ゾートロープ
チョコレートアイスを食べた次の日の夕方ソレイユ様と雑談をしていた。今日はポップコーンが用意されている。
「テルノアールの街は本当に綺麗ね、嫌な臭いが全くしませんね」
「汚物などを道に捨てないように徹底させています。それから平民にも定期的に水浴びをさせるようにしています。清潔にすることで疫病が流行ることを防いでいますし病気で死ぬ者も減りました。他の街でも同じことをさせているのでテルノアール全体が他領に比べれば綺麗でしょうね、テルノアールの誇りの一つでもあります。綺麗と言えば、水も綺麗ですよそのまま飲めますから」
「平民にも水浴びを? それは良いかもしれないですわね、平民は汚いですし王都でもそうさせましょうか。水がそのまま飲めるとは信じられません川が澄んでいるのですか?」
「川の水を浄化する魔道具を使用していますので安全な水です。兵の訓練中に酒を飲む訳にはいかないので水は丁度良いのです」
「通りで街が異常なほど清潔なわけです。納得しました。そう言えば街に人だかりが出来ていましたがあれは一体なんですの?」
「これです。このポップコーンは子どもたちが作ってて街では人気の菓子です。皆並んでる買いに求めに来るんです他領の商人もわざわざ買い付けに来るようですね」
「子どもが作っているのですか?」
「ええ、人手が足りなかったこちらと職を持たない子ども、双方に利点があったので成立しています。他にもアイスクリーム、ポテトチップスも子どもたちが作ってくれています」
「それらはあなたが考えたの? テルノアール卿」
「そう、ですね全て私の考案した料理ですね」
「料理人でもないのにどうしてそんなに新しいものを思いつくのが不思議で仕方ありませんわ」
「……既存のものを他のもので代用できないか?という考え方が多いのです。応用する考え方が他人より柔軟なようです」
「そうなのでしょうね、本当に」
ソレイユ様は少し困ったように眉を下げてこちらを眺めている。
言うことを聞かない子どもに叱りつけても効果がなくお手上げだというような時にする顔を何故かしている。髪を耳にかける仕草をしているのを見て思い出した。
「ああ、そういえば髪を洗うのに使う薬品を今作成している途中なのですがお試しになりますか?」
「はあ、やはりそういうことですか」
「どういうことです?」
「テルノアール卿、あなたの髪があまりにも綺麗なので何かしているのだろうということは分かっていました。何故昨日他に隠しているものはないか聞いた時に言わなかったのですか」
「忘れていました、自分の髪は自分では見えないので意識の外にありました。それでご興味はありますか?」
「もちろんです、一体どうやって髪の手入れをしているのか疑問に思ってました。美しくするもの、美しいものに私は目がありません」
「では後で従者の方にお渡しして使用方法を教えておきますね」
「楽しみですわ」
頬に手を当てうっとりと仕上がりを想像する様子はとても絵画のような美しさがあった。美しさにこだわりがあるのも納得の美しさだ。
「ロウゼ様、注文していたものが届いたようです」
ロランが耳打ちをして到着を知らせてくれた。
「分かった、職人を通せ。ソレイユ様、例の絵が届いたようです」
「あら、随分早いのね」
「そのようですね」
ロランが木箱を抱えてこちらに歩いてきた。箱を地面に置いて中身を慎重に取り出す。
円形の土台の上に絵をグルリと筒状の壁に貼り付けてた穴の空いた枠が乗った物体が机の上に置かれた。
「私の絵が板に貼ってありますけど、これは一体何なのです?」
「これは回転覗き絵……ゾートロープと呼びます」
「回転覗き絵?ゾートロープ?」
「そうです、まずこれをこのようにして回します……」
職人は注文通りに作ってくれたようでしっかり回転してくれている。
「そして外側からこの穴の中を覗き込んで絵を見てください」
「こうかしら? ……まあ!」
ソレイユ様は口を押さえながらあまりの驚きに仰け反って声を上げた。
「私の絵が動いていますわ! テュルバン、御覧なさい」
「それじゃあ失礼します……うおお!動いてるどうなってんだこりゃ」
「俺も! 俺も見る……凄え! 俺が動いてる! 何やこれ」
「テルノアール卿、あなた一体何をしたの? どんな魔法を?」
皆驚愕で何度も覗き込んで目をパチパチと瞬いて信じられないというような顔をしている。
「これは目の錯覚を利用したもので、魔法は一切使ってません」
「魔法を一体使ってないなんて……でも魔法よりも魔法のようだわ、とっても不思議……」
「お気に召されたでしょうか?」
