閑話 エッセンのある1日
「うーん、まだまだですね」
「そうだな、どうしたものか」
こんにちはエッセンです、テルノアールでロウゼ商会を仕切っています。今はロウゼ様と経営についてお話ししています。
「ジュアンドルの出荷量を上げれば利益ももう少し出るのですが……」
「いや、ジュアンドルは大量生産はしない。需要に対してやや供給が足りないくらいの方が価値が高まる」
「ですよね……」
「それにディパッシ族が作る事に意味がある。ディパッシ族の作ったものを我々が尊重しているというのを彼らに見せる事に意味がある。他の者が作ってはその前提が崩れてしまう」
「ジュアンドルの利益はここらが限界ということですね」
「そうだな、元々主要な産業になるとは思っていなかったからな。それでも十分貢献してくれている。これ以上ディパッシ族に頼るべきでもないだろう」
「しかし現状オルレアン、ギーズに大口の注文を受けており供給がギリギリだと他の貴族との軋轢が生まれます」
「うーむ、かと言ってその2つから供給を減らす訳にはいかんのだ、付き合いがあるからな」
「貴族って大変ですね……」
「ああ、面倒なことも多い。ジュアンドルを優先的に売って欲しければこちらに旨味がある何かを提示しろと言って釣るのが良さそうだ」
貴族のかけ引きは自分には何が利益となるのか分からないが、商売だけなら分かる。
「では、食料、皮、布、陶器、金属、武器などを通常よりも低い相場で譲ってもらうというのはいかがですか?」
「それも一理あるな。領地が成長している今、追いついていないことも多いからな」
「そこら辺は任せてください!」
「ああ、それともう一つ注文がある」
「はい、なんですか?」
「信用を築き、他領の情報を集めて欲しい」
「それは貴族の領分では?僕なんかがやっていいのですか?」
「確かに他領の情報を集めるのは貴族の仕事だ。私は商人の視点での情報が欲しいのだ。テルノアールの他の商人にも情報を集めてもらえ」
「しかし、商人はわざわざ自分たちの利益にならないことはやらないと思うのですが……」
「そこでお前の出番だ。ジュアンドルを売る代わりにテルノアールの商人を贔屓にしろと言えば良い。あちらはジュアンドルを仕入れることが出来る。こちらは欲しいものが手に入る」
「前におっしゃっていたウィンなんとかってやつですね」
「ウィンウィンの関係だ。うちの商人が他領で商売がやりやすくなれば文句を言うまい。うちに圧倒的に欠けているのはコネだ」
「確かに……馴染みじゃなければぼったくられるのも多いですからね」
「そうだ、ジュアンドルを買うのは領主級の貴族だ。つまり領主の命令で買い付けに来ているのは他領の商人だ。商人としても格が高いものが来ている。そいつらにテルノアールに親切にしておくとジュアンドルを融通してもらえる。利益が与えられれば友好的になるだろう。これは領主主導の商業だということを強調しておけば他の商人もやりやすくなるはずだ」
「なるほど、そうやってうちの領の商人にも協力させて情報を僕が集めれば良いんですね?」
「ああ、そこで都合よく貴族の名を使っておけ。あちらも貴族が関わっている案件であれば慎重にことを運ぶだろう。無碍にして報告されて何かあってはたまったものではないはずだからな。私からも友好的な貴族には手形か何かを発行してもらって商人が他領で商売しやすいように出来るように考えてみる」
「それは実際あれば非常に助かりますね、よそ者には厳しい世界ですし」
「だが、こちらが買う分には良いだろうが肝心のこちらの利益となる売るものが圧倒的に少ないな」
「そうですね、それが問題です。ジュアンドルは限界量まで来ています。以前言っていた紙はどうするのですか?」
「紙か、あれは実際やるとなると相当大掛かりになるものだからな、準備が必要なのだ。働き手が欲しいのだが、今やっている仕事を辞めろとは言えんだろう。そこが問題なのだ」
「単純に利益だけで言えば売り上げが芳しくない商業をやめて紙をやらせた方が良いと」
「そうだ」
「しかし今やってる仕事を辞めて新しいことをやれと言って聞くものでもないでしょうね」
「そこが問題なのだ。テルノアールの商業ギルドを動かして協力を得ないといけない規模なのだ」
「だとすると……廃業に近い店に片っ端から声をかけるのはどうですか?テルノアールではそういう店少なく無いはずですよ。こちらが新しい産業をやらせるのではなく、生きる道を示すような感じで提案すれば受け入れられる可能性があるのではないでしょうか?」
「なるほどな、私は利益や理屈で考えがちだが感情面で考えると少しだけ言い方を変えるだけでも随分と印象が変わる。ギルド長よりそういう店がどれほどあるのか詳しく聞いてこい。産業が発展すればギルドとしても儲かるので悪い話ではないだろう」
「後、考えられるのは羊皮紙を作ってる店との対立ですが……」
「ああ、それは用途が違うのだ」
「用途ですか?」
ロウゼ様の作る新しい紙というものが正直どういうものか知らないのでよく分からない。羊皮紙とは違うし大量生産に向いていると言っても何がどう違うのだろうか。
