プロローグ ロランの本音
ロランでございます。先代様が領主になる前の子供の頃から使えておりますのでもう50年はテルノアール家に仕えているでしょうか。武勲を立て小さいながらも領地を王より賜り、魔法の研究にも熱心だった先代様の従者として働けたのはとても誇りでした。残念ながら1年前にご病気でお亡くなりになられ、次の領主はロウゼ様になりました。
ロウゼ様は昔から良く言えば基本的におっとりとした方、悪い言えば怠惰な方で、土地を治めて皆を引っ張っていくような方ではないと思っていました。ところが葬儀で倒れられてからは人が変わりました。最早別人です。しかし、一人息子として先代様に甘やかされて育った怠惰なロウゼ様よりも今のロウゼ様の方が良いと思いその辺はどうでも良くなりました。
突飛なことを思いついては実行して物凄い勢いで領地は変わっていっています。
半年ほど前でしょうか、その改革の影響でとんでもない事が起こりました。フィッツの領主が侵略しようとしてクシーは裏切りをしました。そこで、ロウゼ様はなんとその2人を捉えて屋敷まで連れてきましたので本当に驚きました。それからの毎日は本当に本当に大変でした。
「……今なんとおっしゃいましたか?」
フィッツ卿とクシー卿が関所で問題を起こしてロウゼ様はすぐに飛んでいき、しばらくして帰ってくると耳を疑う発言をなされました。
「だから、フィッツとクシーを捕まえたと言っただろう」
面倒くさいと言いたげにロウゼ様は返事をします。
「何ということを……」
「フィッツは領地に侵略しようとした。娘の誘拐というあらぬ汚名を被せられた。クシーは領主である私に歯向かってフィッツが入れるように手引し関所の兵を殺害した。ただで済むわけはないだろう」
「それは分かっているのですがこれから一体どうするのです?」
「領地も人民もあのような馬鹿に統治されていては勿体無いので私が統治する」
「勿体ないので……」
「そうだ。それに働き手は欲しかったし領地が少し大きくなったのと同じだろう」
「全然違うと思いますが」
一体何故同じだと言ってこうも余裕でいられるでしょうか、意味が分かりません。
「まあ全く無策というわけでもない」
「とは言ってもフィッツの他の貴族が黙っているとは思えません」
「犯罪者の出た土地の貴族などいくらでも言いくるめられる。そもそも今回、戦争にするしても正式な手続きを踏んでいない。宣戦布告もなしに戦う理由をでっち上げたやつは明らかに違法だ。王の定めた法のもとに裁くべき案件だぞ」
「確かに領地間の利益の衝突での戦争は自由。土地を守る力がない領主は負けた方が悪いという決まりで急な侵略は禁止されている訳ですが……」
「正当な理由もなしに関所の兵を殺すのは防衛の観点からいっても論外だ。もしそのタイミングで他国が侵略してきたら王になんと言い訳したらいいのだ」
「それはそうですが……あまりに大事になり過ぎていて嫌な予感しかしません」
「起こってしまったものは仕方ないだろう。これで適当なことをしたら他の貴族に舐められる。多少大変であろうとフィッツの土地は私が奪う。わざわざ敵の首領が戦地に出てきてくれたいたのだ手間が省けた」
「手間が省けたって……一体どうするつもりなのです?」
「こちらにつく方が利益があると思わせれば良い。心からの忠義などそもそも期待していない。貴族とはそういうものだろう。だからこちらが常に旨味を見せておけば表面的には協力してくれるはずだ。まあ、その損得勘定が出来てなかったクシーという馬鹿も発生した訳だからその点は注意しなければならんがな」
「その旨味というのは?」
「まずはシンプルだが税収が増えるので貴族として豊かな暮らしが出来る。それと私が開発した魔道具や料理など生活が豊かになるもので釣る」
「ああ、あれらを使うのですね」
「そうだ、それにこちらはディパッシという切り札がある。フィッツとクシーの兵を蹂躙した話をそれとなく流させて牽制する。情報でこちらが掻き乱されたのだからこちらもやれば良い。既に誘拐したのは嘘で兵はフィッツの利益の為に利用されていたと言うようにあちらの兵には伝えている。じきに噂が広がるだろう。わざわざ利点もないのにこちらに歯向かう者はいなくなるだろう。とにかくこちらが強いということを印象づける必要があるな」
「ではエッセンとトゥルーネ様にも協力を仰ぎましょう」
