視察という名の本命
残念ながらソレイユ様の滞在は覆ることなく決定してしまった。側仕えの方にも謝ってもらったのが一度口にした手前おいそれと曲げることも難しいらしく王族はなんて面倒なんだとめまいがしている状況だ。
「すまんな、テルノアール卿」
申し訳なさ半分、面白半分で謝ってきたのはソレイユ様の護衛騎士テュルバンだ。上級貴族の生まれで王族の護衛騎士の一家トゥエルナイツの生まれらしい。だから自分にもタメ口を聞くことが許されている。
真紅の短髪でウェーブがかかりあごひげを生やしたワイルドな感じの人だ。
「テュルバン様が気にすることではないですよ、予測していたといえばしていましたから」
「テュルバンでいいぞ」
「いやそれは流石に」
「じゃあさん付けでいい」
「テュルバンさんも苦労の多いことでしょう。調停の時のソレイユ様は凄く王族らしい振る舞いでしたが……」
「あれはよそ行きの顔だ、普段はあんな感じだ」
そう言って2人で見た先には嫌そうに立ちながらポーズを取らされているリュンヌとその周りをぐるぐる回りながらスケッチをしているソレイユ様だ。
「何故私にはよそ行きの顔をしてくださらないのでしょう?」
「それは分からんが王族に気に入られるというのは中々ないもんだぞ」
「私ではなくリュンヌが気に入られてると思うのですが」
「ハハッまあそれもそうだな」
「そう言えば、テュルバンさんは武闘会に出ていなかったですよね?」
「ああ、出てないな。要人の騎士クラスのやつは普通は出ないからあれは本当の実力順ではないな」
「やっぱり、そうですよね。ということはソレイユ様の騎士をしているテュルバンさんも相当お強いということですね」
「まあ、そっちのリュンヌと戦って勝てるかは分からんが、あの場に出ていた騎士よりは強いな」
「やっぱりかなり強いじゃないですか」
「護衛対象をおいて戦いに出られる訳ないからな腕試しもしたいがそれが騎士の辛いところよ」
「あいつは護衛対象をおいて腕試ししたんですけどね……」
主人を放置して戦いに行くやつはあいつくらいだろう。
「こら! リュンヌ、動くのではありません!」
「もう勘弁してくれや〜」
「もっとこう、力強くポーズをとりなさい」
「んなもんなんでも一緒やんけ……」
というか何故あいつソレイユ様にタメ口で許されてるんだよ。
「もっとあなたの肉体を躍動ある形で収めたいのですけれどね……絵では動きは止まってしまいますからそれを一枚の中でどう表現するかが重要なのです、ほら! 腕が下がってます!」
仕方ない助けてやるか……
「ソレイユ様は動きを収めたいのですか?」
「あらテルノアール卿いらしたの?」
「先ほどずっとあちらに」
「そうでしたの、そうです動きを絵の中に収められるのが一番良いのですが」
「それでしたら、絵の中で一枚ずつ微妙に動いてる様子を描き分けていけば良いのでは?」
「それはもうやっていますわ、ほらこちらに」
羊皮紙の束をこちらにズイっと渡すとそこには100倍くらい美化されたリュンヌの躍動感ある動きが描かれていた。
「これは……素晴らしいですね……」
世辞でもなんでも無く本当に上手い。貴族の嗜みのレベルを舐めていた。教養ってレベルじゃない、マジで画家かと思うくらいに上手い。
「でもリュンヌの素晴らしさが完全には伝わりません」
「では、こちらの絵を動かしてみせましょう」
「まあ!そんなことが出来るのかしら」
「少し時間を頂きたいですが、こちらの絵を一時的に貸して頂ければ……」
「それはただの練習ですからいくらでも持っていきなさい」
「では2、3日頂きます」
「それにしてもどうやって動かすのかしら?魔法でも使うおつもり?」
「魔法……いえ、魔法ではありませんが、魔法のようにしましょう」
「楽しみにしておきましょう、ここには面白いものが多そうですしね。昨日のアイス……」
「アイスクリームですか?」
「そう、それです。あれは美しい食べ物ですね、あれは味に変化をつけられて素晴らしいですわ。旬の果実と食べるとより美味しいのではないですか?」
「そうですね、昨日出したものの1つは酒漬けにした果実ですし、酒をかけてもより香りの高いものになるでしょうし、組み合わせはいくらでもありそうですね、何か要望があれば作らせますので何なりと」