「ええ、とっても気に入ったわ是非私に売って欲しいですわ」
「売るなんて、お譲りしますよこれは私からのお近づきの印の贈り物ということで……」
「それなら私もそれ相応のお返しをしなくてはなりませんわ。一体何がよろしくて?」
「これは前から作ろうと思っていたのですが、肝心の絵を描く絵師が見つかっていなかったのです。良い絵師をソレイユ様ならご存知かと思いますので紹介してくださいませんか?」
「あら、私より良い絵師なんて存在しませんわよ」
「しかしソレイユ様に絵の仕事を頼む訳にも行きませんので……」
「これは、貴族の新しい嗜好品として間違いなく人気が出ます。買いそうな人物を軽く見積もっただけでも30人はいますわ。テルノアール領と共同の事業ということにしたら良いのです。というより私がもっと描きたいですわ」
「そんなに価値が出そうなものですか……」
「もちろんですわ。これは玩具とも言えますし子供のいる貴族の家にも売れるでしょうね。皆が買い出せば一家に1つは持つようになるのではないかしら?もちろん私もそのように仕向けますけれども」
一家に1つって潜在顧客数は相当な量になりそうだ。もの好きの貴族にちょっとだけ高く売りつける程度で良いと思ってたのだがえらいことになってしまったな。これは現在の当面の目標であるキネトスコープとシネマトグラフを作って見せたら大変な騒ぎになりそうだ。映像という概念がない世界でそれを売ったら衝撃が大きすぎるし、絵が動くという概念を知ってもらってある程度慣れてもらった方が今後の為にも良いかもしれないな。よし、ゾートロープを売っていこう。でもその絵を1人で描くのは大変過ぎだな。
「ソレイユ様1人で描くのは余りにも大変なので技術力のある絵師を雇ってソレイユ様の絵を手本に複製してもらう方が良いでしょうね」
「それはそうね。私1人では描ける数に限界があるもの」
ここで印刷すると言わないのは歴史をひっくり返すほど印刷は大きい発明だからだ。もっと発言権や地位を向上させて軋轢が生じても対応出来るだけの下地と手回しの準備をしておかなくてはならないだろう。しばらくは手書きだ。紙も作っていかないといけないしな。パルプの処理さえ解決出来れば紙は作れる。丁度良い魔法と魔道具の開発をしなくてはいけないが技術的には出来るだろう。
「本当にやるんですか?」
「当たり前ですわ、この素晴らしさを共有しなくてはなりません。ところで、このような方法はどこで知ったのです?」
「え、それは……えー、父が研究熱心な人だったので色々な研究をまとめた本が残されていたのでそれで思いついたというか」
大学のメディア装置の授業を聞いていたから知っていましたとは言えない。
「素晴らしい方なのね、惜しい人を亡くしましたね」
「え、まあそうですね」
確かにゾートロープの件に関しては嘘だが色々研究していて魔法の参考になるのは確かだから惜しいと言えば惜しい。
「この回転覗き絵……ゾートロープと言いましたか本当に魔力は必要ないんですの?」
「全く必要ないですね、この枠が回転しているだけなので。最初の絵と終わりのが繋がる動きにしているとより楽しいかと」
「まるで完成品が頭の中にあるようですわね」
「えっ!? いやまさか、そう思っただけです」
「少し見ただけで改善の方法を思いつくのはおかしいですわ」
「と言われましても思いついただけですので……」
「テルノアール卿、私王都へ帰りますわ」
「えっ、どうされたのですかいきなり」
「帰んの!? やった〜!」
つきまとわれているのにうんざりしたリュンヌはガッツポーズをする。
「リュンヌ黙れ!」
「テルノアール卿、あなたは私にこの数日本当に様々なものを私に見せてくれました。物だけでなくあなたの考え方も含めてです。そしてそれらは影響力が大きなものばかりです。一度王へ報告しなければなりません。私に見せたもの、特に魔道具が関わっているものとゾートロープは影響が大き過ぎます。王族から上級貴族へ順番に流す必要があります。もちろん利益はテルノアールのものですよ。順序が大事なのです分かりましたね?」
「は、はい承知しました」
ソレイユ様はそれから次の日にはもうテルノアールを出て王都へと帰っていった。夜に使ったシャンプーとリンスには大興奮の質問攻めで大変だった。これも注文するらしい。王への報告をして様々なものの発注の準備をするらしい。追って沙汰を出すと言われた。
「嵐のような人だったな」
「俺は一安心やわ」
「こっちだって王女に向かって無礼な言動を心配する必要が無くなって一安心だ」
「しばらくは落ち着いて生活出来るな」
「そうだな……」…