閑話 ルーク・アヴェーヌの苦悩
今回はトゥルーネの兄、ルーク視点での閑話です。
私はルーク・アヴェーヌ。アヴェーヌの土地を治めるコンテ伯だ。だが、私はこんな小さな土地を治めるだけで終わるつもりはない。今は貴族としても最下層の地位だ。何としてでも成り上がってやる、まずは領主だと意気込んでいたのも数ヶ月前の話だ。今はそんな気概は私にはない。
領主が代わってからはチャンスだと思った。ロウゼ様は昔から何度か見ているがはっきり言って領主の器ではない。ぼんやりしていて人を引っ張っていく力などなさそうだった。しかし、しばらく見ない間にロウゼ様は変わった。
まず、とても信じられなかった事だが、あの蛮族ディパッシ族と協力関係を結び兵として雇っているのだ。そのディパッシ族の1人が王都で行われた武闘会で他の貴族を圧倒して優勝したという。しかも話によるとディパッシ族なら誰でも優勝出来たであろうというのはにわかには信じがたい。
そんな者が何人もいるロウゼ様にはとても叛意を翻すことは出来なかった。勝てる見込みがまるでないではないか。
そして、ジュアンドルという薬をそのディパッシ族から見出して、今では国中から買い付けが来るほどの商品となり、その収入はテルノアールの財源の中でも無視出来ない金額となってきている。一体どうやってディパッシ族を手懐けたのだろうか?
「ルーク様、トゥルーネ様よりお手紙と荷物が届いております」
「ああ、いつものやつか」
「はい、それにポテトチップスというものも入っています」
「おお、今回は豪勢ではないか」
「トゥルーネ様にしっかりお礼の手紙を書くのですよ」
「分かってるって……」
従者のアドラーはいつも私に妹に感謝しなさいと言う。言われなくとも妹には頭が上がらないほど働いてもらっているので重々承知だ。お節介め。
いつものやつとはポップコーンだ。私はこれが好きでトゥルーネに定期的に送ってもらっている。昼食から夕食にかけて少し腹が減ったときにつまむのが一番美味しいのだ。時間が経つと美味しさが半減してしまうのでわざわざ保存の魔道具に入れて送ってくれるのは非常に出来た妹らしい。
このポップコーンも人気がじわじわと広がって今では平民の中であこがれの菓子として皆お金を貯めた買ったりしているらしいのだが、それもこれを食べれば誰もが納得するだろう。貴重な塩をかけている贅沢な菓子だ。
「うむ、うまい」
サクッとした食感と香ばしい匂いが食欲をそそりどんどんと口に入れていつも気がついたら無くなっている。ロウゼ様の屋敷で初めて食べて以来完全にハマってしまいこれが無くては執務をやる気になれない。
トゥルーネが屋敷で仕事をするようになってから今まで任せていた執務は自分でやらなくてはいけなくなった。
元々自分の仕事ではあったのだが兄思いの妹がやってくれていたのだ。ロウゼ様の動向を探り領主になる何か有力な情報を得られると思いトゥルーネを送り込んだが、こんなに忙しいなら送り込まない方が良かったかもしれないと毎日思ってしまう。
「さて、報告書を読むか今回はロウゼ様は一体何をしているのやら」
定期的に送られてくる報告書、これを読むのは最初は正直辛いものがあった。というのもめちゃくちゃだからだ。本当に1人の人間の行動を記したものなのか?と疑うくらいロウゼ様は色々なことをしている。そしてその行動が一々桁外れというか常識では考えられないようなことばかりだからだ。そしてこの報告書のせいで領主になろうという夢は敗れ、鼻はポッキリと折られた。
自分でも領主になれると思っていた時期が恥ずかしいくらいだ。領主とはこういう人物がなるべきだとつくづく思わされるほどにロウゼ様は飛び抜けて優秀だ。
そう思いながら今度はポテトチップスに手を伸ばす。これもロウゼ様の功績の一つだ。作物が育ちにくい土地でも育つ不思議な植物。そして見たこともない調理方法の数々だ。ポムドテルを育てるようになってから急速に領民の食事事情は改善されつつある。
