと宿屋が足りなくなりますが」
「宿屋は別だ。今後のことを考えても多めの方が良かろう。その他は様子を見つつ必要であれば枠を増やしていこうと思う」
「かしこまりました」
「ああ、それと以降ダンジョンのギルドを冒険者ギルド、そこで稼ぐ者を冒険者と呼称することにする。各所に通達せよ」
「冒険者……確かに冒険者ですわね」
「かしこまりした」
他にも細々とした出店の調整をしていき何とか話はまとまった。
しかしまだやる事は残っているダンジョン街以外にもしなくてはいけないことが多い。
「では私はこれから下町の方に行って浴場の様子を確認してくる」