「そうですわね……私はショコラットが合うと思いましたわ」
「ショコラットというものは聞いたことありませんね、どのようなものなのです?」
「外国の豆とその油から取れたバター、それに砂糖を加えた茶色の甘い飲み物です。私の大好物ですの」
チョコだろそれ、どう考えてもチョコじゃんか。
「ほう、そのようなものが?」
「まだ王都でしか出回っていないのでしょうね」
「こんな田舎の領地にはそのような最先端のものなどありませんのでね、王都が羨ましいです」
「あら、皮肉でして? アイスクリームという素晴らしいものがあるではないの?」
「お褒めの言葉ありがとうございます、しかしやはり流行に乗り遅れているという実感はございますので」
「正直、アイスクリームは王都でも人気が出るほどのものだと私は確信していますよ、そうだわ、アイスクリームの作り方と交換でショコラットを輸入出来るようにしてあげましょうか?」
「本当ですか?……しかしどうしてそこまでしてくださるのです?」
「テルノアールの料理は珍しいですけど美味しいものが多かったのは昨日と朝食だけで充分分かりましたもの。新しい食材があれば美味しいものが開発されるのは明らかですわ。だから早くショコラットを手に入れてもらわなくてはいけません」
「ありがとうございます、新しいものはツテが無ければ金がいくらあったところで入手が難しいですから大変ありがたいです」
「アイスクリームのレシピを教えてくださるかしら?あれはとても価値のあるものだと思うのだけれどよろしくて?」
「ソレイユ様にお教えする分には問題ありませんが、一応ここで売っているものですので王都での販売などは差し控えて頂きたいのですが……」
「そんなことしませんわ。私が社交で使うだけですわ。今さっき私がショコラットの販売ルートと交換でアイスクリームのレシピを手に入れたのと同じですわ。レシピは売らないけれど食べたかったらお願いを聞いて欲しいという風な使い方なら問題ないでしょう……?」
「そう、ですね大変勉強になります」
この人変な人だとは思っていたけど流石王族と言ったところか。しっかり利益の計算をして社交で有利に立つことを考えている。王族と親密になる機会は金を払っても手に入らないだろう。色々勉強させてもらうし親密度も上げていかなくてはな。
「そうそう、こちらにもショコラットを持ってきていますからアイスクリームにかけて食べてみたいですわ」
「すぐに手配します、ロラン!」
「はい」
「アイスクリームの準備だ、ソレイユ様の従者にショコラットも用意してくれるように言ってくれ」
「ショコラットですね、かしこまりました」
リュンヌのスケッチ会も一段落して昼食となった。デザートにアイスクリームとショコラットが用意された。
ショコラットは見た目と香り、味ともに完全にチョコレートだったがどろりとした液体だった。飲み物として飲むそうだ。確かにホットチョコレートとかあるしな。
「ショコラットはかけるとパリパリした食感になるのですね」
「アイスクリームは冷たいですから固体になるのでしょう」
「ショコラットの氷ということですわね」
「これは美味ですね」
「姫さまは俺の前で美味いもんばっかり食ってズルイですよー」
「テュルバンお黙りなさい、味に集中出来ません」
「ロウゼ!俺にも食わせろって」
「お前は護衛だろ、静かにしろ」
護衛組はアイスクリームとショコラットを食べたくて仕方ないようで落ち着きがない。
食いしん坊の従者がいるとお互い大変ですねという顔で目があって笑ってしまった。
「テルノアール卿、このアイスクリームというものがどうやって作られるのかは知りませんが、製造の過程でショコラットを混ぜ合わせて作ればショコラット味のアイスクリームが出来るのではありませんか?」
「流石ですね、その通りです可能でしょうね」
「では明日どうやって作るのかを教えてくださる?ショコラットはこちらで提供しますので良いでしょう?」
「分かりました、少し驚かれると思いますがお見せしましょう」
「まあ、驚く? 楽しみだわやっぱりテルノアールに来て正解ねテュルバン?」
「はい、テルノアールは楽しいところです」
……やっぱり観光とリュンヌ目当てだ!