チョコレートアイス
昨日チョコレートアイスを作るという約束をしたので昼食を終えた後に庭に出て実演をすることになっている。普通は厨房だがアイスを缶に入れてゴロゴロと転がすには庭の方が都合が良いからだ。
「さあ、テルノアール卿アイスクリームの作り方を教えてもらいましょう」
「そんなに慌てなくても逃げませんよ」
「あの素晴らしい味がどのようにして作られているかは誰でも気になるでしょう!」
「そうですね」
「ところで何故庭に出たのです?厨房で良いでしょう?」
「作り方を見て頂ければ納得してもらえるかと」
「庭の方が良いとは興味深いわね」
「まず、材料ですが生クリームと牛乳、それに砂糖を使います」
「やはり牛乳を使っていたのですね舌触りからしてそうではないかと思っていました」
「流石です。そして生クリームと牛乳を同量器に入れて砂糖は甘くなり過ぎない程度に入れます」
「砂糖菓子は甘い方が良いとされていますが少しですのね」
「何事にも節度が重要です。砂糖の感触が残る砂糖菓子は正直やり過ぎかと。甘いものが苦手な方の多い男性にはもう少し少なくて良いと思います。そして、混ぜたものの入った器を密閉した後、更に大きな缶の中に入れます。この缶の中には氷が入っています」
「待ちなさい」
「は、はい……?」
「氷が入ってると言いましたが冬でもないのに一体どうやって……」
「ああ、言っていたではありませんか、魔道具です。冷たい空気を生み出す魔道具……とでも言えば良いでしょうか、それを部屋に設置して冬のような冷たい部屋を設けています。そこに食料などを入れておくと腐るのが随分と遅くなるので重宝しています。そこに水を置いておけば氷になりますのでそれを使います」
「……ということはレシピだけ聞いても意味がないではないですか、テルノアール卿私にその魔道具を売りなさい!」
「えぇ……!? し、しかし私は発案しただけで作ったのはトゥルーネでして」
「待っていなさい」
そう言うとソレイユ様はテュルバンさんを連れて屋敷に戻っていった。10分ほど経った頃だろうか、ソレイユ様は笑顔で戻ってきた。
「トゥルーネの了解は得ましたので私にもアイスクリームが作れます!」
「そ、それは良かったですね」
「彼女、相当驚いてたぞ」
テュルバンさんは済まねえなと頭をポリポリとかいて笑っていた。
「そりゃ王女がいきなり来て魔道具を売ってくれなんて言えば誰だって驚きますよ」
「失礼なことを言うのはおやめなさい、ちゃんと合意の上での契約ですわ」
「王族のお願いを断る貴族なんていませんよ姫様」
「もうその話はいいのです、10個ほど注文して報酬も弾んでるので文句はないでしょう」
「えっ!? じ、10個?」
素っ頓狂な声が出た。トゥルーネは涙目だろうな。いくら金がもらえても10個はかなり大変だ日頃世話になってるし流石に手伝ってやろう可哀想過ぎる……
「あなたは魔道具の価値を全然分かっていませんわ、これは王都の城内で運用されるべきレベルの魔道具です、将来的にはどこの貴族の家にもあるようになるほどの発明ですのよ!」
「も、申し訳ありません……」
迫力に気圧されて謝ってしまった。
「私がテルノアール卿、トゥルーネの両名で作ったことも宣伝してあげましょう。まだ何か隠していそうではあるけど……」
「そんなことありませんよハハハ」
電話とかホウキとか教えたら大変なことになりそうだしやめとこう。軍事目的が強いしな。冷蔵庫くらいは別に良いけど。
「そろそろアイスクリームを作りましょうか、氷の入った缶の中に入れてその缶も封をします。そして、転がします。リュンヌ頼む」
「おう」
ガランゴロンと氷を転がしながら缶は庭の草の上を転がっていく。
「これを10分ほど続けます」
「それであのアイスクリームが出来るのですか?」
「はい、液体となっていたものが凍ってあの状態になります」
「……面白いですね、庭でやる意味が分かりました」
ソレイユ様は感心したようにリュンヌの缶を転がす動きを見ていた。
「そういえばフィッツ卿の娘はどうしてるのかしら?」
流石に転がすのを見ているだけでは間が持たないのか、話題を振ってきた。
「……一応罪人の娘ということもありますので、落ち着くまでは部屋の中で過ごしてもらっています」
「そう……他領のことに口出しするべきではないとは分かっていますけど、可哀想ですわね、彼女はどちらかと言うと被害者でしょう?」
「そうですね、私としても胸が痛む思いではありますが犠牲者と知り合いの兵士もいるようですししばらくは自粛という形でしょうか」
「こればかりは仕方ありませんね……犠牲者で思い出しました、テルノアール卿あなた何故黒い服を着ているのですか喪はとっくに明けているでしょう?」