食べるものが増えれば元気が出て仕事にも活力が生まれる。そして産業が豊かになる。短期間ながらもその効果が出始めている。
貴族でも普通においしく食べることが出来るし我が屋敷でもポムドテルを使った料理は珍しくないほどだ。更にポムドテルの調理方法は他の料理にも応用出来ることが分かりどんどんとメニューの幅が広がっている。
貴族であるロウゼ様が料理に詳しいのは謎であるが考えるだけ無駄だろう。あの人はそういうお方なのだ。それ以上の追求は無意味だ。
魔道具をポンポン思いついて作ってしまう発想力とそれを実現可能にしてしまう豊富な魔力。一体どこから手に入れてくるのか分からない大量の魔石。どれもこんな小さな領地を治める器でない事は賢い貴族なら気付く能力だ。一つ一つ思い返しておかしな話ばかりだ。
食べ物を冷やす為の魔道具を作って新しい甘味を作り出したと聞いた時には頭が痛くなった。貴重な魔力と魔石をそんなことに使うなど普通の貴族なら絶対に考えない。しかしそのおかげで痛むのが遅くなり少ない食料を無駄にすることは減ったという。貴族が魔力さえ注げば金銭的な無駄が減る。
しかも冷やすことが出来ると料理の幅も広がり新しいメニューも生まれたという。金持ち貴族なら喉から手が欲しいだろう。何しろ暇を潰すのに大金を注ぎ込む連中だ。
魔道具と言えば他にも恐ろしいものを開発している。水を綺麗にする魔道具と空を飛ぶ魔道具だ。綺麗な水を確保出来ない領地に売れば莫大な利益を生むだろう道具をほとんど魔力や素材に依存しない形で実現させたという。妹は魔道具を作るのが非常に得意で自信を持っていた。妹が実際に作る作業をしているとは言え突飛な理論で問題を解決しようとする能力は明らかに秀でている。
ロウゼ様の豊富な魔力を基準とした空を飛ぶ魔道具は全く実用的な段階ではないがそれが魔石さえ使えば誰しも乗れるものとなれば輸送問題に革命が起こるだろうと考えていると聞いた時には目眩がした。やることが大き過ぎる。
どれも王都に持ち込めば絶大な影響を及ぼすだろうことを思いつきと自分の生活を便利にしたい、しかもそれを平民にも分け与えれば更に領地は豊かになると思っているらしい。無理だ、そんな奴と張り合って勝てる訳がない。おかしいだろ、どこで思いついてくるんだそんなこと。
貴族なら大抵命令してなんとかさせる。それを自分の発想で具体的に何か作って解決して、それを平民に還元出来るかを考えるのは異常だ。普通は上位や王族に気に入られるにはどうしたら良いかを考えるはずだが、自分と領地のことばかり考えていて貴族としての格にこだわりが一切ない。
それでいて土地を治めている貴族としては文句のつけようがない。こんな奴と領主の座をかけて戦おうとしていた自分の愚かさに頭が痛くなる。
そして決意した。ロウゼ様についていこう。貴族としての直感がそう告げている。ロウゼ様についていけば今よりも良い地位につける。急な改革で忙しくなったり衝突は避けられないだろうが、今までの暮らしをダラダラとしているより可能性を感じる。それはまず間違いないと。
普通の貴族ならその変化についていけず不満を持つかもしれないが領地が大きくなっていくことを目的としてる私にそんな事を気にするような繊細さはない。信じていますロウゼ様。
手紙を読んでいく。数日前にトゥルーネからフィッツの娘の噂に関する質問をされたが特にそういう噂は聞かなかった。一体どうなったのだろうと目を通していった。
「何っ!?」
「どうかされましたか?ルーク様」
「……出かけの準備だ、それと遣い烏で連絡しておけ。ロウゼ様の屋敷に向かう」
「一体どうされたと言うのです?」
「……ロウゼ様がまたやらかしてくれた。大変なことになった。事情を直接聞かなくてはならないので今すぐに準備せよ!」
「はっ……!」
ロウゼ様、何てことをしてくれたのだ本当に。やることなすことが一々規模が大きいんだ全く振り回されるこちらの身にもなってくれというものだ。
信じて良いんですよね……?
今後も何かと苦労しそうなルークです。