そもそも何故存在していないものの作り方や用途まで分かっているのだろう?いや、ロウゼ様は凄く勉強されている方だ。本には色々な事が書かれていると常に言っているし、歴史の勉強をする必要があるとも言っている。昔にあった技術なのかも知れない。考えるだけ無駄だ。僕はそれを出来るだけ売ることを考えていればいいんだ。
「現在、羊皮紙が使われているのは本や手紙、公文書など貴族間のやりとりで行われる重要度の高いものが多い。このうち、本は木で作られた紙で代用しても軋轢は生まないだろう。本がそもそも重要なものとして扱われておらず使う場面が少ない。日常的によく使う手紙などに羊皮紙以外の紙を使うと既得権益と衝突するのは明らかだ」
「しかし本など売れないのでは?」
「本は歴史を記録したりうちの父は魔法に関しての研究を記していて貴族が研究成果をまとめるものとされている」
「それは本当に一部にしか需要が無いのではないですか?」
仮に安価でも僕は欲しいとは思わない。貴族ですら本を読むのは好きな人くらいというのだから平民なら普通は読まないそう考えるだろう。
「私が売るのは、本というメディアと中身のコンテンツだ」
「メディア……? コンテンツ? 一体それは何でしょうか」
「メディアというのは情報を媒介するものだ」
「? よく分かりません」
「例えば、会話において声、音がメディアだ。私の考えていることを伝える役割のもの。そして会話の中身がコンテンツにあたる。本ならば本、紙そのものがメディア、中身がコンテンツだ」
「なるほど、そういう考え方があるのですね。それでコンテンツは何をするんですか?」
「物語と絵だ」
「物語と絵ですか?」
「そうだ、私は新しい娯楽を作ろうと思っている」
「新しい娯楽ですか?何故そんなことを」
「ふん、売れるものが無ければ需要を一から作ればいいのだ」
衝撃を受けた。今まで既にあるものをどうやって売るかということを考えていたが新しいものを作り、それを欲しいと思わせることで売るという発想が無かった。商人として失格だと思った。
「お、おっしゃる通りです」
「これはただの予測だが大衆には娯楽が少ない。そして複製、量産が可能な娯楽を作れば後はほっておいても金が入ってくる。物凄い潜在的な価値を持っていると私は確信している。主産業にしようと思ってるのだが売れるのは分かっている。後はどう作るかとどう売るかだけなのだ」
「なるほど、しかし複製可能というのは?」
「詳しい方法については省くが文字を一々書くのではなく同じ文字を大量に紙に書くことが出来る技術があるとだけ言っておく」
「そんな事が……!? 信じられません」
「まあ原理は簡単なのだがな。それは職人の領域だからエッセンが気にすることではない」
「そうですか……」
「後、もう少ししたらギルドを他領の人間にも使わせようと思う」
「えっ!?あれは機密なのでは?」
「ああ、こちらが十分に強くなってから解放して魔石や魔獣の革などを他のものに採取させこちらが買い取り他領に売れば楽に稼げると思ってな」
「魔石は高くで売れますからね」
「そうだ、魔石の利益は馬鹿にならんが今の規模では大した利益がない。それならば、いっそ働きたいやつに自由に働かせればいいのだ。強ければ儲かるという夢も与えられるし一攫千金を狙って各地の腕に覚えのあるものが来て魔石を取ってきてくれればこちらはリスクもなく待っているだけで集まるしそれを輸出出来る」
「命を落とすのは自己責任、そこで死なれてもこちらには損害はなく、魔石や魔獣の一部を持ってきたら買い取り他所で高く売る。なるほどなかなか良い商売になりそうですね」
「そこで紙を使ってさらに儲けることも出来るぞ。地図や魔獣のことについて書いた本を売れば良い。命をかけるのだから慎重にいきたいはずだ。迷ったり、魔獣の対処方法など知っておけば死ぬ確率はぐっと下がる。欲しくなるはずだ」
「そういう売り方があるのですね、紙って凄く売り方によっては莫大な利益が見込めそうですね。紙そのものの応用出来る幅の広さだけでなく、中身を売るという発想も今までに無いですし」
「ああ、だからこそ紙を作るのは必須なのだ。だから紙を作ることで助かるもの、新しい産業に興味のあるもの、とにかく紙を作るのに必要な人員を探しておけ」
「は、はい!」
正直、僕よりもロウゼ様が商人になった方が良いんじゃないかと思う。売れるものに対しての敏感さや頭の回る速度や知識、僕には無いものをロウゼ様は持っている。
商人同士のやりとりや何が欲しいと思わせる喋りなどは僕にもあるが僕は安定して利益を出せても莫大な利益を出せるタイプではない。ロウゼ様は商人のやりとりは出来なくとも思考は商人に近いかも知れない。勉強になるな、貴族に商売について教わるとは思わなかったけど。まあ、これもうちを出なかったら体験出来なかったことだろうな。厄介払いされたとは言え、こっちでは好き勝手させてもらえるし商会も持てて楽しい毎日だ。ロウゼ様には感謝しかないね。さて、恩返しの為にも頑張るか、これから忙しくなりそうだ。