商人と貴族の繋がりは馬鹿に出来ません。噂というのは本当に一瞬で広がります。ロウゼ様の名を貶めた罪、償ってもらいましょう。フィッツだけでなく他の領地でもその噂を流していき外堀を固めていく方が良いでしょう。既にロウゼ様は領主になると言ってしまっているので、それを無かったことには出来ません。それなら、出来るだけロウゼ様が苦労しないように努力をするのが私の仕事です。
「ああ、フィッツの貴族と話す前にうちの貴族に召集をかけよ、クシーは代理の者を、アヴェーヌはトゥルーネから声をかけてもらうか。これからの方針を検討していきたい。それが終わればフィッツの貴族と話す場を設けるのでその準備も頼む、おっと王にも連絡しておかないとな、そちらも頼む」
「かしこまりました」
いつもロウゼ様のお願いにはかしこまりましたと答えます。口答えは執事としてしてはいけません。ロウゼ様の要望に出来る限り応えることが私の仕事です。しかし、それを冷静な顔でお受けしますが心中は穏やかではありません。どう考えても忙しくなることが予測出来ます。自領の貴族、他領の貴族、王族、これらが関わるのであれば大変です。大事にも限度があります、しかも更に大事になるような気がしてなりません、ロウゼ様はトラブルを持ち込んでくるのです、大変素晴らしい主人ですし使える者としても誇らしいことこの上ないのですが、その分苦労も尋常じゃないのです。
退出して他の屋敷にいる執事たちを集めます。皆一体どうしたのだろうという顔をしています。
「皆さん、いますね……えー、ロウゼ様がフィッツのレモンド様を誘拐したという噂が流れているということはご存知ですね?」
皆コクリと頷き知っていますと意思表示をします。
「本日、フィッツ卿が娘を取り返すために関所まで攻め入りました」
「えっ!?」
「そんなことが……」
「静かに!」
荒事には不慣れな執事たちは揃って動揺の表情を浮かべ口々に不安を述べ出しました。
「それは既にロウゼ様が片をつけていますので安心してください。それは良いのですがその先が大変なのです。その騒ぎはフィッツ卿が計画しクシー卿が手引きしていました。そしてロウゼ様はその両名を捉えて、じきに屋敷に連行されるそうです。テルノアールの貴族との話し合い、フィッツの貴族との話し合い、王族との話し合いが控えています」
事の重大性を理解した皆は慌てだします。
「落ち着きなさい、決まってしまったものは仕方ありません。私たちに出来るのはロウゼ様のやることを全力でサポートして最善の結果を出すよう努力することです。ロウゼ様が侮られないように完璧な準備をしましょう」
「「はいっ!」」
引き締まった顔で皆は返事をします。やるべき事は一々言わなくても各々が持つ担当があるので指示をする必要はありません。
おっと、そう言えば大事なことを忘れていました。
レモンド様の部屋に向かいます。
「失礼します、レモンド様」
「どうぞ、ロラン。どうかしまして?」
「はい、それが大変申し上げにくいのですがフィッツ卿がロウゼ様により捕らえられました。数日でこちらに連行されます」
「お父様……一体何をなされたのです?」
「違法な戦闘行為の開始とロウゼ様の名誉を汚した行為です。詳しくはロウゼ様からお話がありますがこの後、お時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「……構いませんわ……私は一体どうなってしまうのでしょう?」
「レモンド様には罰が下るというような事はないと思われます。ロウゼ様は情報提供をしてくださったあなたに無碍なことはいたしません。どうか安心してください」
「そう……ですか」
「では、私は一度失礼致します」
「はい」
なんだか悪いことをしたような気分になります。嫌な役目ですね、ロウゼ様はもっと嫌な仕事をしなくてはならないと考えると気の毒に思います。
さて、後はエッセンと情報共有にトゥルーネ様との話し合いの用意、貴族との会合での資料のまとめ、やる事がいっぱいです。しかし今目まぐるしく変わる領地の方が私は好きです。
あのディパッシ族と友好的な関係を結び、亜人たちも生き生きと勉強と仕事をして、平民は収穫が増えて暮らしが楽になり、余裕も生まれてきました。このまま領地がどんどん良くなっていくことを願い私は自分の出来る限りロウゼ様を支えていくのみです。
2章が始まりました。感想やブクマなどして頂けると励みになりますのでお手隙であればよろしくお願いします。