「はい、明けています。これはそうですね私の決意表明の証とでも言いましょうか。父の死を忘れないということ、元々領地の色が黒ということ、黒という色は色が混ざり合った先にあるものです。うちは亜人種も多いですのでそれらを領主として背負っていると忘れないための自戒です。黒を普段着る服に使う、黒の美しさを表現するという目的もあり流行を広げられればと思っています」
「なるほど、ちゃんと意味があるようね……あなたの服は見たことのない形やデザインが多いけれどこれは王都でも流行るかも知れないわね、多くの人には受け入れられなくとも新しいもの好きの貴族には受け入れられそうですわ」
「多くの人が受け入れずとも様式の1つとして提示出来ればと」
「職人ももう少し洗練されれば話題にはなるでしょうね」
「本当ですか、それは良かったです」
「その訳を知っていなければただの傾奇者ですからちゃんと流行を作ることを意識しなさいな」
「はい、注意します」
と言っても本当にツテが無いから中々上手いこと出来ないのが実情だ。その点ソレイユ様と関わって名前を宣伝してくれると言ったりアイスクリームのレシピを買い取ったりなどは自分のツテを広げるにも効果がありそうだ。来ると分かった時は大変だと思ったけどかなりのビッグチャンスが到来してると思った方が良さそうだ。王族から流してもらえば上級貴族、中級と上から下へ流れていく。下から上は無いのだから本当に上流から発信してもらえるのはありがたいことだ。他のものも王都で自慢という名の宣伝をしてもらおう。悪いけど利用させてもらいます。
「そろそろですね、リュンヌもういいぞ」
「うい〜」
リュンヌから缶を受け取り開封する。
「これを開けると……ほら、固まっているのが分かりますか?」
「まあ、不思議だわ。ショコラットの混ぜたものも食べてみたいわね、テュルバン次はあなたがやりなさい。リュンヌばかりでは可哀想だわ」
「はいはい分かりましたよ」
チョコレートもといショコラットを混ぜて再び缶をゴロゴロするタイムになった。ゴロゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロその様子を眺めながら3人で出来たてのアイスを頬張る。
「ふう、結構疲れるなこれ」
「なぁ〜!疲れるやろ?何回もやらされんねんこれ」
「お前も大変だな」
「あいつが主よりはロウゼの方がまだええわ、お前も大変そうや」
「ハッハッハ」
笑えねえんだよ、ソレイユ様の前でやめろ!
「早く開けなさい」
アイスが気になって聞こえてなかったようだ。
「はいはいっと……お、出来てるな」
「素晴らしいわ、早速食べましょう」
4人の分に分けてアイスを口に入れる。おお、ちゃんとチョコ味のアイスになってる。カカオの芳醇な香りが口の中に広がって良い感じだ。うーんでもまだ工夫出来るな。
「あらテルノアール卿、美味しくないかしら?」
「いえ! 美味しいです、美味しいのですが改良のことについて考えていて……」
「これよりも美味しく出来ると言うの?」
「美味しくというよりは幅を広げるという方が正しいかも知れませんね」
「一体どうやるのかしら?」
「そうですね、まずショコラットを液体ではなく固体にします。していいですか?」
「構いませんわ」
熱を奪う魔法を使って固まらせていく。
「こうやって固まったものを細かく砕きます」
魔法で細かく砕く。
「そしてバラバラになったものをアイスクリームに混ぜ込みます……食べてみてください」
「そんなことで変わるのかしら……まあ、パリパリと食感に変化がつきましたね!」
「後はショコラットを作る段階で砂糖の量を減らして苦いショコラットを作り、それを使ったアイスクリームにすれば甘いものが苦手な方でも食べられるかと」
「テルノアール卿あなた魔道具だけでなく料理の発明の才能もあるのね、領主じゃなければ私の家来にしていたわ。惜しいこと」
「お褒め頂きありがとうございます。魔法も料理も組み合わせや発想の転換など似たところがありたまたま理解がしやすかっただけです」
「いえ、本当にあなたほどの人間がこんなところで埋もれているのは勿体無いわ。早く土地を大きくしなさい。そうね、ギーズ卿、オルレアン卿に並ぶくらいの大きさになれば王都で生活出来るわね」
「それは……随分と高い目標ですね。私も地理的にここは不利だとは思うんですが住めば都と言いますし存外気に入ってますので仮に行ける地位になったとしてもここを離れるかどうか……」
「そうねテルノアールにあるものを見ている限り逆にテルノアールに行く人が増えていくでしょうね。私も面白いものを探しに何度も訪ねてしまいそうだわ」
「是非何度でもお越しください、テルノアールは凄い勢いで変わっていますので王族が来ても恥ずかしくないような土地にしてみせますので」
「その時が楽しみだわ」
その後残ってるアイスを食べ過ぎて寒くなって4人で震えながら食べた。