関所の騒ぎ
神殿から急いで屋敷に戻ってきた頃には既に夜になっていた。
「おかえりなさいませ」
「ああ、今戻った。それで、何か報告することは?」
「はい、先ほど連絡した通りのことなのですが、森で何か探していた者たちを追跡した結果、フィッツ領に戻っていったことからフィッツ領の人間かと。それに亜人の鼻が利く者からポムドテルの匂いがしたと報告が入っていますので、畑泥棒はその者たちである可能性があります」
「うーむ、大方ジュアンドルの原料を探していたのだろうな。地理的には群生する植物にテルノアールとフィッツに違いはない。ならばテルノアールにあってフィッツにないポムドテルに注目するのは不思議ではないだろう」
「どこから嗅ぎつけてきたのでしょう」
「ポムドテルは栽培してから日が浅く領内でしか出回っていないからな、内側から漏れている可能性が高いな」
「内通者がいると……?」
「いや、単純にポムドテルを食べてる平民の商人ルートで流れていてもおかしくはない。そもそもただの野菜だから機密などではない」
「ポムドテルの花や草が薬草となると思って盗んでいるということも考えられるでしょうか?」
「あれは毒だぞ、芽は危険なので食べるなと通達しているはずだが」
「その毒に薬効があると思われた可能性もないとは言い切れないと思います。平民に知られないように意図的に食べるなと言っていると解釈も出来ます」
「ポムドテルがジュアンドルの原料という前提で考えるのであれば、まあそうだな」
「その勘違いのままフィッツ卿が仮に犯人だとして、ポムドテルを奪う方向に走れば戦いが起こるのでは……」
「……境界付近の村や街の警備の強化をさせよ、何かあればすぐに私が向かう。特にフィッツから入ってくる者は注意だ」
「直ちに」
ロランは連絡をする為にすぐさま部屋に向かった。
「胸騒ぎがするな」
「ああ、争いが近い感じするわ」
「ニンジャは表に出せないのでディパッシが主戦力だから頼むぞ」
「あ?なんで出さへんねや?あいつら強なってきたやん」
「あいつらは存在を知られてはならない。影で戦ってもらう必要がある。そもそも戦闘も極力避けて欲しいくらいだ」
「なんで知られたらあかんねや」
「知られては警戒されるだろう。知らないうちに情報が盗まれているのがいいのだ。実際敵もポムドテルを盗んだということを知られてこちらに対策を取られている。これが知らないうちに奪われ、食料やジュアンドルの利益を求めて戦いの準備をされてある日いきなり攻撃されたら大変なことになるだろう」
「準備させへんのが大事ってことか」
「そうだ」
とは言ってもこちらにはあまり準備する時間がない。フィッツがこちらに手紙を送った時点で計画は始まっていたのだとしたらかなり差し迫った問題だ。
周辺の村が根こそぎ荒らされる可能性もある。そうなると領民の命も危険だ。その先の季節の収穫にも影響が出てくるし痛い。戦争ならそれなりに場所を決めて兵士同士が戦うが、侵略となると話は別だ。その土地に住む人間がターゲットなのだから一方的に攻撃される。これが連絡が全て手紙でタイムラグがあったと考えるだけで恐ろしい。
地位はあちらの方が上だから最終的にはこちらの言い分にはねじ伏せて強引な解決が出来るという気持ちの表れからこんなにも無理のあることが起こっているのか。だとしたらフィッツ卿は娘の命を何とも思っていないとしか思えない……気に入らないな。
アヴェーヌの見解も聞きたい。トゥルーネに話を聞きに行くか。
トゥルーネの部屋に行きすぐに入室する。
「いきなり済まないが、今回は急ぎの要件だ。現状は把握しているか?」
「はあ……ロウゼ様が急ぎではない用事を持ってきたことがあったのでしょうか。状況は把握しています。アヴェーヌの街がどうなっているのか知りたくお兄様に連絡したのが先ほど返ってきました」
「そうか、それでアヴェーヌはどうだ?」
「アヴェーヌにはそう言った噂は流れておらず寝耳に水だとの事です」
「アヴェーヌとクシーは反対方向にあるからまだそこまでは噂は流れていないか……トゥルーネはどう考える」
「まあ、前から想定はしていました。ロウゼ様の急な改革による歪みですわね。目先の利益に釣られて厄介な貴族がちょっかいを出してくるのは目に見えていました。それが思っていたよりも早いというのが少し気になる点ではあります。他領の視点から言えばテルノアールの利益や成長は本当に微々たるもので、わざわざ手を伸ばすほどの規模ではありませんからフィッツが勘付くというのが不自然ですね」
「やはりそう思うか、私も妙に目をつけられるのが早いと思った。中領地以上の規模ならば相手をするほどでも無いし、小領地が戦ってもディパッシという強みがある分牽制にはなる。手を出す相手が出てくるとは思っていなかったのが正直なところだ」
「少し前のお兄様ならロウゼ様に楯突いていたかも知れませんがそれもなくなりましたし」
「どういう意味だ?」
「正直な話、ロウゼ様から領主の座をお兄様は奪おうと考えていました。しかし、ロウゼ様の功績や能力が高く自分が領地を治めるよりもよっぽど繁栄するだろうし、そのロウゼ様についていった方が自分にも旨味があるというのがアヴェーヌとしての見解です。私もロウゼ様の間諜をするつもりでお兄様に報告していたのですが、ロウゼ様のやることが規格外ですので完全に鼻を折られたようです」
「良くそんな話を私にしたな」
「逆にこうして正直に話すことでアヴェーヌの事情を知ってもらい反逆の意思は無いと公言することの方が重要だと思いましたので」
「まあ、利益を感じるからついてくるというのは変な忠誠心よりも信用出来るところはある。私が見限られない実力と実績があればついてくるという事だ」
「その通りでございます」
「構わん、しっかり働いてくれればそれで良い。私は私のやる事をしっかりとやるまでだ。領民を傷つけるということは許さんがな」
「領民もロウゼ様の私物なので勝手な真似は許さないということですね?」
トゥルーネはからかうように片眉を上げて言う。
「ああ、そうだ。私の所有物である領民も領地も勝手な真似はさせん。他領の畑泥棒すら許す気はない。ポムドテルは我が領地の大切な食料だ。自分の利益の為に農民が大切に育てたものを盗むなど言語道断。必ず裁きを下す!」
その後3日間は何も起こらず、平和な日常が続いた。正直、肩透かし感はあったが何か起こるよりはまあ良いかと思いながら自室で茶を飲んでいるとノックが聞こえた。
「入れ」
ロランが慌てた様子で入室してくる。
「大変です!」
「何事だ」
「ロウゼ様!境界の関所で衛兵が襲撃を受けました、レモンド様を奪還する為にフィッツの軍が侵略を始めようとしています!」
「何!?結界が張ってあるので領主に敵意を持つものはうちには侵入出来ないはずだが?」
「それが……クシーの兵によって内側から攻撃を受けて、現在フィッツ卿を出迎える準備をしているようで」
「裏切り者はクシーであったか。今すぐに向かう、ディパッシ族に戦いは任せて余計な被害は出すなと通告しろ」
「やっと俺の出番か」
ソファーで寝そべっていたリュンヌが起き上がり嬉しそうな顔をする。
「お前の出番など無い方が良いのだがな」
「戦いがないと俺らがいる意味ないからな、しっかり働いたるやんけ」
「良いから行くぞ、時間がない」
屋敷を飛び出し大急ぎで関所に向かった。